99,アンホーリーウッド探検隊
キョーキョーキョー。
カチカチカチカチ。
ヴオオオオ。
気味の悪い鳴き声や、鳴き声からどうかもわからない得体の知れない物音が森のあちらこちらから聞こえてくる。
なんだかお化けが出てくる廃墟に行ったときみたいな冷や汗を背中にかいてしまいそうな気持ち悪い空気。
アンデッドからみってなんでこんなに不気味なんだ。
……アンデッドなんだからそりゃそうか。
だが今回はあんな風に取り乱したりはしない。
二回目だから慣れてるし、ここに住んでるものがそんなに怖くないということは学校襲撃のことで学んでいるから大丈夫。
「薄気味悪いところですね」
きょろきょろしながら、スウが言う。
「いかにもゾンビがでそうな場所。スウは来たことないんだっけ」
「ないです」
「ジャクローサは?」
「ある。だから、大丈夫。怖いなら僕の後ろにいていいよ」
「いやそれは若干情けないというか、プライド的な問題が」
といいつつ、ちゃっかり俺とスウは後ろからついて行っている。
プライドより実利なのだ。
「こんなところで訓練するなんて物好きだな、ジャクローサって」
「ここは静かで落ち着くから」
「静か?」
変な鳴き声とか聞こえてますけど。
まあでも、町中より静かなことは確かだ。
昼間だというのに森の中は薄暗く、まるで靄に覆われたかのように遠くは見えない。そんな中をしばらく道なりに――もちろん道なんてないけれど、木の枝や根が絡まっていて、通れない場所が多々あるので、実質的な迷宮のように入り組んだ通路が出来ている。
道なりに進んでいた俺たちだが、やがて足が止まった。
前に進む道が木々によってふさがれていたのだ。
「あれ、こっちじゃないんですか?」
「前に来たときはここから奥にいけたんだけど」
ジャクローサは首をかしげつつ、絡まった枝の間から奥を覗く。
のぞいたまま、なるほどという表示でつぶやいた。
「前来た時から今日までの間に変わったみたい。ここの先には道が続いてるから」
「時間経過で姿が変わるの? そいつは厄介な」
時間がたつと地図が役に立たなくなるということか。
とはいえ、先の道はあるらしいから、大きく変わるわけではないみたいだけど、しかし迷路に一つ壁を追加したら、それだけでゴールへと向かうルートが大幅に,下手したらスタート地点からやり直さなきゃいけなくなるのは間違いない。
引き返せばいい話ではあるけど、こういうことがあるたびに戻るのもかったるいなあ。なんとかあっさり通り抜けたいところだ。ここだけ抜ければその先はまた通りやすくなってるんだし。
スウとジャクローサは引き返して別の道を探そうと振り返った。
とそのとき。
「そうだ、戻らなくていいよ。先に進む方法はある」
二人を止めると共に、俺は鉈を取り出した。
冒険に使うものとしてそろえた中の一つだ。
「ここの森の木は堅いから、普通の鉈じゃそうそう切れないよ。それに蔦や葉や茂みも絡まり合ってて、凄く引っかかりやすい。刃物を入れると傷む。僕もそれで槍が一つだめになったんだ」
「まあ、見ててよジャクローサ。俺は木や草を切るのは得意なんだ」
いいながら鉈を振りかぶる。
同時にスキル発動。【地形適応:森】、【木材加工】、【農具マスタリ】、そしてさらに【植物特攻】×2(ファーマーと木こりの両方で身につけたものだ)。
木こりとファーマーという植物に強いクラス二つで身につくスキルを用いて、相手が木や草ならお手の物に扱うことが出来る。
さらに【目利き(植物)】を扱うことで、狙うべきポイントもわかる。
「こうだ!」
それらスキルを複合的に使用して、鉈を振るうと、引っかかることもなく、スコーンといい音を立てて木の枝が切れた。
さらに葉っぱなどにも引っかからず、刃こぼれなどもしていない。
よし、うまくいった。
人が通れる程度に切り開いて、壁を突破。
奥の通路につなげることができた。
「凄いです! エイシ! ダンジョンも形無しですね」
スウが肩を叩いて賞賛してくれる。
たしかに、これならダンジョンも形無しだ。
ていうかいいんだろうか。ダンジョンの壁を崩すのは色々と反則的なような気が……まあいいか。先に進んだもんがちだ。
