16,コレクター
教えてもらった場所に行くと、立派なお屋敷があった。
宿やギルドとは一線を画す大きく綺麗な白い家には広い庭もついていて、植え込みはきっちりと手入れされている。
あるところにはあるんだなと思いつつ、蔦の意匠が施された門を守っている門番に声をかけた。
「僕は冒険者です。コール・ウヌスさんに珍しい物を持ってきたのですが、取り次いでいただけますか?」
「コール様はお出かけになられている。出直すんだな」
なんだと。出鼻をくじかれてしまった。
しかし、いないものはしかたない。貴族の仕事ってよくわからないけど、聞く話じゃこの町の行政を担っているらしいし忙しいんだろう。
いつごろ帰るかと聞いたが、門番は知らないと言った。
しかたない、また暇なときに来よう。だいたい暇だし。
「いや、上手いものだ。年甲斐もなく見入ってしまったよ」
「ふふ、伯父様ったら小さい子に並んで最前列で見てましたよね。よっぽど面白かったのですね」
「はっはっは、少しばかり恥ずかしいな。でもまるで人形が生きてるようだったじゃないか。昔から芸人を見るのは好きなんだ、貴族に生まれなかったら絶対に芸人にわしはなっていたぞ」
引き返そうとしたとき、男女の声が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこには身なりのいい中年の男と、若い女が並んでいる。
「おや、お客さんかね」
俺を見て、男の方が問う。
「客……ということは、コール=ウヌスさんですか?」
「その通り。やはりわしに用か。約束はなかったはずだが、何かな?」
「あの、僕は冒険者で、珍しい物を集めていると伺ったので、僕が見つけた――」
「おお! 持ってきてくれたか! 最近無くてうずうずしていたんだ! はっはっは、これは幸運。ちょうど帰ってきたところとは。さあ、上がりなさい」
ちょびひげ中年貴族は大きな声で言うと、門へと俺を導く。
と、門番が慌てて道を塞いだ。
「お待ちください、コール様! この男は口ではそう言っていますが、身分を証明する物は何も出していません、どうか慌てず、しばしお待ちください」
「大丈夫大丈夫、わしは冒険者を見抜く目には自信がある」
厚い胸板を拳で叩き、コール=ウヌスは不適な笑みを浮かべる。
なかなかの貫禄だと思ったのだが、門番は眉をハの字にしていた。
「……ですが先日、商人が偽って屋敷にあがっていませんでしたか?」
「む? ふむ、確かにそんなこともあったが、まあ、いいじゃないか。商人も熱心だったということだ! はっはっは!」
……いいのか?
まあ、とりあえず気楽そうなおっさんでほっとした。
厳格だったり偉そうだったり、そういうタイプの貴族だったら神経すり減るよどうしようと内心ちょっとびくびくしてたんだ。
「大丈夫ですよ、門番さん。私、この方の顔見覚えありますから」
二人のやりとりを見てほっと胸をなで下ろしている俺の前に、コールと一緒にやってきた女の人がひょいと体を入れた。
「ね、エイシ様」
そして、にこりとほほえむ。
俺は一瞬あっけにとられて、はっとして頷いた。
「あ、はい。エイシです。僕の名前は。あ、そうだ、ギルドカードはこれで――」
身分証に使えるかどうかわからないけれど、とりあえず門番に見せてみると、納得してくれた。
もっとも、俺の前に多分貴族の女の人が言った時点でもうオーケーしていた気がするけど。
その人は門番からのオーケーが出ると、再び俺の目を見て笑いかける。
「これで心置きなく入れますね」
「はい、ありがとうございます。ところでどうして僕のことを知ってるんです?」
「私も冒険者ギルドに行ったことがありますから。そのとき、少しだけですけど拝見いたしました。期待の新人だそうですね」
「いや、そんな強いなんて……」
美人に言われると照れるなあ。
って、冒険者ギルド?
「依頼に冒険者ギルドに行ったんですか?」
「いいえ」
「それじゃあ……え、もしかして。冒険者なんですか? あなたも?」
「はい。私はアリー=デュオと申します。お見知りおきを、エイシ様」
アリーは、上品な仕草で頭を下げた。
「ほほう、これはなかなか」
屋敷に招かれた俺は、応接室に通された。
どっしりした焦げ茶のテーブルを囲み、質のいいソファに俺とコール、アリーの三人が座っている。
部屋の中には、刀剣や兜、装飾品、不気味な顔の人形、ねじれた花弁を持つ珍しい植物など、色々な品が並べられている。
珍しいもの好きという話に偽りなしみたいだ。
コールが見ているのは、青い宝玉、コキュトスウルフの牙玉だ。
薄い手袋をつけ、質感も確かめつつ汚さないようにしている。俺なんか思い切り素手で触ってたのに。もう脂とか絶対ついてるよ。
「きれいな青色ですね、これがあの時騒ぎになっていた原因なんですね」
コールの手の中の宝玉を見ていたアリーが、俺に視線を移す。
「騒ぎって言われると恥ずかしいですけど、そのときです」
「皆さん驚いていましたね、コキュトスウルフを無名のルーキーが倒したって」
「いや、それほどでも。アリーさんのこと気付かないですいませんでした」
俺が申し訳なさそうに言うと、アリーは首を振る。
「お気になさらないで。私もそんなに頻繁に行っているわけではありませんし、あの時はそれどころじゃなかったでしょうし」
申し訳ないのには自分にもである。
こんな人を見ていなかったなんてもったいない。
アリーは烏の濡れ羽色というのだろうか、美しいロングの黒い髪を持っていて、見ているだけはっとするようである。
そして穏やかな微笑をたたえる顔は、見ているだけで心が落ち着き癒やされる。包容力とか慈愛とかそういうものをひしひし感じられる。
なんならずっと見ていたいような、疲れたときにこの顔を見ればすぐに元気になりそうな、そんな感じだ。
「どうかなさいました。私の顔をじっと見ていますけど」
「いっ、いえ、なんでもないです。あはは。それより、貴族の方が冒険者って少し意外ですね。あまり貴族に詳しいわけでもないですけど、イメージにはありませんでした」
「ふふ、よく言われます。実際に珍しいですよ、私の知り合いの中にもそんな人はほとんどいません」
「その通り! アリーのようにできた貴族はそういないのだよ!」
大きな声を出したのはコール。
いつの間にやら宝玉をテーブルの布の上に置いている。
「いやはや、見事な玉だ。こういうものが得られるのは冒険者の皆のおかげなのに、そんな素晴らしい冒険者になろうという貴族が少ないのは実にもったいない。うちの息子も、そんな危険なことやるより机に向かう方がいいなどと抜かしおって。まったく、若者のくせに保守的な。アリーが娘ならよかったのになあ」
コールはアリーの頬に手をやり、アリーはその手を両手で取る。
なんて仲睦まじい伯父と姪だ、羨ましすぎるぞ。
「伯父様、そんなことを言ってはラング様が悲しみますよ」
「ふん、いいわい。あんな堅物。でもアリーだけでも興味を持ってくれて嬉しいよ、わしは。そのおかげでこうしてよく会えもするしな。アリーの元気な顔も見られたし、妹の様子も聞けたし、来てくれてよかった。……おっと、そうだ。宝玉の見積もりができたのだった」
それでは、これはこのくらいで買い取らせてもらえないかな。
と言ってコールが出したのは、金貨3枚……って、金貨!? 銀貨や光銀貨じゃなくて!?
まさかモンスター一匹でこんなにもらえると思っていなかった俺は二つ返事でOKした。気が変わる前に契約だ。
俺とコレクターは共に満足し、一品目の取引を終えた。