挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
雅に時雨れる 作者:秋鹿光久
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

8/13

 カフェに着くと、穂積さんは紅茶を注文して待っていた。
 やはり僕は待ち合わせの時間に遅れてしまったようで、その原因は明らかにあの男のせいだった。今度会ったら真っ先に文句を言ってやろう。

「こんにちは、天野さん」
「ん、こんにちは。ごめんね、遅くなっちゃって」
「い、いえ! 来てくださっただけで私は嬉しいですよ!」

 なんていい子なんだ。穂積さんといい小雪といい、最近の中学生はいい子ばかりなのかね。
 中学の頃、僕は本を読むか寝たふりをするかで休み時間をつぶしていたが、その間に聞こえてくるクラスメイトの会話は自己中心的で他人の事なんて欠片も考えていないようなものだった。それも相まってか余計に今の中学生イコールいい子に思えてくる。

「それ原稿?」
「あ、はい。お願いします!」

 テーブルに置かれていた紙の束を渡される。
 僕が来るまで自分で確認していたようだ。勤勉でいい子だなぁ。……流石に言い過ぎだ。何回言ってるんだか。
 自分で自分に呆れつつ原稿を受け取り、早速読み始める。

「展開の速さは改善されてるね」
「はい! 言われてからちょっと直してみました」

 前回のは新しく魔法を創ってその力で戦争のない世界を取り戻そうとする話だった。それまでとはまったく違う作風で、どちらかというと恋愛よりもファンタジー色の方が濃かった。新作もどうやらそのようだ。

「これ、短編にしては少し話が長いような気がするんだけど」

 分量が多く、この場で読み終えるには少し無理があった。短編なら手軽に読めるちょうどいい分量が好ましい。

「はい。この話は一度短編として完結させてからこれをベースに初めての長編小説を書いてみようと思いまして」

 なるほど、長編を前提とした話なのか。それならいいかと僕は考え直す。
 谷内に借りて読んでいるものもジャンルでいえば一緒なのだが、それと比べるとかなり長閑に思えてくる。おそらく戦闘シーンがないことが原因だろう。
 ファンタジー小説として話を進めていくのなら、このままではいけないような気がしてしまう。

「今日はもう遅いし、また明日でいいかな。それまでに読んでくるから」

 斜め読みでは彼女に失礼なのでここで一旦帰ってしっかり読むことにする。
 その上でさっき気付いたことと他に直すべきところを伝えよう。

「わかりました」



 家に着くともう六時になっていた。
 僕の家の夕ご飯は六時半に決まっているので、基本的にそれまでに帰らなければならない。

「ただいま」
「おかえり、今日は遅いんだね」

 忙しい小雪も僕よりも遅くはなるが、それまでにちゃんと帰る。
 しかし、今日は珍しく僕が小雪よりも帰りが遅くなったので、久しぶりにただいまと言ってもらえた。
 嬉しくてにやついていると、小雪がなにか怪しんで聞いてきた。

「夕飯前なのにどこか寄ってきたの?」
「コーヒーを少々……」

 カフェに行ったことを正直に言う。
なんでこんなにイライラしているんだ。学校で何かあったのだろうか。
 原因を考えていると、僕に顔を近づけて匂いをかぎ始めた。

「甘い香りがする」
「うぐっ……」

 僕はコーヒーしか頼んでいない。しかし、今日は僕だけではなく、同じテーブルに穂積さんもいた。あの後、穂積さんが注文していたシロップたっぷりのパンケーキが運ばれ、少しだけ分けてもらった。その時だろう。パンケーキの甘い香りが僕の制服に付いてしまったのは。

「あそこのパンケーキ美味しいですもんね。甘いものに目がない時雨なら当然食べてしまいますよね」

 パンケーキ食べたことに怒ってるのか。
 視線を少しだけ下に落とすとかわいらしい薄ピンク色のエプロンが目に触れる。
 あ、そうか。

「もしかして今日の夕飯って小雪が作ってる?」
「そうですけどなにか」
「まじすんません」

 ジャンプして足を半分に折り、勢いよく土下座する。床に思いっきり両膝を打ち付けたが、そんなことを気にしている暇はない。
 何年も前のことになるが、今日のように小雪を本気で怒らせてしまったことがある。そのきっかけは覚えていないが、何日も会話ができずに辛い日々を送っていたことは何があっても忘れられない。それから絶対に彼女を怒らせまいと誓ったのだが。
 しかし、悔やんでも仕方ない。今は誠心誠意彼女に謝らなければ口も聞いてもらえなくなってしまう。

「大丈夫。小雪の作った料理はなにがなんでも食べきるから。ていうか、美味しくておかわり欲しくなっちゃうと思うね」
「わかりました。ご飯二倍盛りで」
「ごめんなさい反省してます許してください」

 慌てふためく僕を見て、かわいらしく笑う。

「別に大丈夫だよ。そんなに怒ってるわけじゃないから」

 さっきまでは確かに怒っていた。彼女は怒ると口調が少しだけ丁寧になるのだ。今怒っていないとしたら僕の誠意がしっかり届いたのだろう。胸をなで下ろす。

「ところでカフェに一人で行っていたの?」
「えっ?」

 小説のことは隠していない。だから、小雪にもそのことは伝えているし、オフ会の日も何しに行くか言っていた。
 ただ、今日は少しだけ事情が違う。短時間ではあるが、年下の女の子と二人きりでいたのだ。変に勘違いされても困る。

「一人だったよ。うん、僕友達いないし」
「そうだよね……」

 信じてくれたかな。
 小雪が踵を返すと、エプロンがひらりと翻る。

「じゃあご飯食べようか。今日は肉じゃがだよ」
「いいね、僕大好きだよ」
「うん、知ってる」

 小雪が夕飯を作るときは必ず一品は僕の好きなものがある。薄らと感づいてはいたが、本当にそうだったのだとようやく確信できた。
 この時、僕の顔はかつてないほどに緩みきっていて、すごく油断していた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