転校少年(35/50)PDFで表示縦書き表示RDF


転校少年
作:菜田出ココ太



第三話 鬼の棲む島  十二


 十二

 ついさっきまで大騒ぎしていた浴場の声は、消灯時間になったせいで、今はそれぞれの部屋の中で、ひそひそ話の声に変わっていた。
 もちろんそれは、岡町女子学園一年二組の生徒達の事である。
 桃樹はと言うと、そのずっと前から、薄暗い部屋で一人布団に横になっていた。
 額のタオルは、もう体温と変わらない温度にまでなってしまい、桃樹はそれをテーブルに置くと、上体を起こして時計に目をやった。
 時刻は、二十三時を少し過ぎたところだ。
 夕方、誠の記憶を見て意識を失い掛けた桃樹は、彼に肩を貸してもらい、やっとの思いでペンションに戻った。しばらくすると気分も良くなり、普通に働いていたのだが、生徒達が戻り夕食を摂り始めると、誠の記憶から聞こえたあの咀嚼そしゃく音が蘇り、吐き気が止まらなくなった。それでも何とか働いていた桃樹だったが、余りの顔色の悪さに、加奈子ばあさんに部屋で休むように言われ、あんずに、「役立たず!」と、罵られながら、今はこうやって布団に横になっている。
 桃樹は少し蒸し暑さを憶え、敷布団のシーツの冷たさを求めて反対側に寝返りを打った。するといつの間にか、すぐ横にもう一組布団が敷いてある。
 そう言えば、今日から杏もこの部屋で寝泊りする事になっていたのだ。桃樹は、いくらなんでも布団が近すぎると思い、起き上がって電気を点けると、自分の布団を部屋の奥へ移しその間にテーブルを置いた。
 桃樹はそこに肘を付き、溜め息を一つ漏らした。
 杏は少し前、風呂に行くと言っていたので、もうすぐ帰って来るだろう。案の定、こちらに向かい床を歩く音が聞こえ、部屋の前で止まる。するとなぜか、少し間があいて、「カチャ」と、ドアが開いた。
「ちゃお、ももきー、起きてる?」
 顔を出したのは、パジャマ姿のひなただった。
「あー、何だよ、ひなた。生徒はもう寝る時間だろ」
「なに先生みたいな事言ってんのよ、バカね。それより体調悪いんだって?」
 そう言いながら、ひなたはいつものようにズカズカと人の部屋に入り込んで、テーブルを挟んで桃樹の向いに座る。そして持っていた袋を、桃樹の目の前で開けた。
「はーい、お見舞いの差し入れ。みんながくれたんだ」
 その袋の中には、ひなたが同室のみんなからかき集めた、色取り取りのお菓子が入っていた。
 覗き込んだ瞬間、甘くてすっぱくてフルーティでカカオな匂いが桃樹を襲う。
「うっ!」
 桃樹は収まっていた吐き気がまた蘇り、布団にうずくまった。
「ちょっと、どうしたのよ、大丈夫?」
 ひなたはテーブルを乗り越えて横に座ると、桃樹の背中をさすりながら顔を覗き込む。その顔は、確かに血の気が引いて白い。
「もう、体調悪いって本当だったの」
「う、嘘言ってどうすんだよ……」
 桃樹が、必死で吐き気をこらえながら反論した直後、
「なんだ、体調悪いって嘘だったのか」
 声がした方に二人が振り返ると、部屋の入口に風呂上りの杏が立っていた。
「桃樹、せっかく人が心配してたのに……目を離した隙に、また女連れ込んでたのか」
 杏は今にも飛び掛って来そうな形相で、桃樹を睨みつける。
「ち、違う……」
 それに対し桃樹は反論しようとしたが、何分、余り話をしようとすると吐き気に襲われる。
「違うわよ。あたし、桃樹のお見舞いに来ただけよ。ほら! 見なさいよ、この桃樹の真っ白な顔。どう見たって体調悪いでしょ!」
 代わりにひなたが反論した。
 桃樹は、〈お前だってさっきまで疑ってたクセに……〉と、思いつつも、ひなたに心の中で一応感謝した。すると、杏は部屋に入って桃樹の横に座り、まじまじとその顔を見つめる。
「おっ本当だ。顔、真っ白だな。桃樹、カメレオンみたいだぞ。布団の保護色か?」
 杏の相変わらずの悪態に、ひなたが反応した。
「あはははははー。あなた上手い事言うわね、おもしろーい。そっか、それで桃樹はいつも夜這い掛けて来た女から身を守ってたんだ。『あれ、布団だけで、桃樹君いないわ』なんて、ぎゃはははは。あっ、そうじゃなくて逆に『布団だと思って寝たら桃樹だったー』なんて事してるかも。そんな訳ないか、あはははははー」
 桃樹と杏は、目が点になる。
 ひなたは杏の一言がツボにハマってしまい、勝手に増幅させて笑い転げていたが、一通り笑い終わると、急にむくっと起き上がった。
「ちょっと、そう言えば、そう言うあなたこそ、桃樹の部屋に何しに来たのよ。それに何、そのエッチな格好は!」
 ひなたが言った通り、杏の格好は、風呂上りで長襦袢ながじゅばんでも半襦袢はんじゅばんでもない、膝上二十センチぐらいの襦袢一枚きりだった。正座を崩した足の間からは、ショーツが丸見えになっている。
「えっ。あたし、寝るときはいつもこうだぞ。それに、今日からあたし、この部屋で寝る事になってんだ」
「な、何それ!」
 ひなたはふと、布団が二枚敷いてある事に気が付いた。どうやら杏の話は本当らしい。
「ちょ、ちょっと、そんな事許されないわよ。だ、大体、親はなんて言ってんのよ」
「ウチの親に、そうしろと言われたんだ」
「な、何ていう親かしら。親が許しても、あたしが許さないわよ!」
 杏は、叫ぶひなたの顔をまじまじと見つめた。
「お前、そんなにムキになって、桃樹の事好きなのか?」
 杏のストレートな一言は、ひなたの顔面に直撃した。
「な、ななな。そんな訳ないでしょ」ひなたは、スルスルと座ったまま後退した。「バカにしないでよ。あ、あたしはこう見えても、男になんか不自由してないわよ」
「じゃあ、何で部屋に来たんだ」
 杏は追い討ちを掛ける。
「そ、それはお見舞いと……そ、そうだ忘れてた!」
 ひなたは苦し紛れの言い訳でなく、本当に忘れていた事を思い出した。
「そうだ、綾音あやねがいなくなったんだ! 綾音ったら、トイレ行くって部屋出てったきり帰って来ないから、長いウンチだなーと思って……。あっ、この場合『長い』って言うのはウンチに掛かるんじゃなくって、時間の話だから、わかる?」
「いいから早く言え!」
「うん。それでトイレに行ったんだけどいなくて、他の部屋のみんなに聞いても見てないって言うから、あたし桃樹に相談しようと思って……」
「そういうのは先生に相談しろよ」
 桃樹はやっと声を出した。
「いないのよ、稲野先生も。部屋覗いたんだけど……」
「そうか、まだ早いと思ってたけど、もう始まるのか……」
 杏はすくっと立ち上がり、部屋の隅に乱暴に脱ぎ捨ててあった袴をはくと、立て掛けてあった薙刀なぎなたを手に取り部屋を出ようとする。
「おい、杏……」
 桃樹は呼び止めたが、杏は彼の方を見ず、ひなたに声を掛けた。
「お前、桃樹と寝たいんなら寝てていいから、大人しくここにいろ。綾音はあたしが連れ戻す」
 そう言うとドアを乱暴に閉めて出て行った。
「ちょっと杏ちゃん。そんな事言われても……」と、言いつつひなたの顔は思わずニヤける。「あたしだって綾音の事心配だけど……この場合、友情を取るか男を取るかと言われれば、常識的に男を取るのが普通よね。それが女ってものよ、そう思わない桃樹」
 ひなたは長い独り言の後、桃樹を振り返ったが、彼はもう立ち上がっていた。
「何言ってんだ。おれ達も行くぞ!」
「あー、やっぱり」
 二人も杏を追って部屋を出た。

