10、大物あらわる
あっさり二匹の討伐対象を倒した俺は、さらに森を進んでいき、またもやあらわれたローレルウルフをまたもや余裕で切り捨てた。
その様子を見て、ヴェールは感心したように頷く。
「凄いわね、その剣技。速いし強い。素早さが売りのローレルウルフがこんなにあっさり。しかも正確に急所を狙ってるし、なんで躊躇してたのかわからないわ」
「用心深い性格なんだよ、相手の実力もよくわからないし」
「Fランク依頼の時点でそんな危険な可能性はないけどねえ。実戦をつまないままひたすら長年修行でもしてたの?」
「まあ、そんなところ」
実際は一週間くらいだけどね!
まあそれは伏せておこう、変なスキルを持ってるのはかくしておきたい。あまりおおっぴらに目立ちたくないし。
「もっと早くデビューしてもよかったのに。まあでも、ともかくそれなら大丈夫そうね。いったん別行動しましょう、そっちの方が早く倒せるわ」
「え、別行動? 大丈夫かな」
「その実力なら問題ないわよ。仕事は早く終わることも大事! ってことで私はこっちの方をやるわ。そっちはよろしく」
言うが早いか、ヴェールは左手の方へ小走りで行ってしまった。思い立ったらって感じの性格だな、本当。
ひとり――か。
でもまあ、この依頼は大丈夫っぽいな、余裕だったしちゃちゃっと倒そう。
俺は右手の方へ進む。
俺だって早く終わるならそれに越したことはない。目標の二十匹討伐には一人頭十匹見つけないといけないし。
しばらく進むと、今度は五匹というかなりの多めの集団がいた。
さすがに数が多いと一斉にかかられると面倒だ。
遠距離から魔法の矢を発動し、先制攻撃。
脳天に突き刺さった矢が一匹のローレルウルフを倒すと、タイミングを見計らっていた残りのローレルウルフたちが一斉に襲いかかってきた。
さらに魔法の矢を発動、一匹を倒して残り三匹。これで近づかれる前に二匹は処理できた。
俺を引き裂き噛みつこうとしてくる二匹をすれ違いざまに切り捨て、残りは一匹。
最後の一匹は鋭い爪で俺の喉を切り裂こうとしてきたが、攻撃を剣で受け止め、返す刃で切り裂いた。
周囲には血を流す複数のローレルウルフの遺体。
まとめてくれたのは都合がよかったな。これで一気に依頼達成に近づいた。
それにまだ魔力も体力も十分残っている。
魔法を使うと魔力が、物理系の技を使うと体力が消耗するが、どちらもまだまだ残っていて、余裕で戦える。
瞬間、頬にぞくりと冷たいものを感じた。
即座に不気味な気配の方向へ警戒を向けると、そこにはこれまでとは明らかに異なる狼の姿があった。
銀色の毛並みを持ち、今までのローレルウルフより二回りほど大きく、サファイアのような青い瞳を持った狼。
血のように赤い口の中をのぞかせ、牙を剥きだし俺を睨んでいる。
よかった、あと少し気付くのが遅れたら、先手をとられるところだった。
と構えた瞬間、予想外の行動を銀狼はとった。
開いた口から、氷のブレスを吐いてきたのだ。
「なっ!」
急いで横にとんでなんとか回避する。
すんでのところで直撃は避けたが、俺の背後にあった木の幹が凍り付き、穴だらけになり、音を立てて倒れていった。
なんだこの威力、魔法みたいなのを使う狼までいるとか、聞いてないぞ。
というか明らかに見た目が違うんだがこれ別のモンスターじゃないのか!?
服の端が凍ってパリパリになっている、結構危ないところだったぞ、これ。木を一発で折るほどだ、油断できないな。調子乗ってないで、気合い、入れ直す!
