47,赤い夜
深夜のスノリの村、俺はリサハルナの後を追っていく。
人波に紛れることができないが、この前身につけた気配を消すスキルのおかげでばれずに後をついて行けている。
静謐な空気を感じながら、息を潜めてあとをつけていくと、リサハルナは村外れに出て、眠っている家畜の側へと歩いて行く。
全ての家畜を守るには人手もかくまう場所も足りないので、重要な個体だけをゲオルグ達に護衛させているらしい。
なのであぶれた家畜たちもいて、リサハルナはそれらのもとへと歩いて行く。
息を呑み、少しずつ距離を詰めていく。
闇に目をこらすと、モンスターの姿も村の外から近寄ってきているのが見えた。
挟み撃ちのように、両者は家畜に近づいていく。
これは、やっぱり――。
地面を蹴って飛びだそうとすると同時に、リサハルナが手を振り上げる。そしてやってきたモンスター――オーガが棍棒を振り上げる。
次の瞬間、リサハルナが家畜に襲いかかったオーガを弾き飛ばした。
「え?」
間近に跳んできた俺は、動きを止めて間抜けな声を上げてしまう。
「君は――どうしてここに」
リサハルナが振り返り、眉間に皺を寄せた。
しまった。
さすがにここまで近づいたらスキルをつかっていてもばれてしまう。
でも、それでもいいかもしれないな。
だって、リサハルナはたった今モンスターから家畜を守ったのだから。
俺は自分の能力以外は隠さず話すことにした。
「ちょっと夜の散歩をしていたら、リサハルナさんを見かけて、様子に妙なものを感じてついて来たんです」
「つまり、私が吸血事件の犯人だと思ったわけだね」
「え? いや、そこまでは……」
「君は嘘はあまり得意ではないようだ。私と同じで」
リサハルナは、月を背に、彼女がよくやる口の片側を持ち上げる笑みを浮かべた。 その姿は驚くほど美しく妖艶で冷たく、俺はしばし見とれてしまう。
「はい、たしかに関わりがあるんじゃないかと思って、怪しんで後をつけました。でもここで見たリサハルナさんは逆のことをやっていた。でも、あなたは普通の人間じゃない。僕にはわかるんです。いったい、何者なんですか」
もう、言ってしまっていいだろう。
どうせばれてしまってるようだし。
「なんだと思う? 君は」
「……吸血鬼」
「正解だ」
犬歯を見せつけるようにして、リサハルナは笑った。
言われなければ、人間とまったく見分けはつかない。
「でもどうやって私がそうだと見抜いた?」
「僕はちょっとしたスキルで、人間かそうじゃないかわかるんです。リサハルナさんは、人間じゃなかった。動物かモンスターか何かまではわからないですけどね」
「なるほど、そんなスキルがあるとは私でも知らなかったな。こう見えて結構長い間生きているのだが」
リサハルナは俺に近づいてくる。
家畜は逃げ出した。
吹き飛ばされたオーガは、未だに気を失って地面に倒れている。凄い膂力だ。
殴られたらどうしよ。
「どうして、正体を隠して村に?」
「別にこっそりと村人の血を吸おうなどと思っていたわけじゃないさ。理由は一つではないが、一番大きな理由は興味本位だ」
「興味本位? そんな理由で?」
「君達人間には理解しがたいかもしれないが、私は悠久の時を持っている。軽い気持ちで何かを行ない、失敗したところで痛手ではないのさ。急いで何かをやる必要など私にはない。戯れに人に交じって見るのも悪くない、そう思いあの廃墟を捨て人の振りをしながら方々を転々とし、またここに戻って来たというわけだ」
なるほど。
なんでも後から取り返せるってのは結構羨ましいな。
「依頼をしたのは、人として暮らすためだ。かつてこの村の側にいたヴァンパイアというのはおそらく予想がついてるだろうが私のことだ。無論その頃のことを知っているものはとうに寿命を迎えたが、しかしヴァンパイアのせいだとなれば、万に一つ私に疑いがかかる可能性もある」
だから、いないことを証明して欲しいというわけだったのか。
あの廃墟には、詳しいものが見たら繋がるものがあったのかもしれない。よそ者に見させて、何も無いことを証明させて先手を打ったのだろう。
本当の原因はそれから調べても遅くはないと。
「詳しいことは置いておいて、だいたい事情はわかりました。でも、一つわからないことが。なんでリサハルナさんはここに――」
「アガアアアア!」
突然、モンスターの叫び声が聞こえた。
そちらに目をやると、目を覚まして逃げようとしていたオーガが倒れる姿と、鮮血とともに人影が――いや、甲冑が姿を現す。
