第三話 鬼の棲む島 七
七
一年二組担任の稲野先生と委員長の石橋綾音、そしてその友達の中山ひなたは、同じ路線バスに乗って神来のバス停に降り立った。
それは、ちょうど桃樹が布団を取りに、正雄じいさんの部屋に入る数分前の事である。
「お前達、何で宿に戻って来るんだ。夕方までは自由行動だぞ」
稲野先生が不思議そうな顔で尋ねると、ひなたは馴れ馴れしく先生の腕に手を回して言い返した。
「自由だから何してもいーんでしょ。それより先生こそ、どうして戻ってくるの?」
「先生は、ここがご実家だから、きっと用があって戻って来てたのよっ」
それを見て綾音は、先生から強引にひなたを引き剥がす。
「じゃあ綾音は、何で戻って来たのよ」
「わたしもちょっと用があってね、戻って来たの」
「ふーん。なんか怪しー」
三人はバス道を反れ真っ直ぐの近道を歩いていたが、やがて稲野先生が立ち止まった。
「じゃあ、先生はこっちなんだ。お前達はこの細い道を行けばペンションの前に出られるから」
そう言って稲野先生は、桃樹が来たときに見逃した細い道を指差すと、自分は坂道を上がって神社の方へ行ってしまった。
「あれっ綾音、先生行っちゃったけどいいの? 先生目当てじゃなかったの?」
「そうだけど、今はそうじゃないの。ひなたこそ何よ、海で男漁りするんじゃなかったの?」
二人は細道を歩き出した。
「何言ってるのよ綾音。あたしにはあの宿の若旦那がいるじゃない。あの男子、『うめだももき』って名前なの。高一であたし達と一緒よ。朝ごはんの時に教えてもらっちゃったー。これは運命の出逢いよ」
「だからあの子バイトでしょ。で、あなたあの子と遊びに行こうっていう魂胆で戻って来たの。ダメよ、きっと仕事で忙しくて、あなたにかまってる暇ないから」
「それならそれでいいわよ。あたしあの子と一緒に、ここのお仕事手伝うわ。綾音の布団にはいっぱい画びょう仕込んどいてあげるから」
「ちょっとやめてよ」
そう言っている間にペンションの前へ出た。
「すいませーん」
二人が声を掛けたが返事がない。
「じゃあちょっとお邪魔しまーす」
ひなたが堂々と上がって行くのを見て、綾音も、「ちょっと待って」と、言いながら付いて上がった。
「ややっ」
ひなたは受付の奥の部屋のドアが開けっ放しになってるのを見て、そちらへ歩いて行った。綾音も、「どこ行くの」と、言いながら付いて行く。
「ここは客室じゃないから、従業員の部屋かしら」
「そうでしょうね」
部屋を見渡して言ったひなたに、綾音が答えた。
「やややっ」
するとひなたは、部屋の隅にあるボストンバッグを見つけた。
「これはもしかして、桃樹くんの鞄じゃない?」
そういってひなたは鞄に近づくと、おもむろにファスナーを開けようとする。
「ちょ、ちょっとひなた! 何するのよ、ドロボーする気?」
綾音は慌ててひなたの腕にしがみ付く。
「ち、違うわよ」
ひなたは真剣な眼差しで綾音の目を見据えて言った。
「あたしはずっと前から、世の中の男子の何割がトランクス派で、何割がブリーフ派なのかがとても知りたかったのよ。でも、どこで調べても納得した答えが得られず、ついに自分で統計を取る事を決心したの。これは崇高なる研究のためなのよ!」
綾音は目が点になった。
「あなた。前からバカだバカだと思ってたけど、本当にバカね。そんなの研究して何になるのよ」
「じゃあ綾音は、稲野先生がトランクスなのかブリーフなのか気になった事ない?」
「そ、そりゃちょっとは気になるけど……」
「ほら、そうでしょ。じゃあ――」
「ちょ、ちょっと待ってよひなた!」
鞄を開けようとしたひなたを、綾音は再度制止する。
「男の人って、袴の下はパンツはかないんじゃなかったっけ?」
「ええっ、じゃあ桃樹くんってもしかしてノーパン? んー、でもそれって剣道とかする時だけじゃなかったっけ……あっ、もしかして、フンドシじゃないの?」
彼女達の妄想は止め処ない。
