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転校少年
作:菜田出ココ太



第三話 鬼の棲む島  十三


 十三

 綾音あやねは、長い髪を後ろで束ね、薄く白い単衣ひとえを身にまとい、境内の青い空間にただ一人立っていた。
 あんずと桃樹、そしてひなたの三人は、慌てて彼女のもとへ近づく。
「ちょっと綾音、どうしてそんな格好してるのよ。一人なの?」
 既に自分の運命を待つだけの綾音は、心も、その態度も、落ち着いていた。彼女は、ひなたの掛けた言葉を無視して杏に向かう。
「やっぱり来たのね。でも、もう遅いわ。今年、誠さんに捧げられるのは、このわたしなの。あなたはもう邪魔をしないで、お願い」
「ちょっと綾音。『誠さん』って、そんな……先生に何捧げるのよ」
 そう言ったひなたの眼前に、薙刀なぎなたの刃が光った。
「ひっ!」
「お前は黙ってろ。うるさい」
 杏はひなたを制すと、前に出た。
「綾音、お前は勘違いをしている。儀式は神の為にあるものじゃない。あの儀式は、鬼の欲望を満たす為の醜いものだ!」
 杏が叫んでも、綾音の落ち着いた態度は変わらなかった。
「勘違いしているのはあなたの方よ、杏ちゃん。これは神聖な儀式なの。疑うなら、見せてあげてもいいわ」
 綾音は、すっと後ろを向いて歩き出した。
「他の二人も、見たいのなら、おいでなさい」
 杏に続き、『他の二人』と、言われた桃樹とひなたも、綾音に付いて歩き出す。
 綾音は無言のまま、神楽殿かぐらでんの前を通り過ぎた。
「おい、儀式はここじゃないのか?」
「今年は特別なの。こっちよ」
 杏の問い掛けに綾音の背中は答えて、神楽殿の裏に回り、少し小さめの蔵のような建物の前に来て止まった。観光客向けの立て看板には「神庫じんこ」と書かれてある。
 そこは、杏でさえ入った事のない建物だった。
 その入口は開け放たれており、左右には小さな松明が二つ燃えていた。その炎の影が怪しくうごめき、不気味な雰囲気を漂わせている。ひなたは気味が悪くなり、思わず桃樹にしがみ付いた。
 綾音はためらいもせず、階段を上り草履を脱いで中に入った。杏と桃樹も草履を脱ぎ、ひなたもペンションから勝手に履いてきたつっかけを脱いで中へと上がる。
「ちょっと、真っ暗で何も見えないじゃない」
 桃樹にしがみ付いて震えるひなたに、綾音は、「ふふ」っと笑うと、
「ごめんなさい。いま灯りを点けるわ」
 そう言って入口へ戻る。――と、思った瞬間、綾音は素早く外へ出た。
「あっ!」
 杏と桃樹が同時に気が付き、慌てて外へ出ようとしたが――
 バターン!――
 その前に何者かによって扉が閉められ、「ガチャン」と、いう音と共に錠前が掛けられた。
「しまった! 綾音、騙したな!」
「……ごめんなさい、あなたに邪魔されたくないの。悪いけど、朝までここにいてちょうだい。じゃあね」
 扉の中から叫ぶ杏に、綾音は最後まで落ち着いた声で言うと、その前を離れていった。
 そして別の気配が、扉の向こうに現れた。
「悪いが杏、朝になったら出してやるから、今晩はそこで大人しくしておれ。その方がお前さんの身も安全じゃ」
 その声は、桃樹達が昼間おみくじを買った神主のものだった。どうやら扉を閉めた共犯者は彼らしい。
 ドン! ドン!―― 杏は扉を叩く。
「おっちゃん、出せ! 綾音を返せ!」
「杏。これは、あの子が望んだ事なんじゃ。それに、誠もな」
「ウソつけ! 兄ちゃんはそんな事しない。兄ちゃんは、今度こそ自ら鬼を殺すって、あたしに約束したんだ!」
 扉の向こうの気配が、一瞬殺気を帯びたのを桃樹は感じた。
「誠め、まだそんな、たわけた事を言っておるのか。しかし、所詮イレモノに自分の意思を持つ事は出来ん。無駄な事だ」
「うるさい! 兄ちゃんがあたしにウソなんか付くもんか!」
