114、アリーとエイシ、プローカイで
「ふー、生き返った」
アンホーリーウッドでの激戦を終えた俺たちは、プローカイの町へと戻ってきた。
町の入り口で俺たちは足を止め、安全と新鮮な空気を全身で味わう。
「今回は助かったぞ、エイシ。感謝してやる」
「礼には及ばないよ。戦利品はバッチリいただいてきたからね」
「ちゃっかりした奴だな。まあ、あいつが貯め込んだ財宝なんて無駄遣いしてやればいい。エピが許す」
「それじゃあ遠慮無く使わせてもらうよ」
そもそも、エピに許す権利があるのかどうかはわからないけど。
と思いつつエピを見ていると、急に顔をほころばせて、首に抱きついてきた。
「あはは、エイシ、よくやったぞ! えらーい!」
そして頭をわしわしと撫でてくる。
テンション高っ……まあ、長い間の懸案が片づいたのか、エピにとっては。それならテンションも多少高くなろうというものか。
それにしても、あんまり撫でるのも照れくさいな、喜ぶのはいいけど。子供っぽいし……いやまあ、エピから見たら子供なんてレベルじゃなく年下ではあるけれど。
「いやほんと、エイシさんありがとうございます。それに、リサハルナさんも。俺たちゃ見てなかったけれど、すごかったらしいすね」
そういったのは、エピの仲間のスケルトンだ。スケルトンやゾンビたちも、俺達と合流している。
アンホーリーウッドを出てから集団で移動していたが、もうその間は骨やゾンビが舞い踊るような勢いだった。
「ふふ、力になれて嬉しいよ。たまにはアンデッド同士、アンデッドのために戦うというのも悪くはないね」
リサハルナは笑顔で感謝を受け止める。
俺はまじまじとリサハルナを見るが、やはり今はいつものリサハルナである。赤のヒガンと呼ばれる、強大なモンスターの姿と力はない。
あれになるためには、毎回俺の血を吸わなければいけないらしい。
できればなる機会がない方がいいです、はい。
「これからどうするの」
俺はエピ達をはじめアンデッドたちに聞いた。
「とりあえずは、デミリッチが倒れたことを皆に伝えて、またアンホーリーウッドで昔みたいに過ごせるようにするってとこかな。もう支配者は居ないから、前みたいに自由に過ごせるよとアナウンスする感じだ。もしかしたら混乱に乗じて後釜を狙う奴がいるかもしれないから、そういう警戒も必要かもしれない。ま、もともとアンデッドなんて好き勝手やってる連中だから、目の上のたんこぶがなくなれば各々勝手にやるでしょう」
エピの言葉に、スケルトンやゾンビたちは頷いて同意している。
「オウ、そうだそうだ、エピ姉さんの言う通りだ。俺たちもともと好き勝手やってたからなぁ。なあ、ゾビ太郎よ」
「ちげぇねぇ」
ゾンビが頷く。
その口調、まだ流行らせようとしていたのか。
ま、何はともあれ、これで一件落着ということだね。
アンデッドのことはあとはもう俺の感知するところじゃない。
プローカイに攻め込むことを止められて、人間の方も一件落着。
すべておさまったってことだな。
これでよかったんだと言う気分は、笑顔でお互いの手を叩いたり肩を組んだりしているゾンビーズを見ていると確信に変わっていく。
結構長いこと一緒に行動していると、なぜかスケルトンの表情もわかってくるから不思議なものだ。
こういうモンスターなら普通に同じ社会で馴染んで暮らせるのかもしれない。
俺はプローカイの闘技場で、スケルトンが戦う様子を想像する。
なかなかアリな気がしてくるな。
まあ、そんな将来の平和な世の中はもっと色々考えている人に任せて、何はともあれ、これで全部丸く収まったということで俺のやることはお仕舞い。
エピとリサハルナに視線を向けると、二人も視線を返してくる。
そしてエピが手を叩き、号令をかける。
「それじゃあ祝いだ、みんな!」
歓声が上がった。
以前と同じように、ローブやマントで姿を隠したアンデッドたちの一団が、町のとある料理屋で宴会をしてからしばらく経った。
世の中には人の良い者もいて、アンデッドでもゾンビでもお金さえ払ってくれれば客は客だと言って宴会場所を提供してくれた店主の店だ。
おおらかでありがたい商売人の鑑である。
そんな感じで夜通し盛り上がったあとは、エピ達は一旦アンホーリーウッドへと向かい、俺は宿へと戻り一休みした。
そして休んだ後、寝覚めの散歩に街中をプラプラしていたのだ。
思わぬ再会があったのは、その途中、広場に立ち入ったときだった。
「エイシ様……!?」
聞き覚えのある声。
その方に顔を向けると、そこには。
「アリー」
アリー=デュオが、目を大きく開いて、こちらを見ていた。
俺がその姿を認識したと同時に、アリーは一つに結んだ髪を揺らしながら、超スピードで駆け寄ってくる。
この身のこなし、間違いなく冒険者アリーだ。
「お久しぶりです、エイシ様」
