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113,赤のヒガン、救いの血

「俺の血を?」

「ああ。私は力を失って久しいが、力ある君の血があれば、力を取り戻せると思う。これまでの君を見ていて確信した。そうなれば、奴らもなんとかできるかもしれないぞ」


 リサハルナの提案は、驚くべきものだった。

 

「リサハルナ様が力を!? それなら、それならあいつらにも!」


 エピが突然興奮し始める。

 リサハルナの過去を知ってるエピがそこまで言うって事は、本来のリサハルナの力って頼りにしていいのかな。

 

 いずれにせよ、現状では勝ち目はかなり薄いと言わざるを得ない。

 だったらパワーアップしたリサハルナも含めた三人で戦った方が勝機はあるか。


「わかった。リサハルナさん、俺の血を吸ってください。それでパワーアップして奴らを倒しましょう」

「ありがとう。一つ、注意しておく。デミリッチとの戦いを見ていてわかったが、君は呪いや魔法への耐性があるね。それに基礎能力も非常に高い。それをフルに使って私の呪を防御したまえ。吸血鬼の吸血は、対象を眷属にする力があるからね」

「あ、そういえば聞いたことが。あのー、それって俺大丈夫なんでしょうか」

「君の力なら、全力で私の魔力に対抗すれば、私に血を吸われても人のままでいられるだろう。……多分」


 今ぼそっと多分って言ったよね!?

 ホントに大丈夫なのか、俺もアンデッドになっちゃったりしない!?


 ――でも、今は低確率を心配してる余裕はないか。

 最悪ヴァンパイアになっても、死ぬよりはマシという気分で、清水の舞台から飛び降りる気持ちで。


「覚悟決めます、注射は苦手だけど……リサハルナさん、吸ってください」

「ありがとう。心配ない、チクッとするのは最初だけだ」


 リサハルナは俺の正面に立ち、両手でぐっと抱き寄せる。

 青い目で俺の目を見つめると、顔を俺の首元に近づける。

 柔らかい金髪が頬をくすぐり、リサハルナが甘くささやく。


「それでは、いくよ」


 唾を飲みこみ、さあ来いと覚悟を決めた瞬間、首の根元に突き刺すような鋭い痛みが来た。


 言われたことを思いだし、魔法防御や呪術防御を全開にする。

 直後、吸血が始まった。


 うっ……。

 これ、これは……!


 牙が突き立てられているところは見えない。

 でも、はっきりとわかる。

 血液と、それと一緒に何か熱いエネルギーの塊のようなものがどくどくと吸い上げられている感覚が。


 痛みはもうない。

 むしろ、快感ですらある。

 自分の全てをさらけ出してゆだねているような安心感と開放感が、首の付け根から広がっていくようだった。

 耳から時折聞こえてくるリサハルナの吐息や、髪の毛のさらさらした感覚までが、幸福感を与えてくれる。


 まず―すごい、この感覚。


 その強烈さに頭がくらくらし、視界がちかちかする。

 足腰がおぼつかなくなり、力が抜ける――が、倒れはしない。リサハルナが俺を抱きしめている腕に強く力を込め、俺を固定しているから。


 その力強さに、はっとして俺はスキルと力を入れ直した。

 危ないところだった、このまま意識ごともっていかれたらきっとアンデッドになるぞ。


 押し寄せてくる快感に流されそうになりつつも、なんとか踏みとどまっているその時間は、ほんの数十秒程度だっったのかもしれない。

 でも俺にとっては十数分にも感じられた危険な恍惚の時間は、ついに終わった。

 

 リサハルナがゆっくりと口を俺の首からはなしていく。

 その口は血で赤く染まっていて。


「ああ……本当に吸ったんですね。あはは、初めての経験でした」


 頭の奥が痺れながら、俺はなんとか言葉をひねり出す。

 リサハルナが驚いたように目を丸くした。


「驚いた、喋れるとは。信じられないタフさだな。もう少し吸ってもよかったかな」

「いや、これ以上は本当にもっていかれそうです」

「ふふ、冗談さ。よく頑張ったね、やはり君は私に血を吸われても人のままでいられた。私が力を取り戻すのに十分な血をもらっても」


 リサハルナはゆっくりと抱きしめていた手を離し、魔物達の方へと向く。


「じゃあ、成功したんですね! っとと……」

 

