17,アリー=デュオ
俺はホクホク気分で、出されたマドレーヌのような焼き菓子を食べる。
噛んだ瞬間じゅわっとしみ出してくるバターは過剰なほどだけど、そこがうまい。油と砂糖はうまい、これぞ世界の真理だな。
「おいしいですね、このお菓子。お茶もとてもいい香りで」
「あら、エイシ様もこれ気に入っていただけましたか? 私もなんです。友人は甘すぎるとか油が多すぎるって言うのですけれど、そこがいいんですよね。この町で美味しいのは目抜き通りの……」
アリーも幸せそうにお菓子を口にし、同士が増えて嬉しいのか俺にこのお菓子がおいしい店を教えてくれた。
その横ではコールが短剣の鑑定に入っている。
「ふうむ、美しいな、これは非常に力強い輝きだ。銀ではなく、白金の輝きか? しかも魔力を帯びている光だな。先端が丸みを帯びているが、儀式などに使うものだろうな、おそらく。これも是非買い取らせてもらおう」
「ありがとうございます」
話のわかる人で助かった。
と思っていると、横から白い手が伸びてきた。
「伯父様、私にも見せていただいても?」
「ああ、もちろん。エイシくん、構わないか?」
もちろんですと答えると、アリーが会釈して短剣を手に取る。
ためつすがめつ眺めるアリーの目は真剣で、様々な角度からじっくり見てからゆるゆると短剣をおろした。
そして、微笑の完全に消えた目でコールを睨むと、きっぱりと言った。
「伯父様、私これ気に入ってしまいました」
そのきりっとした顔のまま、俺の方に首を回す。
「エイシ様、伯父様の三割増しを出します、私に譲ってくださいませんか」
え、そんなに気に入ったのこれ。
どうしよう、三割って言ってるけど……ちらりとコールに目を向けると、焦ったようにコールが口を大きく開いた。
「待てアリー! わしが先に目をつけたんだぞ!」
「ふふ、伯父様。この生き馬の目を抜く世の中、前後など関係ないのです。コインを高く積んだ方が偉いのですよ」
「ああ、アリーがそんな台詞を……。ダメだダメだ、エイシくんもわしに売りたくてきたんだ」
コールも反論する。
これは仁義なき親族の戦いだ。
似たもの同士だと似たものを巡って争ってしまうのだな。
正直巻き込まれたくないので、俺は傍観あるのみです。
「伯父様、私来月誕生日です」
「うっ」
アリーがコールのちょび髭顔に視線を注ぐ。
アリーは言葉に詰まったように汗を拭く。
「伯父様と伯母様の結婚記念日にプレゼントをしたと思うのです、私」
「くっ……。わしの負けだ、コール。よし! これはわしが買い取ってプレゼントしよう!」
「えっ? いえ、そこまでしていただかなくても、買う権利を譲っていただければ私は十分です。そこまでしていただくと申し訳ないです」
困ったようなアリーに、しかしコールは断固として首を横に振る。
「いいや、かわいい姪っ子の誕生日にそんなことはできん。誕生日プレゼントなのだ。冒険者としてすくすく成長している記念でもあると思って、遠慮せず受け取るのが伯父孝行というものだぞ」
「コール伯父様……ありがとうございます!」
すがりつくように、コールの腕に笑顔で抱きつくアリー。
それを見るコールの目はでれっでれである。
うわあ、甘いなあ。
いくら姪っ子がかわいいと言ってももういい年だろうに、そんなものを買い与えるなんて、やれやれ困ったおじさんだな。
……俺がそういうこと言う資格は一切ないとわかっています、はい。お前こそいい年で何やってたんだって話ですね、はい。すいません。
まあ、女の子供がいなくて、息子は自分の好きな冒険には興味なし、と来たらアリー大好きになっちゃうのもわからないでもない。
それにしても羨ましい……あんなにくっついて。
さて、そんなハプニングがあったが、俺の二つの宝は無事売れて、計金貨8枚を手に入れることが出来た。
大満足でコールの屋敷をあとにした俺は、門番に挨拶をして門を出る。
「お待ちください、エイシ様」
澄んだ声に足を止め振り返ると、小走りでアリーがやってきた。
「どうしました?」
「これを――お菓子です、宿で召し上がってください」
包みを渡し、俺の手を包むように握る。
「ありがとうございました。あの短剣、大切に使わせていただきますね」
「こちらこそ、――っ!」
アリーの肌の滑らかさに驚いたわけじゃない。
もちろん、それもあるのだけれど、でも、俺が驚いたのは彼女にパラサイトしようとしたからだ。
冒険者と聞いて、興味本位でパラサイトしてみたのだが、【パラサイト・インフォ】の効果で俺は相手のクラスを知ることが出来た。それが。
【精霊使い】38
【エンチャンター】35
パラサイトの能力を身につけてから何人にも寄生してきたけれど、初のクラス二つ持ちだったのだ。
しかも、レベルもこれまでで一番高い。俺の知ってる冒険者はレベル20台が最高だったのに、圧倒的だ。
なんなんだ、この人――。
貴族の道楽かと思ったらとんでもない、今この町にいる冒険者の中でも圧倒的強者じゃないか。
「どうかいたしましたか?」
「あ、いえ、ありがとうございます。あの、いえ、さようなら」
「はい。またお会いするときを楽しみにしています」
動揺を悟られないように、俺は去って行った。
宿へと帰る途中、彼女が何者かで頭はいっぱいだった。
そして宿に帰り、包みを開けると、あのうまい焼き菓子とともに、手紙が入っていた。いや、手紙というほどではない。メモ書きと言った方がいい。
『明日、五の刻、北ゲートで』