でも環境破壊しすぎるのはよくないから、ここみたいにちょっと崩せば大幅にショートカットできるような場合にだけやることにしよう。
俺の体力魔力も消耗するし。
「よし、じゃあ先に進もう。こうすれば、ジャクローサの記憶どおりに進める」
ジャクローサは口の端を綻ばせて頷く。
そうして俺達は、さらに先に進んで行く。
「暗いね」
ジャクローサが言ったとおり、あたりが暗くなっていた。
夜になったというわけでもないと思う。時間的にはまだ昼のはずだ。
とすると、このダンジョン特有の性質で暗くなっているということだろう。
「これだとかなり進むのが厳しいですね。灯をつけましょう」
スウがランプを取り出し、魔法によって作動させる。
ランプが明るく輝く……が、なんとその光はランプだけで、ランプの周囲までは明るく照らさなかったのだ。
「まるで暗幕があるみたいだね」
光はごく短い距離までしか到達できず、その先は暗闇に吸い込まれるようになっている。
俺たちも三人が互いの顔を識別しようとすると、相当近づかないとわからないくらいだ。
「どうしようか。これ結構危ないよね」
「こけるかもしれませんし、触るとかぶれる植物に触っちゃうかもしれませんね。ジャクローサさんはどうやってここを進んだのですか」
俺たちがジャクローサの方を見ると、首をかしげ。
「不思議」
「何が?」
「僕が前来た時には、もっと明るかったんだけど。こんな風じゃなかった」
「え」
「え」
ジャクローサの言葉に、俺とスウが顔を見合わせる。
お互い口には出さないが、またか、という表情になっているのがわかる。
「……ごめん」
「ああいやいや、別にジャクローサを責めてるわけじゃないから……って、でもなんでだろう? 場所が違うってわけじゃないよね」
「それは間違いないと思う。歩いてきた道順は覚えがあるから」
んー、どういうことだろう。
大まかな構造はジャクローサの記憶のままらしいけど、所々違うところがあるみたいだ。
もしかしてダンジョンってのは進化でもするのか?
だとしたら厄介すぎるね。
それとも最近このアンホーリーウッドに何かが起きたのか。
「いずれにせよ、厄介だね。こう暗くちゃただ歩くだけでも危なっかしくてしょうがない」
「ランプが使い物にならないって事は、単なる日陰というわけでもないでしょうし、さすがシックスワンダーの一つです」
俺たちは照射距離の短すぎるランプに顔を近づけて今後の対策を考える。
ふと顔をあげると、ランプに下から照らされた顔が間近に見える――怖っ!
……そうだ。
「一応、すぐ近くなら見える程度の明るさは確保できるんだよね」
「はい。このぐらい近づいてれば」
スウが手を小さく前ならえのようにして、俺たちとの距離を測る。
「それなら十分。俺が先頭にいくから、それにぴったりついてきて」
「大丈夫なんですか、エイシ」
「ああ。俺には暗いところでも見えるスキルがあることを思い出した。多分、この暗闇でも――うん、見えるな」
クラス【鉱員】のスキル【暗視】。
明かりのない坑道でもはっきりとものが見えるようなスキルだが、それはこのランプの光が通らないところでも有効らしい。
スキルを発動したら、俺の目にはこれまで歩いてきた森と同じようの姿の白い森の姿があらわになった。
「これなら問題なく進める。行こう。俺の後ろについてきて」
そうして俺たちはさらに進んで行く。
「あ、ここ右手に折れた木の枝があるあら気をつけて」
「足下に根っこが盛り上がってるから、ゆっくりすり足で、根っこを確認しながら進もう」
などと随時注意をしながら、暗い森を進んで行くと。
「明るくなった」
ジャクローサの声が聞こえた。
スキルを解除してみると……おお、本当に前がよく見える。
だが振り返って見ると、そこは暗闇に覆われている。
森の一部だけが、何か不思議な暗黒に包まれていたようだ。
「ひとまずは超えたけれど――」
「ええ、まだまだ厄介な困難、ありそうですね」
どうやら、たんなる森の散歩とはいかないらしい。
でも面白い、こういう方がダンジョン進んでるって感じがする。
ガンガン、進んで行ってやろう。