「ふっはははははー」
 神主は笑った。その笑いに、あざけりを含んで。
「杏。お前も不憫ふびんな娘じゃな。みんなに騙されている事に気付きもせんで。――お前はな、実は静子の子ではないんじゃ。お前の本当の母親はな、お前が生まれてすぐに、誠が殺したんじゃよ」
 杏の動きが止まった。
「わかったら、もう無駄な事はやめて、お前も鬼に仕える事じゃ。そうやって我々は、この地で生き長らえて来たんじゃから。そこでよく考えておくんだな」
 そう言うと、扉の向こうの気配は遠ざかって行った。
 杏は扉に手を付いたまま、そのままずるずると、崩れ落ちた。
「兄ちゃんが、母ちゃんを殺した……」
「ちょっと、どういう事よ、先生って人殺しなの? 鬼ってなによ」
 ひなたは訳のわからない事態に、とにかく話さなければ気が済まなかった。しかしその問いに答えられる者はいない。
「兄ちゃんが……」
 杏は薙刀をそこに置き、ふらふらと立ち上がる。そして扉に背を向け十歩ほど中へ進むと、ゆっくりと振り返った。
「うわああああ」
 ドン!―― 杏は突然走り出し、扉に体当たりした。
 しかし、小さい彼女が体当たりしたところで、扉はびくともしない。逆に杏は跳ね飛ばされ、床に転がった。
「ちくしょう!」
 杏は尚も立ち上がり、助走を付けて扉に体当たりをした。
 ドン!―― だが、結果は同じだ。
「ちく……しょう……」
 杏は涙声になり、それでも立ち上がると、またも走る。
 見かねた桃樹は扉の前に躍り出て、体当たりをする杏を抱き止めた。
「やめろ! そんな事で開けられるような扉じゃない!」
「うるさい! 離せ! バカヤロー!」
 杏は無茶具茶に暴れたが、桃樹は力ずくで押さえつけた。それでも杏は桃樹に対し、殴る、蹴る、噛むをやめようとしない。とうとう桃樹は杏の腰を払いその場に倒すと、上から押さえ付け、彼女に柔道の固技かためわざである、袈裟固けさがためめた。
「きゃっ、桃樹ったら、とうとう押し倒しちゃったわ」
 イマイチ事の深刻さがわかっていないひなたは、呑気にそう言うと、二人の傍らにしゃがみ込む。
「お、おい、お前、このバカヤローをどかせてくれ」
 杏は自分の力だけでは、どう頑張っても桃樹の抑え込みが解けない事がわかり、ひなたに助けを求めた。
 ひなたは二人の姿をまじまじと見る。暴れたせいで杏の白衣ははだけ、右の乳房があらわになっていた。しかし桃樹は杏の左腕を極めている為、その位置からは見えない。
「えー、まあ、この状況だけ見れば、どう見ても桃樹が婦女暴行してる様にしか見えないし、助けてあげてもいいけど……」
「こ、こら、ひなた、さっきから見てただろ!」
「まあね。でも……」
「『でも』じゃねぇ!」
「あー桃樹に犯される! 助けて!」
 杏も悪乗りして来た。
「そーね。もう杏ちゃんもわかってるみたいだし、離してあげなさいよ桃樹」
 桃樹は、いつの間にか自分が悪者になっている事にムッと来た。
「うるさい! こいつを甘く見るな。離したら何するかわかんねぇぞ!」
「もう、桃樹も聞き分けないわね」
 ひなたは、なぜかここまで持って来ていたお菓子の袋を、桃樹の顔の前で開いた。
「うわっ!」
 桃樹はその匂いに、また気分が悪くなる。その反応を見た杏の顔が明るくなった。
「おっ、なんだそれ。もっとやってやれ!」
「そ、そう? でも何か面白いわね。ほら!」
 ひなたは、袋を桃樹の顔に被せた。
「うぐぐぐ、やめてくれ!」
 スポッ―― ひなたは袋を外す。
「よーし、もう一息だひなた!」
「杏! 今度ひなたがそれやったら、おれ、お前の顔にゲロ掛けるけど、いいのか……」
 やられっぱなしの桃樹は、真っ白な顔で反撃に出た。
「えっ、そ、それはやめろ!」
「いや、もうだめだ。悪い、ううっ」
