挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
雅に時雨れる 作者:秋鹿光久
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

2/13

 音が聞こえる。鮮やかに色付いた青春の音だ。
 金管楽器の響き。ボールを叩く金属音。少しばらけた足音とかけごえ。
 喜びや悲しみ、辛さ、楽しさ。暖色から寒色までさまざまな感情が織り交ざっている。


 カリカリカリカリ……。
 多彩な音が入り交じる教室の隅で、一つの音が小さく存在感を主張していた。
 青春というものを音で感じながら、僕は一人机と向き合って座っている。
 いらない音だ。僕の心に土足で踏み込んでくる雑音をかき消すようにペンを走らせる。
 僕は一人だ。僕には誰かと心を合わせて曲を奏でることも、誰かと青空の下でボールを追いかけることもできない。他人に合わせるなんて不可能、走る体力なんてあるわけがない。友と呼べる者もいなくなって久しい。
 十四歳のときに気付いた。僕からは青春の音が聞こえることはない。
 人には自信を持って友達といえる存在が一人は必ずいるという。親友とまではいかずとも、そういった浅い関係は誰でも築けるのであろう。それが僕にはできなかった。
 その現実がどんどん鋭さを増していって、僕の心に突き刺さった。
 いつの間にか高校生になっていて、もう少しで一年が経つが未だ話せる相手はいない。一人だけ僕に話しかけてくる面倒くさいやつがいるが、相手をするつもりはないので除外しておく。
 別に青春に憧れているという訳でもないが、高校生活を誰とも話さず終わるのも寂しい。
 ……そんなこと言っていても意味がないのでやめよう。


 さて、僕がコツコツと一人で書いてるものについて話すことにする。
 僕は現実に気が付いたあの日から、心の隙間を埋めるべく創作活動を始めた。ネット上で作品を公開することができる『小説家になりたい』というサイトを知り、僕は試しにひとつ長編小説を書いてみることにした。
 勝手がわからずネットでルールを調べながらだったが、少しずつ書き進めた。しかし思っていたよりも書くのは難しく、途中で書けなくなってしまった。その時点で、今まで僕が読んできた作品とは比べるのもおこがましいくらいの拙さに、まず小説を書くときの原則を覚えよう。そしていつかプロ作家のように書けるようになりたい。もっとおもしろい話を考えたい。もっともっといい作品を作りたい。そう思ってしまった。
 それから約三年間、僕はひたすら書き続けた。一年目はなんとかルールを覚え、小説らしい文章を書けるようになった。二年目はストーリーの運び方や文章、描写などの技術面を一生懸命に磨いた。
 その生活は充実していたが、活動を始めてから二年目の途中に受験があり、三カ月ほど執筆をやめた。その間は合格後に早く執筆できるようにと勉強をがんばり、第一志望であるこの学校に合格したことを知るとすぐに活動を再開した。しかし、受験前に書いていた話の続きができず、僕はそこで初めての挫折をした。
 それから今に至るまで短編をいくつか書いたが、今までのように気持ちよく書くことができず、どこか心が冷めていた。
 僕は小説を読むのは大好きだ。たくさんの文章に込められた作者の思いを読み取ったり、普通に過ごすだけでは経験することのない人生を体験したり。僕の心の隙間を少しではあるが埋めてくれる。そのうえ、そのままでは知り得なかった言葉や知識を得ることもできる。良いこと尽くしだ。けど、書くのはそうでもない。自分のつまらなさを改めて実感する。書くたびに話が面白くなくなっていく。心の隙間はガバガバだ。
 僕が小説を書いてるのは約三年前、現実を知ってしまったあの日から。小説投稿サイトを利用して学校や部活動を舞台にした青春物語もどきを書いている。
 さっきも言ったように最初こそ勝手がわからず稚拙な文章しか作れなかったが、今ではちゃんと小説らしく読みやすい文章を書けるようになった。むしろ、その点に関してだけ言えば作家と比べても劣らない自信はある。だがしかし、僕は未だにくすぶっている。
 たとえ文章が書けたとしても面白くなければ読んでもらえない。それは当たり前のことであるが、僕は三年の間それだけはどうしても改善できなかった。才能がなかった。そう言わざるを得ない。
 それでも書き続けていたのは、元々読んでもらいたいと思って書き始めたわけではなかったからなのだろうか。
 それとも――


 カッカッカカカッカッカカッ……。
 ペンの音が少し荒くなる。

「くだらない」

 否定する。その思考を拒む。ありえないと自分に言い聞かせる。
 夢は見ない。見れない。それが現実。
 僕はさらにペンを速く走らせた。


******


「終わった……」

 書き上がった原稿。少しクシャッとしていた枠一杯に大きく書かれた文字。僕は完成の余韻に浸りながら読む。
 ぺらり。本のページをめくるときとは違った原稿用紙をめくる音。

「つまらないな」

 話の内容は単純でよくあるもの。エースとして活躍を期待されて野球の名門高校に入学した少年は高校二年生の夏に肘を故障してしまう。甲子園という夢を絶たれ、部活にも学校にも居場所がなくなり、哀れみの目で見られることになった少年の話。
 自分で言うのもなんだけど、心情表現はよくできている。さすがにいろんな本を読んだだけはある。しかし、それだけでどこかつまらない。オリジナリティーがないのだ。どんなに素晴らしい話であっても、人のものに似せただけの偽物は読み手を引き込むことができない。
 独創性がない。これは創作において一番の欠点だ。僕には才能がない。

