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50,嫌な貴族と自称の弟子と

「お言葉を返すようですけれど、トレース様。冒険者はわけのわからないものでも下賤なものでもありません。人の助けにもなるし、夢のあるものです」

「やれやれ、本当に君は困ったものだな」


 アリーはさすがにむっとした様子で言い返すが、グラエルは意に介せず、肩をすくめたかと思うと、アリーの頬に手を伸ばした。

 なっ、何をいきなりやってんだあいつは。


「そんなつまらないことばかりにうつつを抜かしてないで、もっと女性らしい喜びを知った方がいい。どうだい? 久しぶりの再会を祝して今夜食事でも。もちろん、こんな田舎ではなく近くの町でね」

「結構です、トレース様。私はエイシ様とともに依頼を終えた報告をしなければなりませんので」


 アリーは後に下がって手から逃れると、俺の隣にそのままシフトした。

 グラエルの胡乱な視線が、俺に向けられる。


「エイシ? 依頼ということは、貴様も冒険者か」

「はい。そうです。アリーさんと一緒にここでやっていました」

「ふん、貴族に取り入って甘い汁を吸おうとでも考えていたのだろう? あるいは貴族の女を近くで見られて下卑た事を考えているか。それで一緒にやろうなどと言ったのだろう。まったく、下劣な奴らだ。貴様のようなものと話したくもないが、一つ言う。アリーはお前のようなものが一緒にいていい人間じゃない」

「それは違います!」


 否定したのは、俺ではなくアリーだった。

 アリーは眉をつり上げ、はっきりとグラエルに言う。


「エイシ様は素晴らしい方です。冒険者としても、人間としても。私も助けていただきました。こういう言い方はあまりしたくありませんが、トレース様よりよほど私のことを理解してくださってます。私よりも価値のある人間です」


 グラエルは面食らった様子だったが、不快そうに自分の顎に手を当てる。


「そんな口を聞いていいのかい? 我がトレース家の勢いを知らないわけではないだろう?」

「家の勢いなど関係ありません。最後に信頼できるのは、個人の力と心です。私はそれを何度も見てきました」


 二人の間に一触即発の空気が立ちこめる。

 俺のために険悪にならないで欲しいな。特に俺を庇ったせいでアリーの立場が悪くなるのは申し訳ない。

 ……俺も一歩出るか。


「グラエルさん、悪いけど冒険者ギルドで依頼を一度受けたら、それをやりきるまでは貴族だろうが知ったことはない、関係無いんです。だから悪いけど、俺たちのことを優先させてもらいます。わかったら早く諦めてくれませんか」

「諦めろ? だと? 冒険者風情が、僕にそんな口を――」


 わざと突き放すように言った効果はあったらしく、グラエルの目線は完全に俺に移り、眉をぴくぴくと震わせ、怒りを隠す様子もない。

 ――と、そこに銀鎧の騎士が耳打ちをした。


「わかっている! 時間だと言うんだろう、僕をなんだと思っているんだ! ……そこのエイシとかいうやつ、覚えていろよ? 生意気なことを言ったこと、後悔することになるぞ? 僕の靴を舐める練習、しておけよ?」


 捨て台詞を残し、グラエルはお供を引き連れて通りを歩いて去っていった。

 歩き方にもイライラが現われていて、とてもわかりやすい。

 絶対に自分の思い通りにしなきゃ気が済まないタイプなんだな。

 たとえ気に入った相手がいても、その機嫌をとることは虚栄心が許さず、自分に相手がかしずくべきと考え行動してしまう。


 アリーには厄介な知り合いがいたものだな。

 そして、俺も。俺が狙った銀鎧騎士の主人とはねえ。

 お互いに厄介者とよくよく縁があるらしいと、俺は自嘲するような笑いを噛み殺した。




「彼、グラエル=トレースは私の知り合いなのです。中央の学院に通っていた頃からの縁なのですが、どうも私が冒険者をしていることが気に入らないようで、文句をよく言ってくるのです。しかも手つきも失礼で、困ります」


 アリーは頬に手をあてて、珍しくうんざりした表情を見せる。


「微妙に気に入られているような感じもあるね。嬉しくない好かれかたっぽいけど」

「それが困るんです。彼はなんでも自分の思い通りにしようとする性格なので、目をつけられると疲れます。それより、すいませんでした。エイシ様。私に巻き込まれて不快な思いをさせてしまいまして」