その手には一振りの深紅の槍が握られていて、それは、モンスターを貫き浴びた血が吸収していた。
「槍が血を吸ってる!?」
「やはり、あれが騒動の原因か」
リサハルナがじっと、槍を見つめていた。
俺もどこかで見覚えがあるような気がして、目を凝らす。
……思い出した。
あの甲冑、よく見てみると廃墟地下の棺のあった部屋の前に飾られていた鎧だ。扉の片側にしかなくてバランスが悪いと思っていたが、まさか片方が自分で動いていたっていうのか。
棺――そうだ、棺には無数の切ったり突いたりしたような傷があった。
棺の部屋を守っていた甲冑が、棺に傷をつけられそうなものを手に持っている。
「もしかして、あの槍が棺の中に?」
「そうだ。私がかつて所持していた【秘宝】ブラッディリコリス。血吸いの魔槍」
槍は魔物の血をうまそうに飲んでいるように見え、甲冑はその場で留まっている。
俺は目を離さず、リサハルナに尋ねる。
「そのなんだか凄そうな槍を、あの鎧の化物がつかっているんですね」
リサハルナは首を振る。
「逆だ。槍が甲冑を操り自らの望みを果たさせているんだ。血を吸い渇きを癒すという欲求を」
「なっ、槍が?」
「力を持った物が満月の光を1000度浴びれば霊性を身につけ意志を持つようになると、聞いたことはないか? 秘宝とはいつからあるか、誰が作ったか不明の人智を越えた力を持つ道具。そんなものが長い年月を過ごせば、自らの意志を持ち魔や霊となることは十二分にあり得る。優れた武器や石像がモンスター化することは、間々あることだ」
まじでか。
秘宝――前にも少し聞いたことがある気がする。
普通のお宝とは異なる特別な力を持ったものだというくらいの認識だけど、それがモンスターになったって結構やばくないか。
「あれはかつては使われ血を流させるための武器だった。だが長い時のうち、それ自身が血を求める魔物と化したのだ」
「そう、なんですか。じゃあ、あれが吸血事件の真犯人」
リサハルナが頷きつつ、ゆっくりと槍と甲冑の方へと向かっていく。
「もしや、と思ったのさ、吸血騒動を耳にした時にな。だが、私はただの村人で通っている。廃墟に行ってみることはできればしたくない」
「それで僕らに頼んだんですね」
「そうだ。多少不自然な依頼ではあるが、よそ者ならばそこまで突っ込んでこないだろうというのもあった。……だが、ことここに及んでは静観するわけにもいかなくなったというわけだ。あれは私があの廃墟に住んでいた頃に献上されたもの。自分と似た秘宝は骨董品として気に入っていたから、捨てずに棺の中に封印していたのだが、思った以上に強い魔性を帯び自ら外に出たらしい。魔物の襲撃もあれの放つ瘴気に中てられてのことだろう」
リサハルナの手のひらが、薄い朱色の結晶に覆われていく。
それは槍の放つ光と同じような輝きを持っている。
「どうするんですか」
リサハルナがさらに足を踏み出す。
虚ろな甲冑が、槍がこちらに気付いたように構え、向かってくる。
振り抜かれた槍を、リサハルナが赤く染まった手で受け止め、さらに素手で鎧を掴み、投げ飛ばす。
「決まっている。破壊する」
「おお!」
「ヴァンパイアの武器はその膂力。鋼より強く、武器など本来は必要ない――だが」
リサハルナの手から、赤い雫がこぼれていく。
「今ので怪我を!」
「やはり並の武器とは違うな。血も吸っているようで、力も増している」
血を吸うと力を増す武器ってことか、まさに魔の槍。
甲冑は動きが鈍る様子もなくさらに速度を増して襲いかかり、リサハルナは身を躱すが捌ききれず、受ける度に傷が増えていく。
反撃もして鎧はひしゃげるが、しかし本体の槍にはダメージがない。
舌打ちをしながら大きく蹴り飛ばしたところで、リサハルナはその場に膝をついた。
「大丈夫ですか!?」
「あまり、大丈夫ではないな。やはり長らく血を吸っていない今の私よりはあれの方が上のようだ。予想はできていたが」
駆け寄って見ると、色々なところが切れて、紅の血が月明かりを反射している。
「結構な出血ですよ。あとは僕がやります」
「あれは強力だぞ」
「ええ、見ていてわかりました。……でもまあ、なんとかなると思いますよ」
俺は剣を抜き、魔力を集中する。
強がりや慢心じゃない。多分本当になんとかなる、ちょうどいい相手に見える。
これまでに寄生を『させて』得た力、試すいいチャンスだ。