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シャナ王国戦記譚  作者: 越前屋
第三章
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第三章 50話 石頭主従

ランスと王都ランパールを結ぶ中央街道の途中にコーラルと呼ばれる城があった。

かつてはドーバー伯爵が治め、現在は嫡子であるナシアスへと引き継がれていた。

その城の一室で20をいくつか過ぎ、生真面目が絵を描いて、抜け出したかのような青年が物憂げにたたずんでいた。

その部屋は彼の父親の書斎として使われており、遺品がそこらかしこに置いてあった。


「父上……」


ポツリと呟いた言葉にはナシアスの父に対する万感の思いが宿っていた。

彼は父ドーバー伯爵をラングレーの戦いで喪うという不幸にあったばかりであった。

とはいえ、彼はまだ幸運のうちに入るかもしれない。

ラングレーの戦いに参加した他の領主達は軒並み、お家取り潰しの対象になっていたからである。彼の父親は非常に厳格な性格をしており、不正などは一切行っていなかった。

その為、数少ないお家取り潰しを免れた領主の一人となった。


「こうして立っていると、いまだに父上が帰ってきそうな気がします」


ナシアスの瞼には父親と別れた最後の瞬間を鮮明に映っていた。



「父上、フォルラン侯爵の軍勢に加わると言うのは本当でございますか!」


王都ランパールから戻って来た、父親がフォルラン侯爵の軍勢に加わると聞き、ナシアスは急いで父親のいる書斎に駆け込んだ。


「本当だ。明日には手勢を連れ出陣する」


ドーバー伯爵は日課である神に祈りを捧げる儀式を終えると息子に向きなおった。


「しかし、フォルラン侯爵は不忠の臣であることは明らかです!考えを改めて下さい!」


必死にナシアスは父親を翻意させようと必死になった。

ドーバー伯爵は王から出陣の命令を受けていなかったが、王に願い出て出陣することになった。

ナシアスは今ならば、まだ出陣を取りやめることが出来ると判断した。

事実、ラファエルとしてはドーバー伯爵がゼノン教の敬虔な信者とはいえ、忠義に厚いことに疑いなく、出陣させる気は無かった。

ドーバー伯爵が出陣を取りやめれば許しただろう。


「フォルラン候が不忠であることは百も承知だ」

「では、何故……?」

「我が家にはお前がいるからだ」


何故、自分がフォルラン侯爵の軍勢に加わる理由になるか分からず、ナシアスは父親をジッと見つめた。


「お前がいるからこそ、私はこの道を取れる。お前には感謝している」

「ですが、父上!」

「もう、決めた事だ。お前のような出来の良い後継ぎがいればこそ、安心して逝けるのだ」


それでも、諦めきれないナシアスをドーバー伯爵は諭すように言う。


「恐らく、この戦は負けるだろう。討伐軍の足並みは乱れ、一枚岩とは言い難い陣容だ。本当にカズマ殿が賢者ならば、負けるべくして負けるだろう」

「では、尚更参加する必要がないではありませんか!」

「それは違う。もし、カズマ殿がこの程度の危機を乗り越えられぬ器ならば、陛下の眼鏡違いということになる。その程度の器ならば、いずれシャナ王国は滅びるだろう。私はそれを見極める為にも参戦せねばならん。これこそ陛下に忠義を貫き、神にも殉じれる唯一の方法だ」


