八時間目・大人が駄目だから子供も駄目になる、大人も教育し直すべき
OG組生徒が一致団結している中。校長に早退をすすめられ、哲明はいつもより早い帰宅を果たした。
鍵を開けて部屋の中に入るなりカバンを玄関に置き、寝床に直進して年中敷いてある布団にうつ伏せで倒れ、哲明は今日の出来事を振り返る。
もう耐えられない、頭の中に過ぎった己の本音が塞き止めていた思いを決壊させた、もう頭の中で何を考えればいいのか分からなくなって、生徒の前で突然怒鳴って泣き崩れた。
大人気ない、非常に大人気ない。
授業(学級)崩壊を一番恐れていた自分が崩壊を招いて、明日学校へ出勤するのが怖くなってしまった。明日から生徒にどんな顔で授業すればいいのか考えられない、考えたくありません。
これで担当しているクラスも含む、二年の生徒に完全に嫌われた。もう誰も「先生」と呼んで慕ってくれる生徒なんかいないだろうなぁ・・・。
蹴られた箇所がまだ痛む、一回布団の上に倒れると起き上がるのが辛い。
不登校の生徒は毎日起き上がりたくないと心で感じ、何も手をつけられずボーっとした日を過ごしているのに違いないな。上京した時から使用している愛用の枕に抱きつきながら思い耽る。
眠気は無いのに瞼が重い、このまま瞼を閉じたら一生目覚めないかもしれない。目を覚ませば何年も時間が経過しているに違いない。
このまま起き上がって何も行動したくない、このまま布団の上で横たわっていたい。掃除・洗濯・食事もやりたくない。
無気力になっていく哲明、重い瞼を開き続ける気力も失せて瞼を閉じた。
「――むおぉ!?」
あれだけ重かった瞼が開き、思うように動かなかった上半身が跳ねるように布団から起き上がった。
しばらく出てこなかったあの説明不可能の感覚が頭を突き刺すように走り、無気力な哲明を半ば強引に動かした。
まただ・・・と顔で表現し、感覚に任せるがまま哲明は体を動かす。布団から起き上がって真っ先に向き合ったのは、仕事について初めての給料で買った据え置き型のパソコン。向き合うなり哲明の指はパソコンの電源スイッチを押していた。
真っ黒だった画面にユーザーパスワード入力が表示された、自分の生年月日を『パスワード』の欄に入力し、ENTERキーを叩く。
パスワードの認証が完了し、画面の映像が切り替わる。ディスクトップを飾る壁紙が森林の絵で、これと言った変わったプログラムはいれていない。
インターネットのウィンドウを開いて検索サイトにアクセス、迷う事無く空欄に「いじめ」と入力して検索をクリック。
検索結果、いじめのキーワードが入っているサイトの数は二千九百七十万件。二千九百七十万件の中から一番分かりやすいいじめの記事を載せているウィキペディアのサイトをクリック。
膨大の記事、どこから読めばいいのかと頭を悩ませる。とりあえず最初から読んでみる。
下へスクロールしながら読む、読み飛ばさないでじっくりと。
気になる記事が哲明の目に止まった。学校に通う生徒を管理する管理人、つまり教師の記事。
教師としてまだ日の浅い哲明は、いじめが発生した場合、教師はどのような責任を取らされるのか知らないでいた。ぜひ知るべきだと己に言い、その部分を凝視する。
さて、ここからは誰でも分かりやすいように説明する。
いじめが起きている事を明らかになった場合、学校では一番責任を取られるのは生徒に授業を教えている教師や校長・教頭です。減俸等の処分を受けたり、その後の昇進などで不利な扱いを受ける場合も少なくないのですよ。こんな不利な状態に自分を追い詰めたくないので、いじめの事実を解決するのではなくて隠蔽する傾向があるんです。たとえ、いじめを受けた人間が自殺しても「いじめなんて事実は、うちの学校にはありませんでした〜」の一言で済ます学校も。
それが公に報告されて怒るのは、いじめ被害者の家族や学校の報告書に納得のいかない人間達である。大まかに言えば、自分の身が可愛くて見かけだけの立場を守りたいゆえ、こうした事実を隠蔽して逆に自分の首を自分で絞めちゃっているのに気付いていない、いじめを隠蔽した本人達は。
先ほどとは別に、教師がいじめに加担している時もある。
これも大まかに振り分けると、教師の何気ない一言や行動でいじめの誘発してしまうのと、「自分の気に入らない生徒だから」「成績が悪い」などのつまらない理由で生徒を学校にいられない環境を作るの二種類。こういった教師は最悪の場合、免職処分を受ける。生徒を教える側に立つ教師が生徒を苦しめる立場に立っている、生徒を暴行したり陰口いう教師がいたら学校側は迷惑極まりない。学校の評判が落ちてしまい、学んでくれる生徒がいなくなってしまう。
別ケースとして、「いじめを加担した教師はうちの学校にはいませんでした」と先ほどのいじめ隠蔽と同じように隠蔽されるのだ、教員揃ってグルなんですよ!
