59,侵攻
秘宝『アカシャの瞳』。
その真の力は、理屈はわからないが色々なものを作り出す、あるいは召喚するというものだった。
予想以上の凄い効果にしばしグラエルを捕まえることよりも、秘宝の威力に俺は心を奪われてしまっていたが、不意に様子が変わった。
アカシャの瞳が突然強い光を放ち、グラエルが静電気を受けたときのように、弾かれるようにそのキューブ型の秘宝を放り投げたのだ。
「あっ、ぐっ! 何だ!?」
キューブが光を放つにつれ、空中の穴が変色する。
同時に聞こえてきたのは、魔物のうなり声。
そして穴から、インプがあらわれた。
「くっ!」
インプは鳴き声をあげながら、魔法を放ってグラエルに攻撃してきた。
グラエルは回避し、反撃に短剣を抜いて攻撃をしインプを倒す。
この程度はなんとかできるらしいけど、しかし、そんなことより。
「どういうことだ!? なぜモンスターが!? 俺はこんなもの再現しようなんて――まさか!」
暴走。
この前の魔槍と同じように――いや、少し違う、魔物化したという感じではない。単純に、その大きな力を制御をしきれなかったということのように見える。
俺もグラエルもともに驚いている間に、さらにモンスターが召喚される。
今度はオーガとグレーターインプが立て続けにあらわれた。
グラエルの視線が、困惑したように揺れる。
キューブとモンスターを交互に見つめる。
この二匹相手は辛いらしく、回収すべきか、モンスターを相手に出来るか考えているようだったが、しかしそれは次の瞬間、消えた。
穴からコキュトスウルフが現れた。
あれはオーガ達よりさらにワンランク上のモンスターだ。
グラエルはそれを見た時、もう逃げ出し始めていた。
同時に俺も走り出した。
なんかすっごくまずいことになってるんですけど。
モンスター召喚とか、グラエルに痛い目見せるはずがどうしてこんなことに。
知らなければのんびりしていられたのに、もうこうなってしまってはグラエルを捕まえて、アカシャの瞳もなんとかしないわけにはいかない。
はー、やっぱりのぞき見なんてしたらろくなことにならないな!
愚痴りつつ俺は森の入り口にたどり着いた。
同時にグラエルが森から出てきた――だが、その背にはコキュトスウルフが迫っている。
コキュトスウルフの口から氷柱が吐き出された。
グラエルは脚にそれを受け、倒れる。
振り返り、顔が恐怖に歪む。
「や、やめろおおお!」
「伏せろグラエル!」
コキュトスウルフが牙を剥きだし飛びかかった瞬間、俺の放った魔力弾が脇腹に直撃し吹き飛ばした。
よろめくコキュトスウルフの首を、剣で一刀両断して始末し、グラエルの元へ行く。グラエルの目が、これ以上無いほど大きく見開かれる。
「お、お前は――」
「何が起きてるんだ、グラエル」
「どうして、ここに」
「あなたの様子がおかしいからつけてきた。アカシャの瞳を持ち出したこともわかってる。なんでモンスターがあふれ出してるんだ、早く答えて」
グラエルは黙る。
だが、さらにモンスターが、遅れてやって来たオーガとグレーターインプがあらわれた。
「答えたくないなら、俺が自分で調べに行くよ。さよなら」
無視して森の中へ行こうとすると、グラエルが叫んだ。
「待て! 待ってくれ! 脚をやられて、あのモンスター達に襲われたら死ぬ! 死んでしまう!」
「そんな個人の都合より、アカシャの瞳の方が重要だ。何も語る気が無いなら助ける意味もないしね」
「わ、わかった。話す! 話すから! ひっ、早く!」
普段の余裕はどこへやら、情けなく裏返った声で懇願するグラエル。
その情けない様子にため息をつきたくなりながらも、俺はオーガとグレーターインプを魔法で遠距離から即座に倒した。
剣を携えたまま、俺はグラエルに言う。
「さあ、手短に話してもらうよ」
グラエルが語ったことはアカシャの瞳の本当の力に関してだった。
この世の全てを記録している秘宝と一般には知られているが、それは半分の力にしかすぎない。
