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29,魔道具屋『ヴィシュブ』


 使えそうな道具は自分で使うとして、自分では使い道のない素材をどうにかしなければいけない。

 こういうときに選択肢の第一は換金なのだけれど、しかしこのマンティコアの素材は並のレアさじゃないので普通に換金するのはもったいない。


 となると、価値を理解して優れた道具に加工してくれるところを探さなきゃならないので、そういった店が多くあるアイアン・ブロックに俺は向かった。


 武器屋や魔道具屋など、いくつかの店に入って素材を見てもらうが、加工できるどころか皆その価値にすら気付かなかった。

『これは珍しくもない大サソリの尻尾だな、銀貨2枚ってとこだ』じゃあ、せっかくの素材任せるわけにはいかないよ。


 なかなか見つからなくて面倒になってきたし、次の店でダメだったらもう宿に帰ろうと思いつつ、ブロックの外れの方にある飾り気のない魔道具屋に俺は足を向けた。


「すいませーん」


 ドアを開けて呼びかけてみるが返事はない。

 人はいると思うけど、聞こえてないのかな?


「すいませーん! 伺いたいことがあるのですがー!」


 呼び掛けて少し経つと、店の奥から男が姿を現した。

 釣り目がちな目で不機嫌そうにこっちを睨んでいる。

 男は開いたドアを見ると、遠慮することもなく舌打ちした。


「鍵かけるの忘れてるじゃねえか、どこの間抜けだ。ったく」


 あなたしかいないようですが……。

 とは言わず、俺は確認した。


「今日は臨時休業か何かだったんですか? それなら出直しますけど」


 俺の言葉と背負っている荷物袋を見ると、男はため息をつきながら首を振った。


「もういい。作業を中断したくなかったから一時閉めてたつもりだったんだが、もう気が散っちまった、休憩だ。なんの用だ?」

「珍しい素材を手に入れたので、それをいかして何か作れないかなと思ってるんです。でもなかなか、できる人が見つからないんですよね」

「ほう、見つからない?」


 どうやら興味を持ったらしい。

 これは職人タイプの人間だな、だったらいけるぞ。


「工房に来な」


 魔道具職人は親指で店の奥を示した。

 建物の中は入り口近くが狭い店のスペースになっていて、色々な魔道具がおいてある。俺の買った回避を増す風のネックレスのようなものもあるな。

 

 魔道具職人について奥に行くと、工房になっていた。

 刃物や工具、窯や釜など色々なものがおいてあり、そのスペースは販売スペースよりもずっと広い。

 こっちがむしろ建物の本体という感じがする。


「さて、それでどんなものを持ってきたって言うんだ? つまらないものじゃないことを祈るぜ」

「これです」


 示された作業台の上に、マンティコアからとった素材を置いていく。

 すると、魔道具職人が眉間にしわを寄せ。


「これは――ちょっと待て、まさか!」


 魔道具職人は工房の隅にある本棚に大股で歩いて行き、本のページを急いでめくっていく。

 そして本を片手に作業台に持ってきて、内容と俺の持ってきた素材を見比べる。

 俺はそれを壁際で笑いをかみ殺しつつ見守っていた。


 いやあ、凄い慌てよう。

 態度がでかかったから落差がちょっと面白い。

 ともあれ、これは結構期待が持てそうだ。


 そのとき突然、耳元で勢いよく壁を叩く音がした。

 音を立てたのは、魔道具職人の手。


「お前、これがなんだか知ってるのか」


 手で俺が逃げられないようにして、真正面から尋ねてくる。

 これは噂の壁ドン!?


 ……いや男にやられても嬉しくないし、男にやるもんでもないだろ。


 という俺の気持ちも知らずに眉間のしわを深くし、魔道具職人はさらに尋ねてくる。


「おい、どうなんだ。俺の見る限り、こいつは並の素材じゃない」


 魔道具職人の赤い髪が早く答えろと急かすように目の前で揺れている。

 せっかちな人だなと思いつつ俺は口を開いた。


「もちろん、知ってるつもりです。けど僕の知識が合ってるかの確認のために先にあなたの見解を聞かせてもらえませんか。先入観抜きでの判断を。なんだと思いますか」

「そんなもので俺の目が鈍ると思っているのか? 見縊られたもんだな。こいつはマンティコアだ。その尻尾や核。お前の見立ては当たっていたか?」


 きた、正解だ。

 それがわかるってだけでも、これまで見立ててもらった人とはレベルが違う。


「よかった、僕の思ってたのと同じです」

「はっ、無駄な手間をとってる場合じゃないぞ、こいつはとんでもなく珍しいものだ。俺も本の中でしか見たことがない。なぜなら、マンティコアを倒せるやつなんていないからだ。それをなぜお前がもっている?」

「なぜと言われても――」


 倒したと言いふらしてあまり大事にはしたくない。

 絶対隠したいというほどでもないけれど、一応ここは濁しておこう。


「ちょっと伝手があって。いずれにせよ、本物であることは保証しますよ。それより、これ、加工できますか?」


 魔道具職人は振り返って、台の上の素材を見やる。


「応とも否とも言えないな、一度も扱ったことがないから。だが――滾る!」


 くくくく、とかみ殺した笑いを漏らす魔道具職人の姿に、俺は期待を寄せた。

 この男ならなんとかしてくれるんじゃないかって気がする。

 でも、なにはともあれいい加減手をどけて欲しいです。


「俺に任せてくれないか。必ずものにしてやる。報酬はなくてもいい、かまわない。だからやらせてくれ」

「報酬無しって、本当に?」

「あんな素材を扱える、それ自体が最大の報酬だ。魔道具職人にとってのな」


 おお、ラッキー。

 でも完全無料ってのはちょっと気がひけるなあ。

 一応料金は料金として払った方がこっちもすっきりするんだけど、まあその辺はあとで詰めていけばいいか。

 何はともあれ頼りになりそうな人を見つけられてよかった。


 と考えている間も、答えを促すように魔道具職人は俺を見つめ続けている。


「それで、どうだ。早く答えろ」

「焦んないでくださいよ。うん、あなたに頼みます」


 と言うと同時に魔道具職人は抑えきれないガッツポーズ。

 そんなに嬉しかったのか、喜んでもらえて何より。


「そうだ、名前はなんて? 俺はエイシ。今は一時的にこのローレルに滞在してる」

「エイシか。俺はフェリペだ。まあ名前なぞたいしたことじゃないが、覚えたいなら覚えておけ」

「わかった、覚えておくよ。頼んだよ、フェリペ」

「任せろ。さて、それじゃあ今日はもう店じまい、いや当分店じまいだな。商売なんてしてる場合じゃなくなった!」


 ハハハとテンション高く笑うフェリペに、ようやく壁から解放された俺は、宿の場所を教えた。

 この素材を利用したものが作れる目処が立ったら教えに来るためだという。

 まずはこれを加工する方法を見つけなければならないから、何を作るかはその時に決めようという話になった。


 苦労して得た素材が宝の持ち腐れにならなくてよかったよかった。

 しかしフェリペの商売の方は大丈夫なのだろうかと一抹の疑問を抱きつつ、俺は魔道具屋『ヴィシュブ』をあとにしたのだった。

 


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