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殺戮の妖銀貨

作者: 蒼井村正

キルタイムコミュニケーションから発売されております「呪詛喰らい師」シリーズのスピンオフ作品。


「殺戮の妖銀貨~呪詛喰らい師、外伝」


 静寂の落ちた、薄暗い地下室には、苦鳴の残滓と、濃密すぎる血の臭いが立ちこめていた。

「……まただ! また、命を無駄に散らせてしまった! 私は……私はいったい、何をやっているのだ?」

 血を吐くような独白の声に、応える者は居ない。

 さっきまで、二つの命が存在した薄暗い地下室に、今、生きている命は、彼……かつては聖職者であった背教徒の男、ただ一人だけ。

「フウゥゥ~ッ……」

 体内の空気を全て吐き出すかのような、大きな溜息をついた男は、薄汚れた毛布に、つい先ほどまで命であった、「それ」を包んで抱き上げると、地下室のさらに下にある地下墳墓カタコンベへと降りてゆく。

 毛布に包まれた、『それ』のか細さと軽さが、すでに悔恨の涙も涸れ果てた男の目を冷たく潤ませた。

「殺戮の連鎖を止めるための『器』は存在しないのか……? ならば、今まで散らしてきた命は、何の為に!? 私はどれだけ罪を重ねたら報われるのだ?」

 カビ臭く澱んだ古い空気に、新たな死者たちが放つ、甘ったるい腐臭が混じった地下墳墓の一角に、毛布に包まれた死骸を葬り、形ばかりの祈りを捧げながら、背教者は苦悶と怨嗟に満ちた声で自問する。

 彼の所業は、平和な時代であったなら、とんでもない猟奇殺人者として、後世までの汚名を残すであろう罪深いものであった。

 しかし、今、彼の暮らすこの国は、泥沼の内戦状態にあり、法も秩序も、モラルも、全てが崩壊状態に陥っていた。

 至る所に死が満ち、人々が憎み合い、残虐さを競い合うかのように殺し合っている。

 重苦しい足取りで長い石段を上がり、元居た地下室に戻ってきた男は、ギクリ! と顔を強ばらせて立ち止まる。

 まだ血臭の漂う陰鬱たる地下室の入り口に、薄汚れたスウェット姿の少女が立っていたのだ。

 着ている服はみすぼらしく、アッシュシルバーの髪もまったくケアされておらず、ぼさぼさに乱れきってはいたが、それでも、少女は美しかった。

 ただし、少女の白い顔には表情がなく、まるで、陶器で出来た人形の様に無表情だ。

「き……キミは!?」

「……ミュスカ・ティソスです。教会で、お世話になっています」

 少女は、無用状名美貌の中で唯一、生気の感じられる強い光を宿した目で男を見つめながら、静かに名乗る。

「どうやって入って来た!?」

 わずかな怒気を含んだ問いかけにも、少女、ミュスカの表情は変わらなかった。

「誰かに呼ばれた気がして、礼拝堂に行ったら、ここへの隠し扉を見つけました」

 淡々と話すミュスカ。

「見て……しまったのか?」

「……」

 利発そうな顔立ちの美少女は、無言でうなずいた。

(「あの儀式」を見て、取り乱しもしないなんて……恐怖の感情が無いのか!? いや、この年齢で、あまりにも多くの悲惨な死と暴力を目にして、感情が壊死してしまっているのだな……)

 誰にも決して見られてはならなかった、禁断の儀式を覗き見られてしまったことへの困惑以上に、少女の無反応振りに憐憫の感情を抱いてしまう。

「さっき、あの子に言ってたこと、本当なんですか? 三十一本目まで死なずにガマンできたら、敵を全部殺せる力が手に入るって?」

 少女、ミュスカは、感情の起伏を感じさせぬ声で問いかけてくる。

(そこまで聞かれていたのか……これは、下手に取りつくろっても仕方が無いな……)

 観念した男は、フーッ、と大きく息を吐き出し、口を開いた。

「……伝承では、そうなっている。祖国の危機が訪れるたびに、その力は発動したのだ。たった一人で、数千、数万の侵略者たちを圧倒し、退けた禁断の力、妖銀貨……」

 誰の目にも触れぬよう、厳重に封印されていた古文書を解読し、妖銀貨の存在を知った男は、重々しい口調で告げる。

「しかし、妖銀貨の依り代となれるのは、強い決意を持って、自ら試練を受け入れることを決断した、穢れ無き乙女のみ……」

 恐怖の感情を喪った、ミュスカという美少女を、背教者はじっと見つめる。

 先ほど激しい悔恨にとらわれたばかりだというのに、背教者の心中には、あるいはこの子ならば……という、狂気混じりの希望が、どす黒い復讐心を燃料とした炎となって揺らめいていた。