 大きな声を出して身を乗り出そうとした途端、足がもつれた。

 その俺を、エピが受け止める。


「はあ、何やってるの。リサハルナ様の吸血を受けてまともに動けるわけないじゃない。おとなしく休んでなさい」


 と力の入らない俺を強引に座らせ、横たえる。

 そしてエピは座り、自分の膝の上に俺の頭を乗せた。


「ちょ、なんでこの状況で膝枕。嬉しいけど、そういう場合じゃ」

「ふふん、嬉しい? じゃあもっとやってあげようか。まあ、どうせ動けないんだからそういう場合も何もないでしょう」

「たしかに動けないけど、あいつらを止めないと!」

「大丈夫よ。だって――ああ! ヒガン様!」


 突然エピが歓喜に満ちた声を上げた。

 その視線の先にリサハルナが――いや、違う。


 そうか、このヴァンパイアが、ヒガン。


「とてもいい気分だよ。心地よいまどろみからすっきりと目覚めたような。これも君の美味しい血をもらったおかげだ」


 そこには、息をのむほどに美しい真銀の長髪を陽光に煌めかせ、吸い込まれそうなほど妖しい真紅の瞳で俺たちを見つめる、リサハルナの姿があった。


「ああ――ヒガン様、またその美しい姿を目にできるときが来るとは。エピ、感激です!」


 感極まった声をあげるエピに、リサハルナは微笑みで答える。


「エピ、ありがとう。君がここまで導いてくれたおかげで久々に体に力が満ちる感覚を味わえた。エイシ君のこと、任せたよ」


 そうしてモンスターの群れへ一歩近づく。


「はい! お褒めの言葉、ありがとうございます! エイシ、エピに全てを任されろー!」

「テンション高いね君」


 膝枕されながら俺はエピに言う。

 って、それより


「大丈夫なのリサハルナさん。いくら強くなったからって、一人だけじゃ多勢に無勢すぎるよ」

「見てればわかる。エイシにも。あそこにいるのは、赤のヒガン。かつてこの世界に君臨していた六大魔君の一人なんだからね」

「六大魔君……って、最初にして最強のモンスターじゃ!?」

「そうよ。ヒガン様はその一人。全てのアンデッドの王にして始まりのアンデッド、赤のヒガン。だから――」


 エピはリサハルナを真っ直ぐに見据えた。

 俺も何が起きるのかと期待と不安を抱いてリサハルナを見る。


 リサハルナは一切動じず、ただ一人で銀髪を揺らしながら立っている。


 おびただしい数のモンスターが向かってきていた。

 雄叫びを上げ、大地を揺るがしながら、もう俺たちのすぐ近くまでやってきている。そして、行軍を止めるようすはまったくない。

 あとわずかで蹂躙される。


 そのとき、リサハルナの口元が、微かに動いた。


「――――」


 小さな声、だが俺の耳に声は届いた。

 聞いたことのない言葉、だがなぜかその意味は心に染みいってくる。


『ひれ伏せ』


 瞬間、全てのモンスターが動きを止めた。

 それだけじゃない。

 全てのモンスターが、跪き、頭を垂れたのだ。


 全ての音が、止んでいた。


「な――なにが……?」

「全てのアンデッドの始祖にして主であるヒガン様は、アンデッドを完全に支配する力ある言葉を紡ぐことができる。ただ一言、口にするだけで、全てのアンデッドはそれに絶対服従するしかない」


 なにそれ。

 ちょっと反則的すぎませんか?


