狂人 3
仕事を引き受けてから、五日が経った。未だに仕事を始められないでいるルクソードに、ルイは苛立ちを隠せなくなっていた。
「おい、いつ向かうんだよ。」
「……出発したいんなら、仕事もらってくるなよ。」
うんざりとした面持ちのルクソードは、睨む気力さえないようだった。
仕事を早く片付けたいと願う反面、お金を貢いでくれる依頼者の訪問を断れないでいるルイは、ルクソードに八つ当たりをしていた。
自分を責めることは絶対にしない、自称お気楽人間。愛しい人を自分の思い通りにしたいという強い独占欲も持ち合わせており、お金にもうるさく、まるで小姑の様な人間だ。
「俺は決して悪くない。依頼してくるほうが悪いんだよ。……さっき渡した依頼なんてさ、5百万Hも出してくれたんだぜ? 前金だぞ、しかも! 断れる訳ねぇじゃん。」
「お前が断ってくれないとどうしようもねぇだろ。だいたい、こんなんじゃいつまで経ってもフィアンセと会えないんじゃねぇの?」
あ! と声を張り上げて気づくルイは、途端に涙目になり「そういやもう五日も会ってねぇ……」と落胆した。
喜怒哀楽の激しい性格は、ルクソードをいつも振り回していた。しかし幼少時から付き合ってきた腐れ縁だとルクソードは思い付き合ってきていた。
「……アルってば、何でいつもしかめっ面? 疲れない?」
「別に」
素っ気無く返すルクソードに、ルイはめげずにかまい続けていた。
人と関わることに慣れていなかったルクソードは、しつこくかまってくるルイとどう接すればいいのか迷っていた。特に話をしたいとも思わず、ただ与えられた仕事をこなす生活を送っていたルクソードに対し、お喋りが大好きなルイは一人でも喋っていた。
「ルクソード……そろそろ行くぞ」
「はい」
「じゃぁな、アル! また会おうな〜」
あれから10年後、再び俺はAnuに戻りルイと出会った。
引き受けていた仕事を全てルクソードが断り、お金も返し、Mren Ticaへ行く為の支度を始めだした。といっても砂漠越えに必要な水分と食料ぐらいで、他は野宿の時の為の毛布を一枚のみ。
「……名前だけじゃなくて、準備すんのも女みてぇに遅いのな、お前。」
「うるさいぞ、アル! 人のコンプレックスを抉るんじゃねぇよ。」
女の様な名前だと、ルイはいつも怒っていた。何故男なのにこんな女々しい名前なんだ…と。
誰にでもあるコンプレックス。ルイは名前、ルクソードは――…
「行くぞ……」
暗がりに紛れ二人の男は姿を眩ました。
何かが起こりそうな……そんな予感を与える様な静かな月夜であった。
***
躍動の朝と共に、二人の男は静かに目を閉じ眉を寄せた。
「おいおい……マジかよ」
ルイが発した言葉には、嫌悪が感じられた。何かとてつもなく危険なモノが迫ってきている様な――…
「……さっき、丁度いい岩場があったろ。あそこまでダッシュだな。」
「うへぇ〜」
いやいやそうな声を出しながらも、迫り来る危機の恐怖には適わず。岩場まで走り出した。
ゴウ……
地鳴りが足を通じて体に浸透する。気味の悪い感覚は止め処なく押し寄せ、二人を恐怖で包み込む。
「早くしろ、ルイ! 死にたいのか!」
砂漠の柔らかい砂に足をとられ、思うように走れないルイに苛立ちながらもその身を案じていた。決して言葉や態度で表すことはないが、二人は深いところで繋がっていた。
砂嵐に巻き込まれ生きて抜け出せるのは、余程の強運の持ち主か、心身を鍛えたてだれぐらいである。都市から都市を移動する商人でさえ、砂嵐に巻き込まれれば一たまりもなく息を絶つだろう。
しかし安全の為といい砂漠越えを拒むのは、プロとはいえない。死ぬものがいようといまいと商売を続けるのがプロだ。身を案じるばかりでは儲けは少ないらしい。それに商人だからといい体を鍛えていないわけでもない。危ない相手との商談もあるのだから、それなりに鍛えてはいる。いい客を相手にするには、それなりの腕と信頼とが必要不可欠で、客のニーズに合わせて自ら商品を取りに行くこともある。そこでいい品を渡せば知名度も上がり儲けも増す。
いい商人とは、凄腕である必要があるのだ。
砂嵐が近づいた。耳をつんざくような地響きと、舞い上がる砂。その砂は容赦なく二人を包み込み、襲い掛かった。
「コレ被りな、アル。」
「ん」
お互いを気遣いながら嵐の中でただ待った。
嵐が過ぎるのを待つ間は何もすることがなく暇であった。
隣にいるのが綺麗な女の人ならまだしも、ただの男。つまらないな。と、そんなことを考えていたルイはふと、ジャックを思い出しアルに抱きついた。
「っおい、何考えてる! 離せ、ルイ。」
「……あぁ〜、何で隣にいるのがアルなんだぁ!」
少々とち狂ったルイはただ、愛しいジャックの名前を呼び続けた。
***
「…………。」
「……なぁ、アル……いい加減、機嫌直してもいいじゃん? なぁ!」
「………………。」
「なぁ、アルってばぁ!」
無視を続けるルクソードに対し、ルイは強硬手段ともいえる手をとった。
「どりゃっ!」
「………………阿呆か、お前。」
ルイはアル目掛けて突進、そのまま砂の中へ。
何をしようとしたのか。それはルイの頭の中でしかわからない。
「なぁ、アル」
「何だ」
砂漠では、太陽による灼熱地獄が待ち受けている。昼間は特に暑いが日が暮れれば嘘の様に寒くなる。寒暖の差が激しく途中で体調を崩すものがほとんどで、死者も多い。
「やべぇよ、俺」
「は?」
そう言うルイの声はとても弱く、ルクソードは耳を疑った。今の今まで強気でいたルイが、弱気なのだ。
珍しいこともあるもんだと思いルイの方を見れば、ルイは衰弱していた。
「お前……汗かいてる……」
砂漠での汗は非常にまずい。汗をかけば体中の水分が失われ、眩暈を起こし、そのまま息絶えることもある。
それを見たルクソードはすぐさまルイを座らせ、水を与えた。
「……手間のかかる奴だな。」
「うるせぇぞ、ガキ」
「置いてくぞ」
「………すみません」
日差しからルイを守るため、ルクソードは立ち上がり影をつくった。こんなので熱が防げるわけではないが、少しはマシになる。
人を殺す暗殺者は、仲間と……身内と認めたものにはとても優しく接し、それ以外は切り捨てる。それがAUNの人間の特徴だ。平気で人を傷つける様な人間でも、身内には甘くなるのだ。
ルクソードのルイに対する態度は、標的には見せない。標的に見せる顔を、ルクソードはルイに見せない。それが絆。
ルイもまた、ルクソードに見せていない裏の顔を持っている。
「もう平気だ、落ち着いた。」
「行くぞ――…」
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