「その力、欲しいです。私に……下さい!」

 はっきりと言い放ったミュスカは、視線をわずかに動かし、地下室の壁際にしつらえられたものを見つめる。

 それは、頑丈そうな鉄棒で作られた格子状の構造に、革帯の手枷と足枷が付いた拘束具であった。

 十字架などの宗教シンボルとはほど遠い、あきらかに拷問具とわかる装備だ。

 格子状の部分は随分古い物らしく、埃混じりの錆に覆われているが、革帯部分はごく最近、新調された物のようであった。

 しかし、ランプの光に照らされたそれには、まだ生々しい鮮血がベットリとこびり付いて、どす黒く汚れている。

「儀式を始めたら、最後まで止められない。それでも……?」

「その力を……妖銀貨を手に入れれば、みんなを殺した奴らに、仕返し、出来るんですよね?」

 男の問いに、質問を返すミュスカの脳裏に、ここに来るまでの光景が走馬燈の様に駆け抜ける。

 ミュスカ・ティソスは、利発で快活な美少女として、近所でも評判であった。

 足の速さは、「オートバイより速い」と、冗談交じりに言われるほどで、将来の夢は、オリンピック選手になって、祖国にメダルをもたらすこと。

 そんな、未来への希望も、幸せだった生活も、内戦の勃発で、一瞬にして奪われた。

 女の子にモテたくて、西側のファッション雑誌をこっそり入手してチェックしていた、ファッションモデル志望の兄も、実直で腕のいい自動車整備工であった父親も、料理上手で器量良しと、近所で評判だった母親も、すでにこの世に居ない。

「……もう一度問うよ。妖銀貨の依り代となる儀式を、君自身の意思で望むんだね?」

「……」

 敵討ちを誓う少女、ミュスカは、無言で、強くうなずいた。


(2)


 鉄棒で出来た拘束具に、全裸で拘束された少女は、ガラス玉のように無感情な瞳で虚空を見つめていた。

「ミュスカ……どんなに痛くても、苦しくても、死を望んではいけない。復讐者となることだけを願い続けるんだ。妖銀貨は、その強い思いに応えてくれる」

 粗末な木製テーブルの上に、儀式の道具を並べ直しながら、男は薄闇の中でも白く照り輝く少女の裸身から目を反らして言う。

 じっと見つめていると、邪な考えが湧き起こってきてしまいそうな、未成熟な妖艶さを秘めたミュスカの裸身であった。

 まだ膨らみかけの、小皿を伏せたようなバストの先端では、透明感のあるピンクの乳首がツンと尖り勃っている。

 細い腕は、手首を革帯にガッチリと拘束されていて、無毛の滑らかな脇の下に浮いた汗粒が、ランプの明かりに妖しくきらめいていた。

 繊細な肋骨のラインが浮き出た脇腹から、臍の窪みがエロチックな陰りを見せつけている平らな腹部、骨盤の輪郭がはっきり見て取れる腰、そして、慎ましげに閉じ合わされた、一本の縦スジのような秘部。

 細く華奢な裸身の中で、スラリと伸びた美脚と、それを支えるヒップだけが、妙に生々しく発達した筋肉美を見せつけていた。

 ふくらはぎは筋肉を丸く張り詰めさせてたくましく、太腿は、ムッチリと肉が乗り、そこから続くヒップは、プリッと丸みを帯びて、意外なほどのボリュームを見せつけている。

 オリンピック選手になりたくて、日々、走り込みを続けてきた成果が、伸びやかな美脚に現れているが、輝かしい未来に向かって駆け出すはずだったその脚も、足首部分を太い革帯でガッチリと拘束されてしまっている。

 手足を縛める革帯には、まだ、血糊のジットリとした湿り気が残っていて、つい先ほど、ここで起きた惨劇の記憶を、少女の柔肌に伝えてきた。

 すべてがさらけ出されて拘束されているというのに、少女の顔に恥じらいや怯えの表情はない。

「……では、始めるよ」

「……」

 無表情でうなずいたミュスカは、テーブルに並べられたものを見つめる。

 それは、古代ローマ銀貨に、長さ十センチほどの鋭い刃を装着した刃物であった。

 第二次大戦時にレジスタンスが好んで使っていた隠し武器、『ラペルダガー』に形状は似てはいるが、それよりもずっと古いモノのようだ。

 それが、全部で三十一本。年季の入った麻布の上に並んでいる。

「……これが、キミの身体に全て突き刺さる」

 背教者の男は、憐憫と期待を込めた目で少女を見つめながら、重々しく沈んだ声で告げたが、ミュスカの目に怯えの表情はない。

「三十一本、全て刺し終えるまで、キミが生きていられたなら、伝説に伝わる、妖銀貨の力を得られるはずだ……古文書には、そう書かれている」

 先ほどと同じ事をミュスカに語りかける男であったが、幾度もの失敗を経験したその声には、あからさまな絶望と疑念、そして罪悪感の響きが宿っている。

「早く、してください。この部屋、少し寒いです……」

 色白で華奢な裸身をかすかに鳥肌立たせ、ミュスカは無感情な声で告げた。

「ああ、わかった。始めるよ……」

 男は朗々とした声で呪文を唱え始めた。

 おそらく古代の言葉なのだろう。ミュスカの知らぬ抑揚の声が、血臭たちこめる地下空間に響く。

 カチャカチャカチャカチャ……。

 詠唱が始まって、一分ほど経った頃、金属が擦れ合うような音が響き始めた。

 テーブルに並べられた三十一本の刃物が、自ら意思があるかのように小刻みに震え、釣り上げられた小魚のように跳ね上がっているのだ。

 やがて、震えていた刃物の群れが、フワリ! と宙に浮き上がり、緩やかに円を描いて旋回し始める。

「……綺麗……」

 空中に、直径一メートルほどの三重の円を描いて旋回する刃物のきらめきを見て、拘束された少女は素直な感想を漏らす。

 円を描いているのは、それぞれ十本ずつ、さらに、その真ん中で、三十一本目の刃が、ランプの光を冷たく照り返している。

(あれが、これから私の身体に……)

 つい数十分前に目にした凄惨な光景を、まるで他人事のように思い出すミュスカ。

 これから自分の身に何が起きるのか判っているはずなのに、彼女の心には、恐怖の感情は無かった。

 暗く閉じられた心の奥底に、理不尽な暴力で家族を奪った「敵」への憎しみが沸々と煮えたぎっている。

(来て! 早く……来て! 私は力が……敵をみんな殺してしまえる力が欲しいの!)