教師が思うように生徒を叱れないから、いじめが増えていくケースもあるの。
いじめられている生徒がどれだけ苦しく痛い目を遭ってきたか、いじめた生徒にキツく教えるべく手をあげる・・・これはおおよそ平成元年まで通用した手で、今の時代にそれは通用しないのだ。
生徒が先生を怒らせるほどの悪さをした、「馬鹿者っ!」と叫んで先生は平手一発! し・か・し、悪さした生徒の保護者から「○○先生が息子(娘)に体罰した!」と訴え出るのです。叱るために放ったビンタ一発すら、今の時代に生きる親から見たら「体罰」に見える。体罰を全般的に否定するように見る強い風潮が手を上げた教師を悪者扱いにして、結果教師が処分される。なんと言う悪循環、これだからいじめは無くならない。
以上、これが今の時代における教師がいじめを止められない一因である。
「・・・内容は理解できたが」
哲明のケースは珍しい――というより、前代未聞。教師が生徒をいじめるならあるのに、生徒が教師をいじめるケースは表沙汰になってないのか前例が無い。前例が無いのをどう解決すればいいのやら・・・。
――教師なんて、あてにならない! ――
――例え学校で改善できても、生徒の心が改善できなければこの不幸は永遠と廻る。教師は生徒の心を改善を促す存在のはすが、今は改善どころか悪化させてしまう・・・少ないんですよ、生徒の心の改善を促す教師が。――
頭の中でぐるぐる回る二人の声。
哲明は何かに気付くようにハッと顔を上げ、ウィンドウの「戻る」をクリックした。
検索結果一覧に戻って、入力欄に入力した「いじめ」の横に一文字分間を空けて「体験談」と新たに入力して『検索』を押す。
体験談が付け加えられたいじめに関するサイトの数は五十九万八千件、キーワードが絞られて件数は減っているがまだ六十万近いサイトがインターネットの世界に転がっている。
最初のページに出ている十件の中から一番上に載っているサイトのアドレスをクリック、入ったサイトは千件以上もいじめ体験談を載せているサイトで、他には電話相談や各地でいじめ根絶の活動を行っているらしく、活動の一部がサイトのトップを飾っている。
早速「体験談」をクリックして、たくさんの苦悩と辛さが詰まった体験談を一から読む。
にしても、目が痛くなりそうな量である。時々画面から目を離して、休み休み読んでいこうと考えた。
サイトに寄せられた体験談の内容はどれも生々しく、悲しくて哲明は見るのを躊躇った。けど、向き合わなくてはいけない真実、哲明は画面から視線そらすことなく、マウスを使って下へスクロールする。
哲明の目に映るのは、傷つけられた時の痛み、無視されたときの孤独感、誰にも助けてもらえない失望感、すべてが敵に見える疑心暗鬼。人の業がどれだけ罪深いもので、人がどれだけ無力で哀れなのだろう。
自殺未遂を何回も繰り返した人、何年も苦しみ続けた人、いじめが原因で今も苦しむ人・・・これだけの人間が自分の知らない場所で涙を流し、自殺を言う道を選ばず歯を食いしばって生きている。
自分が受けている嫌がらせや暴力なんかとっても小さく見える、けっして彼らと同じと哲明は見ていない。体験談を投稿した者は皆いじめを受けたときは子供だから、子供だったから。大人と子供では心に受ける傷の深さが違う。同じかもしれないが、子供の方が一番辛い思いをしている。
なのに、なぜ大人は子供のメッセージを受け取らないのか?
