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44,疵と棺

 アリーは意を決したように、人形の恐怖を語りはじめた。


「子供の頃、私は夜中に目が覚めました。そしてお手洗いに行こうと廊下に出て、その人形達と目が合いました。ランプに照らされ、目を光らせて物言わず、薄い笑いを浮かべてこちらを見つめていました。私は、体がすくみ動けなくなり――それから、本当に人形はダメなんです」


 アリーは俯いて黙りこくった。

 その話の流れから行くと、論理的に考えて。


「怖くて漏らした?」

「口に出さないでくださいよ! 聞かないで察してくださらないと言葉を濁した意味がないじゃないですかぁ」


 アリーは顔を赤くして俺を糾弾し、恥ずかしそうに俯いてしまう。


「あ、なるほど。ごめんごめん。気になると聞いちゃうたちで。でも気にしてないから大丈夫。子供のころならそういうこともあるし」

「うう……。こうだから人形は嫌なんです。あの時の忌まわしい思い出が蘇るんです。だからエイシ様、ここはお任せします。また人形が来たらお願いします」

「ええっ! 俺に!?」

「お願いします。そのために、恥ずかしい思い出をお話ししたんです。もし見捨てられたら、恥のかき損です」

「いやそう言われても、勝手に話されただけだし」

「そんなあ……私も貴族の女の端くれ、あのようなことをお話しするのは心臓を差し出すようにつらいんです。生き恥をさらしてまで告白したのですから、勝手は百も承知ですがなにとぞお願いいたします、エイシ様」


 俺の腕をとり、涙目で訴えてくるアリー。

 そんなこと言われてもと思うけど、そこまで言うならまあ仕方ないとも思う。でもそれよりも今は、いつもはのほほんとしたアリーがこうも涙目になっているせいで嗜虐心がくすぐられてきてしまう。


「あっ、あそこに人形が」

「え!?」

「なんて冗談、冗談――アリー、さん?」


 アリーが全身を震わせていた。

 恐怖ではなく、怒りで。


「ノーム様! この男に大地の怒りの鉄槌を!」

「わー、待って! ごめん調子に乗りすぎた! 本当ごめんなさい! わかった、人形からは俺が守るから許して!」


 地面から伸びてきた岩のハンマーは、俺の手前でギリギリ止まった。

 はー、危なかった。

 やりすぎだな、いけないいけない。


「もう、エイシ様、私だって本気で怒ることもあるんですよ」

「いや本当ごめん、やりすぎまし――」


 パン!


 平身低頭謝る俺の耳に、背後から、何かが破裂する音が聞こえてきた。


 俺たちは石像のように固まる。


「あの、後ろで音がいたしましたよ」

「うん、アリー、気になるなら見ていいよ」

「いえ、エイシ様こそ、ごらんになってください」

「譲り合ってちゃきりがないし、それじゃあ、せーので振り向こう」

「そうですね。せーので一緒にですね」

「せーの!」

「せーの!」


 ………………。


 俺たちは二人とも、前を向いたままだった。


「どうして振り向かないんですか、エイシ様!」

「そっちこそ、俺にだけ後ろ確認させようとしてただろ!」

「た、タイミングがずれただけです。というかエイシ様もじゃないですか!」


 恐怖の前では人は見苦しくなるのであった。

 俺たちは責任のなすりあいを見苦しくしていた。

 だが、今度こそ一緒に確認することにする。


「せーのっ」


 今度こそ一緒に振り返った。

 そこには一体の人形がいる。


「やっぱりいます!」

「だ、大丈夫。俺が約束どおり――そう、一人なら呪われたって」


 すでに腰のひけているアリーの前にじわりと一歩出る。

 そのとき、ランプの明かりが遮られていたような、人形の背後の闇がうっすらと光を持った。


 そして俺たちは目にする。

 そこには、目から血を流す笑っている人形と、甲冑と、宙に浮かぶ火の玉と、総出で俺たちを出迎えていることを。


「ひいいいい!」


 もう俺たちに言葉はいらなかった。

 全力で逃げるのみ。

 もう依頼とか恥とか考えてる余裕なんてない。


 走っていると通路は直角に曲がり、行き止まりに両開きのドアがあらわれた。

 一体の騎士鎧が守るように右側に立っているそのドアを開き、迷ういとまもなく、俺たちはそこに飛び込んだ。


「はあ……はあ……はあ……」

「見てください、棺です」

「おお」


 最後に入った部屋には、棺があった。

 部屋の中央にワインレッドの棺がどんと鎮座し、壁際には石の棚がある。


「これがリサハルナさんの言ってた棺だよね」

「きっとそうです。見たところ、何の変哲もない棺ですね」


 たしかに、何の変哲も無いただの大きな棺だな。

 周囲を見てみるが、そこにも特に変わった様子はない。

 棚には、楯やブローチ、かさかさの巻物、コップや水差し、風化した花、などが隙間を空けておいてあるけど、どれも変な感じはしない。


「棺の表面だけを削っていく、というわけにはいきませんよね」

「アリーがそれでいいなら俺もそれでいいけど」

「いいはずありません。中に何があるか見ないで帰れるはずが」

「だよね。必死の思いでここまで来たんだから」


 俺たちは棺の前後にスタンバイし、蓋に手をかける。

 そして、息を合わせて棺を開く。


「……何もない?」


 だが、棺の中には何もなかった。

 息をのんで開けたのは何だったんだろう。


「エイシ様、これを」


 アリーが見つめていたのは、蓋だった。

 蓋の内側に、無数の切り傷や刺し傷がついている。

 この棺の中にいた誰かがつけたものかな。

 普通に考えればそうだろうけど、だとすると誰かが中で暴れた?

 その理由は、外に出ようとしたからなどが考えられるだろうな。

 じゃあ何が外に出たのか、いつ出たのかってことが次は気になる。


 棺だけ見ていてもそれ以上に考えが進まないので、アリーとともに部屋を調べてみるが、やはり何かわかりそうなヒントはなかった。

 リサハルナが廃墟について詳しかったから、彼女に報告と質問をすることにした。

 

 棚にあるもので価値のありそうなものを持っていき、そして棺の一部を削り、ワインレッドの木片を無事に回収した。


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