俺んちの食卓。
普通じゃない、食卓風景。でも彼らには、普通の食卓風景。
遊森謡子さまの武器っちょ企画……ファンタジー・短編・マニアックな武器or武器のマニアックな使い方の3点がテーマ、に参加しました。
俺は毎回、とても悩まされている。俺の頭を毎度悩ますその原因は、
「しんちゃーん、朝御飯よー」
階下から聞こえる、朝だというのにテンション高めな声。その声を聞いて、俺が今まで何百回溜め息を大量生産したことか。出荷できるくらいの量だ。
「はやく〜、おりてきなさーい?あんまり遅いと、母さん、暖かいご飯にお味噌汁、冷ましちゃうわよー?」
声の主は母さん、料理大好きな専業主婦。こういってしまえば普通の専業主婦のように見えるが、実際は違う。
「今降りるから、絶対冷ますな!」
俺は素早く制服に着替え、すぐに階下にむかう。母さんの急かし屋のせいで、俺ははや着替えが得意になってしまった。その所要時間、実に一分。
カップラーメンよか、はやい。
――はやくしないと、間に合わない!!溜め息の原因を防ぐため、俺は急ぐ。間に合ってくれ!!
「あ、良かった、冷まされてない」
ダイニングのテーブルの自分の席に座った俺は、自分の朝御飯がまだ湯気をたてているのを見て、心のそこからほっとした。本当に良かった。――これは大袈裟でも何でもない。今日は間に合った。溜め息の大量生産は次回にお預けだ。
「お父さん、お姉ちゃんは相変わらず遅いわねぇ。困ったわねぇ?」
母さんは、言葉とは裏腹に、うきうきとした調子で首をかしげた。楽しいいたずらを思いついて、実行したらどうなるかなと夢想するいたずら小僧の顔だ。
(あ〜ぁ、俺しらね)
俺は、知らんぷりを決め込むことにした。ご飯に関して、母さんには逆らわない方がいい。何故なら――
「ああ、ご飯が!?お母さん、酷いわ、少し遅れただけなのに!」
「まあ、寝坊した父さんとお姉ちゃんがわるい」
自分の朝御飯を見て、嘆き悲しむ姉、予想してたのか淡々としたリアクションの父。二人の朝御飯は、俺のと一緒に作られたのに、かちんこちんに凍って、ドライアイスさながら冷気を発している。ご飯はまるでレストランの食品サンプルみたいにかちんこちん、箸の先でつついたら箸が負けるほど(実際試したら折れた)に凍っている。味噌汁にいたってはご飯より多い冷気を発している――その表面はスケートリンクさながら。もちろん、かちんこちん。表面だけでなくそこまで抜かりなく凍らされているから、食べるのは無理。
これが、俺んちの台所事情。
母さんのご飯よー、の掛け声にすぐこたえてすぐにご飯の席につかないと、母さんのいたずらによって、個体だろうが液体だろうが、もとから冷えていようが、凍ってしまう。
母さんは魔女、一昔前(本人の前ではこれ絶対禁句)に活躍した、もと魔法少女。悪の秘密結社を仲間と共に倒して、引退後は公務員――警察官の父さんと結婚、結婚して出産しても力は衰えず、現役時代にできなかった、魔法のいたずらをして日々楽しむ専業主婦。
「まったく、これは食べれないわ!――“ちん”!」
姉さんは、自分の食べる分だけさっさと魔法を唱え、何事もなかったかのように着席し、再び湯気を取り戻した朝食を食べ始める。「りえちゃん、自分だけってダメよ?父さんのは?“シャキーン”」
母さんはにこにこしながら魔法を唱えた。すぐに味噌汁が凍りつく。ご飯は、姉さんがシールド魔法で死守した。
「…ああ、もう!?“全部ちん”!!」
「ごちそうさま、いってきます」
母さんと姉さんの魔法対決。それもいつものこと。こうして俺んちの食卓はすぎていく。
一応、あれが武器なんです。魔法が武器なんです。武器を冷凍と解凍に使うんです。
ちん→解凍の省略呪文。正式文面は、“溶けろよ○○、レンジでちん”。この場合、○○は味噌汁、ご飯。お姉ちゃんは対象を指差して一言ちんですみます。
シャキーン→文字通り、指定した範囲、もしくは対象が凍りつく。正式文面は、“○○よ、永久凍土のごとく凍りつけ!シャキーン”○○はもちろん、味噌汁、ご飯。
お粗末さまでした!