「凄すぎでしょ、それ。あれ、でもエピは普通だね」

「それはもちろん、対象くらい選べる。私を除くこの場にいるアンデッドにしたんだと思う」


 ますます凄い。

 数の制限無しで無条件の完全支配って、そんなの許されるの。


 というかリサハルナさんそんな大物だったことに驚きだよ。

 最初の最強の魔物だったなんて。


 はー、と驚きの息をつきながら、リサハルナの次の行動に俺は注目する。

 すると再び、リサハルナの唇が動いた。


『消滅せよ』


 壮観だった。

 リサハルナが命じたと同時に、アンデッド達が崩れていった。

 あれだけいた、地を埋め尽くさんばかりのゾンビやスケルトン、リッチやドラゴンゾンビなど、あらゆる魔物の体が、ひび割れ、崩れ、灰となっていく。


 倒しきれるはずなどないと思っていたモンスターの群れは、ほんの一分もしない間に、全てが跡形もなく、消え去った。

 風に吹かれ散る灰のみを残して。




 一瞬で全てを終わらせたリサハルナが振り返り、エピと休んでいる俺の元へと歩いてきた。


「まさかリサハルナさんの真の姿がそんな風だとは知りませんでした」

「久しぶりに赤のヒガンとなるのも爽快でいいものだね。もはや完全に失われた力だと思ったが、君の血のおかげだよ。感謝する。とっても栄養あるね」

「それは喜んでいいのかなあ」


 苦笑いしながら言う俺にリサハルナが笑いかける。

 とその時、リサハルナの体が再び変化しはじめた。


 髪の色と長さが変わり、目が青くなる。

 そう、普段のリサハルナへと戻ったのだ。


「あ、戻った」

「維持するためには常にエネルギーを供給し続ける必要があるから仕方ないね。また必要になったら君にもらうさ」

「ええー」


 くくっ、とリサハルナはからかうように笑う。

 その笑みに俺はなんとなく安心した。

 凄い力と凄い存在だということが明らかになったけれど、リサハルナはやはり俺の知るリサハルナだ。


「ま、とにかく、これで一件落着ってわけだね。プローカイも守れたし、アンホーリーウッドの平和も無事取り戻した。エピも、エピのお仲間も安心だよね」


 真上を向き、エピに声をかける。

 エピはリサハルナと、全てのモンスターが消えた周囲と、最後に俺を見下ろして頷いた。


「うん。エイシには世話になった。デミリッチを倒しただけじゃなく、エピに、かつてのリサハルナ様をまた見せてくれた。ありがとう」

「どういたしまして。俺も珍しいものが見られてよかったよ。エピがいなければシックスワンダーなんて言われてる凄いダンジョンを初制覇することもできなかっただろうしね。これから宝も回収できる。面白かったな、ダンジョン探索。それに、珍しい体験もできたし」


 ついに本当に血を吸われてしまったよ。

 まさか本当にそんな時が来るとはなあ。


 エピがくすりと悪戯っぽく笑った。


「本当にね。ありがとう、リサハルナ様……でもリサハルナ様があんなに美味しいって言って、力も取り戻すんならエピも味見したくなってきたなあ。ねえエイシ、エピも血をもらっていい? 私たちを救った血を」

「さすがにもう貧血でふらふらだし無理……って、エピ、ちょっと」


 言い終わる前に、にっこりと笑ったエピが顔を落としてきた。

 瑞々しい唇が近づいてくる。


「ちょっ、待って、まじで無理、今は無理だって!」


 だがエピは顔を俺に近づけて来て。


 むにっ。


 と、俺のほおを手でつかんだ。


「……何するのエピ」

「あはは、びっくりした?」


 エピはからからとおかしそうに笑う。

 人の顔を見て笑うな。


「ごめんごめん、冗談、血はまた今度元気なときにもらう。でも、面白い顔」


 朗らかに笑うエピの笑顔は、これまで何度か見てきたけれど、でも、今は一段と、一番と、楽しそうに見えて。

 まあ、いいか、許そう、と思わざるを得ない表情だった。


 と、涙を浮かべて大笑いしたエピは、不意に少し笑みの種類を変えた。


「感謝するよ、エイシ。エイシに会えてなかったら、エピたちは……本当に、ありがとう」


 そして頭を深々と下げる。

 その目からは笑いではない涙が見えたような気がした。


 しばらくたって顔をあげたエピは、冗談めかして言う。


「二人のおかげで、生き返った。アンデッドだけに、なんて。あはは」


 いつもよりテンションが高めの彼女は、俺をじっと見下ろしながら、少しはにかんだような笑みを浮かべていたのだった。



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