109,『宮殿』
「それじゃあ、あなたたち、しっかり見つけてきなさい」
エピの命令で、仲間のゾンビやスケルトン達はアンホーリーウッドに散っていった。
それは、アンホーリーウッドの次の階層の入り口を探すため。
アンホーリーウッドの次の階層、『宮殿』とエピ達は呼んでいるらしいが、そこと今いる『墓場』の間には宮殿の入り口らしく門番がいる。
エピはこのアンホーリーウッドでは有数の実力者で、それであるにもかかわらずデミリッチに敵対しているため、顔が売れているから入れないらしい。
当然俺やリサハルナは言うまでもない。
デミリッチの部下の物量を考えると、事前に知られて騒ぎになるのは得策ではない――ということで、別の進入経路を探しているというわけだ。
そして俺たちは宮殿の入り口へと向かっている。
正面突破はしないにせよ、宮殿の階層に近づく必要はあるだろうしね。
「これは少し厳しそうだ」
リサハルナが小さく漏らした。
「うん。思ったより多いね、人が」
宮殿の正面入り口にとりあえず近づいたのだが、そこは門番だけでなく、通り抜けるアンデッドや、だべってるモンスターもいて、結構な数になる。
それでも倒せるとは思うが、叫び声くらいはさすがにあげられてしまうだろうし、ちょっと強行突破は難しいかな。
何かいい手はないかなあ……。
「そうだ、ねえエピ、リサハルナさん、見た目が同じだとして、モンスターって人間かどうかってわかるもん?」
「それはモンスター次第。鋭い奴なら気づくし、鈍い奴なら気づかない」
「でも結構俺襲われたんだけど」
「見た目が普通に冒険者だしねえ。とりあえず襲うでしょ、やっぱり。もしモンスターの仲間ならそれを伝えてくるだろうし、何も言わないで反撃してきたらやっぱり敵だってこと」
結構おおざっぱな判別方法だ。
それでいいのかモンスター。
「ところで、どうしてそんなこと?」
「いやなに、俺がモンスターの振りして中に入れないかなと思って」
「ばれない可能性はあるけど、中に入るのは無理ね。今は証明物を持ってない人は入れないし」
え、何それ。
人間の町より厳重なんですけど。
「でもそれっぽく振る舞ってればわからないとは思う。野良ゾンビと思われるくらいには」
「なるほど。ということは、中に入ってしまえば、まあわからないってことだね」
「そういうこと。吸血鬼は見ての通り人間とほぼ同じ見た目だし。中にいるアンデッド全員を把握してるわけじゃない」
ということは、やっぱりいったん中に入ってしまえばなんとかなりそうだ。
そして、中に入るなら、やっぱり正門ではなく別の入り口がいいだろう。
大きな建造物に一つしか入り口がないってことは普通ないはず。道具の搬入口とか非常用の出入り口は普通用意する。
エピが呼び出したゾンビ達がそれを探してくれているけど、俺も手伝おう。
「ハナ、おいで」
光の柱の中から、ハナ(ウォンバット風)が姿を現した。エピが驚いた顔をする。
「これは俺の召喚獣、ハナ。ハナにも探ってもらおう。見た目はただの小動物だし、小回りもきくしね」
そしてハナを放して、探索を開始。
さらに俺自身も動く。
宮殿から少し離れたところで待機し、宮殿へと向かうゾンビを見つける。
俺は自分の服を裂き、体に泥をつけ、顔色をエピとリサハルナが持っていた化粧を使って悪くしてゾンビらしさを演出し、そっと近づき、すれ違いざまに身につけたばかりの【モンスターパラサイト】を発動。
相手は俺をゾンビだと思ってくれたようで、特に気にすることなく近づけた。
それを数体のアンデッドに行うと、そのうちの二人が宮殿に目論見通り入って行ってくれた。
あ、一人気づかれたけど、声を上げられる前に真っ二つにしました。
「やっつけちゃっていいの、エピ」
「問題ないでしょ。どうせ死んでるんだから」
いやまあそうだけど、そうなのか?
