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転校少年
作:菜田出ココ太



第三話 鬼の棲む島  一


 一

 彼は客船のデッキの上で、潮風に吹かれながら遠ざかる陸地の灯りを見ていた。船が向う先は真っ暗な海だ。
 客船と言っても、いわゆる「豪華客船」ではない。五千トンクラスの中型の客船で、フェリーと違い車は積んでいない。
 定刻の二十二時半に港を出た船は、ゆっくりと港を離れ、やがてスピードを上げて海の上を走っていた。それでも、その船が目的地に着くのは、明くる朝の五時過ぎとなる。
 先程から一人デッキの柵にもたれ、なごり惜しそうに遠くの陸地の灯りを見ていた梅田桃樹うめだももきは、それが見えなくなると、うなだれるように視線を落とした。そして眼下で揺れている真っ暗な波を見つめていたが、思わず吸い込まれそうになり慌てて顔を上げる。
 そして「何で……」と、彼は独り言を呟いた。「何で、こんな船に乗ってんだろ、おれ」
 別に彼は、記憶喪失である訳でもなく、理由も知らずこの船に無理矢理乗せられた訳でもない。ただ、そう呟きたくなる理由は、今日の昼、彼の家での出来事の中にあった。

 昼食を終えた桃樹は、いそいそとリビングに広げた荷物を、鞄の中に詰め込んでいた。
 夏休み真っ只中の彼は、二日前に大学の柔道部の合宿から帰ってきたばかりにも拘わらず、今度は明日から始まる別の大学の剣道部の合宿に参加する為の準備に追われていたのだ。
 と、言っても、彼は大学生ではなく、まだ高校の一年生である。
 普段彼は警察署内の道場で、柔道と剣道の両方を掛け持ちでやっているのだが、夏休みに入った直後、同じ道場に通う警察官の先輩に、出身大学のクラブの合宿に一緒に参加しないかと誘われた。若者らしい趣味も持たず、学校に親しい友人も居ず、高校でクラブにも入っていない彼は、当然夏休みの計画がある訳もなく、二つ返事でそれを了解し、合宿に参加する事となった。
 趣味はともかく、彼が親しい友人も居ず、クラブにも入っていないのは理由がある。
 それは、彼が普通の高校生ではないからだ。
 梅田桃樹は、警視庁・科学警察研究所に籍を置く父、梅田俊松の指示により、事件の起きた高校に転校して、学校の内部から事件の捜査を行っていた。そして事件が解決すると、また別の学校に転校する。彼はそうやって学校を転々と変えてゆく為、友達もなく、クラブにも所属していなかった。彼が今、在籍している高校は、警察OBの関係者が理事を務めており、彼がどこへ転校しても戻れるようになっていて、母校でもあり、単なる繋ぎの為の学校とも言えた。
 大学のクラブの合宿は当然それなりにキツかったが、この一学期間、実践はともかくあまり練習の出来なかった桃樹は、捜査の仕事がない夏休みに、一学期分の遅れを取り戻そうと意気込んでいた、筈だった。
「ももひ、また、がっしゅふなの?」
 口にアイスをくわえたまま、桃樹の姉、さくらは、ソファーの背もたれから身を乗り出した。
「そうだよ、ねーちゃん。今度は剣道部の」
「じゅるっ」さくらはアイスをねぶると、「あんたも好きねぇ。そんな男くさーい所ばっかりいたら、カビが生えるわよ。たまには海とかプールとか行けばいいのに」
「そんなでもないよ。今度は女子剣道部も合同で合宿するらしいし……」
 桃樹はまた、致命的ミスを犯した。
「ふーん」
 いつの間にか、さくらは桃樹の後ろに腕を組んで仁王立ちをしていた。座っていた桃樹は、何かの気配に上を見る。そのほっぺたをさくらが思い切り両手でつねって引っ張った。
「いてててて、何すんだよねーちゃん!」
「あんた、どうりでニコニコしてると思ったら、女目当てだったのね!」
「ち、違うよ、そんな、大学の女子剣道部なんて、怖くて近寄れないって!」
 桃樹はその女子剣道部を知っていた訳ではなかったが、適当な事を言って姉の攻撃をかわす。
「ふーん、でもそうよね。同級生の女子にだってナメられてるあんたが、大学生相手に何も出来る訳ないか」
「ぱちっ」さくらは桃樹のほっぺたを離した。
「そうそう」桃樹はほっぺたをさすりながらうなずく。
「でも逆に、その女子剣道部のおねーさんに捕まって、ひどい事されるかもよぉー」
「ははは、そんな事ないよ」
「あるわよ」さくらは真顔で言う。
