54,魔道具完成へ
グラエルは『普通の客』という言葉がいたく気に入らなかったらしい。
顔をゆがめ、唇の端をひくひくさせながら言った。
「立場がわかっていないようだな、フェリペ。おい」
グラエルが手を上げると、おつきの二人の白銀騎士が前に進み出て、得物を手に取り、フェリペの両脇に移動した。
脅しか。
やりたい放題やるな、本当。
「正当な理由がなくなれば暴力か? さすが神秘庁のお役人様らしいな」
おいおい、フェリペも挑発するなよ、この状況で。
まったく、どうしてこう穏便な人が世の中には少ないのか。
はあ……結局しかたなく俺が二人を仲裁することになるんだよなあ。
「まあまあ、フェリペもちょっと落ち着いて。グラエルさんも、フェリペは頑固だから、あんまり言っても効果はないと思うんですよ。柔らかく言った方が」
「僕に意見する気か? 冒険者風情が」
「うるさいぞ、エイシ。余計なことしなくていい」
そして二人から文句を言われる。
なんとなくそんな気はしてましたよ、ええ。
「いや、余計なこととか意見とかそういう話じゃなくて、あんまりほら、こういうところで揉めると、道具とか危険物とかありますし、お互い冷静というか譲り合いというか――」
「決めた、いつか思い知らせてやると言ったな、冒険者。今日は別の用があるから見逃していたが、今やることに決めたぞ。おい、お前達、思い知らせてやれ!」
ええええー!
切れるのはやくない!?
今日は俺の相手はしないって言ってたじゃないですか! 貫こうよそこ!
俺の心の叫びなどつゆ知らず、無情にも二人の白銀騎士は、俺に得物を向けてくる。ターゲットは完全に切り替わってしまったらしい。
……まあ、いいか。
ずっとつきまとわれるのも鬱陶しいし、一度みせつけてやるのも。
俺はスキル【ガードエンハンス】を発動させる。
そして工房から店の方へと急いで移動する。そこもどうかと思うが、工房よりはまだスペースがある。
白銀騎士たちは二人でガシャガシャ音を立てて向かってくる。
俺が足を止めると早速、片方がもっている槍の柄の部分で殴りつけてきた。
俺は脇腹にまともに攻撃を受ける。
……が、少し衝撃を感じたくらいで、ダメージはほぼなかった。元々の能力と、スキルによる強化が白銀騎士の攻撃を上回ったわけだ。
「本気で当ててきたね」
威嚇するだけかもしれないと思って様子を見たけど、実際に攻撃してくるというなら、こっちも遠慮しなくていいだろう。
積極的にやるつもりはないけど、気をつかう義理もないし。
白銀騎士は俺が突っ立っていると、さらに槍の柄で殴りかかってきた。
だが、今度は俺もおとなしく殴られはしない。
槍の柄は十分視認できる速度だったので、当たる直前片手でつかんだ。
驚いた様子で俺の手から槍を取り返そうとする白銀騎士だが、みじんも槍は動かない。俺はそのまま、腕に少し力を入れる。
軽々と、白銀騎士の体が宙に持ち上がった。
騎士は両手で槍を取り戻そうともがくが、俺の手からは抜けない。彼我の力の差は最初の一撃でだいたいわかった、それじゃ無理だ。
そして、ある程度上がったところで軽く地面に振り下ろす。
鎧が派手な音を立て、ぐふっとうめき声が兜の奥から聞こえた。
「くっ!」
様子をうかがっていたもう一人の白銀騎士は、慌てて魔法を使ってきた。
魔力の弾丸を俺に向かって飛ばしてくるが、それもスピードがない。俺はあわせるようにして、魔力を飛ばす。
空中で二つのエネルギーがぶつかると、白銀騎士が放った方は打ち消され、俺の放った魔法は貫通して白銀騎士の鎧をかすめ、肩の部分を砕いて壁に突き刺さった。
驚愕に白銀騎士は動きをとめる――瞬間、俺は白銀騎士に接近し、二発目を装填した指先を白銀騎士の胸に当てた。
兜の奥から「あ……う……」と恐れをなした声を漏らし、膝から力が抜けたようにその場にへたり込んでしまう。
「さて」
俺はグラエルの方に向き直る。
「何を思い知らせてくれるのかな」
「なっ……貴様、いったい……」
向き直った俺が一歩ずつ進んで行くと、グラエルが後ずさる。
「護衛らしき人達はやられたけど、グラエルさんはまだ健在ですよね。やるというなら、相手をしますよ」
さらに一歩近づくと、グラエルも一歩下がる。
顔におびえの色を浮かべて。
「や、やめろ! 来るな!」
「思い知らせるんじゃありませんでしたっけ? それとも、口だけで自分一人じゃ何もできないってことですか」
「き、貴様、下賤の者のくせに僕になめた口を――あ、いや、違う、やめて! やめてください!」
俺が足を止めないでいると、顔の前に手をかざし、懇願をはじめた。
俺はふうと一息つき、足を止めた。
「最初からやらなきゃいいんですよ、自分でやることもできないなら。今日のところは帰ってください。用件を聞かないって言われたわけでもないですし、出直してください」
グラエルは安堵と屈辱がまじった表情を見せ、唇を噛みながら白銀騎士を蹴っ飛ばしながら出口の方へと向かった。
やれやれ、帰ってくれたか。これで、俺に思い知らせるってことを諦めてくれればいいけど。
と俺の方もひとまず胸をなで下ろした瞬間だった。
もう一度、ドアが開いた。
入ってきたのは、コレクターな貴族、コール=ウヌスだった。
「おお、グラエルくん。奇遇じゃあないか。それにエイシくんもいるとは……ん? どうかしたかね?」
「コール殿、ちょうどいいところに! あの冒険者が僕らに無礼と暴力を振るってきたんです。危険な奴です、引っ捕らえてください!」
……は?