「もう、やめるか……」

 正直なところよくわからなくなっている。なんでまだ書き続けているのか。
 やはり、どこか夢を見てしまっているのだろうか。
 僕は持っていた原稿用紙を無造作に鞄へ突っ込み、教室から出る。そのときだった。

「きゃっ!!!」

 何かが僕に触れた。いや、ぶつかったのだろうか。
 そう思ってしまうほどに、軽い接触。しかし、ぶつかったと言うには衝撃がない。
 僕の目の前にはしりもちをついた女の子がいた。その少女の髪は僕と同じくらいかちょっとだけ長いくらい。最初、その茶髪を目にしたときこの学校の制服を着ていなかったら男子だと勘違いをしていたことだろう。それほど女子高校生にしては短かった。
 さてさて、少女は僕とぶつかった拍子に倒れたわけだが、そのせいか少しばかりスカートがめくれている。
 最近の高校生はやけにスカートを短くしたがるが、この少女はどうやら違うようだ。本来の長さになっているため、めくれてはいるもののギリギリのところで留まっている。
 見えそうで見えない。世にはそれが良いという人もいるらしい。僕がそうだとは言ってない。

「ごめん大丈夫?」

 僕は叫びたくなるのを抑えて、メガネのズレた少女に手を差し出す。
 少女は手を取るのを躊躇うような表情をする。僕の手はシャーペンで書いた文字がこすれて黒くなっている。それを見たからだろうが、あまりいい気はしない。

「こちらこそごめんなさい」

 それでも仕方なく僕の手をつかみ、立ち上がる。
すると、少女はじろじろとこちらを見てきた。
何か失礼なことでもしただろうか。それなら謝らなければならないけど。
 あ、もしかしてさっきので下着が見られたとでも思っているのだろうか。それなら謝らないぞ。故意に見たわけじゃない。ていうか、そもそも見えなかったし。僕は悪くない。
 強気になって睨んでみるが、少女はただ無言で僕を見つめるだけ。
 なぜ見ているの、とは聞けなかった。

「ありがと、じゃあね~」

 しばらくするとそう言って走り去った。
 いったいなんだったのだろうか。僕は疑問に思いつつも少女と同じく生徒玄関へ歩いた。


******


 原稿を書き上げた日は自分の部屋に入ってすぐパソコンを立ち上げ、修正をしながら打ち込み、その後サイトに投稿する。その一連の作業が染みついていた僕は、この日も無意識のうちにキーボードを叩いていた。

「あ、やめるんだった」

 文字を全部打ち終えてからそのことを思い出した。三年もあれば習慣づいていてサラッと終わってしまう。
 悩んだが、せっかくなので投稿してしまうことにした。僕の最後の作品として。
 画面にはマイページが表示されている。全十作品。そのどれものブックマーク、評価が微妙。

「ランキング入りたかったなぁ……」

 書籍化まではいかなくとも、そこそこの人気はほしかった。せっかく書いたのだからいろんな人に読んでもらいたかった。
 自然と漏れたその言葉は、今まで口にすることを憚った想いだった。いや、心の中で考えることすら自制していたかもしれない。それが次々と止め処なく溢れてきた。
 心の隙間を埋めるだけだったものが、いつの間にか大事なものになっていた。でもそれが、余計に僕の心から余裕を抉り取っていっていた。
ありがとう。声にできない感謝をひっそりと届ける。
綺麗にこの想いを片付けよう。そして、いつか黒歴史だったと笑い飛ばせるようにしよう。
 そうやって、パソコンをシャットダウンしようとマウスに手をかける。
 ピコンッ。
 間抜けな通知音。最後に相応しくないこの音を僕は密かに楽しみにしていた。これが、小説家になりたいのユーザーにとって一番嬉しい音なのだ。
 一度、電源のアイコンをクリックしそうになっていたマウスから手を離し、その通知の黒いバナーを見る。慌ててカーソルをそれに合わせてクリック。
 メッセージページを開くと、最新のものが一件。件名は招待状だった。

「感想じゃないのか」

 投稿してすぐのタイミングだったから、今年はあまりなかった感想なのかと期待してしまったが違うようだ。はて、なんのメッセージだろうか。

 内容は件名通り、招待状であった。

『オフ会をします。よかったら参加しませんか』

 本文はこれだけ。あとは参加費と場所、参加予定メンバーなどの詳細が記載されていた。

「やめるのに、オフ会は参加するなんてないだろ。こいつ絶対、僕の小説読んでないな」

 遠慮します。たった一言だけを返すと、元から送る文章を用意していたかのような速さで返信が来た。

『来ていただけない場合は、こちらから伺います。三筆高校一年の天野時雨さん』

 全身を寒気がおそった。最後に書かれていたのは僕の本名。見慣れたその名前が強制的だと、そして僕のことを逃がさないぞとそう言っている。ペンネームが時雨をひらがなにしただけなので、同じ高校か近くに住んでいる人間なら簡単にわかるだろう。指定されたカフェが近所にあることからもどちらかであることは確かだ。
 素性がバレていることは問題じゃないが、強制的であることは明白。さすがに家に来られても困る。
 くそ、誰だよ。この宮内涼雅とかいうやつ。
 メッセージの送り主の宛てを考えるが、どうにも長年ぼっちをしている僕には思い出すことは叶わない。

「仕方ない。行くしかないか」

 それ以外の選択肢が見つからなかった。幸いそのカフェに歩いて行くことができたので、お金の心配はいらなかった。
 突如として生じた謎にため息をつきながら、僕はパソコンを閉じた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