100,瘴気
「スウ、今だ!」
「はい。魔力弾!」
スウの手にした短杖から光の弾丸が撃ち出され、ゾンビの首に激しく命中した。ゾンビの首はへし折られ、その場に崩れ落ち活動を停止する。
「終わった」
「はい。おっかなびっくりでしたが、なんとかできました」
俺たちの前には、切られたり撃たれたりしたゾンビが土の上に倒れている。
ついに、ダンジョンらしくモンスターがあらわれたのだ。
「やっぱりアンデッドが多いんだね。まずはゾンビか。他には骨のモンスターなんかもいるのかな」
「うん。スケルトンはたくさんいる。種類も多い。この辺は強いスケルトンはまだいないけど。他にはゾンビドッグとか、ゾンビラビットとかゾンビクロウとか」
とりあえずゾンビをつければアンデッドモンスターの名前になるという発想はどうかと思います。もう少し固有の格好いい名前を考えてあげて欲しい。
「でもこの辺のモンスターならなんとかなりそうってわかってよかった。スウもいけるね」
「はい。でもエイシとジャクローサはやっぱり凄いです。全然慌てないで、まるで学校でノートをとるくらい自然に相手をしていて。頭ではわかっていたけれど、実際見ると凄さがわかりました」
「まあ、慣れてるからね。俺も最初はびびってたけど、何度もやってれば誰でも息をするようにできるようになるよ」
俺の言葉に、スウは倒れたゾンビを見つめる。
「そういうものでしょうか。たしかに、魔法も最初に使うときは苦労しましたけど、今では意識せずにやれますが」
「そうそう、同じ同じ。んじゃ行こうか」
モンスターに警戒しつつ、俺たちは進んで行く。
「そういえば、さっき言ってたシックスワンダーってなに?」
進みながら、俺はスウに気になっていたことを尋ねる。
それはさっきの言葉。このダンジョンが、シックスワンダーと呼ばれているということだ。
さっきは流したけれど、いったいなんなのか気になる。
俺の問いに、スウは意外そうに目を丸くして。
「え、知らないんですか!? 冒険者なのに!?」
めっちゃ驚いてる。
「ごめんなさい。世間知らずで」
「あ、いえ、そういうつもりじゃありません。いや、でも有名な話かと。いや、でも知らない人もいますよね、はい」
「まあそういうことで、ちょっと教えてくれる?」
「ええ、もちろん」
そうしてスウと、ジャクローサも知っていたのでジャクローサも語ってくれたのだが、それによると、このホルムという世界にはシックスワンダーとよばれる六つのダンジョンがあるという。
その六つのダンジョンは、世界でもっとも広大で、危険なモンスターがいて、価値ある宝があると言われている。そして六大魔君と呼ばれる最も偉大なモンスターが住まう場所だとも。
その中の一つがこのアンホーリーウッド。
世界には色々とダンジョンがあるけど、その中には歩いて一時間で最奥まで制覇できてしまうような簡単なものもあるらしく、ここのような広大なものばかりではないということだ。
「そんなに凄いダンジョンなら、挑む人も多い……いや危険なら少ない? どっちなんだろうね」
「どちらもですね。ハイリスクハイリターンなので、リターン目当てに行く人もいれば、リスクを嫌って行かない人もいる。ただ、魔法学校の研究ではシックスワンダーで得られる魔道具や魔法の素材は欠かせないので、優れた冒険者の方から、そういったものを積極的に購入したり、時には依頼したり、時には学校関係者が自分で取りに行ったりしています」
なるほどねえ。
危険も大きければそのおかげで色々人間の役にも立ってるということか。
まだ入り口近くみたいだから、たいしたものは見つかってないけど、奥の方に行けば色々凄いものが眠ってるかもしれないってわけだな。
すでに色々あって大変そうだけど、奥の方への期待が高まるね。
ちらほらモンスターがの姿が見え始めてからも、俺たちは止まらず進む。
ゾンビ以外にもいたが、このくらいのモンスターなら問題なく倒せていて、順調に森の奥へとやってきた。
そして、結構奥に来たなあと思った時、進行方向に二手に分かれた道の横の方から、冒険者が声をかけてきた。
「おい! あんたらもここの探索か?」
「はい。あなた達も冒険者ですか」
やってきたのは俺たちと同じような男三人組の冒険者パーティ。しっかり装備も調えていて、なかなか熟練を感じさせる。
「ああ。ここでお宝を手に入れようと思ってな。おお? ジャクローサじゃない!」
「うん。ルドルフさん、久しぶりです」
「ああ、ちょっとトラブルはあったが相変わらず調子いいな。こんなところであうとは思わなかったぜ。それとお前さん!」
先頭を歩いていた壮年の男――ルドルフというらしいが、俺に顔を近づけてくる。
「……にしてもなんだか、あんたの顔もどこかで見たことがあるような……」
と思った次の瞬間、俺の肩を勢いよく叩いた。
「あの危ない辻斬り野郎を倒した乱入者じゃないか!?」
「え、ええとはい。そうです」
「はっはは、闘技場のヒーローとこんなところで会えるとは、サインでももらわないとな。なあ」
ルドルフが仲間に語りかけると、仲間が苦笑いしながら頷く。
割とこの人がこのパーティ内では暴走するタイプらしい。
「ああ、そっちも修行とお宝狙いか?」
