45,帰り道は……
棺を無事見つけ任務達成。
あとは帰るだけだ――が。
「また、ここを通らなきゃならないんですよね」
そう、あのお化け達がいる廊下を。
帰りたくないが帰りたい。
アリーは俺の方を縋るような目で見つめている。
今日は帰りたくないのと目で言っている。
ニュアンスは全然違うけど。
さて、どうしたものか。
しばし考えた後、俺はアリーを見返して頷いた。
思いついた。これが一番いいはず。
「アリー、霊には霊だよ」
「どういうことでしょうか?」
「精霊だよ。アリーはもう人形を見たくもないだろう」
「はい。お恥ずかしい話ですが……」
「だったら、目を瞑って精霊魔法をガンガン使って欲しい。幽霊でもなんでも蹴散らして、魔法の音で耳も塞いでしまえばいいんだ。存在に気付かなければ、怖いと思えない。存在してないんだから」
もっとも、何もわからないってのも怖いかも知れないけど、お化け屋敷とかで嫌なときはずっと足下見とく対策みたいなものだ。
苦手なものは目をそらして気付かないふりをしてやり過ごす。これが処世術というものさ。
アリーは、はっとしたような顔になる。
「そうですね、それなら――でも、前に進めませんよ」
「俺が引っ張っていくよ。俺につかまってれば、迷うことはない」
「エイシ様が? いいのですか? それだとエイシ様はまともに見ることに」
「大丈夫大丈夫、お化けの一人や二人」
あんまり大丈夫じゃないけど、アリーが恥を忍んで話したことを無にするのもパラサイトの名が廃る。
それに、精霊なら幽霊より上位のような雰囲気がするし、お化けが消えてくれたりするかもしれない。
「行こう、嫌なことは間を置けば置くほど躊躇して動けなくなる」
「……はい。ありがとうございます」
アリーは俺の手をとり、目を閉じた。
そしてドアを開き、廊下に出る。
まだ奴らはいない。
俺は前に進み、奴らが見える前にアリーに合図を出す。
ノームを呼び出したアリーは岩弾を前方にどんどん飛ばしていく。
石壁にぶつかり大きな音が立ち、砂煙が舞う。
視覚も聴覚も制限される。
そのおかげで気付かずにいやすくなる。
「アリー、軽く急ぐよ」
アリーはぎゅっと俺の腕をとり、体を密着させる。
怖いのと、離れて俺に攻撃をぶつけないためだろう。
急ぎ足で進んで行く。
何かちらちら影が見える気がするが、ほとんど確認する前に消えていく。
うめき声らしきものが聞こえる気がするが、石の音にかき消されてよくわからない。
今は見えない怖さより見える怖さの方が大きい。
作戦はなかなかうまくいっているらしい。
あっさりと出口寸前まで来ることができた。
よし、あと少し――う。
最後の関門のように、人形が地面で俺を見上げていた。
今にも血を流したり、髪を伸ばしたり、笑い出したりしそうに。
「止まるな、止まっちゃダメだ」
一回足を止めれば動けなくなる。
目をそらして、壁沿いをすり抜けるように距離をとり、横をかけ抜けた。
意外なことに人形はなんのアクションも起こさなかった。
驚いているうちに出口に到着。
アリーに合図をして、目を開けさせ、扉を開く。
夕日が眩しく照りつける。
風が吹き抜ける。
地下のかび臭い匂いではなく、新鮮な空気を胸一杯に吸い込んだ。
「あはは、奇跡の生還だね」
「エイシ様、ありがとうございました。私一人では生きて帰れませんでした」
「そんなおおげさな」
「おおげさではありません。だって、一人ではあの部屋から動けなかったと思いますから」
アリーは俺の腕をがっちりと両手でロックしたまま、涙目で笑う。
ちょっと頑張ってよかったかな。
「やはりエイシ様はお優しいのですね」
「いや、別にそんなこともないと思うよ」
「いいえ。勝手に自分のことを話しただけなのに、私の意を汲んでくださいました。以前も、自分の身の危険を顧みず死地へと赴いたこともあります。それにスノリにいらしていたゲオルグ様やミミィ様に信頼されているのも、きっとその人柄故です。間違いありません」
「さすがに持ち上げすぎじゃないかなあ」
「そう思うのならば、それは私たちから思えば尊いことがエイシ様にとって当たり前ということなのでしょう。なおさら素晴らしいことです」
アリーはじっと俺の顔を見つめて言った。
真剣に言った言葉だと主張しているように。
その時の成り行きというか、深いことを考えてたわけじゃないんだけどな。
とはいえとてもそう言っても聞きいれられそうにはない。
「そう思うなら、アリーがそうなんだよ。人がどう見えるかは鏡だってよく言うし。でも、ありがとう。素直に受け取るよ。さて、いつまでもここにいるのもなんだし、スノリへ戻ろう」
「はい!」
そして戻り始めた俺たちだが、村まで行く間もアリーは俺の手を放さず、腕のロックこそ外したものの、手はずっと握っていた。
もう廃墟をでたのにまだ怖いのかね、相当だなこりゃ。なんて思いながら横顔を見ていると、アリーが嬉しそうな緩んだ顔でこちらに振り向く。
