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41,異世界だって犯罪です

 宿を確保した俺とアリーは、明日のことを話し、夕食をとり、各々部屋に戻って英気を養うことにした。


「ヴァンパイアのいない廃墟か。しかし、血を吸う何かしらはいるんだよな」


 窓の外の町並みはすっかり暗くなっている。

 そろそろゲオルグとミミィは仕事の時間だろうけど、あの二人、大丈夫かな。


 少し様子が気になり、俺は【パラサイト・ビジョン】でゲオルグの視点に宿った。


 映し出されたのは、野っ原に俯いて座っているミミィと、急造りの柵に囲まれた狭い範囲に追いやられている羊や馬や豚たち。

 夜の間は、こうしてまとめて守るってことね。


 視界はたまにゆったりと動き、周囲を見渡している。

 だが、何も見当たらない。今のところはまだ何も起きていないようだ。

 ミミィの視点に移動すると、ゆっくりと上下に移動して舟をこいでいる。

 やれやれ、これもう半分眠ってるな。


 依頼中何かあったときの様子を見るために、二人とアリーにはパラサイトしておいたのだ。

 こういう使い方もできるのがパラサイトのいいところ。やっぱり便利。


 他に寄生中の呪術師もついでに見てみると、どこぞで肉団子をフォークに刺した瞬間だった。ごく普通だ。

 そのままアリーも見てみると、前に伸ばした腕が見えて、その先に放物線を描く布が見えた。


 腕は素肌が露わで。

 放られているのは、今日着ていた服。


 ちょっちょっちょ、これはまさか、これから風呂に入るところじゃないですか?


 服は籠の中に無事入った。

 嬉しそうに視線が揺れるが、前の方を見ているので体は見えない。

 と、視線がちょっと後ろを振り向くように動いた。

 肩と鎖骨のあたりの美しい曲線が、白く滑らかな肌が視界に入り、胸の左端の方、膨らみの裾野が隅に見えた。


 これは――っ!


 近くにいるわけでもないのに思わず息を潜めてしまう。

 これは凄い、凄いけど、もうちょい右下を見てくれれば……って違うだろ! これまずいって、完全に覗き、ただの犯罪行為じゃないか。


 俺の動揺を知るよしもないアリーは真っ直ぐ前を向き、浴室へ歩いて行く。

 前を向いているのでアリーの体は今は見えないが、風呂に入って体でも洗えばすぐに全身見えるだろう。


 でも顔が見えないと物足りない……じゃなくて、スキルを解除しなければ。

 欲望に負けて犯罪を犯すなど、パラサイトにだって矜恃はあるんだ。

 スキル解――くっ、なぜ俺は出来ない。


 踏ん切りがつかないうちにもアリーは進み、ついに風呂のドアに手をかけ、開く。

 もうあと少し、猶予はない――ぐっ!


「はぁ……はぁ」

 