 ―― そして、第一夜が訪れた。

 杏と桃樹、それにひなたの三人は、ペンションの勝手口から外に出て、丸太の階段を神社の境内へと上って行った。途中、何度もつまずきそうになったひなたは、薙刀を持ってスタスタと前を行く杏に文句をたれる。
「ちょっと、杏ちゃん。そんな物騒なもの持って、一体何があるって言うのよ」
 杏は答えず、無言で階段を上る。ひなたは自分が話さないと静かになり過ぎて怖いらしく、構わず一人で話し続けた。
「もう、何よ。あっ、そういや綾音ったらバスの中で、『稲野先生と結ばれる運命なの』なんて言ってわ。結局、先生と二人でどこか行ってるのよ。ちょっと腹立つけど、いいんじゃない先生と生徒だって――」
「だから、綾音の命が危ないんだ」
「えー、まさか。先生がそんな事する訳ないじゃない。そりゃ男だから、多少エッチな事はするかも知れないけど、命がどうとかって……ねぇ桃樹」
 ひなたは横の桃樹に救いを求めたが、彼の表情も固いものだった。
「いや……」
 桃樹は、杏が言った兄が鬼になると言う話、そのにわかには信じられない話が、その後見た誠の記憶により現実のものである事を知った。
 彼は鬼になり、そして人を喰らう。
『彼女の事を守ってやって欲しい』誠は桃樹にそう言った。そして、『私はただのイレモノに過ぎない』と、言った。杏は本当に鬼と戦えるのだろうか。そして自分は、その鬼から杏を守る事は出来るのか?
「ひなた……」桃樹は横を向いた。「やっぱりひなたはペンションに戻って寝てろ。何があるかわかんねぇし」
 返事は速攻で返って来た。
「いやよ。あー、そんな事言って、桃樹ったら杏ちゃんと二人になってエッチな事するつもりなんでしょ。そんなのあたしが許さないから」
「そ、そんな事する訳ないだろ」
 桃樹は言ったが、正直言って彼にもこの先何があるのかわからない。何もないかも知れないし、とんでもない事が起こるかも知れない。「もう、知らねぇぞ」桃樹はそう言って階段を上った。
 三人が境内に出ると、そこは、月明かりに満たされ、神秘的で青い空間が広がっていた。
 怖さを紛らわす為、話し続けていたひなたも、思わず息を呑み沈黙する。桃樹も深く息を吸い込んで、身体の中までその空気を満たそうとした。それは、そんな空間だった。
 その時――
「綾音……」
 杏は、真っ直ぐ神楽殿かぐらでんのある方角を見ると、そこに人の姿を認め、呟いた。
 後の二人も気付き、目を凝らすと、確かに綾音がそこにいる。しかし彼女は制服でもなく、パジャマでもなく、長い髪を後ろで束ね、薄く白い単衣ひとえを身にまとい、そこに一人で立っていた。
 それは、まるで神に捧げられる生贄のように。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう