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ブサイクの逆襲  作者: 黒田 容子
本編
22/33

悩むより 今やるべき事

 武藤さんからの折り返しは、意外にも早かった。


「お嬢、どうしたあ?」

 カラッと晴れ渡った青空みたいな声が気持ちよく響く。


「武藤さん、大林んトコが今、大変らしいですね」

「ああん? なんでぇ、ひさしぶりの電話で話はそっからかい?」

 武藤さんは、「お前ぇさんも、せっかちだなあ」と笑っている…ってことは、知らないの?いや、もしくは とっくのとうに知ってるの?

「大林のことだ。何とかすんだろよ?」

 あぁもう…

「…知ってるんですね、ウチの西東京事業所が…追加受注を断ったのは…」

 声がうなだれてた牧瀬さんが、脳裏に過ぎる。そうだよね、取引開始以来、ずっと良くしてくれたお客さんの繁忙期なのに、ね

 何も助けになれない歯がゆさは、苦しいに違いないよね


 牧瀬さんを何とか楽にしてあげたくて、電話したわけだけど、同時にふと過ぎるもう一つの心配がある。

「武藤さんのトコは、大丈夫なんですか?」

 大林さんのところが手に負えなかったら、自動的にその物量はどこかに分散されることになる。多少なりとも…武藤さんにも影響はあるはず。すると

「大丈夫じゃねえけど、やるしかねえだろ?」

 頼もしく言い切ってくれる気っ風のいい声が電話口から聞こえてきた。


 流石、武藤さんだね…そっか。『やるしかない』と力強く言える気概が、満々に溢れている。話してるあたしも、何だか安心出来ちゃうんだもん。


 でも、一応聞いておきたいの

「なんとか、なってる?」

 あたしが知りたいのは、もっとリアルタイムな現状の話。世の中には、理想と同時に現実おとしどころというのがある。そのデリケートな線が知りたかった。


「コイツぁ…社難ってやつだ。向こうも此方も苦しいんだ。

 誰が取ってきた、誰に稼がせてやるかなんざ、いがみ合ってねーで 協力すりゃあいいのにな?」


 武藤さん、そこまで分かってるんだ…全くの説明不要なくらい事情が分かってる。電話の向こうでは、ドットインパクトがガリガリと動いている音がする…事務所にいるんだ。


「大林んとこは、配車さえ上手く組めば、幾らでも調整が効く。車を、俺の昔の仲間に頼めば何とかならぁ…問題は」

  会話は一旦そこで途切れた。バタンとドアが締まる音がして、そこからの声が全部、周囲に反響するようになった。パタパタと歩く足音…移動してるのかな。

「人同士、だな」

 不意に武藤さんがまた話し始めた。人に、部下に、周りに聞かれたくなかったのかな… 歩きながら話しているみたいだけど、声は幾分小さい。

「大林も、追加受注が断られた位で騒ぐほど野暮じゃねぇ。問題は、あっちのもっと…上の外野が煩くてな?

 『飼い犬が餌の食いすぎで動けねぇ』だの言いたい事言ってら。」

 もうそこまで…知ってるんだ。大林さんも、やっぱり 武藤さんに相談してたんだ…。

 

 武藤さん、流石としか言えないよね。昔の部下に今でも頼られて、昔からの仲間にも相談が出来て… 伊達に課長で鳴らしてなかったのが、グイグイ伝わってくる。


 でも、そんな武藤さんが、「なぁ?」切り出してきた。


「俺には、難しいことは分かんねぇんだが…

 西東京事業部の…お嬢は…、何を悩んでんだ? 困ってる時は、お互い様だ。大林たちは、気持ち切り替えて次の手配始めてるぜ?、制裁はしないとも言ってる。じゃあ、なんでお嬢は、気に病んでるんだ?」


 …そんなの… わたしだったら、残念ながら薄々わかる。


「西東京事業部の変な…意地だと思います…」

 どんなに言葉を尽くして、上に説明しても「牧瀬!お前の準備が悪いから、お受注をいただいても、数字が出せないんだろ?」信じてもらえない⇔信じようとしない、そんな構図があるんだと思う。そしてもう一つ、考えられるとしたら… 

「大林さんって、ウチの会社ビイキですよね?ウチが出せないことで、社内で立場が悪くなっていませんか?」

 牧瀬さんは、大林さんの社内での立場も助けてあげたいんだと思う。

「大林もそうだし、大林のすぐ上も、この会社ビイキだぜ?心配するな。」

 武藤さんが、笑った…いや、むりやり笑ってる?