 俺の視界には、宿の壁だけが映し出されている。

 ギリギリ、踏みとどまった。

 人の道を踏みはずさずに済んだか。


 ああ~、なんで俺はもう少し遅くスキルを使わなかったんだ。

 使った瞬間に風呂の中にいれば、不可抗力で裸を見られたのに。そしたら自分に言い訳が立ったのに。

 自分の意思で見たわけじゃなくて事故だからしかたないって言えたのに。


 ……って、その思考自体が割とだめですね。


 ベッドに横になって気を落ち着けようと目を閉じるが、ちらりと見えた柔らかそうな素肌はなかなかまぶたの裏を離れてくれそうにない。


 俺はベッドの上でしばし悶々とする羽目になったのだった。




「ダメだ、気が散る!」


 とても眠れそうにないし、忘れられそうにもない。

 これはいったん明日の対策を考えよう。うん、そうしよう。


 ヴァンパイアじゃない吸血モンスターねえ……そうだ、ルーに聞いてみようかな。

 ルーならきっと何かしら知ってるだろう。なんせ神様だし。


 俺はベッドから立ち上がり【通神】のスキルを使った。

 以前と同じように、空中に映像が浮かび上がり、今回はちょうどルーが正面に現れた――いつもの薄着で。


 忘れてた……こいつこそ煩悩製造神じゃないか。


「なんでそんな格好してるんだよ!」

「いきなり罵倒!?」


 こちらに気づいたルーが声を上げる。

 そして頬を膨らませる。


「いきなり呼び出しておいてずいぶんじゃないか、エイシ君。私の格好のどこに問題があるというんだよ、ええ?」


 画面の間近まで詰め寄って、顔を近づけてくる。

 もうちょっとカメラさんひいて。


「どこって、その、薄着なところというか、肌を出しすぎというか……」


 しどろもどろになりながら言うと、頬を膨らませていたルーは、意地の悪い笑顔に豹変する。


「ほほう、そういうこと。さすが変態出歯亀男は言うことが違う」

「な」


 一瞬言葉につまり、慌てて両手を激しく降り否定する。


「何をいきなり!? 変態なんて、いわれない誹謗中傷をしないでくれ」

「いわれない? さっき何かを覗いていなかったっけ」

「な」


 またもや言葉に詰まる。

 そうだ、ルーには神眼があった。

 もしやさっきの姿を見られていたのか。


「違う、あれはちゃんと踏みとどまったから。鎖骨くらいしか見てないから」

「あ、やっぱり見てたんだ。エッチだなあ、エイシは」

「へ? やっぱりって……かまかけたのか!?」

「見るには見てたけど、スキル使ってる対象まではわからないよ、私には。なんかじいっと変な動きしてるなあと思って怪しんでたけど、やっぱりあのスキルを使ってたんだね。まったく、エイシも好きだなあ」


 まるで同士を見つけたみたいな笑顔やめろよ、俺は一応踏みとどまったんだから。踏みとどまれなければよかったとちらっとは思ったけど。

 だがそんなことはいい、とにもかくにもこの話題は終わらせたい。


「そんなことを話したくて連絡したんじゃないよ、もう終わり、この話は終わりです! ――吸血について聞こうと思ったんだ」

「吸血?」

「うん、この村を襲ってるそういうモンスターの対処をしようとしてるんだ。もっとも、ヴァンパイアとは限らなくて、別の吸血モンスターかもしれない。ルーは神眼使えるでしょ、それでちらっと見て正体暴いたりできない?」


 ルーは身につけている薄布をくるくると指で絡めながら、体を左右に揺らす。

 そしてちょっと考えるようなそぶりを見せ、首を振った。


「だめだめ、それはできないね」

「なんで? 難しいの」

「難しいと言えば難しいよ。神眼で見られるって言っても、みたい場所を見るだけだから、どこにいるかわからないものを探そうと思ったら、世界中を走査しなきゃいけない。不可能じゃないけど、かなり手間だってことはわかるよね」


 ああ、そりゃ大変だ。

 宿を拠点にしてることがわかってる相手とかなら簡単だけど、そうじゃないと厳しいだろうな。


「それにもう一つ、人間の一つの町で起きた一つの事件に私がかかわるってのはよくない。不公平だし、きりがないし」

「ええ、そんなけちなこと言わないでさあ。俺は助けてくれたんだし」

「ケチ言うな! 私は女神だよ。世界か自分が関わってないことには手をむやみやたらに出すべきじゃないの。エイシは私がやったことだから特別だけど、今回のことは関係ないし。傍観が一番」


 ルーは、久しぶりに見た気がする真面目な顔で言った。

 うーん、たしかに正論のように聞こえる。

 俺は凄い気軽に話してるけど、この世界じゃ神様だもんな。それが特定のこととか町とかに肩入れしない方がいいってのはそうかもな。


「わかった、たしかにそうだね。じゃあ、そこまでは頼まないよ。でもちょっとどういうのがいるかくらいなら教えてくれてもいいでしょ? 吸血モンスター。そしたら俺も、俺の世界のそういう伝承とか教えてあげるから」


 ルーは目を細める。

 ゆらゆら揺れながら俺を見て、頷いた。


「というかそれ、事件とか関係なくエイシ君が興味あるだけでしょ」


 ばれていたか。

 ヴァンパイアって、こう、心のどこかをくすぐるものがあると思うんだ。


「でもそれくらいなら全然構わないかな。私もちょっぴりエイシ君の知ってる話にも興味あるし。そうだなあ、ヴァンパイア、巨大ヒル、マックスケラ……私が知ってる範囲でも結構いるね。さあて、じゃあどれから語り合うおうか?」


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