56,リサハルナとアリー
【パラディン10→12】
うんうん、よく成長しているぞ。
頑張れ白銀騎士。
宿の部屋の中で俺は新たなクラスのレベルアップを楽しく待ってここ数日過ごしていた。久しぶりに本格的に雨も降っていたことだし。
それにしても、この瞬間は何度経験してもいいものだ。
コン、コン。
「ん?」
そんなくつろいだ昼下がりに、部屋のドアが誰かにノックされた。
珍しい、ここに客が来るなんて。
ベッドから体を起こし、入り口までいきドアを開ける。
「久しぶりだな、エイシくん」
そこにいたのは、金髪碧眼の吸血鬼、リサハルナだった。
「スノリでは手に入らないものもあるからね。たまに買い物に来るんだ」
「へえ、そうなんですか。確かに店の品揃えというか、傾向はちょっと違いますよね」
簡素な椅子にリサハルナを座らせ、俺はベッドに座って話している。
人が来ないから椅子も一脚しかないのである。もう一脚自腹で購入してもよかったかな。
「ああ。質のいい刃物や金属製品はあちらにはない。せっかく来たことだし、君の顔も見ておこうと思ってね」
「それは光栄です」
冗談っぽく言うと、リサハルナは微笑し、窓の外に目を向けた。
今日もリサハルナは何の変哲も無い村人スタイルだ。地味な色のフレアスカートがよく似合う。まさかこの人が実はヴァンパイアだとは、万に一つも思わないだろう。
……そういえば。
「ヴァンパイアなのに、血は吸わなくていいんですか、リサハルナさんって」
「力を維持するためには摂取する必要があるが、命を維持するためには必要はない。私は人に交じってからは人間の血を吸ってはいないが、生きている。もっとも、全盛期の力は見る影もないがね」
「モンスターを軽々やっつけてましたけど、本当ならあれよりもっと強くなるんですか」
「試してみるかい、君の血で」
「いえいえ! 遠慮しておきます!」
俺が急いで手を振ると、リサハルナはおかしそうに笑い、今度は部屋の中を見回す。
「それにしても、殺風景な部屋だね。飾りの一つもない」
「まあ宿の部屋ですし、元々あんまりもの置く方じゃないですしねえ」
「花の一つくらい飾ってもいいんじゃないか。それか人形でも」
「いや人形はちょっと。そういえば、どうやってこの場所わかったんです?」
「冒険者ギルドにいったら君の知り合いがいて教えてくれたよ。依頼を達成してくれた縁がある、挨拶をしたいといったら丁寧にね」
なるほど。
ウェンディかゲオルグか、そのあたりの誰かだろうな。
コン、コン。
「あれ?」
再び、ドアがノックされた。
珍しいことが続くな、誰だろうと再度入り口までいきドアを開けると。
「こんにちは、エイシ様。近くに来る用事があったので、突然でご迷惑かもしれないと思ったのですが、立ち寄ってしまいました」
あらわれたのは、アリーだった。
涼しげなワンピースを着ていて、リサハルナとは傾向は異なるがこちらもよく似合っている。
「その声は、アリーくんか」
「へ?」
予想外の女声にアリーが目をぱちくりさせる。
俺の後ろからリサハルナが顔を出すと、さらに驚いた。
「リサハルナ様。どうしてエイシ様のお部屋に」
「さあ、どうしてだと思う?」
どうもこうも、ちょっと来たくらいしかないと思う。
だが、アリーは真剣な表情で俺とリサハルナを交互に見はじめた。
「え、そこ悩むところ?」
「ははは。まあ、悩んでないで入りたまえ。ローレルの用事のついでに世間話をしに寄っただけだ」
「なんだ、そういうことだったのですねっ。はい、それでは失礼いたします」
リサハルナに招かれアリーが俺の部屋の中に入ってきた。
なぜリサハルナがしきっているのだろうか。別にいいけど。
リサハルナは椅子に座っているので、ベッドをアリーにすすめる。
俺もベッドに座り、アリーに隣をすすめる。
ちょっとどうかと思うけど、他に座るところないんで仕方ないね。
「ベッド、ですか?」
「うん、悪いけど椅子がなくて、ごめん」
「いいえ! 悪くはないです、ぜぜん。こちらこそ、エイシ様が寝ているところに乗るなんて、申し訳ないというか、緊張するというか。……ふぅ、失礼いたします」
ゆっくりとアリーは腰を落す。
座ったあとも落ち着かない様子で、俺の部屋の中の様子をうかがっている。
「ここがエイシ様のお部屋なんですね。……………………」
ゆっくりと見回したアリーは、そして特に何も言わず、無表情で頷いた。
後に何も言葉続かないんですか? 何か感想を言おうと思ったけど、特に褒めるところが見つからなかった的な反応やめてください!