 妖しい自己破壊衝動に身を震わせながら願うミュスカに向かって、最初の刃物が銀色の残像を描いて飛んできて、白い裸身に深々と突き刺さった。


 (3)


「もうすぐ、あの薄汚い教会に着くな……」

 男は、戦車のハッチから身を乗り出し、土埃混じりの風を浴びながら疾走していた。

 旧式の戦車は、車高が高く、見晴らしは良いが、乗り心地は決して良くない。

 だが、全てを踏みにじり、乗り越え、突き進んでいけるかのような力強い走りっぷりに全能感が込み上げてきて、男の髭面に、凶暴な笑みを浮かばせる。

 彼は、元々の軍人ではない。

 以前は学校で歴史の教師をしていたが、内戦勃発で、武装勢力に編入された。

 そこで歴史の知識から得た様々な刑罰や拷問技術の知識を披露したことで上官に注目され、今では一部隊を任されるまでになっている。

 彼が乗る戦車に続くのは、二両の兵員輸送車に乗り込んだ、総勢二十人の兵士たち。

(もっと早く、あの教会をぶっ潰しておくべきだったな……)

 丘の上に建てられた、石造りの古い教会を見ながら、戦車の上で、男は思う。

 教会には、年老いた女性や子供ばかり、百人近い難民が保護されているらしいが、そこに武器弾薬が集積されているというたれ込み情報があったのだ。

 真偽不明、どちらかといえば、偽情報っぽさがプンプン臭うたれ込みであったが、上層部は危険と判断したようで、調査指示が出された。

(隅々まで捜索して、そのあと、難民共もろとも砲撃してやる……あの鐘楼は、いい的になりそうだ)

 高くそびえた鐘楼を、男は憎々しげに見つめる。

 それは、彼が信仰している宗教とは異なる宗教の象徴的な建物だ。

 以前は、何も感じなかったそれが、今ではどす黒い炎のような憎悪をわき上がらせる。

 自分がこれほどまでに強く何かを憎むことができるなどとは、教師時代の彼は想像してもいなかった。

 しかし、ここ数ヶ月の内戦で、彼は、自分の中に潜んでいた残虐な本性を目覚めさせ、幾多の殺戮と破壊を指揮してきたのだ。

 自ら手に掛けた人命は、百人を越えているだろう。

 その中には、歴史を学ぶことの重要性を語る彼の言葉を、小馬鹿にしたような冷笑混じりに聞き流し、デートや映画の話にうつつを抜かしていた教え子たちや、異教徒の同僚教師たちも含まれている。

 歴史の闇の奥底から、彼の知識によって掘り起こされ、再建された拷問具や処刑具によって殺された人数は、その数倍、いや、軽く十倍は超えているだろう。

 もう、懺悔も後戻りも出来ない所まで、彼は堕ちていた。

「今度も、徹底的にやってやるぞ!」

 自分が歴史上の汚名を着々と積み重ねていることを自覚しながらも、男は自らの残虐さに誇りさえ覚え、暴力と殺戮に酔っていた。

    

(4)


 三十本目の刃が白い裸身に深々と突き刺さっても、ミュスカは奇跡的に生きていた。

 魔性の刃は、素肌を貫き、骨や筋肉の抵抗を無視して、体内にめり込んで、壮絶な苦痛を与えている。

 もう、自分がどんな悲惨な姿になっているのか、想像する余裕さえ無く、全裸の少女は苦痛の痙攣を続けていた。

 両目にも刃が突き刺さって視界が赤黒い血の色をした闇に閉ざされ、口や喉にも刃が突き立っているので、悲鳴さえ上げられない。

 両耳も鼓膜や三半規管ごと刃に貫かれて、音も聞こえず、重力や方向感覚さえも失せてしまっている。

 今や、全身が抉り抜かれるような激痛に支配されていた。

 身体中が痛みの塊に変じ、何倍にも膨れあがって、ドクンドクンと脈打っているようにさえ感じられる。

 五感の中で、痛覚だけが異常なまでに増強された、閉じられた痛みに包まれながら、それでも、ミュスカは拘束された裸身を痙攣させ、ぎこちなく捩らせて苦悶しながらも、命を保っていた。