あいつ、この期に及んで何を言い出すんだ。
コールは俺の方を向く。
俺は手を激しく振って否定する。
「僕は、彼らが攻撃を仕掛けてきたから、身を守るために反撃して無力化しただけです。無礼と暴力を振るったのは、グラエルさんの方こそですよ」
「ああ、そうだ。コールさんよ、あんたならわかるだろう?」
フェリペも俺に続ける。
一方グラエルは俺たちを否定する。
「コール殿、あのような下々の言葉など、聞くに値しません。お願いいたします、奴に裁きを!」
コールは両者の顔を見比べ、整った髭に手を当て、思案顔。
さらに自分の正当性をしつこく主張するグラエルの言葉をしばらくじっときいていたが、さえぎるように口を開いた。
「ふうむ、言うことが食い違っている以上、あくまで処罰を望むなら、どちらが本当のことを言っているか、徹底的に調べなければならないだろう」
「そんな必要はありません、僕と奴ら、どっちが正しいかなんてわかるでしょう、コール殿。僕が嘘をついてると言うのですか!」
「グラエルくん、儂には一切わからんよ。なにせ儂はその場にいなかったのだから、どちらが真実を語っているかなどわかるはずもない。であるなら、わかるように徹底的に調査し、言い逃れできない証拠を見つけ、つきつけ、悪い方は大勢の前で正式に糾弾し、中央にも騒ぎの顛末を知らさなければならない」
コールはゆっくりと、威厳をもって語ると、グラエルの目をじっと見つめた。
グラエルは不利を悟ったか、目を伏せ首を振る。
「……いえ、そこまでコール殿のお手を煩わせるわけにもいきません。当事者間で処理すればいいだけのことですから。失礼します!」
悔しげに唇を噛み、グラエルは去って行った。
おつきの騎士達も、よろよろと去って行った。
コールは彼らを見送ると、肩をすくめながら奥へと歩いてくる。
そして作業台のわきの椅子に腰をおろすと、口を開いた。
「災難だったね、エイシくん。彼にからまれてしまうとは。どうせ彼の方から難癖をつけてきたのだろう」
「ええ、信じてくださってよかったです。コールさんもご存じなんですか?」
「もちろん、パイエンネの迷宮の調査や、神殿で保管してある秘宝の調査などに訪れたこともあるからね。今回もそういう時と同じ任務でだろうけど、だから彼の性格も、彼の起こすこともある程度はわかっているわけだ、儂はすでに。困ったものだよ」
苦笑を浮かべながら、コールはフェリペに顔を向ける。
「どうだい、フェリペくん。君も久しぶりに再会したと思うが、感想は」
「相変わらずだ、やめてよかったと再確認できたね」
フェリペが忌々しげに吐き捨てると、コールが腹を揺らして腹を抱えて笑う。
フェリペは嘆息しながら作業を続ける。
「ああ、ああ。そうだろう。フェリペくんにはまず合わないだろう、ああいうところでやっていくのは。自由に出来るところの方が向いてるとわしも思うよ」
「あの、お二人はお知り合いなんですか? それにフェリペとグラエルさんも」
俺が尋ねると、フェリペがコールに目を向けた。
コールは頷き、話し始める。
それによると、フェリペはかつては神秘庁に所属していた国属魔道具職人だったらしい。秘宝の解析やレプリカの作成、これまでにない新たな魔道具の創出など、最先端の魔道具技術に携わっていた。
しかも十五歳にして才能を見出されて入ったということで、期待も羨望も大きかったと言うことだ。
だが、結局グラエルのような権威主義的な上役が腹に据えかね、自由な創作活動もなかなか行えないということもあり、自分の思い通りにやれる自分の工房を望み、神秘庁をやめてここで独立したということらしい。
「ずいぶんもったいない話だと言われていたのだよ、当時は。なあ、フェリペくん」
「あそこにずっといる方が俺にとってはもったいないですね。あれじゃあ、腕も頭も腐っちまう」
コールはまたも体を揺らして笑う。
よく笑うおじさんだなあ。
しかしなるほどねえ、そんな事情があったのか。
たしかに、さっきのグラエルとのやりとりの態度を見る限り、絶対に権力者が幅をきかせているところでうまくやっていけるタイプではないだろうな、フェリペは。
というか商売やってくのも結構難しそうだけど。まあそこは質でカバーしてるんだろう。
「元々珍品マニアだったコールさんは神秘庁にもちょくちょく出入りしてたんだが、俺がやめるという話を聞きつけて、ちょうどいいってことで勧誘してきたんだ。自分が治めてる町に来ないかってね。ここは近くに迷宮もあるし、珍品マニアや冒険者もいる、それなら魔道具職人をやるには悪くない環境だ。そういうことで、俺はここに工房を構えたんだよ」
フェリペは、口を動かしつつ、いよいよ仕上げの最終段階に入った、魔道具造りの手も動かし続ける――。