悪役令嬢は転生者
鏡を見るたび、なぜか違和感を覚えていた。
整った美しい顔をした幼女。
私が右手を上げると、鏡の中の幼女も同じく右手を上げる。
私がぎこちなく微笑むと、鏡の中の幼女もぎこちなく微笑む。
どこかが違う。
そう思っていた。
全てが違う。
そう思っていた。
そしてその気持ちは、3歳になって婚約者を紹介された時にはっきりした。
(は?これって攻略対象じゃないの!?)
目の前にいる幼いながらも美しい婚約者は、前世で何度も攻略したゲームの攻略対象だった。
前世での乙女ゲーム。
可憐なヒロインは、下位の貴族の子爵令嬢として学園入学する。
そこで出会う素敵な高位の貴族のイケメン。
少しずつ惹かれ合う二人。
しかし、彼には幼い頃からの婚約者がいた。
彼にふさわしくなりたい。
そう思って一所懸命に努力するヒロイン。
彼の婚約者はいつもヒロインより上位の成績だったけれど、ヒロインの努力により少しずつその差は縮まり、やがて努力の末に彼の婚約者よりも上位の成績を取った時に、彼の婚約者はヒロインを呼び出してこう言う。
「あなたの彼を愛して努力する姿は美しい。
これからも、彼のために努力し続けるのを私は応援するわ。
ええ、そう。
彼にはあなたの方がふさわしいわ」
そしてハッピーエンド。
だいたいどのキャラの攻略も似たようなもので、上げなくてはいけないパラメーターが異なるだけだった。
記憶を思い出してからは、死に物狂いで頑張った。
やがてくるヒロインが他の攻略対象を選ぶなら問題はない。
だけど、もしも自分の婚約者を選択したら……。
処刑なんてオチはないけれど、やがて婚約者の気持ちはひたむきに努力するヒロインに傾いていき、それを悟った私はヒロインと婚約者の真実の愛(笑)に心を打たれ身を引いて応援することになる。
ナニソレオイシイノ?
いやいや、適齢期で高位の貴族令嬢が婚約破棄しましたなんて、それだけじゃ済まないから!
売れ残り決定!
お一人様コースほぼ確定だから!
どこの誰が適齢期に婚約破棄した高位の貴族令嬢を下取りしてくれるんだよ!?
同じような爵位の若手なんて先約済みに決まってる!
下位に嫁げばいい?
そんなバランスの取れない結婚、周囲が許すわけがない。
ヒロインは特別だから、だからゲームの主人公なんだよ!
良くて同じ爵位の後妻、最悪は修道女で世間から隔離されてこの先の人生を生きていけと!?
前世で読んだネット小説の悪役令嬢と言うよりは、むしろライバル令嬢なんだけど。
そりゃゲームの中でヒロインに多少の意地悪したりするんだけど、人生かかってるならしょうがないんじゃないかと自分がこの立場になると思ってしまう。
もうね。
婚約者がイケメンとかそんなことより、婚約破棄回避に必死で頑張った。
苦しいコルセット、苦手なマナー。
ヒロインに負けたらどうしようかと、不安で不安で仕方がなかった。
こんなに努力をしても、ヒロインにあっさり上位にいかれたらと不安で眠れない夜もあった。
青春を謳歌するよりも、なんとか平和な人生を送りたい。
その一念で頑張った。
そして季節は巡り、私はゲームの通りに学園入学したわ。
どうかヒロインが他の攻略対象を選択しますように。
それだけを祈ってたわ。
サロンで令嬢は紅茶を口にしてため息をついた。
「まさかこんなことになるなんて、ね」
令嬢は遠い目をする。
「あら、私もその気持ちはわかりましてよ」
別の令嬢がにっこりと微笑んで言った。
「私もですわ」
他の令嬢達も頷いた。
ヒロインはやってきた。
まさにゲームの通りに清楚で可憐な容姿だった。
でもゲームとは違った。
彼女も転生者だった。
ゲームとは違ったスペックになった私に、ヒロインは会ってそうそうに宣言した。
「ヒロインざまぁが怖いので、攻略はしません!
だからざまぁは勘弁してください!!」
見事なスライディング土下座だった。
そしてその見事なスライディング土下座は、攻略対象の数だけ披露された。
「ミニゲームなんてないのに、どうやって簡単にスペックあげればいいかわからないのに攻略なんて無理ですっ」
「平和よね」
「ええ、平和ね」
サロンで令嬢達は紅茶を飲む。
誰も何も言わない。
あの血を吐くような日々は何だったのかなんて。
攻略対象のそれぞれの婚約者は、血と汗と涙の日々を遠い目をして思い出す。
ヒロインはどうなったかって?
同じくらいの爵位の婚約者と仲良くしているらしいわよ。
たまに学園で見かけるけれど、下位貴族として頑張ってるみたいね。
世は全てこともなし。
悪役令嬢は転生者。
他の悪役令嬢も転生者。
ヒロインも転生者。