体験談のほとんどが「親に言っても聞いてくれない」「担任にいったけど何の改善もない」「親や担任に言っても信じてくれない」の、親・教師のどちから、または両方が子供のメッセージを気づかないと書かれていた。「親からも暴力受けている」「先生の体罰がひどい」などの言葉も少なくなかった。
子供の苦しみや痛みを知って救いの手を差し伸べるはずの大人は、さまざまな理由をつけて子供と向き合うことを拒んでいるようみ感じた。
いじめという環境からかけ離れた世界で生きてきた哲明に、これほど悲しい現実を向けられて何もいえなかった。眠木の言った意味も同時に理解できた、清次郎の言っていた「理解できていない部分」はどこにあったのか分かった。
マウスの上にのせていた右手が、無意識と言えばいいのかマウスから勝手に離れて、指先に画面が触れていた。
画面に僅かに触れている指先から針が刺さるような痛みが走った、痛みは指先から哲明の頭に移り、鼓動音が不気味なくらい大きく聞こえた。
吐き気すら覚える感覚に口を押さえる。
落ち着け・・・落ち着けと自分に言い聞かせる、額から嫌な汗がジワリとにじみ出る。
どうして自分がこんな目にあうの? 私は何もしていないのに? 僕がどんな目にあったか、思い知らせたい! 憎い、俺はあいつが憎い・・・! 思い出すだけで憎い、殺したい。大人は結局なにもしてくれない、誰も信じられない――シ・ン・ジ・ラ・レ・ナ・イ、コ・ロ・シ・テ・ヤ・リ・タ・イ。
「わあぁぁぁ!!」
悲鳴と同時に画面から指先を離す。自分の耳しか聞こえない声が消えて、あれだけ吐き気をしたのに嘘のように消えていた。
画面に触れたときに聞こえた声は男女の声が交わってひとつの声になっていた、何かにとり憑かれているのか自分・・・。
もう一度パソコン画面を触れる、吐き気は感じなければ嫌な汗は流れ出てない、声は全然聞こえない。
哲明は自分の両手を見つめた。自分は人に触れると人の心や過去を、先の未来すら見てしまう、画面に触れると文章を書いた人間の想いが宿って、彼らの中に眠る憎悪の心から発せられた言葉が自分に届いたのか。それは考えすぎか、そもそも自分は超能力者でもなんでもない、ただの凡人――今度精神科でも行くか。
ところで知りたいと思う、哲明が理解した箇所を。
自分に欠けていた部分、理解できなかった部分、それは生徒の心を知る術。生徒の心理状態・取り巻く環境の確認、生徒の話を真剣に聞く事・避けずに向き合う事。
生徒からの陰口・嫌がらせ・暴力でてんやわんやになって、生徒と真剣に向き合う時間がなかったことに気づいた。こんなところに自分の非があった、清次郎は自分の非を見抜いていたのですね。そして体験談に載っている教師と同じように、眠木は自分を見ていたに違いない。
現に戻り、哲明は服のポケットに入れてあった、今週一週間の予定が書かれた紙を広げる。
明日も学校へ行ける、ううん、学校へ行ってもう一度向き合う。
今日は早退してしまったが、明日早退するような真似は絶対にしない、いじめから逃げたらそれこそ「負け」である。
絶対に彼女を勝たせたい、自分も勝ってやる。
決意新たに哲明はウィンドウを消して、電源を落とした。 |