 刃物の傷による死因の大半は、痛みのせいではない。

 出血によって、身体各所への酸素供給が不足し、生命維持ができなくなるのだ。

 しかし、刃物が突き刺さった白い肌からは、一滴の血も流れていない。

 全身をズタズタにされながらも、いかなる力が働いているのか、血流は確保され、器官への酸素供給は滞りなく続けられて、強制的に生命維持されていた。

 本来であれば、とっくに死に至っているであろう傷と苦痛を受けながらも、少女は妖銀貨の贄として生かされているのだ。

 そして、三十一本目の刃が、音も無く心臓に深々とめり込んできた。

 冷たい刃が心臓の鼓動を阻害し、死の苦痛が少女の華奢な裸身をひときわ激しく痙攣させる。

「……う……アアアァァァァァァ~ッ!!」

 声帯も斬り裂かれ、声も出せぬはずの喉奥から、歓喜とも、断末魔の絶叫ともとれる甲高い叫びが放たれ、地下室の空気をビリビリと震わせた。

 全身を包んでいた激痛が、心臓を貫いた刃に向かって収束され、ドクンッ! と激しい鼓動が起きて、拘束された華奢な裸身をへし折れんばかりに仰け反らせる。

 ミュスカが縛り付けられた鉄枷が、ギシッ! と軋むほどの仰け反りであった。

「おおおお! オオオオ~ッ! ついに、ついに、我が願い、成就せり!」

 歓喜と狂気に震える男の声が、すでに機能を失っていたはずのミュスカの鼓膜を震わせると同時に、全身に突き立った刃が水銀のような液状に融け崩れ、体内に流れ込んできた。

 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクンッ……。

 それはまるで、三十一本の刃がペニスに変じて射精を開始したかのような、異様な感触で、無垢な乙女の全身を蹂躙する。

 傷口から注ぎ込まれ、ズルズルと肉体内部に這い込んだ液体金属は、血液と混じり合って身体の隅々まで行き渡ってゆく。

「……気持ち……いい……」

 チリチリと熱く痺れるような感触は、これまで感じたことの無い歓喜と陶酔を少女に与えていた。

 苦痛が消失した反動が、少女の神経組織を大幅に活性化し、体内に液体金属を注ぎ込まれる異様な感覚を、蕩けるような喜悦に変換しているのだ。

 ドクッ、ドプッ……ドクンッ!

 最後の一滴まで体内に注ぎ込まれた妖銀貨が鳴動し、今度は、身体の外へ向かって全身からにじみ出てくる。

「ふは……ゴホッ! ゴフッ!」

 苦しげに顔を歪め、咳き込んだミュスカの口腔から銀色の流体がドロリ、と溢れ出し、口内に金属的な味が粘り着く。

 液体に変じた妖銀貨の湧出は、口だけでは無かった。

 鼻、耳、大きく見開かれた目、さらには、乳首の先端、秘裂の奥、尿道口、肛門、毛穴や汗腺まで、人体の穴という穴から、水銀のような流体金属がブチュブチュと漏れ出し、華奢な裸身を舐める様に這いながら覆い尽くしてゆく。

 やがて、厚さ一ミリにも満たない極薄の金属皮膜は、依り代となった少女の全身をピッチリとコーティングしていた。

 周囲の光景が鏡のように映り込んだスリムな裸身は、乳首のポッチや臍の窪み、さらには、ピッチリと閉じ合わさった縦スジ状の秘裂までクッキリと浮き出させている。

 髪の毛一本一本も、極薄の金属に包まれ、耳穴や鼻孔は開いてはいるが、気道や鼓膜、内臓や消化管までもが、妖銀貨の皮膜に覆われていた。

 手足を拘束していた革帯が、バチンッ! と音を立てて千切れ飛び、格子状に組まれた鉄製の拘束台までもが、粉々に砕け散る。

 砕けた鉄枠が床に跳ねる金属音の中、フワリ、と軽やかに床に降り立ったミュスカは、間の前に跪いた背教者の男を、静かに見下ろした。

「妖銀貨よ。最初の贄に、罪深き私を引き裂いて地獄に落としてくれ! 私は、何人もの命を儀式のために散らした。その罰を受けねばならないのだ!」

 真っ赤に泣きはらした目で少女を見上げ、背教者は嘆願する。

 その背後で、バンッ! と派手な音を立てて、地下室のドアが蹴り破られた。


(5)

 教会では、捜索という名目の略奪が行われていた。

 クローゼットの扉が開かれ、引き出しが引き抜かれ、本棚が引き倒される。

 難民たちの数少ない手荷物が荒っぽく検められ、金目のものを「没収」された上で、残った物は周囲に無造作に撒き散らされる。

 教会に避難していた難民たちは、教会前の広場に集められ、自動小銃を突きつけられて不安と絶望の表情を浮かべて座り込んでいた。

 逆らえば殺される、それを、魂の底から叩き込まれてしまっているのだ。

「……何も見つかりませんね」

 戦車の上で難民たちを見下ろしている男の所に、兵士の一人が報告にやって来た。

「もっと良く探せ。どこかに隠された地下室があるかもしれない。武器弾薬は見つからなくても、年代物のワインか、あるいは財宝が隠されているかも、な?」

 ニヤリ、と邪悪な笑みを浮かべて命じると、兵士は引きつった愛想笑いを浮かべ、敬礼して捜索の場に戻ってゆく。

(何も見つからなくても、やることは決まっているのだが、な……)

