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112、腐の軍勢


 デミリッチを俺が斃すとともに、エピやリサハルナが戦っていたグールやスケルトン達、不死者が闇に溶けるように消えていく。

 ネクロマンサーの力で一時的に具現化していたものが消えていく……ということは、デミリッチの力は完全に失われたと思っていいだろう。


 ほっと一息ついた瞬間。

 エピが首に抱きついてきた。


「あははっ! やるじゃんエイシ! 偉い偉い!」


 抱きついたまま、わしゃわしゃと頭を撫でてくるエピ。


「ちょ、ペットじゃないんだから。はは、まあでもなんとか勝ててよかった」

「本当に、よかったよ。エイシ君。戦闘中ちらと見ていたが、あの者の力は六魔君にすら匹敵するレベルだっただろう。それを人の身でありながら倒すとは、まさかそんな時が来るとは、不死の身ながらありえないと思っていた」


 リサハルナも俺をねぎらうように、頭を撫でてくる。

 いや褒めてくれるのは嬉しいけどなんで二人とも頭を撫でるの?

 頭を撫でると喜ぶとか信じてるの?

 いやまあ喜んでますけど。


「遅い……」

「っ!」


 祝勝ムードの俺たちを、一瞬でシリアスに引き戻す低い声がした。

 それは、崩れた骸骨からうめくように響いた声。


「デミリッチ、まだ生きていたの」

「カカカ、そう簡単には、死なぬわ――もっとも、じきに不死の命は尽きようが」


 駆け寄ったエピが、腕を組んで睨む。


「だったら、さっさと死になさい。お前がこれまで粛正してきた反対者のようにね」

「カカカ……」

「何がおかしい?」

「もう遅い……すでに我は命令を出している。我を殺したところで、もう行軍は止まらぬ」

「命令ってなんの……」


 エピがはっとした顔になった。


「まさか、プローカイを襲わせる計画、もう実行段階に!?」

「カカカ、その通りよ。我は死しても我が呪いは消えず……我がかけた死霊術、不死者を強化する術式は腐った大地に集まりし我が軍勢を強化し、我が敵と定めたもんを破壊し尽くすだろう」

「貴様……!」

「万が一も考えて、王とは動く者だ。我が消滅するは口惜しいが、道連れにモンスターも人も数え切れない数が捧げられるならば王の最期にふさわしかろう。無論、貴様らもだ。先に冥府で待っておるぞ――カカカカ!」


 からからと高笑いを浮かべ、デミリッチを構成していた骨と霊体は灰となった。 今度こそ完全に消滅したようだ。


 だが……喜んでる場合じゃなくなった。


「エピ、リサハルナさん、今言ってた事って」

「悔し紛れであって欲しいけど――」

「真実の可能性が高いだろうね。ここに来るまでに会ったアンデッドが極端に少なかった。たまたまと考えるよりは、何かの目的のために別の場所に集まっていたからという方が納得できる」


 ……だよね。

 敵の本拠地でありながらモンスターが少なかった理由、まさかそんなことだったなんて。

 準備万端、あとはボスが行って指示を出すだけって時だったんだな。喜んでる場合じゃなかった。


「やっぱり、本当か。だったら速く止めないと」

「ええ。腐った大地は宮殿から地上へと上がった所。あいつの思い通りにいかせるなんて腹立つ、急ぐよ」


 エピを先頭に、俺たちはかけだした。




 宮殿内は静かだった。

 やはりほとんど残っている者はいないらしい。


 廊下に出てすぐのところにある螺旋状のスロープを上っていくと、途中から真っ直ぐな坂道になる。

 坂道はどんどん幅広になり、他のスロープが合流してくる。


 宮殿内のいくつかの場所からつながっているようだ。

 そこからやってきたとおぼしき少数のモンスターを足を止めずに倒しながら、坂道をさらに登っていく。

 

 間違いない、地上へと近づいている実感がある。


「あれが出口?」

「そう!」


 不意に大きな白い口が上方に見える。

 ちょうど太陽が逆行で差し込んできて、眩く輝き、白い中に青い空が少しだけ見える。


 俺たちはさらに足を速め、そして地上に、腐った大地と呼ばれる場所へと出た。


 そして。

 俺たちは言葉を失った。


 目の前に広がるは、広大な荒野。

 荒野の左右に見える、見覚えのある形に連なる山。

 二つの連峰に挟まれた不毛な荒野、それが腐った大地の正体だった。

 そしてその二つの連峰はプローカイからも見えていたものだ。

 となると、おそらく、この荒野を進んで行くとプローカイにやがてたどり着くのだろう。


 そこまで推測して、俺は顔に手をやった。

 

 これが、プローカイに向かう?