「わたしだって去年、大学の格闘技サークルの合宿に参加した時は、かわいい男子捕まえて、みんなでリンチだーって言って、女風呂で裸に剥いて遊んだりしたもの」
「げっ」桃樹は女子大生という存在に恐怖を憶えた。それは全く一般的常識とは掛け離れていたが……
「されるわよ〜。ぜーったいあんたも」
「変な事言うなよ、ねーちゃん」
 引っ張られ赤くなったほっぺに、情けない表情をした桃樹を見たさくらは、その顔が無性に可愛いらしく映り、思わず飛びついて押し倒した。
「あ〜ん。わたしも桃樹を剥いてみたーい」そういって頬をすり寄せる。
「やめてよ、ねーちゃん。おれは普通に合宿に行くんだから」
 姉から必死で逃げようとする桃樹の頭が、何かに当たり止った。見上げると、父の俊松だった。まだ昼過ぎだというのに帰って来たのだろうか。
「すまんが桃樹、その合宿への参加は中止だ」
「えーっ」
 桃樹は上体を起こして振り向く、さくらも桃樹から離れ胡坐あぐらを組んだ。
「なんでだよ、オヤジ」
「これだ」
 俊松は持っていたB5サイズ程の冊子を、桃樹の前に投げた。桃樹がそれを拾い上げようとすると、すばやく横からさくらが奪い取る。
「なになに、『岡町女子学園 夏の林間学校のしおり』――何これ?」
「桃樹には、今度そこの捜査をしてもらう」
 俊松は極めて真面目な顔で言ったが、
「ぶはははははー」さくらはひっくり返って笑った。
「って、ここ女子高じゃない。どうやって桃樹が潜入するのよ。あっ、わかった。お父さん、桃樹に女装させるつもりね。そーか、じゃあわたしも手伝うわ。一回やってみたかったのよね、ふふふふ、きっと可愛いわよ。でもちょっと背が高過ぎるのよねーあんたって。でも――」
 バシッ! 俊松は持っていたもう一冊の雑誌で、さくらの頭を叩いた。
「お前はうるさい。俺が話出来んだろ」
「いたーい、おとーさん。もう! あれ、何それ?」
 さくらは自分の頭を叩いた雑誌を見る。それは求人情報誌だった。
「桃樹にはアルバイトをしてもらおうと思ってな」
「なーんだ、そういう事か」
 さくらは立ち上がって父から雑誌を奪い取ると、折り目のページの赤丸の入った欄をみた。
「なになに、『ペンション・リバーウエスト アルバイト募集』って、ふーん。ええっ、時給六百二十円って、やすっ。これって法律違反じゃないの?」
「いや、あそこは離島特例で一応最低賃金ギリギリだ。とにかく時給は関係ない。小遣い稼ぎの為にやるんじゃないからな。桃樹はこのペンションにアルバイトとして入って、ある調査をして欲しいんだ。宿の主人には連絡はしてある。明日から働けるそうだ」
「離島? 明日から? 相変わらず急な話ね」
「仕事は明日からだが、移動は今日の夜だ。夜もう一度迎えに来るから、それまでに準備しておけ。後の事は、その時、車の中で話す」
 言い終えると俊松はリビングを出ようとする。
「えっ、今日の夜移動って、これ一体どこなの?」さくらは雑誌にあるペンションの住所を見た。
「み、三竹村神来みたけむらかみき? 三竹村って、あの三竹島? あそこって空港もないし、船じゃないと行けないじゃない」
「そうだ。だから今日の夜、船に乗ってもらう。二十時迄には迎えに来る。あ、それまでにそのアルバイト先に履歴書をファックスしておいてくれ」
「なんだ、そんなのわたしがやって置くわ。桃樹は準備しないとね」
「そうか、じゃあ頼むさくら。ただし……」俊松はさくらに釘をさした。「お前は付いて行くんじゃないぞ。さくらにはちゃんと別の仕事を用意してある」
「えー、そうなのぉー。なんだつまんない!」
 さくらの驚く顔を見て、桃樹も驚いた。どうやらこの姉は、最初から付いて来るつもりだったらしい。
「どっちにしろ今回は、さくらには不得意分野だ。付いて行っても役には立たん」
 俊松は意味深げな言葉を吐くと玄関に向かう。その途中、リビングに広げてある桃樹の合宿の荷物に目が止まった。
「桃樹」
「えっ」桃樹は久し振りに返事をした気がする。考えてみると、彼本人の事でありながら、喋っているのは父と姉だけで、当人は蚊帳の外だ。ただ、いつも通りと言えば、それまでなのだが。
「その竹刀、持って言った方がいいかも知れんな。それと出来れば木刀も」
「あ、ああ……」
 俊松は、またも意味深なセリフを残し、玄関を出て行った。

