26,そいつは食べて進化する
「ええと、おはよう?」
パーマネントサモンで出現した、タマゴにペンギンみたいな足が生えた変な召喚獣に、とりあえず声をかけてみる。
するとタマゴはよちよちと俺の方へ歩いてきた。
どうやら、口はきけないがこっちの言ってることはわかるらしい。
ちょっと歩いてみると、短い足であとをついてくる。
なかなか健気なやつであるが、さてどうしよう。
しゃがんでじっと見てみると、タマゴにひびのように見える口があることに気付いた。
口があるなら、餌を食べさせてみようかな。
動物は餌付けしておけばいいだろうという浅すぎる考えのもと、スペースバッグから干し肉をだし、さっきの野菜の残りとあわせてタマゴの前に置く。
あと水桶も部屋の外から持ってきて、水も準備オーケー。この体型でどう飲むか想像つかないけれど、一応ね。
肉食か草食か……あ、どっちも食べた。雑食だ。
召喚獣は体が小さい割にガツガツとむさぼり、あっという間に平らげてしまう。
いい食べっぷりだなあ……ん?
餌を食べ終わった時だった。
タマゴの体から光が放たれ始めた。
何が起きてるかと思う間にも光はどんどん眩しくなっていき、正視できないほどになり、俺は目を瞑って光に耐える。
やがて、光がおさまったようなのでそろそろと目を細く開けると、そこにはタマゴはいなかった。
「……豚がいる」
代わりに、タマゴがいた場所には豚がいた。
ミニブタサイズの、どう見ても豚で、変わったところといえば、くるんと巻いてる尻尾の先ですみれ色の花が咲いてることくらいだ。
十分変わってるといえば変わってるけど。でも豚だよ。
「どうなってるんだ。もしかして、タマゴがこいつになった?」
半分独り言でつぶやくと、豚が肯定するように花を、じゃなくて鼻を鳴らす。
これはもしかして、いわゆるひとつの進化的な何かをしたってことなのかな。
最初は弱そうだけど、育てると進化して姿が変わる、この召喚獣はそういう特性を持っている。
それはなかなか面白そうだ。――けど、なぜに豚に。
理由を考えてみると、さっきあげた干し肉は豚の干し肉だった気がする。
そして、一緒に食べたのは野菜、つまり植物、すなわち花が咲くものだ。
食べた物によって進化の方向性が決まる?
栄養バランスとか考えなきゃだめですか?
「深く考えると難しそうだし、まずはこの姿の召喚獣を手懐けよう。お手」
と手を出すと、前足を出してきた。
「尻尾」
と言うと、尻尾を振った。
「たしかに意思疎通はできるようだ。じゃあ、次はちょっと召喚解除」
とスキルを解除すると、召喚獣はかすかな残光を残して消えた。
そしてもう一度、【パーマネントサモン】を使ってみる。
光とともに、タマゴではなく尻尾に花が咲いた豚の姿の召喚獣があらわれた。
うん、たしかに消えたときの状態で出てきてくれてる。最初のタマゴに戻ったりしないで進化したままだ。
それなら、もうちょい何か食べさせてみようかな。食べて変化するなら、お腹に余裕があるならちょっと食べさせてみたい。
よし、宿の厨房で宿親父に色々とこいつの食べる物を分けてもらおう。
「あの……」
そのとき、ドアがゆっくりと開いた。
おずおずと部屋に入ってきたのは、宿の娘のマリエ。
「あ、マリエちゃん。どうしたの」
「いえ、用事があるわけでは、ないです。……その子、珍しい動物ですね」
どうやら、水桶を持ってきたときにちゃんとドアを閉めてなかったらしい。それを指摘しに来て、この召喚獣を見つけて興味を持ったようだ。
鷹や猟犬を使う冒険者もいるので、この宿は動物OKである。だからとがめられることはないので、慌てる必要はない。
「ああ、なかなか見ない動物でしょ」
マリエはこくりと頷くと、花の咲いた豚の召喚獣に近づき、手を伸ばす。
「触ってもいいですか」
「もちろん。でも、注意しないと噛みつかれるよー……って冗談、冗談。大丈夫だよ。脅かしてごめんマリエちゃん、暢気な獣だから大丈夫」
マリエは一瞬むくれたが、すぐに控えめな笑顔になって召喚獣の背中を撫ではじめた。
召喚獣も花の尻尾を振って喜んでいるようだ。
「こんな子を飼ってたんですね、エイシさん」
「飼ってたというか、なんというか、まあ、そんな感じかな」
「小さくてかわいい豚ですね。もうちょっと太ったら美味しそうです」
とマリエが言ったとたん、召喚獣は尻尾をピンと立てて俺の後ろに隠れ、怯えたように鼻を鳴らしはじめた。
「あ、ごめんなさい。食べませんよ、人の豚ですから。安心してください」
自分の豚なら食べるの!?
まあでもそうか、その辺は感覚次第というか、豚は食料用の家畜って思ってればそれが普通か。俺もペットのミニブタ知らない頃は豚は豚肉用としか思ってなかったし。
俺は召喚獣をなだめて、マリエの前に出す。
そのとき思った。召喚獣じゃ呼ぶときに不便だし、名前考えないといけないなと。
それならせっかくだし。
「ねえ、マリエちゃん。こいつ、まだ名前をつけてないんだけど、なんかいい案ないかな」
「名前、ですか?」
「そうそう、いい意見があったら聞きたいなって」
マリエは真剣な目で召喚獣をじっと見つめる。
しばらく唸っていたが、やがて遠慮がちに口を開いた。
「あの、ハナというのはどうでしょう」
「ハナ」
「尻尾に花が咲いてて、豚の鼻がかわいいから、ハナです。どう、でしょうか」
「なるほど。いいね、いい名前だと思う。ありがとう、マリエちゃん」
「どう、いたしまして」
照れくさそうにはにかむマリエは、しゃがみ込んでハナの背中を撫でる。
撫でられたら、ハナはもうさっきまでのおびえを忘れて安心してマリエに懐いている。単純な性格で羨ましい。
「それじゃあ、あらためてよろしくな、ハナ」
花咲く豚の召喚獣、ハナは鼻を鳴らして応えた。