 グラエルが去った後、馬車の乗り場へと行く道すがら、アリーは深々と頭を下げた。俺は手を振る。


「いや、全然そんなことないよ。アリーこそ災難だったね。まあ、何か用事があったみたいで助かった、これ以上絡まれないで」

「ええ。ですが一応、注意してください、エイシ様。ただの負け惜しみだとは思いますが、何かやってくるかもしれません」


 最後のグラエルの台詞か。

 プライド高そうだし、何かしてくるかもしれないな。たしかに、気をつけよう。

 俺が頷くと、アリーは微笑を浮かべた。


「もっとも、エイシ様なら何をされても跳ね返してしまうでしょうけど。危害ではなく、お手を患わせて(煩わせて)しまうことだけですね、心配は」




 そして俺たちは、馬車に乗って久しぶりにローレルへと帰還する。

 ローレルへの旅は問題なく終わり、俺たちはギルドで終了の報告を行なう。


 報告の際ギルドカードに記録をしてもらうのだけど、そういえばこのギルドカードももとは秘宝だって聞き覚えがあるな。

 秘宝の不完全なレプリカで、一部だけの機能を再現したとか言っていたっけ。

 秘宝ってのは色々な種類があるんだな。


 報告を受け、規定の報酬を受け取ると、まあ、たいした額じゃないのだけれど、終わった気分になるね。

 さあ、あとは宿に帰ってゆっくり休むだけ。

 

 と、カウンターを離れようとしたとき、隣のカウンターから声がかけられた。


「おお! あなたはこの前の! ありがとうございました!」


 なんだ?

 声のした方を見ると、いたのはローブを着た、声の大きい男。

 ああ、たしかこの人二重寄生で強化してた時にパラサイトした人だ。


「ありがとうって、僕は何もたいしたことは……」

「そんなことありませんよ! あの時、僕をサポートして難しい依頼を達成させてくれたじゃないですか! しかも、あの時に強いモンスターをたくさん倒したおかげで、その後もこれまでより経験値のたっぷり持っているモンスターを倒せるようになって、さらに強くなれました。全部エイシさんのおかげです!」


 大きな声で男は礼を述べる。

 でも本当にお礼はいいんだけどなあ。

 俺の利益のためにやったことだし、むしろこっちこそありがとうって感じだ。


「いやいや、いいですよ本当に。僕こそ助かりました」

「そんな謙遜をしないでくださいよ。見てください、エイシさんのおかげで今はこんな依頼もできるようになったんです!」


 カウンターの上を俺に指し示すローブの男。

 そこにはオーガの体毛や、泥鬼の粘土など、パイエンネの迷宮二層でとれる素材がどっさり積まれていた。


「おおう、前は一層の敵といい勝負してたのに、凄いですね」

「エイシさんのおかげですよ。あそこで経験値をかせがせていただいた上、戦い方も学びました。スキルの組み合わせでいくらでも強くなれるって知りました。僕はエイシさんみたいに多くのスキルはまだ使えませんが、道具や魔道具でおぎなってます。そうですよね、人間は工夫してなんぼですよね。ただ強いのではなく、戦い方がうまい。それがエイシさんの強さだと、僕はそこが一番感服しました。そのおかげで、今では一人でパイエンネの迷宮二層でやる収集依頼もできるようになったんですよ」


 誇らしげな男の顔は自信に溢れている。

 思ったより、あの寄生させて寄生していた効果は大きかったようだ。ちょっと驚きだな、ここまで育つなんて。思っていた以上だ。


「そう言ってもらえると嬉しいです。お互いこれからも頑張りましょう」

「ええ。そのうち僕もエイシさんみたいにコキュトスウルフ級を狩れるようになりたいです。もっとレベルアップしますよ、お世話になったエイシさんにも恩返しさせていただきます」

「いや、そこまでしなくても。というか気にしなくてもいいですよ」

「とんでもないですよ! 感謝してるんですから! だから、きっと強くなります。エイシさんに教わったのに弱いと恥をかかせてしまいますからね!」


 ローブから拳をちらりとのぞかせ、握った拳を見せる。

 めっちゃやる気だこの人、ちょっと鍛えすぎたかな。

 いや気にしない気にしない。強くなって素材とかたくさん集まれば町にとってもいいことさ、俺にとっても経験値が入りやすくなってウィンウィンウィンだ、うん。


「あはは、大げさですね。まあ無理しない程度に頑張ってください」

「はい! 師匠!」


 いつの間にか師匠になってるんですが。どうしてこうなった。


 思わぬ影響に困惑しながらカウンターを離れてギルドをでると、アリーがパチンと手を叩く。


「エイシ様凄いですね、まだ冒険者登録して間もないのにお弟子さんまでとってしまうなんて。さすがです」

「いや、違うから! 冗談で言ってないアリーがむしろさすがだよ!」


 俺は素で感心しているアリーにツッコミを入れつつ宿へと戻った。


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