39,知り合い四人が一堂に会する確率は意外と低くない
程なくして馬車はスノリについた。
「んー、体をようやく伸ばせる」
「ふう、生き返りますね」
スノリの入り口で固まった体をほぐす俺とアリー。
一緒の馬車に乗り合わせていた他の客も同じように背骨を伸ばしている。
「せっかくだし、ちょっと色々まわってみる? 時間はあるし」
「ええ、そうしましょう。私もここを見てみたいです」
依頼人のところに行く前に、スノリを見て回ることにする。
馬車の中で話したところ、アリーはここは初めてらしいし、いきなり。
「しばらく前にも来たんだけど、ここのソーセージがすごく美味しいんだよ」
「そういえば、ここは豚やひつじがたくさん飼われていますよね」
「そうそう、名物なんだって。行ってみない? というか絶対行った方がいい」
「もちろんです。美味しいものは大歓迎です」
そうしてこの前の露店へと、俺はアリーを案内していく。
どっちかというと俺がまた食べたいと思ってたんだよね。あれ本当に美味しいし。
とそのとき、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「うまいっ! これは何度食べても美味しいよね、ゲオルグ」
「ああ。しかし三本はちと食い過ぎじゃないか?」
「いいのいいの、美味しいものはいくら食べても。あー幸せー、三倍幸せー」
そこにいたのは、ソーセージをほおばるミミィとゲオルグだった。
俺は足を速めて、声をかけた。
「ミミィ、ゲオルグ、二人もここに来てたんだ」
「ん? ああっ、エイシ! エイシも来てたの?」
「おお、エイシか。久しぶりだな。それに――あんたはまさか迷宮で会った」
ゲオルグとミミィが顔をアリーの方へ向けた。
アリーは優雅に頭を下げる。
「はい。冒険者ギルドの依頼を受け、ここに来ました。アリー=デュオと申します。お久しぶりですね」
アリーとゲオルグ達が自己紹介しあってから、俺たちはこの前の蜘蛛退治をアリーに話した。
ゲオルグ達は迷宮でのことをアリーにあらためて礼を言っていた。
どうやらアリーが貴族で冒険者というのはゲオルグは知っていたようだ。コールとの関係も知っていて、他にも結構知っている人は多いらしい。
まあアリーは普通に冒険者ギルドを使っていて、身分を偽ったりもしてないし、コールも冒険者達の間では有名だ。
それなら知られていても何もおかしくはない。
その後、今回スノリに来た理由を二人に話すと――。
「エイシ達もそうなのか。俺たちもだ。ただ、俺たちは夜に襲ってくる何者かから村を守れって依頼だったがな」
「そうそう、それで夜まで一眠りする前に、腹ごしらえしてるってわけ」
ぽんと勢いよくお腹を叩くミミィの動作に、アリーがおかしそうに笑う。
「私たちはこちらから出向いて調査、解決するという趣旨の依頼でした。詳細はこれからですが、同じ事件に違うアプローチで対策を試みている人がいるようですね」
「そういうことみたいだねー。んー……夜の依頼があるにしても、まだ寝るには少し早いかな。アリーはこれからどうするの?」
「馴染みのない場所ですし、私はしばらくここを見てまわろうかと。せっかく来たのですから、ギルドの調査だけでは物足りません」
「お、ここは初心者? それじゃあ、あたしが案内してあげなきゃねー、行こ行こ、アリー!」
ミミィがアリーの手を引いて露店の並ぶ通りをずんずん進んで行く。
なにげに気が合うようだ、あの二人。
俺は俺と同じくのこっている隣のゲオルグに目をやった。
ゲオルグは真面目な顔をこちらに向ける。
「悪いがエイシ、俺は手をつなぐつもりはないからな?」
「望んでないよ!」
それから俺たちはスノリを見物してまわった。
スノリには冒険者ギルドはなく、だからローレルに依頼が来たのだろうが、それに伴って武具の店もほとんどなかった。
だが日用品の店はローレルと比べても遜色は感じられず、観賞用の魚が放されている池がある大きな広場なんかもあり、村と呼ばれていた割に発展していないというわけでもない。
村の周囲には畑が広がり、家畜が多数飼われている。
なかなか住みよい所のようだ。
一通り町を歩いて見て回った俺たちは、村はずれで羊や馬が草を食むのどかな光景を眺めながら、彼らと同じくのんびりと買ったものを食べている。
「は~こっちもおいしい」
「これも美味しいですよ、いかがですかミミィ様」
口にソースをつけながらミートパイを食べているミミィに、アリーは野菜のパウンドケーキを勧める。
だがミミィは首を激しく振った。
「あら、お嫌いですか?」
「ニンジン無理、絶対」
その野菜のパウンドケーキはニンジンが練り込んでありほんのり橙色。
見た目は割と美味しそうだし、ニンジンならけっこうありじゃないか。
「ミミィ、いい加減に好き嫌い無くせよ、冒険者ならなんでも食えるようになっとけって言っただろう?」
「ニンジン食べるならのたれ死ぬ!」
やれやれと首を振るゲオルグ。
アリーはそれならと俺の方を見た。
「エイシ様は大丈夫ですか?」
「うん、基本的には好き嫌いないよ」
「それでは、是非食べてみてください。美味しいんですよ、本当に」
どれどれ、と一切れ野菜のケーキを口に放り込む。
おお? なんだか不思議な味だ。野菜の苦みと甘みとが同時にあって、でもなぜか美味しい、こういうのもあるんだな。
村の味を楽しんでいると、こちらを見た馬と目が合った。
あらためて見ると、馬って賢そうな顔してる。
愁いを帯びた哲学者の目だ。
そういえば俺も昔は哲学者の本を読んだりしたなあ。
高校生の頃に、キェルケゴールとかニーチェの日本語訳を読んでたんだよなあ、意味もわからず。
ああいうのは現地の文化とか時代とかそれまでの流れとかをわかってないと、ちゃんと理解できないだろうから、素直に解説本を買えばいいのに、俺は原本そのままが一番かっこいいという思想に染まっていたのである。
なぜ人は理解できないと賢くなった気になるのか。どう考えても理解する方が賢くなっているのに。
これは哲学的だなと考えていると、アリーが同じ方を見て話しかけてきた。
「ここは作物も畜産物もたくさん新鮮なものがあるんですね」
「うん。あ、これアリーも食べてみ」
「ハムとチーズと野菜とを挟んだパンですね、私これ好きです。しかもここのなら絶対に美味しいですよね……あっ」
俺が渡したサンドイッチ的なものを口に入れようとした瞬間、何かを閃いたように口を開いたままアリーが固まった。
「何か思いついたの?」
「いいえ、なんでもありません。ふふっ」
頬を緩めて、ごまかすようにパンをぱくりと口に入れる。
絶対思いついてる、この顔。
何を企んでるんだいったい。
と思っていると、ゲオルグが立ち上がった。
「さあて、たらふく食ったし、そろそろ夜に備えて寝るとするか」
「そうだねー、あたしもお腹いっぱいになったら眠くなってきた。ふああ~」
ミミィも大あくびをしながら立ち上がる。
二人は夜が本番だもんな、そろそろ休まないと居眠り間違いなしか。
それじゃあ俺たちも、そろそろ依頼人の所へ行こうとしよう。
たしか名前は、リサハルナ。