四つ目の季節〜彼女の言い分
この小説は完全なフィクションです。
生理が十日も遅れている。
(あたし、病んでるなぁ……)
携帯のサイトで片っ端に人生を占いながら、頭の片隅で考えていた。何か不安やつまらない事があると、やたらと占いに頼る。
ここ二ヶ月は仕事がうまくいった。営業成績もそこそこで、自分なりには満足いった。
(恋愛成績は悪かったな)
付き合って九ヶ月の彼とは、約一ヶ月、絶縁状態だった。会いたい時に会えなくて、私が癇癪を起こした。それも初めてではない。二週間位会わない事が何度あったか。たった九ヶ月の間に、だ。
どの占いを見ても、書いてあることは大体同じ。マイペース、独特で先進的な価値観、協調性には欠ける……
(そんなにわがままかな)
歴史上の人物に準えた占いでは、
(マリーアントワネットとかいうんじゃないでしょうね)と思いつつ、鑑定ボタンを押したら、クルクル縦巻きの金髪が、予想に違わず現れて、苦笑いしながらのけ反った。
そのまま仰向けになり、天井を見上げる。少し黄ばんだ木目、一本点かない蛍光灯。カバーは掛けてあるものの、出しっぱなしのダウンジャケットは、見ているだけで暑苦しい。
「これは夢だ。目が覚めたら片付いているに違いない」半笑いしながら、わざと声に出して言ってみる。
腕で光を遮り、さらに目をつむる。瞼に映る丸い残像に集中する。白い輪が、下から上へ動きながら、徐々に薄く、暗くなっていく。目が痛くなったせいだけでなく、集中力に欠く。
(まいったな)
この一ヶ月位は彼と仲良くやっていた。三回も会ったし、二回はお泊り。しかもそのうちの二回目は、たまたま休みがきっちり合って、彼の部屋から一歩も出ずに、二日間を過ごした。
楽しかった。
寝てるか、食べているか、飲んでるか、セックスしているか。二人ともひどい格好で過ごした。
Tシャツにパンツ。何も身につけていない時間もたくさんあった。
どこかに旅行に行くよりも遠く、隔離された二人の世界だった。
それでも、背中から腕を回し、隙間なくくっついても、まだ足りない。
(体が邪魔だ)
絶縁していた事など、なかったように、昔のポップスの歌詞みたいに、もっとそばへ行きたいと思った。
酷く濃密で、この世のものとは思えないくらい、現実から切り取られたような時間だった。
帰る頃には、シーツはたっぷりの汗を吸い込んで、ひどい臭いがしていたし、彼の髭は見たことがない程伸びていた。二人とも三十を過ぎて長いのに、まるで十代みたいだ、と電車の中で思い出し笑いした。
(でも、あの日じゃない)
携帯電話の画面にカレンダーを表示させて、日にちを数える。絶縁状態を解消した最初のお泊り。
(もう絶対別れよう)喧嘩するたびにそう思う。顔を見ると、切り出せない。
(私、どこが好きなんだろう)自問を繰り返すが答はでない。
その疑問が既に彼を好きな気持ちだと、心のどこかではわかっているのに、目も合わせないまま、彼の腕の中で眠った。
もう何度も繰り返した、喧嘩と仲直り。
(仲直りで、できちゃってたら微妙だけど……タイミングはそうなんだよね)
カレンダーをその日に合わせてから、スクロールさせて数える。四十週間後。年は明け、春が近い。
(まいった……)
年末には、仕事で、大きなイベントがあり、その責任者に名前を連ねる事が出来そうだ。転職して今の会社は三年だけど、同僚や上司とも、絶妙な距離感で居心地いい。できれば続けたい。
ここのところ、仕事が忙しかったから、食生活が乱れていた。飲む機会も多かった。体重も激しく増減した。元々、そんなにきっちり来る方でもない。遅れる原因もたくさんある。
(でも、困ったはないよね)
思い出すと眉間に皺がよる。一応彼にもメールで報告した。その返事が
『困ったね。病院は?』だった。
正直、私も困っている。でもそれは仕事とか順番にまつわる感情的な問題だ。二人ともいい歳だし、お互い独身だから何の問題もないはずだ。
(他に女がいるのかなあ)
今までも何度も考えた事が過ぎる。考えただけでなく、本人にも尋ねてみた。
答はいつも、
「他なんてない」
嘘をついている様子もない。
(その言葉が聞きたいだけかも知れないなあ)
彼のその言葉を聞くと、肋骨が収縮するような感覚におそわれる。それはとても甘くて、せつない。
彼の声を思い出し、甘い感覚を確認しながら頬に触れると、吹き出物のはしりが出来かけていて、指先に触れた。生理前の肌荒れか。
(やっぱり遅れてるだけだろうな……)ホッとしながらも、寂しい気持ちがする。
結局、男性にはわからない。体の中で育てるのも、育てないのも、女性にしか出来ない。目に見えて、変化がないと男性には実感出来ないという事くらい、この歳ならもう知っている。
それなら何故彼に言ったんだろう。
きっかけがないと、この先に進めなそうな気がする。
(大体九ヶ月が山なんだよね)
十ヶ月たてば、季節が一周する。そこまで持てば、二、三年は続く。
(まぁ、結局はダメになったけどね……)
結婚願望はなかった。多分、今もない。
(私、試してるのかな)
彼はどこまで私を好きでいてくれているんだろう。どこまで許してくれるんだろう。
結婚に対しても、同棲に対してさえも、明確なビジョンなど何もない。ただなんとなく、今までの生活から自由が減って、そのかわりに彼の生活の大部分を手に入れるって事かな、と思っている程度だ。
別に今のままでも構わない気もする。お互い仕事を持ち、会える時間を共有して、自由を保ちつつ、愛し合う。本当はそれが理想の形なのかも知れない。
(自由なまま、彼の大部分を手に入れる方法はないかな……)
あの二日間を毎日繰り返したい。他の女性に彼を見せたくない。軟禁してしまいたい。それはちょっと極端かな。ならば、私以外は人間に見えないコンタクトとかが開発されれば……
占いに羅列された『わがまま』の文字を思い出す。
(その通りだ……その上、私、ズルイなぁ)
でも、恋愛なんて、彼が許してくれさえすれば、どんなにわがままでも構わないのではないか。
(許容範囲をこえるから、続かないのか……)
苦笑いして、窓の外を見ると、すごいスピードで暗くなっている。
「やば」洗濯物が干してある。
起き上がってベランダに出た時には既に、大粒の雨がアスファルトに落ちていた。落ちると同時に、蒸発し、地面と空の混ざり合った空気がたちこめる。
(夏の匂いがする……)
この雨が上がれば、本当の夏が来る。
私たちにとって、初めてが最後の四つ目の季節がやって来る。
妊娠は深刻にとらえる事じゃないかな、と思う女性もいていいかな、と思い執筆しました。「彼」の言い分も執筆予定です。