19,パイエンネの迷宮探索
貴族の冒険者アリー=デュオの用件とはなんなのか。
何もなければデートの誘いかと期待するところだが、彼女のクラスとレベルを見てしまったせいで、何か裏があるのかもと勘ぐってしまう。というか絶対ある。俺にそんなおいしい話が来るはずない。
でも、そうだとしたら何があるのかという好奇心が今度は出てくるわけで。
いったい、トップクラスの冒険者が俺と何をしようっていうのか。
そんな思いを抱きながらローレル北ゲートのところまで歩いて行くと、ちょうど五の刻を告げる鐘が鳴った。
そのとき、ゲートの柱の裏から人影が姿を現し、こちらを伺い。
「よかった、いらしてくださったんですね」
やはりアリー=デュオだ。
でも――。
「もちろん、来ますよ。でも少し驚きました。印象が昨日と違って」
アリーの装いは昨日と全く違う。
昨日は雅やかなワンピースを着ていていかにも貴族のお嬢様だと思ったんだけど、今日の彼女は冒険者だ。
丈夫で分厚い生成りの生地のシャツとズボンに、しっかりした造りのブーツ。大きいウェストポーチのような荷物入れ、そして昨日はおろしていた美しい黒髪は、括って一つにまとめている。
まるでジャングルでも探検するかのような格好で、それを見た瞬間、何をするつもりか見当がついてしまった。
「昨日はデュオ家のアリー。今日は冒険者のアリー、ということです」
「ということは、僕を呼んだのは――」
「はい。冒険者のエイシ様とご一緒したいと思いまして。攻略するならこの方と一緒に行くべきだと思ったのです」
「攻略? 冒険者ギルドの依頼とかではなく?」
アリーは頷き、ゲートの外側に振り返った。
その目線は、俺も以前行ったことのある場所へと向いている。
「迷宮――」
「はい。パイエンネの迷宮、この町の北東に位置する謎の多い迷宮です。なぜ存在するか、いつから存在するかは未だ定かではないが、しかしその奥には間違いなく未知の世界が広がっている――ワクワクしますよね」
アリーの声は弾んでいる。
さすが貴族でありながら冒険者をやっているだけあって、こういうものが本当に好きらしい。
「伯父がいるのでこの町には何度も来たことがあるのですが、まだあの迷宮の深層には行ったことがないんです。しかし私も最近ではある程度の力がついてきたと思うので、この機に深層の世界に足を踏み入れたいと考えていました。そのためにどなたかと力を合わせられればと思っていたのですが、深層にたえられそうな力量を持つ方が見つからず困っていたのです」
アリーは一気に喋ると、そこで一拍おいて、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
えーと、これはつまり。
「もしかして、僕がお眼鏡に――」
「はい。そんなとき、エイシ様のことを、冒険者ギルドの新星のことを知りました。いずれ冒険者ギルドに行ってお話したいと思っていたのですが、驚いたことに昨日伯父の家で出会ったというわけです。そしたらもう、私、いてもたってもいられなくなってしまいました」
アリーは楽しそうに肩を揺らして笑う。
なんだか昨日よりだいぶテンションが高い気がする。そんなに迷宮に行くのが楽しみなのかねえ。
迷宮か。
考えてみれば、このローレルの町に来てすぐに迷宮の入り口まで行ったんだよなあ。
でも今まで一度も中に入ったことはない。
中に入った人の経験値をもらうばかりだ。
実際あの中って、何があるんだろう。
一度気にすると、非常に気になってくるもので、迷宮の中がどうなってるのか俺は自分の目で確かめたくなってきた。
それに、アリーは精霊使いとエンチャンターという俺の知らない二つのクラスを持っている。かなりの実力者だから迷宮に潜れば稼ぐ経験値もかなり多いはずだから、寄生している今その点でも美味しい。
それに今の俺なら初日とは違って、それなりに進めるはずという実績もある。
俺は少しの時間考え、はっきりと首を縦に振った。
「行きましょう。実は僕あの迷宮に入ったことないんです。だから中に何があるか、結構興味あります」
「本当ですか! ありがとうございます!」