「まぁ、お前さんが気に病むのも分かるが、ここはジジイに任せろ。」

「…は、い…」

 あたし、無力なのかな。何もできないのかな

「困ったときは、連絡するって言ったら、待てるか?」

 そんな言い方されたら… わかりましたしか、言えないじゃない…武藤さん。


「大林がそのうち、キャパオーバーの物量を言ってくるはずだ。ファーストXデーはおそらく来週…だな。

 まずは、その過剰分を、俺達ここで受ける。」

作業員ひとが足りなくなりますね。どれぐらい必要になりそうですか?」

 ここで、あたしの出番になるんだ… そう思って聞いたんだけど。「ちげえよ」即、切り替えされた。


 あれ?人、足りないんだよねえ?


「…人ってなあ、頭数も大事だ。けど、束ねるリーダー《あたま》が一番肝なんだ。つまんねえ旦那トップに任せると、悪い始末になる。今回は、アタマ張れる若い衆が足りねえ」


 だとしたら、あたしに出来ることは…なんだ?えーっと


「お嬢、こんなつまんねえ話するために電話してきたんじゃねえだろ?」

 え?

「タク!タクとはどうなってんだよ?」

 はい?!

「加藤匠だよ、タク!」

「ハハハハハ…」

「なんでぇ、まだケリ付いてねえんか?勿体ねえなあ!」

「ハハハハハ…」

 わ、笑うしかないね。そんなとこまで知ってるんですね、武藤さん。アナタ、どういう情報網持ってるのよ

「ハハハハハ…じゃねえよ」

 そういいながら、武藤さんもまた、カラッと笑い続けていた。

「まあ、聞き流して貰っても構わねえけど、タクは良いオトコだぞ? 遊ばしておくには勿体ねえ。」

「武藤さんがそういうなら、考えてみようかな」

 これは…本音だった。こんだけ局難を調整して乗り越えてきた人が勧めるオトコ。加藤さん。あたしだって、加藤さんは…ステキだと、うん、思う。告白もされた。でも…

「恋愛、したくなったら 踏み切ります」

「ハハッ、まあそうだよな。色恋は指図されて出来るもんじゃねえしな?」

「そうですよ?もう。」

 からかわないで下さい、とあたしは ずっと笑いっぱなしだったことに、今気が付いた。


「大林んとこは、心配しねえでも何とかするさ。…ありがとな」

 武藤さんは続けた。

「次は、色っぽい話で電話してこい。」

 もう、またそっちの方向? でも、…不思議と全然イヤじゃない

「若ぇんだ、遊べよ?」

 ちょっとお節介なオヤジさんって感じ…武藤さんって。

「また、電話しますね」

「おう。そのうち、飯でも食おう」

「はい」

 じゃあ、って電話は切れたけど、ずっとホカホカするような余韻が残っている。

 武藤さんって、ホント…安定してる。人をドキッとさせないし、優しい気持ちで話せる雰囲気持ってる。きっと心の中も…穏やかなのかな、達観してるのかな


 良い人だから。ますます、助けたい…このまま、何もしないままは、申し訳ない。


 

 加藤さんに電話しづらいなんて、言ってる場合じゃない。さっさと用事片付けてさっさと牧瀬さんと武藤さんと…二人の先の人たちを助けてあげたい。


 そうだ、あたしには、ウジウジしてる時間なんかないんだ。


「お世話になっております。TST株式会社の権田と申します。」

 加藤さんの会社に 今の心の勢いのまま電話をした。もう大丈夫、声は震えてない。いつもどおりの…無敵のあたしに戻ってる。


 迷うなあたし、進めあたし。

 


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