 命令通りに動く兵士たちを見守りながら、男は残虐行為への期待に胸をときめかせている。

 この難民共は、どんな表情で死んでゆくのだろう? そういう邪悪な想像をすると、股間のモノが熱く猛ってきてしまうのだ。

「報告します! 祭壇の裏側で、地下室らしき場所への隠し扉が見つかりました! これより内部を捜索開始します!」

 通信機に報告が入る。

「了解した。そういえば、ここの責任者である男がまだ見つかっていないな。その地下室に隠れているかもしれん。反撃に注意しつつ、捜索しろ!」

「了解ッ!」

 通信が終了して数分後、くぐもった銃声が教会内から散発的に聞こえてきた。

「むっ! 誰が発砲している!? 状況を報告しろ!」

 弛緩しかけていた身体と精神をギクッ! と緊張させ、指揮官の男は通信機のマイクに向かって呼びかける。

「敵ッ! 銀色の、子供が……グガァァァ~ッ!!」

 銃声に混じって聞こえてきた声が、断末魔の叫びに変わり、通信がプツリと途切れた。

「総員戦闘準備! 機銃、教会の入り口に向けろ!」

 隣のハッチから身を乗り出している機銃手に命じた男は、ドアを開け放たれたままの入り口を睨み付ける。

 大きく開いたドアの奥は、陽光も射し込まぬ黒々とした闇に包まれていた。

(おかしい……誰も出てこないぞ。銃声も止んだ……いったい、どうなっている?)

 緊張で、全身がジットリと汗ばむのを感じつつ、男は思う。

 指揮官になって日が浅い彼は、互角の戦力を持った敵と相対したことがない。

 いつも、一方的に蹂躙し、殺戮してきたのだ。

 予想外の情況に対する判断力と対応力が、決定的に不足していた。

 やがて、教会の入り口から、「それ」が姿を現した。

「なんだ? 銀色の……子供?」

 全身を、メタリックシルバーに照り輝かせた、細身で小柄な人影が一つ、陽光の下にゆっくりと歩み出てくる。

 頭から足の爪先まで、鏡面仕上げのような金属光沢に包まれた人型のモノが、まばゆいほどの反射光をきらめかせながら、滑らかな足取りで歩を進め、教会前の広場をゆっくりと周り込んで、武装集団の方に向かってきた。

 金属製の像が、命を得て動き出したかのような、あまりにシュールな光景に、その場にいた全員が、反応することも忘れて見入ってしまう。

 いや、反応しようにも、全員が金縛りに遭っていて、ピクリとも動けなかったのだ。


(6)

「……私、失敗しちゃったかな?」

 武装した兵士たちに向かって、緩やかに歩を進めながら、ミュスカは少し後悔していた。

 礼拝堂の床に巧妙に偽装されていた、重い隠し扉を完全に閉めなかったのは、ミュスカの非力さゆえのミスだ。

 そのせいで、兵士たちの突入を許し、男が射殺されてしまった。

「でも、あの人は死にたがっていた。その願いは、望んだ形では無かったかも知れないけれど、叶えられた……」

 異様なまでにクールに澄み切った精神状態で、ミュスカは思考する。

 妖銀貨によって活性化させられた全身の感覚が、周囲の状況を手に取るように教えてくれる。

 教会を包囲した兵士の数、広場の出口を塞ぐように停められた、兵員輸送車と戦車、そして、暴挙と迫害を受けても、なすすべもない、あきらめきった表情の難民たち。

 その中には、ただでさえ少ない食料を、ミュスカに分けてくれた老婆や、懸命に希望を持たせようと、過去の聖人たちの受難と救済の物語を語ってくれた中年女性の姿もある。

「次は……私の願いを叶える番。この人たちや私を迫害する奴らを、みんな……殺すッ!」

 妖銀貨の依り代となった身体の奥底で、グツグツとマグマのように煮えたぎる、復讐の意思を再確認したミュスカは、あらためて、変化した自分の肉体を確認する。

「……私の身体、車のバンパーみたいになっちゃった」

 ぬめ光るクロームメッキのような光沢に包まれた自分の身体を見ながら、妖銀貨の依り代になった少女は思う。

 彼女の身体は、父親がやっていた自動車修理工場で見た、古い車のバンパーそっくりの金属皮膜に覆われて照り輝いていた。

 顔の前にかざした手のひらに写る顔も、鏡面仕上げされた金属のようで、眼球までもが金属の被膜に包まれている。

「フフフッ、変なの……。だけど、わかる。この力なら、仕返し、できる!」

 数ヶ月ぶりの笑い声を漏らしたミュスカの、金属秘膜に覆われた瞳が、目の前にいる兵士たちを、キッ! と睨み据える。

 その視線に含まれる、強烈な殺気が、兵士たちの金縛りを解いた。

「う……撃てぇ!」

 誰が発したのかも判らぬ、怯えた声の射撃命令に応え、兵士たちが発砲を開始した。

 ババババババババババァァァァァンッ!!

 空間が爆ぜるような、自動小銃の耳障りな射撃音が反響しながら重なり合い、無数の銃弾が銀色の少女に向かって飛んでくる。

(銃弾って、こんなに遅かったんだ?)

