表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/160

21、レッドゾーン

「おお……助かった。モンスターだったらどうしようかと思ったぜ」

「大丈夫ですか!?」


 俺とアリーは四人の冒険者達に駆け寄る。

 四人は程度の違いこそあれ皆怪我をしていて、一番酷い者は足を折っているらしく、仲間の一人に肩をかりながらなんとかここまで来たという有様だ。

 その肩をかしている者も、額が切れ血で赤く染まっている。


「あまり大丈夫じゃねえな。すまないが、治癒薬持ってねえか。もう使い切っちまったんだ」

「はい、あります。どうぞ!」


 俺とアリーはスペースバッグから薬を取り出す。

 また俺は神官のクラスで身につけた【癒やしの手】のスキルも使えるので、それも使って特に重傷の人を治療していく。

 どちらも魔力を利用し傷を迅速に癒やすことができる優れたものだが、使うほど効き目が悪くなるという性質があるため、おそらく少し前にある程度使った彼らには効き目が薄い。


 それでも、ある程度は癒やすことが出来た。

 完治までいけるか微妙だなと思いつつ治療を続けていると、冒険者のリーダー格らしい男は俺たちの治療を押しとどめた。


「ありがとうよ、これで十分だ」


 そうは言っても、まだ怪我が治ったわけではない。

 もっと治療した方がいいんじゃないかと俺たちは問うが、男は首を振る。


「これくらいやってもらや後は自力で帰ることくらいはできるさ。ここはもう第一層だしな。なあ」


 男が仲間の冒険者に尋ねると、地面に座り込んでいる冒険者達は、疲労をにじませつつも、皆頷く。


「あんたらこれから奥に行くんだろ? だったら、自分たちの分も残しておけ。じゃなきゃこの先、泣くぜ」

「ああ、そうだ。俺たちがやられた場所に行くんだろ」

「余裕なんてないわよー」


 リーダー格の男の声に続き、冒険者達が声を続ける。

 結構な怪我なのに根性あるなあ、さすが――って、それよりそんなにやばいのこの先って。けが人が皆して治療を温存しておけって言って遠慮するなんて、むしろちょっと怖くなってくるんですけど。


「あの、そんなにこの先って危険なんですか」

「危険だ」


 即答だ。


「ここを進んでいくと、迷宮第二層に着く。挑戦してみたんだが、俺たちにはまだ早かった。モンスターにずたぼろにされて、命からがら一層に戻ってきたってわけさ。一層なら余裕があるからいけると思ったのが間違いだったぜ」


 男は来た道をにがい顔で振り返り、他の冒険者達はもう思い出したくないというように振り向かない。


「だから、あんた達は自分の身のことを考えてくれ。あんた達のおかげで戻ることくらいはできる程度には回復した。少し休めばこの階層のモンスター相手は十分出来るさ。礼はこれで足りるか?」


 男は金を取り出す。

 ――が、アリーが素早くそれを押しとどめた。


「そのようなもの必要ありません。緊急事態なのですから」

「だが、あんたらがくれた薬だってただじゃないだろ?」

「同じ冒険者、危機において助け合うのは当然です。それが危険の中で少しでも安全を確保する方法。お互い様です、お気になさらず」


 たしかにそうだ。

 危険と隣り合わせなら、そんなことをしている者同士で助け合わないとやってけないよな。

 アリーの言葉に、俺も続ける。


「そうですよ。どうしても返したいって言うなら、僕らが困っているのを見かけたときに助けてください。それが一番ありがたいです」

「あんたら……あんたらみたいな奴、そうそういないぜ。モンスターにやられたのは不運だったが、あんたらに会えたのは幸運だった。恩に着る」


 男は感じ入った様子だ。

 本音を言うとちらっともったいないと思ったけど、まあ、あんまりけちくさいこと言うのはなしなし。


 というわけで、治療も済んだしそろそろ行こうとすると、四人のうち一番傷が浅い女冒険者が口を開いた。


「まあ大丈夫でしょ、彼らならまだまだ元気そうだし。ねえ君達」

「はい、結構余裕あるので、もう少し奥まで行ってみるつもりです」

「うんうん、やっぱりね。私たちとは鍛え方が違うってことかなあ、なんか君も結構凄腕っぽいしね。その自然体で普通っぽいところが達人っぽい。一見隙だらけでぼうっとしてる感じが逆に」


