第三話 鬼の棲む島 序
序
その島は闇と静寂に覆われていた。
時々聞こえて来る、闇に染み入るような虫の声も、遠く響いている獣の鳴き声も、静けさを紛らわすどころか、この深い静寂を一層際立たせる演出に過ぎない。
午前二時――
その通りには街灯もなく、民家から漏れる光もない。少し前、猫だろうかイタチだろうか、光る目と黒い影が道を横切って以来、人はおろか動物でさえ、そこを歩く姿はなかった。
その通りをさらに奥へと進むと、やがて大きな鳥居がそびえ立つ神社へ辿り着く。その神社の境内へ入っても、人の気配は感じられなかったが、外の様子とは明らかに違う所があった。
それは、正面の奥にある本殿ではなく、その右隣にある建物の前での事だ。
「神楽殿」と書かれた入口の前に、ごうごうと松明が焚かれ、それは赤い光と熱を放っていた。まるで村の光を全て集めたようなその松明は、開け放たれた入口の左右にあり、周りに火の粉を散らしながら天へと向ってその炎の手を伸ばしている。
その炎は何かを追い払う為にあるのか。或いは何かを呼び寄せる為にあるのだろうか。
燃え盛るその炎の向こう、神楽殿は、その周囲に壁板が張られており、中の様子は開けられた入口からしか伺い知る事は出来ない。その中は六十畳程の広い板の間が広がっており、さらにその奥――松明の灯も届かず、ひっそりとまた闇の中にたたずむ祭壇には、本殿とは違う神が祀られていた。目を凝らすと、その祭壇の細い蝋燭の炎に、何かの影が写し出されている。――それは一人の少女の姿だった。
その少女は祭壇の前に正座し、静かに時が訪れるのを待っていた。
彼女は薄く白い単衣を身にまとい、長い髪は後ろで束ねられ、化粧もせず、ただじっと祭壇の前に静かに座っていた。それはまるで、神に捧げられた生贄のように。
その時が近いのだろうか、今まで無表情だった彼女は少し不安そうな表情を見せると、目の前に横たえてある細い棒のようなものを握り、目を閉じ深呼吸をした。目を開けると彼女の表情は戻っていた。
「それは、何だね」
後ろからの声に一瞬驚いたが、すぐに落ち着くと彼女は祭壇を見たまま答えた。
「これは昔から家に伝わる薙刀です。今日はわたしと共に神に捧げる為、持って参りました」
「そうか……」男はさほど気にも留めず暗い板の間を歩き、彼女に近づく。
少女は立ち上がり振り向いた。いよいよ時は来たのだ。
彼女の前まで来ると、その男の顔が祭壇の蝋燭の灯で浮かび上がる。その男は顔の皺が物語る通り、かなりの老人であった。八十歳は下らないだろう。しかしここまで歩く間、背筋は伸び、足取りも確かで、顔を見ない限り老人とは気付かせない程だ。老人は少女の肩に両手を置いた。
「いよいよお前さんか。なぜ他の土地の娘にしなかったのじゃ。こんな島でもこの時期になると、観光客はたくさんいるじゃろうて」
「わたしが願い出たんです。最近では島に来る女性から生娘を見つけるのが困難で、中学生、小学生にまでなると、後の処置を考えると……」
「そうか……で、お前さんは覚悟が出来ているのか」
「……はい」
それが合図だったかのように、彼女は帯を解いた。老人が彼女の肩から襟を広げそのまま手を離すと、白衣はさらりと彼女の足元に落ちた。
彼女の白衣の下は、何も着けてはいなかった。
老人は、その全裸の少女から二、三歩後ろへ下がると、何かの気配を感じ天井を仰いだ。
――来た!
