52,獲得形質
さて、畑はこれでいいとして、ついでにもうちょっとファーマー系スキルを試してみようか。
俺は畑をあとにすると、その足で近くの森へと向かった。
天気もいいし、のんびり自由に散歩もいい。平和な気持ちになる。
欠伸をしつつ森に入ると、適当な植物が生えているところを探して歩く。
ついでに、落ちてたクルミに似た木の実を拾っていった。
「お、ここいいな」
しばらくうろつくと、野菜が群生しているところを見つけた。
野性の瓜だ。
ローレルウリと呼ばれているこれは、背の低く丈夫な茎に、太くて短い瓜がたくさん実っているが、その根っこを傷つけないように穴を掘った。
次に俺はスペースバッグから、適当に見繕ったいくつかのものを出した。
リンゴ、クルミ、炎の魔結晶、刺突剣、ランプ。
リンゴやクルミなどの食べ物は、もちろん元の世界のそれと全く同じ品種ではないが、似たような感じの食物だ。ちなみにこの世界のリンゴはちょっとラ・フランスっぽい。
「こいつらを――埋める!」
それぞれ異なる瓜の株の根元に掘った穴に埋めていく。
丁寧に土をかぶせて、落ち葉で蓋をする。
もちろん、おかしくなったわけではない。
これが俺のスキル【形質付与】のために必要なことなのだ。
ファーマーとエンチャンターの複合スキルであるこれは、植物の根元にものを埋めて、こういう風にそこに手を当ててスキルを使ってやると――その埋めたものの性質が、植物に宿るのである。
なかなか面白い効果だと思う。
正直なところ、どこまで性質が付与できるのかは俺自身未知なところがある。そこで、人目につかないところで試してみようというわけだ。
リンゴ味の瓜とか、クルミみたいに硬い瓜とか、燃える瓜とか、刺さる瓜とか、光る瓜とか、作れたら楽しそう。
実用性は……リンゴ味の瓜は少しはあるかな、うん。
まあ現実的には剣やランプの形質を付与することはさすがにできないだろうと思ってる。同じ植物はいけるだろうけど。
こっちも根っこから性質を吸い上げるまで時間がかかるようなので、畑とともにしばらく待ち。出来が楽しみだ。
それからしばし時が流れた。
といっても数日だけど、その間はだらだらしてました。
一日中ベッドの周囲二メートル以内くらいで過ごすの楽しいよね。
久しぶりにビタミンDを合成しようと外に出た俺がまず見るのは、宿の家庭菜園。
栄養を与えた畑を見てみると、そこには植えた種が芽を出し、膝くらいまでもう伸びている。
思った以上の成長スピードに驚きつつ、実験が成功したことにガッツポーズ。
やっぱり、土壌の栄養が原因だったんだな。そして、肥料は与えていたというのにダメだったのは、微生物がいなくて継続的に栄養を供給できなかったからだ。
ここに使ったスキルも効果はもちろん永続じゃない。
微生物がする働きをスキルを使った時にするだけで、定期的に使わなきゃならないが、それは面倒臭いし、根本的な解決にならない。
「やっぱり、微生物をもってこないとだめだね」
向かうのは森。
植物が特に繁茂しているところでは、植物動物分解者でサイクルができあがっているはずだ。その土を持ってくれば、その中には微生物がたくさんいるはず。もちろん、その場にある落ち葉なども一緒にあわせて確保する。
こいつを入れれば、土が回復するはずだ。
こっちはこれでオーケー。
次は森の別の場所へと歩いて行く。仕込んでおいた瓜の様子を見るために。
先日の場所に行くと、瓜は変わらずなっている。
目印に置いておいた板に、それぞれ埋めたものが書いてある。
その目印にしたがい、なっている瓜を調べる……までもなかった。
「瓜が光ってる……」
光ってました。
ランプを埋めて形質付与した瓜が、ぼんやりと光を放っている。
中にランプを入れたカボチャのように。
いやあ、無理だと思ってたんだけどなあ、さすがに道具は。まさか可能だってことがわかってしまうとは。
ランプだけじゃなくて、刺突剣を埋めたところの瓜の茎には鋭い棘が無数に生えてもいる。どうやら、道具でも何でもその性質が植物に付与されるらしい。
結構なんでもありの能力みたいだ。
しかし有効活用の方法はよくわからない。ランプを消費して光る瓜を作るなら、ランプ使えよって気が凄くするし。
それよりどっちかというと。
「うん、面白い味だ」
リンゴを付与した瓜を食べると、瓜の食感にリンゴの味がした。
これは新感覚、そんなに美味しくはないけど、組み合わせ次第じゃ新しい食べ物の境地を開けるかも知れない。
クルミを付与したものは、硬い殻に実が覆われ、クルミっぽい香ばしさを持っていた。やっぱり食べ物には食べ物を合わせるのが良さそうだ。
他に炎の魔結晶を付与したのは、見た目は変わらないけど、もしやと思って火をつけたら凄くよく燃えた。
実用性はともかくとして、なかなか面白い結果がでてので瓜を収穫し、ペンでどの形質をもった瓜かを記録して再び宿へと戻る。
「あ、エイシさん、見てください。こんなに育ってます」
宿に戻り、土を入れようとすると、マリエが菜園にいた。
これまで作物が育たなかった畑の前で身をかがめていたマリエが、俺に気付き顔だけを上げる。
「これまでこの畑は使えなかったのに、どうしてでしょう」
疑問を口にしつつ、その顔には疑問よりもウキウキした喜びが表われている。
一番ここの世話してたのこの子だったな。
復活して喜びもひとしおなんだろう。
俺はマリエに事情を説明して、持ってきた土をどさっと出した。
マリエは話と土に目を丸くする。
「マリエちゃん、これを畑に混ぜていけば、多分またしばらく使えるようになるはず。また育ちにくくなったら、森からとって来て使えばいいよ。もちろん、行くときは気をつけて」
「私、全然知りませんでした。そんなことができるなんて。エイシさん、ここに来る前は農業をやっていたんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど、まあファーマーではあるけど、なんというか、ちょっと小耳に挟んだことがあって」
「物知りなんですね、エイシさん。……はい、やりましょう!」
そして二人で土を導入する作業を始めた。
ぽつぽつと喋りつつ、大半は黙々と。
喋るときは、マリエがここの畑で何を作るかを話している時間が長かった。やっぱり楽しみらしい。これだけ楽しそうなら、できあがるものにも期待できる。
こういう作業はやっていると時が経つのが意外と早く、気がつくと時間が経ち、気がつくと終わっていた。
泥がつかないように腕で汗をぬぐい、マリエが控えめな笑顔でぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました、エイシさん」
「どういたしまして、マリエちゃん。俺もちょいちょい様子見るよ」
「はい。頑張って、育てます!」
気合いを入れると、別の作業を楽しそうに始めるのであった。