 普通に自然にぼーっとしてるだけたと思います。

 しかし女冒険者は感嘆するような視線を向けて頷いている。


「うんうん、きっと大丈夫だよ。それに、一人で二層を進んでる人もいたしね」

「危険な場所を一人で?」


 女冒険者は頭をかく。


「あはは……まあ一人でもいけるところでやられる私たちが未熟者ってことね、残念ながら。聞いたらなんでも、実力をつけるための修行で入ってるって言ってたけど、よくやるよねー」

「へえ、そういう人もいるんですね」

「私じゃ怖くて無理」 


 女冒険者はぺろっと舌をおどけて出すと、「じゃあ、気をつけてねえ、私たちをやったオーガ達には特にね、ありがとー」とべったりと地面に座ったまま手を振る。


 俺とアリーも冒険者達に別れを告げ、先へと進んだ。




 すぐに通路は長い下り坂になり、徐々に薄暗くなっていく道をかなり長く延々と下っていく。

 下りながら俺はアリーに尋ねた。


「一層深く行くだけでそんなに違うのかな」

「はい、モンスターの凶悪さは跳ね上がりますよ。ですけど、その分いいものが見つかることも多くなります。強いモンスターがいるということは、ダンジョンに魔元素が満ちているということですから、そこにある道具にも強い力が宿ることが多いのです。でも、コキュトスウルフを倒せたのならば、まだ大丈夫ですよ」


 なるほどねえ。

 虎穴に入らずんば虎児を得ずってことか。

 ちょいと不安だけど、俺の実績も二層のことも知ってるアリーが大丈夫って言ってるから、俺にとってはまだ虎穴でもないようだ。

 それなら先に進んでいいだろう、本当の虎穴なら虎児なんて諦めて引き返したいけど。もちろん、俺はそういうタイプです――うわ。


「すごい」


 急にとんでもなく広い空間に出た。

 天井までは数十メートルほどもありそうで、前後左右の空間の差し渡しは端が見えないほどに広い。

 ――端が見えないのは広いからだけではない。

 石の柱がそこら中にそびえ立ち、中には幅の広い壁のようになっているものもあり、奥まで見渡すことが出来ないのだ。

 樹木のように枝分かれした石柱もあり、ここはあたかも石の密林のようだ。


「これがパイエンネの迷宮第二層です。視界も足下も悪く、闊歩するモンスターは強力。私たちなら大丈夫でしょうけれど、油断せずに進みましょう」


 アリーの言葉に気を引き締め、俺たちは石の柱の合間を抜けてさらに深くを目指す。




 パイエンネの迷宮二層。

 石の密林のような階層を進み初めてすぐ、再び足音が聞こえてきた。

 しかも今度のそれは、明らかに人間のものではない。それより遥かに質量を持ったものが発する音だ。


 近づく音に身構えた直後、岩の壁から姿を現したのは、林立する石柱にも劣らぬ巨体をもつ毛むくじゃらの鬼。

 腕には何者のかわからないが巨大な大腿骨を棍棒のようにして持っている。


「アリー、アリー。一層のモンスターと違いすぎないかな、これ」

「桁違いだとあの冒険者の方達も言っていたとおりです」


 いや確かに言ってたけど、普通はもうちょっと段階踏んでくものでしょ?