 桃樹は車の助手席から、流れる夜の街灯りを見ていた。
 久し振りに乗った父の車は、それなりのスピードは出ていたが挙動は穏やかで音も静かで、桃樹はその車のグレードも値段も知らなかったが、かなりの高級車に乗っている気分だった。しかしそれは姉の車、姉の運転と比較しての事ではあったが……
「一体、その女子高の林間学校で何があるんだ?」
 桃樹が聞くと、俊松は右手でハンドルを握りながら、左手で胸ポケットから一枚の手紙を取り出し桃樹に渡した。
「その手紙が一週間前、岡町女子学園に届いた」
 正確に言うと、それは岡町女子学園に届いた脅迫状のコピーだった。桃樹は暗い車内で、ペンライトを点けてその手紙を見る。

 ――岡町女子学園一年二組。貴様達は三竹島に来てはいけない。さもないと、四年前と同じように、その中の乙女が一人、殺されるであろう。

 その脅迫状には、それだけが書かれていた。
「何これ、ただのイタズラだろ?」
 桃樹は手紙の内容は一笑に付し、逆に印刷された文字の方に目が行った。
「でもこのフォント、何か変な字だなぁ」
 その脅迫状の文字は、手書きではなく印刷されたものであったが、文字がガタガタとして、桃樹が想像するに、何やら古い機械で印刷したものの様に見える。
「それは一文字が縦横二十四ドットで構成されている。二十年程前のワープロで印刷したものだ。」
「ワープロ? パソコンの?」
「あー、桃樹の歳じゃ知らないか。ソフトの話じゃなくてハードの話だ。ワープロ専用機。昔は結構あったんだ。」
「専用機って、ワープロしかできないのか? メールとかインターネットは?」
「ははは、そんなの昔はなかったさ。その当時インターネットなんてアメリカにはあったが、日本じゃまだ大学にでも行かなきゃ出来ないし、まあ、一業者内でのパソコン通信ってのはあったけどな。とにかくまだパソコンが高くてそんなに普及してない時代の話だ。それでもワープロが出来た時は画期的だったけどな」
 俊松は逸れかけた話を元に戻した。
「とにかく、その当時は爆発的に売れたものだし、どれだけ残存してるかなんて調査できないから、その文字が犯人を特定できる手がかりにはならない」
「なーんだ、そうか」桃樹はライトを消してシートにもたれる。
「でも、どっちにしろただのイタズラなんだろ。だから林間学校だって中止にならなかったんだし」
 彼が言った通り、脅迫状が届いた学校は、早速県警に届け出て警察と協議したが、結局は単なるイタズラだと判断され、林間学校の計画が変更される事はなかった。近頃県下の学校では、体育際や文化祭、卒業式や入学式等、こと行事がある度毎に似たような脅迫状が送り付けられ、余程具体的な内容でない限り警察も事件扱いはしないし、学校側もそれによりスケジュールを変更する事はなくなっていた。
「ま、そうだがな」
 俊松はステアリングのパドルシフトで一気にギアを二つ落とすと、レーンを変えて前のトラックを抜き去った。
「じゃあ、何でオヤジはそれが怪しいと思ったんだ」
 桃樹の疑問に、俊松は彼が広げて見ている脅迫状のコピーを指でパチンと叩いて言った。
「その脅迫状、宛てたのが学校にではなく、『岡町女子学園一年二組』と、クラスを限定しているだろう。それに『四年前と同じように』って書いてある」
「ああ確かに」