「同じモンスターって言っても、仲間といえるようなのはその中の少しだけ。他は赤の他人だし、それに私と敵対してる奴らだからね」
過激だけどある意味平等だな。
まあ、モンスターってのはそういうのが標準なのかもしれない。一口でまとめてはいるけど、別の種類だしね。
それは実際エピだけでなく他のモンスターの行動からも、明らかだった。
物陰に隠れ観察している俺たちの視界内で、ゾンビとスケルトンの上位種がなにやら小競り合いを始めた。
興奮してろれつがまわってないことと、距離があって正確には聞き取れないが、どうやらエルダーネクロマンサー・デミリッチ派とそうでないアンデッドが争っているらしい。
両者は次第にヒートアップし、ついには互いに暴力に訴える。
そしてついにはスケルトンがゾンビを真っ二つに引き裂いた。「デミリッチ様にたてつくようなことを言うからだ!」というようなことを叫んでいる。
エピの言っていたとおりだな。
モンスター通しでも争うなんてなかなか複雑だ。
「やれやれ。せっかくのアンデッドの楽園が台無しだな」
リサハルナが呆れたようにため息をついた。
その表情は少しばかり落胆しているように見える。久しぶりの故郷が物騒になってればなあ。
リサハルナのためにも、なんとかしたいところだな。
また人間の町を守るため、最後にここのお宝と珍しいダンジョンの光景をゲットするために。
そして俺は、パラサイト成功したモンスターに対してパラサイト・ビジョンを発動した。
……おー、こういう風になってるのか。
モンスターの視点から見るアンホーリーウッド第四階層、宮殿。
それは墓場の暗い雰囲気とはがらっと変わり、大理石のようななめらかな岩がアーチ状にくりぬかれたような通路で、同じようななめらかな岩で作られた部屋がつながっているという様相だ。
部屋はきっちりドアがあり、また洞窟そのままではなく、元の形をいかしつつも整形されていて、人の手――というかモンスターの手で作り直された、建造物という言い方が正しい。
さらに廊下には石を削って作ったとおぼしき像などもあり、部屋の中には生活に使うような道具もある。
それはまるで、古代遺跡が現在使われているかのような様相で、俺は偵察中だということを忘れてしばし見入ってしまう。
やっぱりすごいな、ダンジョンって。
シックスワンダーと言われるだけある。
さて、しばらく様子に感激したら、次は現実的なことだ。
俺はパラサイトビジョンから送られてくる情報に集中し、宮殿内部の様子を少しずつ把握していく。
どうやら、半径を変えた半円を描くように通路が何重にも重なっていて、円の中心に向かっていくにつれ、重要な区画になるという構造のようだ。
それぞれの円周通路は、それをつなぐ連絡通路のようなもので、何カ所かでつながれていると。
セオリーからすると、一番奥に噂のデミリッチがいるんだろうが、しかし必ずしもそうとは限らないか。
――ん?
そのとき、パラサイトビジョンが、もう一つ面白いものを見つけた。
それは、ハナのビジョンだが、その低い視点の先に、岩のようにカモフラージュされた、地下への入り口があったのだ。
来た。
さすがハナだ。
この低い身長が役に立ったな、地面の様子がよく見える。
それに、今のハナは狩人のクラスをかなり高いレベルで取得してる。
狩人には鷹の目や感覚ブーストなど、周囲のかすかな異変や兆候に気づくスキルが多い。
おそらくアンデッド達はそれらのスキルを習得していないだろう。
そんな彼らを基準に隠されたものは、ハナにとっては見つけることはそう難しくないというわけだ。
ふふふ、魔法学校で強化したことが生きたな。
「どうしたの、エイシ。にたにた笑って。モンスターみたいで気持ち悪い」
「自分がモンスターなのにそれ言う? ……見つかったんだ、入り口が」
「潜入成功」
ハナの見つけた非常用出口から俺たち三人は宮殿に入った。
だがすんなりといったわけでもない。
非常用出入り口の宮殿側にも監視がいたからだ。
とはいえ、普段使わないところだけに監視は薄く、一人だけ。普段はそこを使う人は当然いないので周囲にモンスターもいない。
そんなわけで、古典的な方法を使わせてもらった。
エピの仲間のアンデッド達のうち数人が、たまたま秘密の入り口を見つけたという体で通路に入り、とぼけて監視役に堂々と姿をさらす。
エピはともかく、その仲間は監視役に対しても顔までは売れてないので、見られただけで企みがばれるということもない。
そして、出入り口が露わになっていたという事を伝え、扉が壊れているから見て欲しいと連れ出す。
連れ出した近くで残りのアンデッドが派手に喧嘩をし、監視役にそちらに注意を向けさせ、仲裁を一緒にするよう促す。
そのすきに、俺たち三人がこっそり入り込んだというわけだ。
よくあるやり方だが、よくあるということはそれだけ成功しやすいからよくあるわけで、俺たちは首尾よく潜入できた。
先ほどモンスターが小競り合いしていたときに、周囲にモンスターが寄ってきていたのを思い出し使った方法だ。
片方が反デミリッチの言葉を叫んでいるとわかったら、止めるのをやめていたけど、今回は特にそういうのではなく単なる喧嘩を装ったので、ぼろがでることもなくうまくいった。
そして素早く非常用出入り口から離れ、今は廊下を何食わぬ顔で歩いている。
「これでばれないのかなあ」
「おそらくは大丈夫さ。警備などの必要がなければいちいち詮索などしないだろうからね。普通のモンスターは敵と味方以外には興味はないから」
「なるほど人間と大体同じね。それならよかった」
実際、通路ですれ違ったスケルトンは俺たちを特に怪しむ様子もなくすれ違った。
これなら大丈夫かなと思いつつ、俺たちの宮殿探索がはじまる。
先ほどまでにモンスターパラサイトで集めた情報があるから、構造はおおよそわかっている。
それとエピの情報を集めて、奥を目指していく。