アリーは俺の両手をとって礼をする。ここは昨日と同じような所作で。
「僕の方こそ、心強いです。……ところで、なんでああいう紙を渡したんですか?」
「ああいう紙?」
「昨日僕に渡してくれたものですけど、この場所を知らせるだけじゃなくて、迷宮に行こうってことも書いてもいいし、それに今アリーさんが話した内容をあの場で話してくれてもよかったんじゃ?」
「ああ、それは」
アリーはいたずらっぽい目で俺を見て、迷宮への道を軽やかに歩き出した。
「わくわくするじゃないですか、ああいうやり方の方が」
それからしばらくして、俺たちはパイエンネの迷宮入り口に到達した。
俺たちの前の方に一人冒険者の姿があったが、彼は躊躇なく地面に空いた大穴へと吸い込まれるように入っていった。
俺とアリーも互いに頷きあい、中に入った。
迷宮は、人工的な洞窟のような場所だった。
土や岩で形作られているのだけれど、壁や地面が滑らかに平坦であったり、横穴が直角に曲がったりと、自然の洞窟とは明らかに異なる。
洞窟なのに中は明るい。壁や地面全てが薄く発光しているような感じがしていて、ある程度先を見ることも出来る。
ダンジョンの中にはこのように、魔元素の影響で明るくなっているようなものもあるということだ。だがそういうダンジョンでもダークゾーンが存在する場合があるので油断していると痛い目にあうとはアリーの弁。
大きく広いものや小さく狭いもの、曲がったり、枝分かれしたり、下り坂や上り坂、そんな色々な通路状の横穴が重なり合って迷宮は構成されている。
俺たちはそんなところを、曲がったり、下ったり、横に広がったりしながら進んでいる。
「いいですね、こういうの。歩いてるだけで気分が高まりますよね」
俺は周囲に視線を巡らせながらアリーに話しかける。
アリーはポニーテールを揺らして振り向き、大きく頷いた。
「そうそう、そうなんですよ。これが冒険者の醍醐味の一つですよね。町の中にいたのでは絶対見られない光景です」
本当にその通りだな。
出不精でも、いざ出ると結構楽しかったりするんだよな。
でもそれがわかってても一回家にこもると出るのが面倒になるんだから人間って不思議なものだ。……いや人間じゃなくて俺だけか?
「あ」
とそのとき姿を現した者に、俺は足を止めた。
ついに来た。モンスターだ。
「モンスターが来ましたね。あれはインプです」
やってきたのは、巻き角をはやした手足の細長い小鬼達。
キィキィ囃すような鳴き声を上げながら、広い通路を三匹が俺たちの元へ近づいてくる。
俺は腰の鞘から剣を抜き、一歩前に出る。
縦に構えると、インプ達が視線を俺に集中させた。
「インプか……ここは、僕がやります」
新調した装備の力を試したい。
どんな重さか切れ味か感覚か……いくぞ。
俺が地面を蹴りインプ達の群れに突っ込んでいくと、インプは慌てたように長い足をしならせてジャンプして散る。
俺は一匹に目をつけ、追いつき剣を鋭く振り抜く。
黒い刃が閃くと、実にあっさりと、腕ごとインプの体は両断された。
でも俺の手にはごく軽い手応えしか感じられなかった。それほど、この黒銀の剣の切れ味が鋭いってことか。いいね、いいね。
「――気付いてるんだよっ!」
残りのインプが魔法の矢を放ってきていた。
こいつも魔法を使うモンスターらしい、しかし矢の軌跡ははっきりと見えていたので、俺は体を軽くひねって回避する。
そしてお返しとばかりこちらも矢の魔法を使い、眉間を打ち抜く。
これで残りはあと一人。
最後はサービスに【ブースト】を使いさらに加速、インプは慌てた様子で矢を放ってくるが、剣で打ち払って正面突破し、勢いのまま胸を貫いた。
短いうめき声をあげて、インプは崩れるように倒れる。
周囲を見渡し、全員が倒れていることをあらためて確認。
よし、片付いたな。
剣の切れ味も魔法の威力も前より出ていることが確認できた。奮発してこの剣買った甲斐があったなあ。
それに、ここの迷宮のモンスター相手に十分すぎるくらい余力を持って戦えることがわかったのも収獲だ。
迷宮探索、がんがん進めていこう。