ドーバー伯爵の目には決意の炎が燃え上がっていた。

その目を見た、ナシアスには父を翻意させることは不可能だと悟らざるを得なかった。


「ナシアス、私のような頑固者にはなるな」


ドーバー伯爵は最愛の息子にそう声を掛け、出陣の準備に戻った。

それが、ドーバー伯爵とナシアスが交わした、最後の言葉だった。

翌日、ドーバー伯爵は手勢を引き連れ、討伐軍に加わった。

そして、ラングレーの戦いでドーバー伯爵は戦死することになる。

ただ、味方が次々と戦場を離脱していくなか、彼は最後まで敵に背を向けることなく、前線で槍を振り続けた。

その戦いぶりは凄まじく、後に彼を見た者は口を揃えて「ドーバー伯爵に比べれば、まだ悪鬼羅刹のほうが可愛いものだ」と述懐している。

しかし、そんなドーバー伯爵も疲れには勝てず、ラングレーの地で命を散らした。

その死顔にはどこか満足げな表情を浮かべていたという。



「父上……。私は父上の子供であったことを誇りに思います。天国から見ていて下さい。私なりの忠義を貫いて見せます」


父親の最後の言葉を噛みしめながらナシアスは呟いた。

それは決意であり、約束であった。

決して、違えることのない思いであった。

その思いは騎士の誓いに近かった。


ナシアスが物思いを耽るのを止めるのを見計らったように誰かが扉をノックし書斎の中に入って来た。


「領民の避難がもうまもなく終わるとのことです。また、家臣達も会議室で次の指示をお待ちです。ナシアス様もお越し下さい」


ブラッドは慇懃に礼をすると領民の避難状況を報告した。

彼はドーバー伯爵の若い頃から仕えている古株の一人である。

現在はナシアスの忠実な臣下として、仕えていた。


帝国軍が王都に迫りつつある状況で、ラファエルは無血開城の許可と近隣の領主達に領民を避難させる命令を出していた。

領主達は城を無血開城して、避難していった。

無論、急な命令で避難が間に合わないところもあったが、幸いなことに帝国軍は略奪や攻撃する時間も惜しいのか、無血開城された城に最低限の兵を置くと、すぐさま進撃をしていっていた。

コーラル城にもラファエルの命令は届いており、ナシアスはすぐさま領民の避難をブラッドに命じていた。


「そうか、よくやった。すぐに行こう」

「はっ」


ナシアスはブラッドを連れて、会議室へと向かった。

その目にはナシアスが最後に会った時の父のような目をしていたという。



ナシアスが会議室に入るとそれに気付いた家臣達が一斉に頭を下げた。

そんな彼らを見たナシアスは開口一番に言い放った。


「私はこの城に残ることにする。諸君、今まで良く私に仕えてくれた。このナシアス、心より感謝する」


ナシアスの突然の言葉に傍らに控えていたブラッドが慌てた。

これからナシアスも避難するものだと思っていたから当然である。


「ナシアス様、何を申されます!帝国軍の猛攻をこの城では耐えきれません」

「確かに帝国軍の猛攻を耐えきれぬかもしれん。だが、このコーラル城はいまだかつて、王よりマーシャル家に下賜されてから、敵の手に渡った事は無い。それこそ、我がマーシャル家の誇り。私はこの城を枕に討ち死にする。お前達は領民と共に逃げよ。死ぬ頑固者は私一人で十分だろう」


ナシアスの決意は固く、長年仕えたブラッドにも翻意させることは不可能だと思わせた。


「……ナシアス様は正真正銘、ドーバー様の子供ですな。その頑固さはよく似ております」

「仕方あるまい。カエルの子はカエル。石頭の子は石頭なのは自然の摂理だ」


どこか嬉しそうにナシアスはブラッドの皮肉に開き直った。


「わかりました。ナシアス様がそうまでいうなら仕方ありません。私もお付き合い致します。勿論、ナシアス様、断りませんよね?ちなみに私も長年マーシャル家に仕えている所為か、主に似てしまいました。くれぐれも頑固者がナシアス様だけだとは思わないことです」


ブラッドの言葉と同時に他の家臣達も同意した。


「我らもマーシャル家の家臣であります。頑固さなら負けませぬ。我らも城に残ります」


他の家臣達もマーシャル家の家臣であることを誇りに思っていた。

主君が残ると言えば、彼らも否というはずも無かった。

そんな家臣達の様子を見てナシアスは溜息をついた。


「我がマーシャル家には頑固者しかおらんのか」

「主が主ですから、仕方ありません。そうと決まったら、戦う準備をいたしましょう」

「そうだな。だが、この中には流れで頷いた者もいるだろう。その者は遠慮なく逃げよ。たとえ、逃げても私は恨まない。それでも城に残ることを決意した頑固者は1刻ほど、自由な時間を与える。家族に最後の別れを伝えて来い。それから蔵を解放しろ。なかの金は皆で分けて、家族に渡せ。どうせ、死に逝く者に金はいらんからな」


ナシアスがそう言うと、すかさずブラッドは言った。


「いやいや、ナシアス様。三途の川を渡るのに渡し賃が必要です。渡し賃が無いと泳いで渡る破目になりますぞ。ナシアス様はともかく老いた身である私にはツライものがありますな」

「ハッハッハッ、そうだな。ブラッドの為にも渡し賃だけは残すことにしよう」


帝国軍が来襲すると聞かされてから、初めてナシアスは思いっきり笑った。

それに釣られたかのように家臣たちも笑いあった。

会議室にはしばらく和やかな時間が過ぎていった。


それから3日後、帝国軍はコーラル城の近くに着いた。

そこで彼らはシャナ王国に侵攻してから、初めての本格的な戦闘を経験することになる。

何だかんだで50話まで到達出来ました。

これも皆様のお陰かと思います。

未熟な作者と作品でございますが、最後までお付き合い頂けるように頑張りたいと思います。

次回も宜しくお願いします。


感想、誤字、脱字、評価 お待ちしております。

また、更新予定日を当方の活動報告にて随時、予告します。

良かったら活用して下さい。

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