58,アカシャの瞳
グラエルは机に座って書類を読んだり書いたりしていた。
魔道具を検分していた。
神殿で神官と打ち合わせをしていた。
パラサイト・ビジョンでグラエルの監視を始めたのだが、まあ普通の行動だ。
神秘庁の仕事内容からできる想像の範囲内で特におかしなことはない。
プライベートな時間も、今のところはまあ普通に過ごしている。
でもあの性格なら、何かしらやらかすだろうとは思っている、そのうちに。だから気長に監視を続けてきた。
そして今日のグラエルはというと、また神殿にいる。
これは特におかしな行動じゃない。
神殿にはグラエルのような者のための居室があり、そこは寝室にもなっていて、グラエルはそこに泊まることも多い。
そこの机の引き出しをグラエルが開いた。
そして、周囲をうかがうと引き出しの中の書類をいったん全て外に出し、もう一度周囲をうかがう。
そうすると、引き出しの底板を外した。
二重底だ。
そして、その下からは、てりのある質感の、文字の書いてある薄い板があらわれた。
グラエルはそれを取り出すと、スペースバッグの中にしまい、再び引き出しを戻す。
常に入れていないのは、スペースバッグごと紛失することを懸念してか。だとしたらこれはよほど重要なものらしい。
それでいて、人に見られたくないものということになる。
グラエルは部屋を出た。するとそこには、一人の神官が待っていた。
以前神殿に行ったときに見た、慌てて走っている姿が印象的だった神官だ。
なにか言葉を交わすと、一緒に歩き始める。
二人とも何気ない様子だが、慎重に周囲に気を配っているのがうかがえる。
――これは、ひょっとしたら、俺の思っていた、いやそれ以上の、グラエルを貶めるネタを見つけようとしているのかもしれない。
ここで俺はそう気づき、さらに気合いを入れてスキルを継続する。
グラエル達が神殿の廊下を進み、階段を降りて行く。
窓がなくなり、魔道具の灯だけの通路を進んで行くと、鍵と魔元素による封印がなされているらしき扉が姿を現した。
神官が金の鍵と紋様の描かれた札を取り出し、扉を開く。
重たい音を立て、扉は横にスライドする。
「うおお……」
パラサイト・ビジョンで見ながら、思わず声を出してしまった。
開かれた扉の中にあったのは、様々な道具。
道具はいずれも神秘的なオーラをまとっていて、ディスプレイ越しでも伝わってくるその感覚は、スノリで見た秘宝、ブラッディリコリスと同様のものだ。
ここが宝物庫か。
秘宝が保管してあるという。
たしか、ここを利用するには神官や貴族でも正当な手続きや理由が必要だという話だったけど……ここに来るまでの過剰に周囲を気にする様子からすると、どうもそれがなさそうな気がするぞ。
これはいいネタになるんじゃないか?
二人――グラエルと神官は、宝物庫の中に入り慎重に歩いて行く。
二人とも緊張した様子なのは、見つからないためだけという風でもない。爆薬の保管庫を歩いているような恐る恐るの様子だ。
そして、二人は保管庫の最奥に行った。
そこにある、不思議な質感の鉱物で出来たうっすら光る棚に納められている、手のひらサイズのキューブを見つめている。
グラエルがそれを手に取ると、神官が口を開いた。
「いよいよ、計画を実施に移すときですね」
え?
声が?
