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雅に時雨れる 作者:秋鹿光久
9/13

 学校を終えてカフェに向かう。昨日と同じくメガネに足止めをくらったため、今日もまた急いで向かわなければならない。
 文字通り脇目も振らずに走っていたが、体力のない僕は程なくして息を切らしてしまい限界に達すると立ち止まって呼吸を整える。そしたらまた走り出す、というのを繰り返していた。

「やっときた」
「え?」

 四回目の時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 声が聞こえた方を見てみると、愛しの妹がいた。
 なぜこんなとこにいるのかと一瞬考えたが、僕がいたのは中学校の真正面だったので納得する。

「ああここ中学校か」
「はい?」

 小雪の様子がおかしい。二人の間で話が噛み合っていない事に気が付く。
 僕がなにか忘れているのか考えてみるが、まったく思い浮かばない。

「もしかして忘れてしまったのですか?」

 あ、やばい。これ本気で怒ってるやつだ。
 やっりなにか忘れているらしい。さっきの会話に糸口がないか記憶を探る。すると最初に小雪が言ったことを思い出す。
 たしか小雪はやっときたと言っていた。そのままの意味で捉えれば僕が来るのを待っていたということになる。つまりは小雪と帰る約束をいつの間にかしていたことになる。
 思い出さなければ死んじゃうぞ。禁断症状で死んじゃうぞ。なにがなんでも思い出せ。思い出せ思い出せ思い出せ。



「ごちそうさま」

 しっかり残さず食べられました。
 やっぱりさすが小雪。美味しすぎてご飯二杯いけちゃったよ。
 うん、お腹いっぱいでちょっと気持ち悪い気がしないでもない。

「ねえ時雨」

 一緒に皿を洗っていると、かわいらしく僕に話しかける。
 僕は皿洗いは皿を落としそうになるので苦手なのだが、こうしてたまに手伝わされる。皿を割ってしまえば小雪だけでなく、もれなく母親のお説教も頂戴することになるので勘弁したいところだ。
 僕は手を滑らせないよう集中していて返事ができないことを悟ったのか、返事を待たずに話を続ける。

「明日さ、一緒に帰らない?」

 つるんっ。思いがけない言葉に手を滑らせてしまう。
 注意はしていたが、そのまま手から離れた泡まみれの皿は床に落ち、ガシャンと音を立てて砕け散る。

「もちろんいいさ!」

 小雪から僕にお願いなんて滅多にない。そのうえこちらから頼みたいような話だ。興奮で頭の中にあった全てのことが一時的に抜け落ち、なにも考えずに承諾してしまった。
 もちろん途中で穂積さんのことを思い出して小説をじっくり読んだが、逆に小雪との約束は妄想の産物だったと処理してしまったようで、完全に引き出しの奥底に仕舞い込んでいた。



「そうだったね。思い出したよ」
「やっぱり忘れてたんだ。まあ結果的に来てくれたからいいんだけど」

 どうやら怒ってはいないようだ。

「それじゃ帰ろうか」

 小雪はそう言って歩き出す。
 ここで別々で帰ろうなんて言ったら殺される。しかし、このまま帰ってしまえば穂積さんを待ちぼうけさせることになる。それは一番してはいけないことだ。

「ちょっと待って」
「なにを言ってるんですか。まさか今から誰かと会う約束でもあるなんて言わないですよね。私の方が先に約束していたのですから。そもそも大事な妹との約束を反故にしてまで会う価値のある人なんて時雨にはいないでしょう」

 僕の腕を引っ張って強引に帰ろうとする。

「なんでそんなに抵抗するんですか。もしかして昨日の女とでも会うんですか」
「なぜそのことを?」
「昨日帰った時雨の匂い嗅いだじゃないですか。あの時、女の子特有の香りがしたので。そんなことより、やっぱり女と会うんですね。私のことかわいいとか好きとか散々言っておきながら結局は妹としか見ていないんですね。あれは全部お世辞だったんですね。私にくれた言葉は全部嘘偽りだったんですね」

 なに怖い。これ小雪じゃないでしょ。本当の小雪を返してくれ。
 なんてふざけてる場合じゃない。これは由々しき事態だ。僕の小雪への愛が疑われ始めている。

「そんなわけないじゃないか」
「そんなことあります。違うって言うなら証明してください!」

 証明する手立てはある。あるにはあるが、それは小説の話をしているところに同席させるということで、穂積さんが創作活動をしていることを小雪に教えることになる。
 あのカフェに頻繁に来られることから考えて、彼女はこの辺の中学校のどこかに通っている。更に絞ると小雪の通ってる学校ともう一校のどちらかになる。
 小雪が人にわざわざ広めたりするとは思っていないが、もしも同じ学校ならば小雪が知らなくとも穂積さんの方は知っているだろう。なにせ生徒会長を辞めてもなお必要とされる人なのだから。
 穂積さんが隠れて執筆していたら、たとえ小雪が広めたりしなくても不安になってしまうだろう。小雪の気分次第でバラされるかもしれないし、彼女は影響力が高い。普段から胸を締め付けながら過ごさなければならなくなる。

「どうしよう……」
「どうするんですか」

 小雪は眉間にしわを寄せてじぃっと僕を見つめる。
 ぐぬぬ。ぐぬぬぬぬぬ。
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