98、不浄な白き森
「この度は、ありがとうございした!」
「ありがとうございました!」
プローカイ魔法学校、体験入学の教室の一番前に、俺は立たされていた。
いや、悪いことをして立たされてるわけじゃない、もちろん。
先日の学校占拠事件を解決したということで、感謝状を渡されているところなのである。
俺の前では、体験入学クラス担当の教師が深々と頭を下げ、体験入学クラスの生徒や、上級クラスの生徒や一部職員が集まっている。
「い、いえ。どういたしまして。はい」
こんなに大々的にやられると恐縮してしまう。
感謝するなら俺の希望を聞いてそっとしておいて欲しいけど、感謝してもそれはだめらしい。世の中とは難儀なものだ。
「まさか体験入学をしている生徒に救われることになるとは。偶然エイシ様が来ていなかったらどうなっていたか、考えるだけで恐ろしいです」
いや、彼女たちそんなに凶悪でもなかったし大丈夫だと思います。
と言いたいところだが、空気を読まなさすぎなので黙って聞いておく。
生徒や職員達は「凄いよねー」とか「なんでそんなに実力あるのに体験入学してたんだろう?」とか「是非特待生として本入学してもらわなければ」などと口々に言っている。
そんな漏れ聞こえる声を聞き流しながら、俺は教師の感謝の声を聞いていた。
「ああ、本当にやめてしまうのですか」
「申し訳ないのですが……」
結局、俺は本入学はしないことにした。
まあ、当たり前だな。ちょっと通うのは楽しいけど、本格的に学校に通うなんて面倒臭いし。縛られない生活を俺はするんだ。
最初に勧誘してきた教師であり、体験入学クラスの教師は、最後まで残るように説得をかけてきたが、悪いけどそれは無理な相談。
俺は礼を言って、最後の授業が終わった教室をあとにし、校舎を出た。
最初に学校に通う切っ掛けとなった魔法学校志望の少年、タルクは図書館に通い詰め、色々と魔法のことを勉強できたようだ。
本番の試験も頑張ると張り切っている。
俺はほとんど何もしてないけれど、前向きにやっていけそうで一件落着というところだな。
俺も図書館に通い、召喚獣の知識を得てハナを変異させた他、マジッククラフトなど新たなスキルも手に入れ、そしてクラス以外の方法でのスキル習得法も知ることが出来た。
そのための魔道具もいくつか買ったし、方法が載っている本も多少購入した。また、運がいいことに、占領事件を解決したときにお礼をしたいと言ってきたので、図書館を使わせて欲しいと頼んだところ快諾してくれた。
そのため、禁帯出の普通じゃなかなか手に入らない貴重な書物もいつでも読めるようになった。
これを利用して、おいおい色々なスキルや魔法を覚えていこう。
そんなところで、俺の魔法学校生活はひとまずの幕引きを迎えたのである。
それから数日後。
「アンホーリーウッドか」
とっている宿の中で、俺は考えていた。
あのヴァンパイア、エピをはじめとしたアンデッド達がやってきた場所。
体験入学を終えたあとにその場所についての情報を色々聞いたりして集めたのだが、どうやらここから北東にあるダンジョンらしい。
かなり広大なダンジョンで、パイエンネの迷宮と同程度ではないかと言われている規模で、アンデッドが大量にいるという。
もちろん、様々なお宝もあって、そこに行く冒険者もある程度いるようだ。
ただ、割と入り口に近いとこから強めのモンスターが出てくるようで、パイエンネの迷宮ほどの人数は入っていないとのこと。
特に深部は人間ではとてもかなわないような強力なアンデッドモンスター、デュラハンやリッチ、ドラゴンゾンビなどが徘徊していて、とても行ける場所ではないという。
「行ってみようかな」
迷宮、最近行ってないしな。
パイエンネの迷宮も結構浅めのところで引き返してきたし、せっかくダンジョンのある世界にいるというのに、ダンジョンにろくに行ってないんだよな。
一度はガッツリ攻略してやらなければいけないと思っていたし、ちょうどいい機会なのかもしれない。
それに、エピの様子を見た感じ、意外とアンデッドって話せる奴なのかもしれないし。獣と違って友好的な態度で臨めば道案内とかしてくれるかも。
なんにせよ、行ってみなきゃわからないし、一度行ってみるのも悪くない。
「よし」
俺はベッドから勢いよく立ち上がり、部屋を出た。
「それは面白そうですね。いい訓練にもなります、行きましょう、エイシ」
スウが大きく頷き、同意する。
「久しぶりに修行するのもいいと思う。魔法の槍も試したい」
ジャクローサも同意する。
「私は嫌。戦士になりたいわけでもないのに、ダンジョンなんて」
ミナンは首を振った。
スウが驚いたように声をあげる。
「ええ、ミナン行かないんですか? ダンジョンですよ? しかもこの前のモンスター騒ぎと関連がありそうなところですよ?」
「だから何?」
「何と言われると、その」
スウはミナンを一刀両断する。
「私は魔法を研究するのが目的、魔法で戦いたいんじゃないわ。ダンジョンに行くなんて無駄よ。スウもそうよね」
「そうだけど、でも、興味ありませんか」
「私はないわ」
ミナンは冷淡な表情で断言する。
スウは苦笑いを浮かべ、俺の方を見る。
いや見られても。
「そうですか、残念です。でも僕は不必要でも興味あります。だから行きますよ、ミナン」
「勝手に行けば。揃いも揃って男って無駄なことが好きね」
「ミナンが無駄が嫌いなだけだと思います」
「どうでもいいわ」
仲がいいのかそうでもないのか、よくわからない二人だが、ともかくそんなやりとりがあり、俺とジャクローサとスウの三人はアンホーリーウッドへと向かった。
リサハルナとルーにも声をかけたのだけれど、二人ともパスらしい。
今日は二人でショッピングをするとかなんとか。
『意外だな、そういうの興味ないのかと思ってた』と言ったら、『馬鹿にすんなー!』と怒られた。『数百年神様用の服着てたからファッション欲に飢えてるんだよ私は!』ということらしい。
数百年生きてても女子力は健在なんだなあ。
とまあそんなわけで、俺たち三人はダンジョン、アンホーリーウッドへと出発した。
プローカイを出てから草原をしばらく歩くと、草原の様相が変化し、枯れ草のような草原になり、そこをさらに進んで行くと、白く枯死したような樹木が林立する暗い森が姿を現す。
町を出てから歩くこと二刻ほど。俺たちはアンホーリーウッドの入り口にたどり着いたのだった。
「凄い、光景だね」
俺は息をのむ。
白い寂しげな幹が大量に立ち並んでいる様子は、美しいとすら感じる。だが同時に強く死を思わせる光景でもあり、幻想的だった。
その木々には枯れ葉のような黒ずんだ大きな葉がたくさん茂っていて、暗く、遠くまでは見渡せない。
「うん。僕も最初来た時は驚いた。それにここ、入れる場所が凄く少ないんだ」
「そうなの? 森ならどこでも入れ――なさそうだね、たしかに」
ねじれた枝や地面からはみ出た根っこが絡み合い、人間の通る隙間がないようなところが数多くあり、中に入ってもすぐに先に進めなくなるよなところがほとんどのようだ。
見える範囲だと、まともに森の中を進める場所はここくらいしかない。
「まったくないわけじゃないけど、いくつかのルートしかないらしいよ」
「そうなんですか。参考になります。ジャクローサが一緒に来てくれて助かりますね」
「うん、経験者がいると心強い」
「僕はエイシがいる方が心強いよ。行こう」
ジャクローサを先頭に、俺たちは白死の森に足を踏み入れた。