「ああ。君のおかげだよ、トトワイ。僕が上にのぼった暁には、君を北部地区の枢機に推薦しバックアップするよ、約束どおりね」
「ありがとうございます。ふふ、楽しみですね」
間違いない、声が聞こえている。
パラサイトビジョンは映像だけしか届けないはずなのに。
スキルが熟練して成長したのだろうか。
それとも、グラエルが手に取った秘宝の影響――。
「ああ。時間はかかったけど、やはり神は見てくださっている。僕らの努力をね。このアカシャの瞳の本当の性能を開放するグリモワールを見つけられたのは、まさに神の思し召しといえる幸運だとは思わないか」
「ええ、まったくです。例の塔の探索が進んだおかげですね。買い取りには高くつきましたが」
トトワイと呼ばれている神官が言うと、グラエルは眉間にしわを寄せ、小さく舌打ちをした。
「まったく、忌々しい。冒険者というのは強欲で嫌になる。だがまあ、これから手に入る財に比べれば些細な投資さ」
「ええ、そうですね。グラエル様、ここの鍵を知られずに拝借しましたのも、うまく見つからずに入れるタイミングを作るのも、なかなかに大変でリスクもありましたので、それを覚えておいていただければ――」
「ああ、わかっている。お前にももちろん分け前はやるさ。心配などせずとも、有り余るほどのものを手に入れられるのだから。……それでは、起動させてくる。お前はこっちにいろ」
「はい、わかっております。怪しまれますからね。それに、戻ってきますまで、異変を知られぬようにしなければなりませんしね」
なにやら不穏なことを話しているぞ。
アカシャの瞳――たしかギルドカードの原型だったか、あらゆることを記録するとかいう秘宝らしいけど、それを私利私欲のために使おうってことらしい。
引き続き見ていると、やがてグラエルは神殿をあとにし、神官は残った。
つまり、グラエルはあのグリモワールというものを使って、アカシャの瞳を私的利用するためにローレルに来たってことらしい。
だったら余計な嫌がらせなんてしてるなと思うが、今はそれよりこのチャンスを生かさなければ。
今宝物庫を調べて、あいつの持ち物を調べれば不正行為の証拠をはっきりとつきつけられる。
なんらかの懲罰は受けるだろうし、今の立場も失うかも知れない。
そうなったとしても自業自得だし、慈悲を与える必要は全くないな。
よし、行こう。
俺は宿を出て、コールの館へと向かった。
門番も俺のことは覚えていて、コールに話があるというとすんなり通してくれた。
珍しい物を持ってきたのだと勘違いしていたけど、まあどっちでもいいので訂正はしない。
コールに会った俺は、自分の見聞きしたことを伝えた。
どうやって知ったかについては、あるスキルを使ってということは明かしつつも詳細はうまい具合にごまかして。
半信半疑とはならなかった。
俺の見たものが一介の冒険者が口から出任せで言えるにしては具体的すぎたから、ということが信じてくれた理由としては大きいだろう。
それにコールも、薄くではあるが、神殿の一部に妙な動きがあるかもしれないという情報を得ていたらしい。
だから俺が関わっている具体的な人物の名前と、今日あったこと、無くなっているはずの秘法などをつたえると、すぐに動いて証拠を押さえると言ってくれた。
そして神殿の方はコールに任せ、俺はグラエルの方へと向かう。
俺ならパラサイト・ビジョンで位置もわかるから、適任だ。
「何をやるつもりなんだ、あんなところで」
グラエルは神殿を出た後、町外れへと行き、東の森へと向かっていた。
お供はつけていない。
グラエルは森の奥に来ている。
あの『アカシャの瞳』を使うつもりなんだろうけど、何を起こすのだろう。
まあ、いいさ。見てればわかる。
見て、追いついたら、現行犯逮捕してやればいい。
そして俺たちに謝らせる。
「――なんだ、これ」
そのときだった。
映像を見ながら、グラエルのいる場所へと向かっていった俺は、息をのんだ。
そこに展開された映像は予想外の光景。
森の奥で足を止めたグラエルは、キューブ形状のアカシャの瞳と、グリモワールと呼んでいた文字の書いてある紙状のものを取り出した。
そしてアカシャの瞳にグリモワールをかぶせると、書かれていた、おそらく旧い時代の文字と思われるものがキューブに転写され、光を吸い込むような黒だったキューブが白く輝き始めた。
「あれは、起動させるための呪文か何かってことか? 記録するだけじゃなく、他にも何か機能が――」
突然、キューブの背後の空間に白い穴のようなものがあらわれた。
そしてそこから、剣が、盾が、弓矢が、金貨が吐き出されるのを、俺は目にした。
「成功だ――ははは! 成功だ! これで全てを手に入れられる! 力も! 金も! くくくく、全て思い通りだ!」
グラエルの笑い声が響き、視線が空中の穴をじっと見つめている。
アカシャの瞳――記録するものって聞いてたけれど、どうやらそれだけじゃなかったようだ。
グリモワールを見つけて云々と言っていたことから推し量るに、それを使うことで一般に知られている以上の真の性能が引き出されたんじゃないかと思う。
その真の力は、おそらく様々な物を無から生み出すこと。
アカシャの瞳は、欲望を現実として召喚し続けている。