 桃樹が今にも吐きそうなのは、顔色を見ればわかる。杏はパニックになった。
「うわー! やめてくれー! 離せー」
「じゃあ、もう暴れるのはやめろ。落ち着いて、三人で、ここから出る方法を考えるんだ。わかったな」
「わ、わかった。そうするから、吐くな!」
 バタッ―― 桃樹は、杏の抑え込みを解くと横に倒れた。そして、「ごろごろごろ」と、部屋の隅に転がる。
 桃樹と杏は、二人とも肩で息をしていた。
「ひなた、どうしてお前、そんなもの持って来たんだ」
 桃樹は隅で、どうにか吐き気を堪えると、背中を向けたまま言った。
「へっ、ああ、何となく」
 ひなたは杏の白衣の乱れをそっと直す。杏は起き上がり、桃樹をそんなにも苦しめる物が、一体何なのかを知ろうと、その袋を覗いた。
「なーんだ。ただのお菓子じゃないか。えっ、でもこんなの知らないな。新発売か?」
 杏は、目の前の色取り取りのお菓子に気を取られ、一瞬今の状況を忘れてしまった。
「えー知らないの? これってだいぶ前だよ」
「でも、あたしそんなの食べたことないぞ。なんでナッツとグミが一緒になるんだ」
 ひなたは袋から、そのアーモンドグミチョコを取り出すと杏に手渡した。
「じゃあ、あげるよそれ」
「えっ、いいの。ありがと」
 ひなたは、お菓子ぐらいで目を輝かせてる杏が、なんだか可愛くなってきた。さっきは二人が絡みあってる姿に、理由はともかく、無性に腹が立ち桃樹をいじめてやったが、この子はなんだかいじめる気にはならない。ひなたはもう一つ、取っておきのお菓子を取り出すと杏に渡した。
「へへっ。じゃあこれも知らないでしょ。最近出たばっかりなの」
「えっ、なんだ。『激辛イチゴ味』ってどんな味だ。すごいな」
 桃樹は匂いがしないように、離れた場所で転がっていた。いつの間にか仲良くなった二人の会話は微笑ましいが、内容は聞いただけで吐き気がしそうだ。しかし、今はまだマシと言える。彼女達がお菓子を開けて食べ出したら、匂いが充満してとても息が出来る状況じゃなくなるだろう。桃樹は、それだけは阻止しようと起き上がった。
「おーい、杏、今はやめとけ……」
 桃樹は振向き、隅から力ない声で言ったが、時既に遅く、杏は二、三個のお菓子を開け、ほおばっていた。
「おい桃樹、お前もそんな隅にいないで、食べろよ。すっごくおいしいから」
 杏はツカツカと桃樹のところまで歩き、「あーん」と、言ってお菓子を差し出す。桃樹はさっきので峠を越したのか、吐き気は襲って来なかったが、やはり食べる気にはならない。「いらねーよ」と、桃樹が言うと、「あっそ」と、言って杏は自分で食べ続ける。
 桃樹はそんな彼女を見ると、なぜか笑いがこみ上げた。
「なにニヤけてんだ桃樹、気持ち悪いぞ」
「うるせーよ」
 そして桃樹は、杏の頭をグリグリと力を込めてなでる。
 ひなたは、そんな二人の様子を見て溜め息をついた。
 彼女は立ち上がる。そしてお菓子の入った袋の中に向かって、なぜか「ごめんね」と言った。実はそのお菓子は、桃樹の部屋に夜這いを掛けると言ったひなたに、同室のみんなから、『じゃあがんばってね』と、言われて持たされた餞別だったのだ。
 ひなたは二人の所まで歩くと、お菓子の袋を杏に渡した。
「それ全部あげる」
「えーいいの。お前、いいヤツだな」
 ひなたはそれを聞いて、雑誌の記事を思い出して少し悲しくなった。
 ――女でも男でも、同姓に「いい人」と、言われる人は異性には縁がない……
「杏ちゃん。そんな事言わないで……」
 杏と桃樹は、すっかりテンションが下がってしまったひなたの様子に、顔を見合わせて首をひねった。
 その時だった――
「いやあああああああー」
 神楽殿の方角から、綾音の絶叫が聞こえた。












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