 硝煙の糸を引きつつ、自分に向かって飛んでくる、細長いドングリのような形状をした小銃弾の一発一発を、ミュスカは全て視認していた。

 彼女の神経伝達速度や動体視力は、数百倍に加速されていて、音速の倍以上の速度で飛翔する銃弾でさえ、スローモーションのように見えている。

「この程度なら、避けなくてもいい……。どうすればいいか、判る。どう殺せば良いのか、判るッ!」

 自らの力を確信している妖銀貨の少女は、軽く両手を開き、十字架に掛けられた聖人のような無抵抗な姿勢で、銃弾の雨を受け止めた。

 キュキュキュキュキュキュンッ!

 金属的な甲高い摩擦音が、絶え間なくミュスカの身体で上がり、五月雨を受け止めた水面のような細やかな波紋が、金属皮膜に覆われた裸身全体に拡がってゆく。

「くすぐったい……」

 着弾の勢いを維持したまま、コマのように旋回する銃弾が、身体の表面を滑ってゆく感触は、少女にむず痒い掻痒感を与えているだけだ。

「返す……よ?」

 メリハリの少ない未成熟な裸身を薄く覆った、液体金属皮膜に沿って滑った銃弾は、ごく少量の妖銀貨を塗布され、数倍に加速されて、発砲した兵士たちに送り返された。

 バシュバシュバシュバシュンッ!

 湿り気を含んだ炸裂音が連続して上がり、血しぶきと肉片が宙に舞う。

 兵士たちが放った銃弾は、十倍以上の威力となって、肉体を爆ぜさせた。

 乾いた風の中に深紅の霧が拡がり、過剰な衝撃に耐えきれずに破裂した兵士たちが、細切れの肉片と骨片になって飛び散ってゆく。

(スイカを水の中で砕いたら、あんな感じに見えるのかな?)

 スローモーションで飛散する赤黒くグロテスクな人体花火を、冷徹な銀の瞳に写しながら、ミュスカは三秒足らずで、全ての兵士を絶命させていた。

 ドドドドドドドドオオォォォンッ!

 ひときわ重々しい銃声が、少女の鼓膜を揺るがせる。

 戦車と歩兵輸送車の上部に設置された重機関銃が火を噴いたのだ。

 小銃弾とは比べものにならないエネルギーを持った巨大な銃弾が、小柄な少女に向かって突き進んでくる。

「フンッ!」

 着弾を待つこと無く、妖銀貨の少女は地を蹴って動いていた。

(当たらない……よ?)

 スローモーションで迫って来る弾幕を、舞うような動きで易々とくぐり抜け、銀色の少女は兵員輸送車に向かって加速してゆく。

 その速度は、スタートと同時に音速に迫る、超絶加速の疾走であった。

 空気が粘ついたシロップのように銀色の肢体にまとわりつき、重機関銃の発射音が、ひどく間延びして聞こえる。

 超加速された神経系が、音さえもスローに聞こえさせているのだ。

(水の中で走っているみたい……)

 オリンピックの陸上競技選手を目指していた少女は、誰にも追いつけぬ人外の速度で疾走しながら思う。

 ザザザザザンッ!

 まるで、分厚い霜柱を踏み砕くような感触を足裏に伝えながら、広場に敷き詰められた石畳が砕け散った。

 あまりも速すぎる疾走の圧力に、石畳が耐えられずに粉砕されているのだ。

 石畳の細片を蹴立てながら一気に間合いを詰めたミュスカは、歩兵輸送車の上で機銃を撃ちまくっている兵士に向かって跳躍し、無造作に前蹴りを放った。

 バチュンッ!

 超音速の蹴りを受けた兵士の上半身が、破裂音を立てて消失し、ミンチ状の肉片と、ボロ布となった軍服の混じった血煙に変わる。

(まだ、中にも居る……)

 もう一両の兵員輸送車で火を吹き続けていた機銃の射手も同様に沈黙させた少女は、無造作に繰り出された抜き手で、兵員輸送車の装甲を易々と貫いた。

「ハァァッ!」

 軽く息を吐き、手首をこねるようにすると、少女の指先を包んでいた液体金属が、極薄の刃となって伸び、車内で荒れ狂った。

 ザシュザシュザシュザザザザザンッ!

 鉄パイプの骨組みに、合成皮革を貼った合板を貼り付けた安っぽい座席や、内部の装備が、まるでチーズでも切るかのように易々と切断され、車内に残っていた兵士たちもろともに微塵切りにする。

 無慈悲な切断は、装甲された車体にまで及び、戦果を確認したミュスカが車体を蹴って次の車両に向かって跳躍すると、その衝撃に耐えきれず、数百個の金属片となって地面に散らばった。