 ゲーム開始地点の村の周りで戦ってたら急に中盤の山場のダンジョンのモンスターが出てきたみたいな雰囲気に見えるぞ。


 だが警戒しまくりの俺とは裏腹に、アリーは落ち着き払っている。


「これはオーガですね」

「オーガって、さっきの人達が言っていた」

「はい。この階層では強い方だった記憶がありますが……ここは私がやりますね、エイシ様」

「私がって、まさか一人で? 」

「はい。一層ではエイシ様が戦う姿が見たくて、ずっとお任せしてしまいましたから。そろそろ私も働かなければ」


 アリーは静かにオーガに近づいていく。

 大丈夫なのか? 見るからに無茶苦茶強そうだぞこいつ。


「【マジックエンハンス】」


 声とともに、アリーの体が一瞬光に包まれる。

 エンチャンターのスキルっぽいな、多分魔力を向上させる系統だ。

 声に出したのは、能力強化や弱体など何のスキルを使ったかを仲間に知らせるためだろう。今は一人でやると言っているけど、基本に忠実にってね。


 スキルを使ったアリーはさらにオーガに近づいていく。

 吠えるオーガはアリーを獲物と認識し、骨の棍棒を振り上げる。


「地霊ノーム様、お越しください」


 振り下ろされる棍棒。


 だが、それは出現した土の壁に阻まれた。

 アリーがゆっくりと指先を一回転させ円を描くと、壁は自ら動きはじめ、棍棒を受け止めるだけでなく押し返しはじめる。


 腕をぴくぴくと震わせながら徐々に後退するオーガ。

 アリーは穏やかな視線を向けながら、つぶやいた。


「それでは、貫いてください」


 土の壁の半分がその形を変え、凝縮し、岩の杭へと姿を変える。

 そして、実にあっさりと、壁に押されよろめくオーガの胸を貫く。


 ヒュウウ……とうめき声になり損ねた風の音と血を胸の穴から吹き出しながらオーガは石柱に倒れ込み、そして、動かなくなった。


 アリーは振り返ると、ゆっくりと微笑を浮かべ。


「片付きましたよ、エイシ様。さあ、先に進みましょう」


 俺は圧倒され無言で頷いた。

 強いだろうとわかってはいたけれど、思った以上の凄腕みたいだ、アリー。

 例のオーガを眉一つ動かさず一蹴とは。


「今のが、アリーの得意技?」

「はい、私は精霊の力を借りて戦います。先ほどのは大地を司る精霊ノーム。先ほどはありがとうございました、ノーム様」


 アリーが顔の横の空に向かって言うと、一瞬モグラの妖精みたいな姿がうっすらと現れて消えた。今のがノームってやつか。


「魔道師の魔法みたいなものなのかな」

「基本的には似ていますね。違いは精霊は自然を司るので、私のような精霊使いは自然の力を操る魔法が主で、魔道師は魔力をそのまま利用するような魔法が主ということです。私は地霊ノームと風霊シルフをよく使います」


【精霊使い3→5】

【スキル 精霊魔法 習得】

【エンチャンター3→6】

【スキル マジックエンハンス アタックエンハンス 習得】


 ちょうどそのとき、レベルアップのお知らせが表われた。

 二層レベルの強敵をアリーが倒したから、レベルが一気に上がったな。しかも自分で倒す四倍だからなあ、誘いに乗ってよかったよかった。断ったらアリーも探索予定をやめたかもしれない。


 ちなみに地味にレベルが上がっているのは、一層で上がったものだ。

 モンスターを倒したときに得られるその存在が持つエネルギー、要は経験値みたいなもんだな、それは倒した者のところに一番多く行くのだけれど、ある程度拡散して近くにいる同行者にも少し分配されるらしいのだ。

 それで俺が一層で倒したモンスターからアリーが得たエネルギーが、パラサイトの力で俺にやってきたということである。不思議なサイクルである。


「良いね、精霊の力。頼りにさせてもらうよ」

「どうぞ遠慮せず存分に頼ってください」


 冗談めかして言うアリーと俺は、二層の探索を開始した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