なんだかあまり怖がってそうではない顔である。やっぱりアリーの頭の中に何があるかを知るのは俺には難しい。
「それにしても、こんな怖い思いをしたのはローレルに来てから初めてです。スノリ村、恐るべしですね」
廃墟からの帰り、はげ山をおりてスノリへと戻る途中、アリーが噛みしめるようにつぶやいた。
夕焼けに照らされ赤くなった山を見ながら俺は頷く。
「本当、なんだったんだあれ。モンスターは平気なのに、ああいうのはね」
「全然違います。あれならオーガや本当のヴァンパイアの方がずっといいです」
冷静に考えると変な感じもするが、しかし実際モンスターの方がマシだ。
人間心理って複雑である。
「そういえば、ローレルに来てからって今言ったけど、その前はアリーってどこにいたの? どこから来たの?」
「私はネマンの出身です。ご存じですか?」
初耳だ。
俺は首を横に振る。
「ネマンはライン王国の東部に位置している町です。規模はローレルより少し大いくらいですね。様々な鉱物が産出する地域にあります。母はローレルの出身で、伯父様――コール=ウヌスの妹なのですが、そのネマンのデュオ家に嫁いだのですよ。ローレルとネマンはライン王国の北部と東部にあって、遥か遠くというほどではありませんけれど、そんなに近くもない場所ですので、頻繁に来るということもありませんでした」
ネマンの町にライン王国か。
スノリも当然ライン王国にあるんだよな。なるほどねえ、ローレルやスノリ以外にもそのうち行くこともあるかなあ。
でもあの馬車で凄く遠くまでは結構つらそうだぞ。
今回の遠出で旅的な欲求は大分満足したし、気が向くまではローレルに引きこもっておこう。
「普段はネマンの町にいるんだ、じゃあ」
「そうですね。それが多いですけれど、別の町に行って冒険者をやっているときも多いですね。ローレル以外にも」
「へえ。自由にさせてもらえるんだ」
「最初は色々言われましたけど、最近は諦められてます。一応、武者修行をして国や都市に何かあったときのために力をつけていると、それらしい理由はつけているんですよ。真意は知られてますけどね」
アリーはいたずらっぽく笑いつつ、しかし少し真面目な口調で続けた。
「でも、本当に何かあったら、もちろんすぐに戻ってネマンやラインを守るために戦うつもりだというのは嘘ではありません。もちろん、今はローレルも。……ところで、エイシ様はどうですか?」
「え? どうって?」
「エイシ様はこのあたりの方なんですか」
「いや、俺は違う、違うところから来たというか、出身は別だけど」
「そうなのですか。どちらからいらしてるんですか」
うっ。
困った、なんと言おう。
アリーは純粋に好奇心というか、あるいは礼儀として自分も聞き返したんだろうけど、いややっぱり好奇心が瞳に表われている。
いずれにせよ、これは困った。なんと言おうか。
それっぽいの何か無いだろうか……。
あ、そうだ、ルーが言ってたじゃないか、ちょうどよさそうなのを。
「ええと、ジャザーというところから」
「ジャザー? ……申し訳ありません、寡聞にして存じません。きっと遠いところなのだとは思いますが」
「はい、結構。というか凄く遠いです。いろんな大きな建物とかもあって、賑やかな場所です」
「へえ、そこを出て遙々ここまでいらしたとは、生粋の旅人なんですね」
どっちかと言えば真逆なんですけどね。
しかしなんとかごまかせた。こっちの世界の人は異世界とか知ってるそぶりはこれまで一度もなかったからな、ちょうどいい。
ここがホルムで、あっちがジャザー。女神ルーが言っていた、俺のいた世界をルーが呼ぶときの名前を使わせてもらった。
創作して嘘をつくと、あとでつじつまあわなくなったり、なんと言って嘘をついたかを忘れたりして困るものだ。
だからごまかすときは、嘘ではないけど、言ってまずくはないようなことを使う方がいいものだと思う。
ジャザーという名前はそれにちょうどいい。
ここの世界の女神がつけた名前だから響きの違和感なんかも少ないだろうし。
そんなことを話したりしつつ、スノリの村まで俺たちは無事帰還した。
その頃にはもう日がすっかり暮れていたので、報告は明日にし、今日は休むことに決めた。
何よりもう憑かれました。
宿に入り、それぞれの部屋に別れていく。
「エイシ様のように、私も勇気を持ってお化けを克服してみせます。お休みなさい」と言ってアリーは自分の部屋へと戻っていった。
俺も自分の部屋に戻り、ベッドにダイブする。
はぁ……ようやく心が安まる。
ゆっくりしようと思っていると、すぐに眠気が襲ってきて、俺は目を閉じた。
コン、コン。
コン、コン。
飛び起きた。
夜中に、突然聞こえてきた物音。
「いったい……って、なんだノックか」
驚かせやがってと、ありがちな台詞を胸中でつぶやきつつドアを開ける。
そこには寝間着姿のアリーがいた。
「どうしたの、アリー」
尋ねると、言いにくそうに、俺から目をそらして口を小さく開く。
「あの……お手洗いに……ついてきてくださらないでしょうか」
克服は遠い。