 数十メートルの距離を、銀色の砲弾のように飛翔した少女は、もう一台の兵員輸送車も、瞬時に撃破。最後に残った戦車の前に立った。


「……何が、起きている?」

 目の前で起きている情況を理解できず、男は戦車の上で硬直していた。

 鳴り響く銃声と、飛び散る血飛沫は、見慣れたものであったが、今回、血煙となって四散しているのは、発砲した兵士たちであった。

 粘つく血糊の糸を引きながら手足が飛び散り、人形の様に無表情になった生首が切断面も生々しく見せつけて転がり、肉片と臓物が体液を撒き散らしながら辺り一面に飛び散る。

 濃密な血臭と、脂臭い内臓臭を含んだ一陣の風が、男の髭面に吹き付けてきて初めて、彼は、この悪夢のような光景が現実であることを理解した。

 そして、呆然と見下ろす視線の先には、この惨劇をたった一人で演出した、銀色の少女……。

「お前を知っている……」

 ハッチから上半身を突き出したまま硬直した男を見上げ、ミュスカは静かに告げる。

 数十メートル離れているというのに、その声は、まるで耳元で囁きかけられているかのように、はっきりと男の耳に届いていた。

「私の家族を、連れて行った男だ……」

 銀色をした少女の声に、明らかな殺気が込められた。

「……撃て……どうした、早く撃てえぇぇ~ッ!!」

 引きつった声で発砲命令を下す指揮官よりも早く、ミュスカが動いた。

「ハッ!」

 最低仰角で自分に向けられた戦車砲の砲口に抜き手を突き挿れ、122ミリ砲の砲身内に液体金属の刃を放つ。

 キュキュキュキュンッ!

 甲高い音を立てつつ、砲弾を斬り裂いて無効化した極薄の刃は、砲尾の閉鎖器と自動装填装置を易々と貫いて車内に侵入し、砲手と運転手を微塵切りの肉塊に変える。

「オオィウゥゥゥゥゥゥ~ッ!!」

 恐怖に上ずった奇声を上げた指揮官は、足元から噴き上がってくる血煙と舞い散る肉片に追い立てられるかのように、戦車の砲塔から地面に転げ落ち、無様に這いつくばる。

(悪夢だ! 俺は悪夢を見ているに違いない!)

 銀色の少女が、自分に向かってゆっくりと歩み寄ってくるのを見ながら、男は悪夢なら早く醒めてくれと強く願う。

「……お前を、知ってる」

 再び、ミュスカは先ほどと同じ声を掛けた。

「何だ? お前は、何なんだ!? 悪魔か? それとも秘密兵器か!? こんなもの、信じないぞ!」

 腰のホルスターから軍用拳銃を慌ただしく引き抜いた男は、膝立ちの状態で、至近距離から発砲した。

 パンパンパンパンパンパンパンパーンッ!

 重機関銃や自動小銃の発砲音と比べると、可愛らしささえ感じる銃声が立て続けに上がるが、そんなモノは、妖銀貨の少女にとってそよ風のようなものだ。

 まだ起伏に乏しい胸板や、臍の窪みもクッキリと浮き出させたスリムな腹部、さらに、金属秘膜に包まれていても、美少女だとはっきりと判る美貌に着弾のさざ波が立つが、銃弾は何のダメージも与えていない。

 最後の一発は、偶然、少女の眼球を直撃したが、極薄の金属皮膜に弾かれ、平らな金属板となって、ポロリと転げ落ちただけだ。

 たちまちのうちに、弾倉内の8発を撃ち尽くした男は、予備弾倉に詰め替えようと焦るが、手が震えて思うように動かない。

「もういい……どんなに撃っても無駄だから」

 そっと差し伸べられた少女の手が、男の右手を拳銃ごと握る。

 グキュッ! ボキボキュボキュッ! くぐもった破壊音が上がり、男の右拳がグチャグチャに握り潰された。

「フギャアアァァァァァァ~ッ!!」

 身も世も無い声で絶叫した男は、これが悪夢では無く現実だということを、文字通り痛感させられて苦悶し、土煙を立てて転げ回ってしまう。

「殺すのか!? 俺も……殺すのかアァァァァ~!?」

 右手を粉砕された男は、未練がましく這いずり逃げながら、メタリック光沢に包まれた殺戮者に泣き笑いのような声で叫んだ。

「そう、殺す……。でも、一回じゃない。お前が殺してきた人たちの痛みと恐怖、苦しみを一万回味わえ! 戮獄に封じろ、妖銀貨!」

 怨嗟に満ちた声で宣言したミュスカの手のひらから放たれたのは、一枚の銀貨であった。

 それが、苦悶の脂汗に濡れた男の額にピタリ、と貼り付くと同時に、その身体を吸い込み始める。

「ゴアァァァァァ……!!」

 絶叫はすぐに消え去り、バキバキ、ボリボリという、骨の砕ける音だけが数秒間続いた。

 殺戮と憎悪に狂った元教師を跡形もなく吸い込み、ミュスカの手元に跳ね戻ってきた銀貨の表面には、恐怖と苦痛に歪んだ男の顔がクッキリと刻印されていた。

「お前が破壊しようとしたこの場所で、永劫に苦しみ続けろ!」

 苦悶する男の顔が刻印された妖銀貨を、鐘楼の鐘に向かって指先で弾く。

 陽光にきらめきながら宙を飛んだ妖銀貨が、鋳造から数百年を経た、古びた鐘に、ピタリと密着すると同時に、共振を受けた鐘が、ゴォォウゥゥンッ! ゴオォッゥゥゥンンンッ! と重々しく鳴り響いた。

 殺戮者の誕生を知らせるかのような、妖しい鐘の音を聞きながら、妖銀貨の依り代となったミュスカは視線を上げ、鏡のような瞳で遠くを見る。

「まだ、こいつらの本隊がいる……全部、無くさなきゃ……」

 殺戮者となった少女は、数十㎞先にある武装集団の基地に向かって走りはじめた。

 金属光沢に包まれたその身体を猛らせているのは、際限なく湧き上がってくる破壊と殺戮の衝動……。

 背後に土煙を立てながら、妖銀貨の少女は超速で疾走する。

 数分足らずで、基地に到着したミュスカは、正面ゲートを、警備の兵士ともども粉砕突破し、殺戮を開始した。

 基地での戦闘も、同じ事の繰り返しであった。

 発砲された銃弾を加速して送り返し、重火器に対しては、超速で間合いを詰めて、液体金属の刃で射手もろともに切り刻む。

「逃がさない! 許さない!」

 逃亡も命乞いも許さず、超感覚で探り当てた基地内の人間たちを一人残らず血祭りに上げた。

(もっと! もっと! 全部、全部ッ!)