「ところで君はどうしてここに来たんだい、アリー君。これからデートなら、私は邪魔しないように失礼するが」
「で、デート!? そんなことは……」
「それならこれから私とデートしようか、エイシくん」
「へ?」
「へ?」
リサハルナの言葉に、俺とアリーが同時に口をぽかんと開く。
ある意味息の合った姿にリサハルナが笑いながら言う。
」
「久しぶりだからね、少しここを見てまわるのも悪くない。ツアーガイドがいた方が面白いだろう」
「ああ、そういうことなら。案内させていただきます」
「私も! 案内いたします、リサハルナ様」
「もちろん、そのつもりさ」
アリーは来たばかりだが、俺の部屋に用事があるわけでもなかったので、そうして俺たちは表に繰り出した。
雨が続いたあとの晴れの町の活気がある。俺たちは店や広場や食事処や、時計塔や広場をぷらぷらと見てまわり、神殿へも行った。
以前と同じく、白い神殿は町の中でも一際目立つ威容を放っている、俺にはそこまでありがたみがないけれど。
なにものも見えないうち聞こえないうちの方が畏怖の念ってのはわくもんだな。正体がわかると、神様でも幻想は消えてしまう。
とはいえ、幻想が消えても神殿の美しさは変わらない。
「ローレルの神殿は大きく美しいですよね。信仰心が強い領主がいた時代に建設したのでしょうね」
アリーが意匠の施された柱を見上げる。
一方リサハルナは女神像を見ていた。
「この女神像、いいできだな。真に迫っている」
「たしかに、凄い技術ですよね。細かいところまでよく作られていて」
アリーも女神像を眺めにきて、うんうんと頷く。
実際に見たからこそわかる再現度、【通神】のスキルは二つのクラスの複合だから、使える人も少しはいてもおかしくないし、もしかしたら本当に見た人が彫ったり、絵を残してたのかもな。
「ああ。本当に」
リサハルナは、特にしみじみと頷いている。
そんなに出来に思うところがあるのだろうか。
とそのとき、ゆったりした法衣を着て、背の高い帽子をかぶっている神官がばたばたと慌てたように神殿の奥へと入っていった。太陽の光を懐の何かに反射させながら。
神殿には当然神官がいて、彼らは一般人が入れるところで説法をしたり、あるいは多くは関係者以外立ち入り禁止の神殿奥にいる。なんでも帽子の高さは地位の高さと相関しているらしい。
俺は走る神官を目で追いながら言った。
「あの奥ってどうなってるんだろう。神官の事務室とか修行場とかあるのかな」
「一般的にはそうだな。他にも秘宝の保管庫がある」
「秘宝の?」
「ああ。あの槍を回収しに来た者が言っていたよ。ローレルの神殿で保管しようとね。実際に保管しているかはわからないが、壊れていても秘宝は秘宝だからね」
「きっと冒険者垂涎の秘宝がたくさんあるんでしょうね、各地の神殿には」
「ずいぶんうっとりしてるけど、アリーも入ったことないの? 貴族でも」
「はい。それどころか管理している神官や神秘庁の者でも一部のものしか保管庫には入れません。それも正当な理由が必要で、私的な利用は固く禁じられています」
それだけ、重要なものってことか。
リサハルナが神殿の奥を見つめながら、いや三人ともが見奥にある秘宝を想像するようにつめている。
「使いようによっては、危険なものだからね。それに、人間の制御を超えた動きをすることも少なくない。すでに目の当たりにしただろう? あの夜、君は」
「たしかに、そうですね」
意外と身近なところに意外なほど貴重なものがあるもんだなあ。
せっかくこんなところにいるんだし、一度は見てみたいな、いわゆる宝物庫ってやつを。金銀財宝宝箱がドアを開けたら一面に広がってるような光景、憧れるね。
「見たいですよねえ」
「見たいなあ」
謎に心が通じたらしく、同じようなことを考えているらしいアリーとともに、俺は何度も頷いた。
リサハルナも便乗して頷いていた。
結構ノリいいよね、この人。