タックルしてくるぐらいの勢いで近づいてきたアリーは、目と鼻の先でピタリと止まり、俺の手を取り、両手でぎゅっと握る。
「お会いできて嬉しいです」
俺は意外な再会に驚きつつ、手を握り返す。
「うん、俺も嬉しいよ。まさかここで会えるとは思ってなかった。ネマンにいるものだとばかり思ってたけど、どうしてプローカイも?」
「はい、ネマンでの用事が終わったのです。家族には変わらない姿を見せられましたし、家でたまっていた諸々の用事などを一段落することができましたので、また冒険を始めようと。どこに行こうかと考えていたのですが、エイシ様はまずプローカイに滞在する予定だとおっしゃっていましたので、ここに向かってきました」
なるほど、確かに結構長いことここに居たからなあ。
アリーが実家の用事を終えるにも十分な時間が経ったってことか。
「なるほどねぇ、ここは結構いろいろとやることあったよ。冒険できそうなダンジョンもあったし」
「ダンジョン――そうです、そのことで会ったら伝えなければいけないことがあるんです。……ああ、でも、エイシ様がここでいろいろあったということも気になります。エイシ様のお話を聞かせていただきたい気持ちもありますし、むむむむ……どうしましょう」
眉間にしわを寄せてや、本気で悩む顔を見せるアリー。
その表情がなかなか面白いけど、何時までも悩ませておくのも悪いので、とりあえず肩を叩くことにした。
「時間はいくらでもあるし、どっちもゆっくり話せばいいよ」
というわけで、俺たちは近くにあったちょっとした喫茶店兼酒場のような店に入った。
結局、まずはアリーの話を聞いて、それから俺の話をゆっくりすればいいさということになり、注文をすると、アリーが口を開いた。
「この町の近くにダンジョンがあると言っていましたよね。それについてです」
「アンホーリーウッドのこと?」
「すでにご存知でしたか。実はここに来る途中たまたま立ち寄った坑道に、見たことのない凶暴化したアンデッドが出没していたんです。もしかしたら、この辺りのアンデッドの総本山であるアンホーリーウッドに何か異変が起きているのかもしれません。もしエイシ様がそのダンジョンに向かうのならば、いえ、きっと行くと思いますが、注意して情報を集めるなど対策をとってからの方がいいと思います」
アリーはそう言うと、一つ息を吸い込んで、はっきりと続きの言葉を告げる。
「そしてそんな不思議なことになっているダンジョンには是非とも私も行かなければということをお伝えしなければと思って――」
「あ、そのことか。外でもそんな風なことが起きてたんだ。でも、それならもう解決したよ」
「へ?」
アリーの顔に?が浮かんだ。
ちょうどタイミングが良かったとばかり、俺はアリーにアンホーリーウッドに行ったことと、そこで起きたことについて話す。
注文したハーブティーが運ばれてきても飲まずに、興味深げに、食い入るように話を聞いていたアリーは、俺が話し終わると、しばらく固まった後、突然とろけたスライムのように体の力が抜けていく。
「そんな……そう、だったんですか。何か変わったことが起きている高名なダンジョンを攻略できると思っていたのですが……。私はタイミングが最悪に悪いようですね。せっかくここまで来たのに、すでにエイシ様はそのダンジョンに行き、ダンジョンで起きた問題を解決していたなんて。さすが……ですね、エイシ様」
声にも力がない。
うーん、よっぽどアンホーリーウッドの異変を解決したかったんだなぁ。
今からでも行けるけど、異変は解決して平和ムードだし、ダンジョンの特別なことを目にして体験したいというならタイミングが悪いというかなんというか。まあ、こればかりは仕方ないね。
「まぁ、世の中には他にもダンジョンはあるし。他に冒険もできるだろうから、そんなに落ち込まないで」
「そうですね。済んでしまったことを嘆いても仕方ありません。世の中にはまだまだいろいろな不思議があるはずですから……」
と、前向きなことを言いつつも、声の調子はあまり前向きではない。さすが冒険マニアだけあって、失敗したときの落ち込みも大きい。
「まあ、まあ、アリー。ダンジョンがなくても、このプローカイは結構見るところあるよ。名物も結構あるしね。せっかくだしちょっと見ていかない? 一緒にいろいろ回ってさ」
「! エイシ様とですか?」
「うん。俺も暇だし」
「いいですねっ」
と、言うやいなや、勢いよくアリーが身をのりだしてきた。
と、思うやいなや、少しバツが悪そうな顔で、浮かせた腰を椅子の上に再び落ち着かせる。
「申し訳ありません。はしゃぎすぎてしまいました」
「あはは、なんか今まさにアリーを見た。って気分になったよ。じゃ、飲み終わったら行こっか」
「はい!」
アリーは思い出したようにハーブティーに口をつける。
それから数分後、俺たちはプローカイの町に繰り出した。