もう半分の機能は、記録したことを再現する能力。
その再現は、映像や情報という意味ではない。
正真正銘、実際の存在として再び世界に生み出すのである。
あらゆることを記録し、そして記録した事象を再現する。
つまり、あらゆるものを生み出すことができるとんでもない力を持っている。
グリモワールと呼んでいた物が、そのもう半分の力を解放するための道具だったという話だ。
あれに刻まれていた旧き言葉が真の力を解放するらしい。
神秘庁で職務をこなすグラエルのもとに、グリモワールの情報が入ったとき、アカシャの瞳を自分のために利用することを思いついたのだ。
グラエルはこれを使って武具や金などを生み出そうとした。
それ以外にも、必要なものはなんでも生み出すつもりだった。そして、その力で貴族社会を上り詰めるつもりだった。
それは最初上手くいったように思えた。
だが、真の力を取り戻したアカシャの瞳はグラエルに制御しきれるものではなく、暴走しモンスターを生み出し始めた。
おそらく、この土地の記憶として強く残っているもの、強力な魔元素のエネルギーをもった存在として、モンスターが優先的に召喚されているんじゃないかと思う。
「止めなきゃまずいってことか。その方法は?」
グラエルは憔悴した表情で首を振った。
未知の技術で作られたものでさえ、自分の思い通りになるべきだとでも思っていたのか。失敗したときのことも考えて行動しろと言いたい。
まあ、俺も人に言えるほどリスク管理ができてるとは思えないから強くはいえないけど。
「とにかく、放っておくわけにはいかないか」
止め方がわからないなら、無理矢理にでも破壊してでも止めてやろう。
そう思って森に顔を向けると、森からさらに一匹モンスターが出てきた。
召喚はパラサイト・ビジョンで俺が目にした分で終わったわけじゃなかったようだ。
再びあらわれたコキュトスウルフだが、今の俺ならさほど苦も無く倒せる。
軽くやっつけて森へと入ろうとし――たが、足を止めた。
森のかなり離れた北の地点から、オーガが足音を立てながら出てきたのだ。
今いる場所は町と森の間の小さな丘のいくつかある平原。ここを横切り町までモンスターがいってしまい、町で一般人が会えば被害は甚大だ。放置しておくわけにはいかない。
俺は走って行き、オーガを倒し、今度こそ――と思ったら、今度はさっき居た場所の近くからグレーターインプをはじめとしたインプの集団がここまで聞こえるほどの笑い声をあげながら出てきた。
当然、そいつらも放置しておくわけにはいかない。
アカシャの瞳は、グラエルから離れた後自律移動していた。探すのに時間がかかることを考えると、放置していては見つけるより先にモンスターの被害が出るだろう。
全速力でインプ達のもとへと移動し、そしてインプ達を倒すと――今度は南北それぞれの広範囲からモンスターの群れが出現した。
「ちょっと待て――」
出てきたモンスターは下はインプから上はコキュトスウルフや魔物図鑑で見た姿のままのレッサーデーモン――パイエンネの迷宮三層以降にすむという強力なモンスターだ――と、相当強力なモンスターまでがいる。
今の俺なら倒すことは難しくない――けれど、俺の体は一つしかない。
どれだけ強いとしても、俺は一カ所しか守れない。
広範囲を同時に攻められた場合、全てを同時に守ることは出来ない。
素早く倒して別の方向に行くにしても、次から次へとモンスターはやって来ている。それに一度俺が動けば、刺激を受けてモンスター達は一気に全力の行動を開始するだろうし、とても間に合うとは思えない。今見えてる場所以外からも当然あらわれると想像できるのだから。
「召喚獣……も、ダメだ」
オーガクラスなら勝てるだろうけど、単体であれほどの群れを相手にできるほどの力は無い。
――どうする、どうすれば。
考えている間にもモンスターは侵攻してくる。
ついには彼らは、町へと向かい平原を進み始めた。