「その生徒達は、島の中で三箇所に分かれて泊まるんだが、その中で一年二組が泊まるのが、これから桃樹が行く神来かみき地区のペンションなんだ。その神来地区で四年前、若い女性が水死体で発見された事件があった。その脅迫状は明らかにその事件の事を言っていて、それと同じように今年も人が死ぬと書いてある」
 岡町女子学園の一年は全部で五クラスあるが、今年の始め、島で一番大きなホテルが経営破綻けいえいはたんしてしまい、そこに泊まるはずだった学校は慌てて他のホテルを探したが、一番観光客が多いこの時期に、学年全員を受け入れられるホテルは見つからず、仕方なく三箇所に分かれて宿泊する事となった。その中で一年二組が神来地区のペンションに泊まる事となっていたのだ。
「四年前の事件って言うけど、本当に事件なのか? 夏の海だったら、毎年何人かは亡くなってるんだろ」
「その女性が発見されたのは、墓地の裏手にある崖下の岩場だったんだ。辺りには海水浴場もない。観光客が決して望んで行く所ではないんだ」
「でもオヤジ、そんな事件ちょっと調べれば誰でもわかるだろ。それをネタにしただけじゃないのか?」
「まあそうだ。しかしこれから先は新聞発表されてない事なんだが、司法解剖した結果、被害者の体に、死亡する数時間前に性行為が行われた痕跡があったんだ」
 桃樹は顔をしかめた。「じゃあ、その人はレイプして捨てられたのか?」
「それは結局わからず仕舞だ。ただ桃樹、その脅迫状に『乙女』って書いてあるだろ、『その中の乙女が一人、殺される』って」
「ああ」
「まあ、言葉の使い方にもよるんだが『乙女』っていうのは『処女』っていう意味にも取れる。その被害者は死亡する前に行われた性行為が、どうも初めてだったらしいんだ」
「そんな事、司法解剖でわかんの?」
「まあな、百パーセントではないんだが……だからその脅迫状は妙に真実味を帯びて来るんだ。『四年前、三竹島神来地区で起きた事件と同様に処女が一人殺される』」
「でも、それはこじつけだよ。女子高生なんて実際は何してようと、みんな『うら若き乙女』じゃないのか?」
 俊松は思わず助手席の桃樹に向いて笑った。
「お前若いくせに、よくそんなオヤジくさい言葉知ってるな」
「うるさい。前見て運転しろ!」桃樹はふくれる。
「まあ桃樹、『疑惑』なんてものは否定的に考えると、全てこじつけに思えてくる。ただ一番の問題はだな、その事件の文書が我々科警研の、それも極秘扱いのファイルの中にあった。という事だ」
「えっ」桃樹は思わずシートから身を起こした。「その事件に何があったんだ?」
 桃樹が質問すると、俊松は急に車の運転に集中するかのように黙り込んでしまった。桃樹は〈話振っといて、それはないだろ〉と思いつつも、警察内部の事情は彼も理解しているつもりだったので、それ以上は聞くつもりはなかった。
 しかし俊松は、その事実を最初から桃樹には伝えるつもりでいた。それが彼を、一人で現場に送り込む者の義務だからだ。ただ、自分でも理解し得ない事を人に話すのに、少し心の準備が必要だったのだ。
「……桃樹、その被害者の女性に残されていた体液なんだが、DNA鑑定の結果、実は奇妙な事が判明したんだ」
「ん?」
 そう言われても、桃樹には何が奇妙なのか、想像する事は出来ない。