突然、祭壇の蝋燭が消えた。
入口の松明の炎が倍近くに膨らんだ。
その炎を振り乱し、松明の間を、何かが疾風と共に入って来た。
それは、中の二人に風を叩き付け、上に飛んだ。目には見えない。今それは、風と気配だけで神楽殿の天井付近を、渦を巻いて回っている。
神楽殿の入口の扉が、何者かによって閉ざされた。
すると、その渦の中心が、激しく回転しながら老人に向けて急降下した。
「うがああああああー」
奇妙な叫び声を上げ、老人は両手を上げその渦を迎え入れた。その渦はまるで老人に吸い込まれる様に次々と老人の体内へ入って行く。やがて全ての渦が老人の体内に入ると、崩れ落ちるように老人はその場に倒れた。
風はやんでいた。
少女は何もせず、ただじっと拳を握り締めその様子を見ている。
これで終わったのではない。これから始まるのだ。
倒れた老人がゆっくりと起き上がった。
目をつむったまま少女に顔を向ける。そしてその目が開いた。
「あっ」
少女は思わず声を漏らした。その目はもう老人のものではなかった。いや、人間の目ではない。皺の奥から飛び出しそうな程大きな目玉が、光を放ちながら彼女を見る。その目を見ただけで、彼女は金縛りにあい動けなくなった。
ボコッ――
突然老人の背中が膨れ上がったと思うと、手足が伸び、身体が膨張し始めた。その身体はまるで早回しのフィルムを見る様に次々と伸び、膨らみ、前かがみにも関わらず、身長は二メートル半を越えた。
その姿に、もう老人の面影は全くなかった。それどころか人間の面影さえもない。獣と言うべきか化物と言うべきか、しかしそのもの正体を現すのに、的確なものをそれは持っていた。その頭には、一本の角が生えていたのだ。
それは鬼の姿だった。
老人の着物も袴も、その膨張した身体で引き裂かれ、その鬼は裸だった。そしてその身体の中心に、そそり立つ巨大な物があった。
少女はそれをみた途端、金縛りが解けた。わかっていた筈だった。しかし頭でわかっていても実際に目にした途端、恐怖が身体を突き動かした。
少女は思わずそのものから後ずさる。しかし鬼に腕を掴まれた。
「うぐぅあ」
奇声と共に鬼の口が開いた。その口がありえない大きさまで開かれると、そのまま口は耳まで裂け、中から長い舌が飛び出した。その舌が、少女の乳房から頬に掛けて一気になぶり上げた。まるで少女の味見をするかの様に。
「ああ……」
しかし少女を襲ったのは、恐怖でも、嫌悪でもない。彼女が感じたのは、今まで経験した事のない快感だった。それは彼女がまだ、男性との経験がなかったから特別に感じる訳ではない。どんな人間でも、その快感に耐えうる者は稀であろう。それは人外のもたらす感覚であった。
彼女は腰の力が抜け、その場に座り込んでしまった。鬼に掴まれた両腕が、だらりと上に伸びている。
鬼の目が細く釣りあがった。笑ったのだろうか。どうやら少女の反応に満足した様子だった。掴んだ少女の腕を乱暴に突き離すと、そのまま少女の身体の上に乗り掛かった。少女は無抵抗だった。もっとも、今目の前のものに抵抗したところで敵う訳ではなかったが、それよりも、さっきの快感が、まだ少女の思考を停止させたままであった。
鬼はゆっくりと少女の足を持ち上げ、左右に広げると、その付け根に自分のそそり立つ物を押し当てた。少女はまださっきの快感に捕らわれたまま、何をされているのかも気付いていない。
鬼はそれを、一気に突き入れた。
「ああ!」
少女の身体を激痛が襲った。
身体を引き裂かれるような痛みが、彼女の身体を突き抜ける。
彼女は痛みで我を取り戻した。しかしもう、どうする事も出来ない。
鬼は彼女の身体の上で激しく動いた。その度に彼女を激痛が襲う。
あまりの痛みに彼女が気を失いかけた時、今度は少女を快感が襲った。先程、乳房をなめられた時の比ではなかった。その快感は脳を溶けさせる程のものだった。しかし鬼が動くと、今度はまた激痛が彼女を襲う。
恐ろしい拷問だった。
痛みと快感。その二つの感覚が交互に襲い、気を失わせる事もなく、その感覚の全てをその少女に刻み込んでいた。
鬼は満足しているのだろうか。しかし、鬼にとって少女の身体は小さ過ぎた様で、彼の物の半分も少女の身体には入っていない。鬼は少女を持ち上げると、その身体を突き破るが如く、さらに激しくそれを突き入れた。
彼女の身体が弓のようにしなった。彼女の身体は今にも壊れそうだ。しかし彼女は何も考えられず、何も思い出せず、ただ、激痛と快感に繰り返し襲われていた。彼女が崩壊するのは、肉体が先か精神が先なのか、どっちにしろ残された時間は短かった。
「ぐおおおおおぅ!」
突然、鬼が吼え、その動きが止まった。
彼女の身体を抜き、乱暴に放り投げて座り込んだ。どうやら鬼は果てたようだった。
少女は、痛みと快感で崩壊し掛けた精神で、一瞬何が起こったのかもわからなかったが、放り投げられた衝撃が、残された少しの理性と自分の目的を思い出させた。
どうにか首を巡らせ、周りを見渡す。しかし目が霞んで良くは見えない。
――あった!