「はい。あとは、珍しいダンジョンだということで、見物に」
「危険な場所に見物とはさすがだな。んでもこの先はだめだ、だめだ。やめとけ」
「何かあるんですか?」
俺の問いに、ルドルフは俺の肩の上に乗せた手に力を込めることで答えた。
「ああ、そうだ。教えて欲しいって話だな。実はこの先、俺たちも行ってみたんだが、力が抜けちまうんだ」
「力が抜ける?」
「ああ。いるだけで体に力がはいらなくなって、技の切れも悪くなっちまった。全部のステータスが下がっていく、そんな場所だ。ステータスだけじゃなく、全体的に体がだるいような、集中力が鈍るような、そんな有様だぜ。前はもっと楽に行けたと思うんだがな。アンデッドの闇の瘴気って奴なのかもな」
俺たちは顔を見合わせた。
予想外の困難の登場。またもやだ。
どうするかと少しばかり相談する。
「そんな状況になってるんですか。どんな風になってるか直に見てみたいってのもあるんで、試しに行ってみます。気をつけながら。教えてくれてありがとうございます」
「やっぱりそう来たか。冒険者たるもの、他人に止められたからやめるってんじゃあ男気が足りねえよなあ。さすが闘技場に乱入するくらい太い野郎だ。せいぜい気をつけていきな。あばよ!」
ルドルフパーティは別れを告げると、去って行った。
ありがたい情報だが、止まるという選択肢はとりあえずはない。行ってみて無理だったら、それから引き返したっていいんだから。
「よし、どうなってるか行ってみよう」
俺たちは、森の最奥へと進んで行く。
それはすぐにわかった。
少し先に進むと、急に足が重くなったのだ。
体もだるく、視覚や聴覚も一枚膜がはってあるような、ぼんやりしたものになる。
「これは結構、たしかにきついね」
「うん。いつものようには動かない」
「魔力も集中し辛いです。体だけでなく、魔法も阻害されているようですね」
「多分、これって何かの特殊な効果がこのあたりいったいにかけられてるってことだよね」
俺の問いに二人は頷くが、それがなんなのかはわからないようだ。
俺もわからないが、しかしわかることもある。
「これ、呪術じゃないかな」
「呪術。他人に呪いをかける」
「うん。俺も呪術は少し知ってるけど、あれと似てるんじゃないかと思う。あれもかけると他人を弱体化させられて、しかも結構強力で効果もでかい。原理はわからないけど、この辺り一帯にそれがかかってるのかも」
場所に入ってきたものにオートでかける呪術というのは俺の使ってる対象にかけるのとはまた違うタイプだ。
しかしこういうのが使えれば、トラップ的にできて便利そうだな。
是非方法を知りたい。
目標ができたな、うん。
……とはいえ、今はそれよりもここを安全に抜けることだ。
「モンスターが襲いかかってきたら困りますね、この状況で」
「それだよね。モンスターも弱体化がかかればいいけど、そうじゃない場合一方的にかなり不利な状況でやりあわないといけないし」
ただ、これが呪術の類いだとするなら、俺にはなんとかする手段がある。
呪術に対抗するのは主に神官のスキル。
耐呪障壁や、ディスペルを用いることでなんとかなるはずだ。
「よっ、と。どうかな?」
「体が軽くなった」
「本当です、感覚がクリアに。どうしたんですか?」
「よかった、うまくいって。耐呪障壁とかの、耐呪術のスキルを使ったんだ。呪術と同じ性質なら有効だと思って」
神官のスキルは結構ここでは役に立ちそうだな。
そう期待しながら、俺は先に進んで行く――行こうとしたのだが、スウが足を止めていることに気付いて振り返った。
「どうしたの、スウ」
「いえ、先ほどからエイシは様々なスキルで状況を打開していて凄いと思いまして」
「いやあ、それほどでも……」
結構まんざらでもないです、はい。
「でも、どうしてそんなに色々なスキルを? 一つをきわめて凄い力を発揮する人は達人ならそうでしょうけど、これだけあれこれできる人っていうのはそうそういない、というか方法が不思議です」
スウが不思議そうに眉根をよせて、俺の顔を凝視している。
まずい。ちょっとやりすぎたか?
でも先に進むためには必要だし。
「ほら、魔法を覚える方法を魔法学校で教えてたじゃないか」
「ええ、あれを使えば色々な魔法が使えます」
「ああいう感じに魔法以外のスキルも色々と覚えられて、それでこう、こんなこともあろうかと身につけておいたんだ」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。でも具体的な方法は、こう色々と権利関係とか事情があって、詳しいことまでは話せないんだけど、色々頑張って覚えたんだ」
頑張って寄生して覚えたんだ。
……頑張ったのはお前じゃないといわれそうだが、『俺が』頑張ったとは言っていないから嘘は言っていません。
一応納得したようだし、スウの性格的にも本人が話そうとしないことを聞き出そうとはしないので、それ以上は何もなかったが、でもやっぱりこうやって色々やってると不思議がられてしまうようだ。
とはいえこういう状況で使わないわけにもいかないし、今度真面目にそれらしいストーリーを考えておこう。
俺はひそかに面白おかしい作り話を作る決心をしたのであった。
面白い必要はないか?