スイッチを切り替えると同時に、銀狼は再びブレスを吐いてきた。だが今度は余裕を持って回避し、回り込むように近づいていく。
危ない相手ではあるが、これならやれないレベルじゃない。落ち着いていけばブレスも見切れる。多分ここいらの狼のボスだろう、全力でたたっ切る。
「ブースト!」
この数日の宿屋待機の成果で新たに身につけたスキル【ブースト】を発動し一時的に身体能力強化!
スピードとパワーを増した一撃を食らえ!
一気に接近、俺にかみつこうとした牙をよけ、逆に伸ばした首にスキル【強撃】によってパワーをさらに増した斬撃を思い切り振り下ろした。
短く、だが吹雪の様な断末魔をあげ、銀狼の命は消えた。
「……ふー」
なんとかなったな。
新手が出てきたのは予想外だったけど、スキルを使えばなんとかなった。
やっぱりいろんなクラスのいろんなスキルを身につけといてよかった、きっちり使って行けば結構戦えるもんだなあ。
思った以上のできに満足していると、木々の合間からこちらへ向かってくるヴェールの姿が見えた。
手を大きくふるとヴェールが速度をあげ、すぐに俺たちは合流した。
俺は成果を報告する。
「結構倒せたよ、六匹やっつけた」
「………………」
「なんか一匹は色も大きさも違って、魔法みたいなのも使ってきて特別な奴だったんだよね」
「………………」
「あれってなんだったんだろう……ヴェール?」
ヴェールが一言も発さず、口を半開きに開けたまま固まっていた。
どうしたんだと思い視線を追うと、銀狼をじっと見ている。
「ああ、あれがその変わったモンスターだよ」
「コキュトスウルフ」
「へえ、そういう名前なんだ。結構手強かったけど、なんとかなったよ」
「え、エイシが倒したの? 一人で?」
ヴェールはそれこそ凍り付いたようにぎこちない動きで俺の方にゆっくりと向いた。なんだなんだ、どうしたんだ。
「そうだけど。なんかまずかったかな」
次の瞬間、ヴェールは解凍されたように俺に飛びつき、肩をつかんでまくし立てた。
「まずいなんてもんじゃないよ! あいつはC級のモンスターだよ!? 多分うちの町に常時いる中で一番腕のいい冒険者でなんとか互角ってくらいの!」
え、まじ?
そんなやばい奴だったの?
「それに首を一刀両断なんて、その剣でそんなことができるなんて。こいつの毛皮は鋼のように硬くて普通は魔法じゃなきゃ倒せないのに」
え、まじ?
たしかに他の狼に比べるとかなり手応えあると思ったけど、切れちゃったよ?
ヴェールだけでなく俺も驚いていると、ヴェールが俺の顔をじっと見つめてきた。
「……凄いわ、エイシ。あなたってこんなに強かったのね」
「いやあ、まぐれというかなんというか」
「謙遜しなくてもいいわよ、凄いんだから凄いって言っちゃいなさいよ。……お礼を言わないとね。もしコキュトスウルフに出会ったのが私だったら、きっとやられてた。逃げることすら出来ずに。エイシがいないままこの討伐やってたら、死んでたわ。命の恩人ね、ありがとう、エイシ」
ヴェールは俺の手を両手でしっかりととり、祈るように礼をする。
やがて顔を上げると、ヴェールは顔を赤くしていた。
「なんだか恥ずかしくなっちゃった。偉そうに先輩ぶってたけど、エイシの方がずっと実力者だったなんて」
「全然! そんなことないって! 俺はモンスターは倒せたけど、本当に冒険の基礎とか知らないし、町のことも知らないし、色々教えてもらって助かった。ヴェールが背中押してくれなかったらずっとまごまごしてるだけだっただろうし、こっちこそありがとう」
俺はヴェールがした以上に深々と腰から曲げて礼をした。
頭を上げると、ヴェールは驚いたように俺を凝視していた。
どうしよう。見つめられると視線の持って行き方に困るなあ。
「こんな力を持ってるのに、私にありがとう……エイシ、あなた……」
それからもヴェールはずっと俺を凝視していて、俺はまったく落ち着かないまま狼退治の報告の続きをしたのだった。