彼女は祭壇の前に横たえていた薙刀を見つけた。それに近づこうと上体を起こす。しかし下半身は力が入らず、全く動かない。彼女は腕だけで、身体を引きずってそれに近づいた。
「うぐぐぐぅ」
座っていた鬼が声を上げた。
彼女はそれを聞いて戦慄した。早すぎる。彼女は鬼の行為が一度だけでない事を知っていた。何度も何度も、夜が明けるまで繰り返される事を。鬼が復活する前にあれを手にしなければ。また同じ事をされたら、次にまだ自分の理性が残っている自信は、彼女にはなかった。
彼女は必死で薙刀に近づいた。あと一メートル、あと五十センチ……
「うおおおおおぅ!」
しかし無常にも、鬼の復活の方が早かった。
鬼は彼女の右足首を掴むと、一気に自分の方へ引き戻した。
あと少しで、少女の指先にも届こうとしていた薙刀が遠ざかった。彼女の心は絶望に満たされた。
しかしその時、奇跡は起こった。
少女の手から離れたと思った薙刀は、まるで彼女の手のひらに吸い込まれるように、自ら彼女の手の中に飛び込んだのだ。
少女の身体はその薙刀を掴んだ瞬間、鬼の呪縛から解き放たれた。うつ伏せのまま足首を引かれていた彼女は、仰向けに身体をひねると、そのまま鬼の身体の中心に向かいその薙刀を振った。
「ぎゃああああー」
神社の辺り一帯に、鬼の叫びが響き渡った。
鬼はうずくまる。
少女は立ち上がった。
その足元には、切り取られた鬼の男根がトカゲの尻尾のように跳ねている。
人間も鬼も急所は同じなのだろうか。鬼はうずくまったまま、激痛に顔を歪めていた。
しかしそうではなかった。鬼はその表情を、次第に痛みから怒りに変えつつあった。うずくまった鬼はゆっくりと立ち上がり、怒りの目は少女に向けられている。鬼は渾身の力を込めて両手を強く握り締めると、低く唸った。
「うおおおおおおおぉー」
すると、何と言う事だろう。切り取られた鬼のものは、唸り声と共にその切り取られた断面からめりめりと肉が盛り上がり、前と同じ大きさに戻ったのだ。
「ふうううううぅ」
鬼は力を抜くと、舌なめずりをして少女を睨み付けた。その表情は物語っていた。
――何度やっても同じだ。今度はわしが貴様を喰ってやる。
ドスン――鬼は一歩近づいた。
ドスン――もう一歩。
次に踏み込むと、少女に手が届く。鬼は手を振り上げた。一気に少女の首をちぎり取ろうとしていたのだ。
少女は動かない。
彼女は恐怖で足が竦んでしまったのか。――そうではなかった。彼女は知っていた。鬼の急所も、そして自分の体力が残り少ない事も。彼女は鬼が近づくのをじっと待っていたのだ。
鬼が次の一歩を踏み出す瞬間、彼女の薙刀が舞った。
その刃は一気に鬼の体を右下から左上に斜めに薙いだ。鬼は知らなかったのだ。その薙刀が特別の物である事を。鬼はその薙刀の動きを、見ることが出来なかった。
鬼は仰け反った。そのまま後退し、壁に当たって止まる。
彼女は一気に鬼に詰め寄り、その薙刀を下から刃の反りに合わせ、掬い上げるように鬼の心臓へ突き刺した。
「ぎゃあああああああああぁー」
辺り一帯、いや島全体に、鬼の叫びが響き渡った。
只ならぬ様子に神主が意を決し、規律を破り神楽殿の扉を開けると、そこには、薙刀に壁ごと心臓を突き抜かれ、絶命している老人の姿があった。
そしてその下には、全身に返り血を浴び、身体を赤黒く染めた裸の少女が、壁を見上げ放心していた。 |