 そこにいたのは、大地を埋め尽くすばかりのおびただしい数のモンスターだった。

 何体いるか数えることなんてとてもできない。

 百や二百なんてレベルじゃない。千をはるかに超える数のモンスターがうごめいているのだ。


「ハイグール、デュラハン、ファントム、スケルトンロード、グレーターリッチ、ドラゴンゾンビ――上位のアンデッドがこんなに集まってると、さすがに壮観」


 エピの言葉は単純に状況を述べるのみだが、その声音には、明らかに困ったような響きがある。

 

「そいつらの戦力はいかほど?」

「ドラゴンゾンビやグレーターリッチみたいな最上級アンデッドはエピでも一対一じゃないとちょっときついくらい。他のもそこまでじゃないけど囲まれるとまずいかな。それが軽く千以上いる」

「しかもデミリッチの力で強化されてるんだよね」

「……ちょっぴりまずいかもね。あれだけ数がいると、単体では劣ってもデミリッチ一人よりはるかに合計戦力は巨大」


 エピは深刻な表情でモンスターの群れを睨んでいる。

 俺もあらためてモンスター達を見る。


 さっきよりはるかにまずい状況、か。

 だがここで見過ごせばプローカイにこいつらが向かう。

 そうなれば間違いなく壊滅するだろう。コロシアムの闘士達がいるといっても物量が多すぎる。

 

「やっぱりここでなんとかするしかないか――」

「なんとかできそうかい」


 リサハルナが問うが、俺は首を振った。


「正直、うまくいくビジョンが見つかりません。なんだかんだいって、デミリッチは手強かったから結構消耗してしまいましたし。来る途中に回復したときはもう効きが悪かったから、これ以上のダメージは敗北に直結する状態です。あの数を無傷で倒せるかって言われると――」

「さすがの君でも厳しいか。仕方あるまい、シックスワンダー最下層のモンスター達だ、並の冒険者ならパーティで一体を相手にしても勝てるかどうかという相手。それがこれだけ、しかもネクロマンシーで強化もされている。エピでも今の私でも倒しきるビジョンは見えない」

「やっぱりそうですか。でも、指をくわえて見てるわけにはいかない――こうなったら、覚悟を決めて、複数を同時に相手にしないようにやってやるしかないですね、うまく不意をついて」


 そのとき、モンスター達が振り返った。

 それはデミリッチの怨念によって動かされたように、俺たちの姿を各々の凶悪な目にとらえる。


 こっちは今し方戦闘してきたばかりの三人。

 モンスター達は強化された数千。


「……リアルにまずくない?」


 誰にともなく漏れた俺の言葉を聞くと、エピはモンスターの軍勢を見つめ、牙をむき出しながら、言う。


「間違いなくまずい。いざとなったら、エイシとリサハルナ様だけでも先に逃げて。元々私の戦いだしね、これは。自分の命を守るだけならできるだろう、二人とも。人間の町だって、別にエイシが町の守護に責任もたなきゃいけない立場でもないんでしょ」

「何馬鹿なこと言ってるの、エピ? たしかにあいつらと戦う義務なんてない。けど、ここでエピ一人残していく選択は俺にはない。俺はここでやりたいようにやるって決めた。エピを残して逃げるのは、『やりたくないこと』だ」


 俺はエピをまじまじと見つめてそう言った。

 ここまで来て、そんなことできるはずない。俺はエピのこと、嫌いじゃないから。


「エイシ――やっぱりあなたって変わってる。でも、嫌いじゃない」


 エピがちょっぴり唇を歪めて笑った。

 俺も笑って応え、剣を抜く。


 やるだけやってやる。

 なんとかする方法が見つかるかもしれないし。


 俺達が覚悟を決めると同時に、モンスターの軍勢は雄叫びをあげながら動き始めた。

 

 ――そのときだった。


「エイシ君、きみの血を私にくれないか」


 リサハルナが耳元でささやいた。


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