 異様な昂揚感に全身を熱く疼き昂ぶらせながら、銀色の少女は殺戮と破壊を続け、わずか数十分で、基地を壊滅させる。

 あとに残るのは、無数の血溜まりに転がる肉片と、ズタズタに斬り裂かれスクラップとなった兵器たち。

「……もう、終わり? いや、まだ居る。国境の向こうにも……まだ、大勢!」

 異様な昂揚感と破壊衝動に銀の肢体を震わせる少女の耳が、急接近してくるジェット機の轟音を捉える。

 ミュスカの上空を通過した戦闘機から、大型の爆弾のようなものが投下された。

「空爆……する気? 無駄なことを……ンッ!?」

 何か異様な気配を感じ、ピクッ! と身を震わせたミュスカの視線の先で、投下された爆弾の様なものが縦二つに割れ、中から何かが飛び出てくる。

 空にパラシュートを開き、ゆっくりと降下してきたそれは、どう見ても人影であった。

「いやぁ、開発途中で放棄されたHALOポッド、やっぱり常人にはきついな。これは計画キャンセルで大正解だね♪」

 ミュスカの百メートルほど手前に着地し、ハーネス付きのパラシュートを慣れない手つきで排除しつつ、この場にそぐわぬ緊張感の無い口調で言いながら歩み寄ってきたのは、一人の男性であった。

 年齢は三十台に入ったばかりだろうか? 精悍な顔立ちの白人男性で、純白のスーツにソフト帽、靴まで白で統一した、まるでパーティーにでも向かうかのようないでたちは、破壊と殺戮の場に居合わすのは、まったく場違いに見える。

「やぁ、お嬢ちゃん、こんにちは」

 白スーツ姿の男性は、金属光沢に全身を包まれたミュスカの姿に物怖じすること無く、朗らかな笑みを浮かべて声を掛けてきた。

「僕の名前は、カイン・シルヴァーマン。とある組織の長を任されている。お嬢ちゃんのお名前は?」

「……」

 ミュスカは、無言で白スーツの青年を見つめていた。

(こいつ……私と同じ、妖銀貨を持ってる!?)

 超鋭敏化した肉体に、異様な共振が伝わってくるのを感じつつ、妖銀貨の依り代となった少女は直感し、警戒する。

「名前、教えてくれないかな?」

「……ミュスカ……」

 警戒を解かぬまま、ミュスカは声を絞り出した。

「そう。ミュスカちゃんか。いい名前だね。そろそろ、こんな事はおしまいにしないか? それ以上続けたら、キミは、身も心も妖銀貨の呪詛、破壊と殺戮の虜となってしまうよ? ボクも、キミと同じく、妖銀貨を宿す者だから、よく判るんだ」

 明らかに殺気立っているミュスカに気分を害した様子も無く、シルヴァーマンと名乗った男性は、優しい口調で言葉を続ける。

「妖銀貨の活性化を感知して、文字通りマッハで飛んできたんだけど、少し遅かったようだね……」

 スクラップと粉砕された死体の散らばる惨状を見回した男の碧眼に、悲哀と後悔の感情が一瞬、浮かんだ。

「しかし、依り代となってすぐに、これほどの力を発揮するとは、恐るべき才というべきか……。妖銀貨に呼ばれたかな? それ故に危うい……力に呑まれる前に、キミを止めなければいけないね」

 穏やかな口調で話しかけてくる白スーツ姿の男から視線を逸らさず、ミュスカはゆっくりと身構える。

(この男に勝てば、さらに強大な力を手に入れられる。もし、負けても、強大な力の一部になれる……)

 抑えようもなく込み上げて来る殺戮衝動と、自殺願望にも似た昂ぶりに突き動かされるがまま、妖銀貨の少女は、戦闘を決断していた。

「……やれやれ、ミュスカちゃんを鎮めるには、闘うしかないってことかな? 不本意だが、君を救うためとあらば、仕方ないかな?」

 憂鬱げな溜息を漏らした男性は、首元のネクタイを軽く緩め、慈愛の中に、確たる決意を秘めた視線で、銀色の少女を見据える。

「禁呪封印局、局長、カイン・シルヴァーマンの名において、鎮圧行動を開始する!」

 先ほどまでとまったく異なる、凛とした響きの声で宣言した白スーツ姿の男性は、ゆるやかに両手を拡げた姿勢で立つ。

 後に、『妖銀貨のミュスカ』という異名を轟かせることになる退魔少女と、その師である退魔戦士は、互いの身に宿した妖銀貨の共振を感じながら対峙していた。


 『殺戮の妖銀貨』完

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