「ええい、悩んでたって仕方ない。真実はこの中にあるのだ!」
ひなたは鞄のファスナーを開ける。二人は生唾を飲み込んだ。しかし、一番に二人の目に入ったのは、下着ではなく、一枚の紙であった。綾音はその紙を手に取り、広げた。
「あっ、これは!」
「あれ、お前ら、何してんの?」
そこに布団を抱えた桃樹がやって来た。二人は慌てて取り繕ろうとするが、もう間に合わない。桃樹は布団を置いて二人を覗きこんだ。
「あ、それ、おれの鞄じゃあ?」
「いや、ちょっと、パン、パン……んぐっ」
綾音はひなたの口を塞ぐと、手にした紙を広げ開き直った。
「あ、あなただったのね。わたし達に脅迫状を送りつけた犯人は。これが動かぬ証拠よ!」
そう言って綾音が広げた紙は桃樹が父親から預かった脅迫状のコピーだった。桃樹は内心、ヤバイ物が見つかったと思ったが、今はとぼけるしかない。
「それ、コピーだろ。何でそれ持ってるからっておれが犯人なんだよ。第一そんな脅迫状送りつけて林間学校が中止になったら、バイトのおれは困る訳だし……」
下手クソな言い訳で誤魔化そうとする桃樹だったが、取り繕ろうとしているのは向こうも同じで、彼女達の勝手な想像により彼は救われる事となった。
「犯人じゃないとしたら、あなたもしかして探偵さん? この脅迫状の犯人を捜す為にアルバイトとして潜り込んでいるのね」
「いや、おれ、高校生なんだけど……」
綾音はすぐに切り返す。
「じゃあ、あなた探偵学園の生徒なのね。夏休みの課題で、事件を一つ解決しないと進級できないんでしょ」
「そうか、じゃああたしも、捜査に協力してあげるよ」
ひなたは桃樹に擦り寄った。
その様子を見た綾音は、逆に部屋の出口に向かい、
「それじゃあひなた、後はよろしくね。わたしは用があるので、これで……」
そう言って、一人で部屋をすたすたと出て行ってしまった。
置き去りにされたひなたと桃樹は、またも顔を見合わせていた。
ひなたを置いて桃樹の部屋を逃げ出した綾音は、正面の入口からペンションを出た。
「ふう。危うく変態の仲間にされちゃうところだったわ」
そう言って建物の外周を歩くと裏へ回る。
「あっ、いた」
綾音は正雄じいさんを見つけて駆け寄った。じいさんは裏の木の椅子に座り、破れた網戸を補修する為に、戸の木枠から網を剥がしていたところだった。
「川西のおじさん。こんにちは」
正雄じいさんは、声のした方に向いて目を細めた。
「ああ、あんた綾音ちゃんじゃな。久し振りじゃな。と言っても来てたのは知っとったけど、みんながいるから声掛けられなかったんじゃ」
「ふふっ。いいよ、そんな事。それより……」
綾音は、正雄じいさんの目の前まで来て止まった。
「今日、上の神社であるんでしょ。四年前と同じ――鬼の儀式が……」
綾音がそういった途端、正雄じいさんの顔色が変わった。手を止め、綾音の顔を見上げる。
「お、お前さん知ってるのか……」
「そりゃ、わたしだってこの島の出身だから、あの神社の伝説というのも、少しぐらいは知ってるわ」
正雄じいさんは、動揺は隠せなかったが、気にしない素振りで、また前を向いて作業を始めた。
「知っとるなら、今日は大人しく寝ている事だ。朝起きれば全て終わっとる」
綾音はしゃがみ込んで、正雄じいさんの顔を覗きこんだ。
「わたしその儀式に出るわ。わたしをその儀式の生贄にしてちょうだい」
また、じいさんの手が止まった。
「あんた……本気で言っとるのか」
「ええ、その為にわたしは今まで純潔を守って来たんですから。私の身体を稲野先生に捧げる為に――」
「そこまで、知っておるのか……」
正雄じいさんは、しばらくその綾音の目を見つめて考え込んでいたが、やがて道具を置き、立ち上がった。
「わかった。じゃあ、こっちに来い」
じいさんは、やりかけの木枠をそこに置いたまま、丸太の階段を神社へと上って行った。綾音は言われるがまま、その後ろを付いてゆく。
二人の姿は、林の中へと消えて行った。 |