「その話の前に少し説明すると、実は警察で行われるDNA鑑定っていうのは、DNAの中にあるほんの一部分の塩基配列えんきはいれつの繰返し回数の固有性を調べて個人を特定するっていう検査で、ヒトゲノム全てを調べる訳でもなく、また、完全に個人を特定出来る訳じゃなくて、他人でも偶然一致する確立も、天文学的数値だが可能性としてはあるんだ」
「ああ、知ってるよ。この前、昔のDNA鑑定結果の信頼性が無いって、無罪になった裁判があったよな」
「お前、イヤな事知ってるな……」
 昔、その鑑定を行ったのは、言うまでもなく、俊松の所属する警視庁・科学警察研究所であった。
「ま、その普通のDNA鑑定の結果は、被害者の関係者や周辺住民の協力も得たが該当者なし、特に有益な手掛りは得られずに終わったんだが……その後、その容疑者のDNAは大学の研究機関に回されて、かなり精密な検査をする事になったんだ」
「それはまた、何で……」
「後で聞いたんだが、それは、その検査員のカンってヤツだったそうだ。その容疑者のDNA型パターンがどうも特異だと感じて、そうする事にしたらしい」
「カンねぇ」桃樹はだんだん、その話がうさん臭く思えてきた。「で、その精密な検査の結果はどうだったんだ」
「それはわからない」
 桃樹は狭い車内でこけそうになった。
「おいオヤジ、今のはもの凄い長い前フリのギャグだったのか?」
「そうじゃない。その当時、いや今の科学でも、まだわからないんだ。現在ヒトゲノムの解析が全て完了しているとは言え、それは単にDNA内の塩基配列の解読を終えたに過ぎず、どの部分がどのように働くのかはまだ研究が始まったばかりで、その塩基配列だって、全人類、どんなパターンがあるのかなんて、わかる訳はないんだ。ただ、その精密検査を行った教授の見解によれば、そのDNA、どう見てもヒトのものじゃないらしい」
「へっ? それって何か別のが混じったり、何か他のと間違ったんじゃないの?」
「ははは桃樹、そんなお前らの学校の理科の実験と同じにするな。もちろん染色体の数も構成もヒトそのものだ。そのレベルではヒト意外の何モノでもない。ただ、俺も専門じゃないんで詳しくはわからないんだが、そのDNAは、塩基配列のパターンが著しく異なり、同じ種内のブレの範囲を超えているそうなんだ。ま、それも定量化されてる訳じゃないから、その教授の個人的見解に過ぎないんだが、彼が言うには、『極めて人間に近い人外の生物』という事らしい……」
 それから港へ着くまで、二人の間には会話はなかった。

「一体、あの島に何があるって言うんだろう」
 桃樹は船のデッキの上から、まだ遠く見えない島の方向を見て父の言葉を思い出した。
〈しかし、そんな危険な場所だと知ってて、可愛い息子を一人で行かせるか、普通……〉
 桃樹はふて腐れるように、柵に肘を付く。だが、彼が可愛い息子かどうかは別にして、何を思おうと既に船は港を出て、引き返す事はない。彼は諦めて、この運命と言うべきか策略と言うべきか、とにかく自分の今の境遇を受け入れる事にした。
「ま、いいか。明日島に着いたら、わかるだろ」
 そう言って、潮風に当たりすぎてガチガチになった髪を手で梳くと、桃樹は客室へと戻る階段を降りて行った。
 船は闇の中を、波を切って進んでゆく。
 桃樹を、その人外のモノが棲むという島へ、送り届ける為に。












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