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4-9

「……そう」


 それは良かったわ――と宝船は言った。


「良かった? 何がだよ」


「あなたが今言ったことよ、萩嶺君。あなたは私のことをオタクには見えないと言ってくれた。ということはつまり、普段学校で、私はオタクには見えていないということになるもの」


「当たり前だろ。普段のお前の勤勉さとか生徒会の活動とかを見ていて誰がお前のことをオタクだって思うんだよ」


「そうね。まあ、あなたの意見を第三者の意見の代表として取り入れるのはどうかと思うけれど」


「だから一言多いって言ってるだろ」


 確かに僕個人の意見だけじゃどうにもならないが。


「とにかく、お前は普段オタクには見えていないから……その、何と言うか、安心していいんじゃないか?」


「…………」


 それから、宝船は一つ間を置いて。


「萩嶺君に言われなくてもそのつもりよ」


「……そうかよ」


 相も変わらず、僕の気持ちをないがしろにするような言葉しか返して来ない宝船。


 そんな彼女の表情は依然としてサングラスとマスクに覆われたまま――確認することは出来ないのであった。



 ◆ ◆ ◆



 『アニメテオ』での買い物を無事に終えた僕達は夕焼けに染まる道を駅に向かって歩いていた。


「ほらね? 特に何も起こらなかったでしょう?」


 未だに変装を解いていない宝船は得意気な声色で言う。


「レジにいた店員さんだってこの格好をした私を見ても特に何も言わなかったし」


「特に何も言わなかっただけで表情はドン引きだったけどな」


「……嘘は泥棒の始まりだと言うわよ萩嶺君」


「だから現実逃避止めろ。お前はいい加減現実を直視するべきだ」


「現実は直視するものではないとかのアインシュタインも言っていたわ」


「いや言ってないだろ! アインシュタインの言葉の全てを僕が知っている訳じゃないけど絶対言ってないよ!」


 かの天才に天才らしからぬ言葉を言わせるな!


「ふむ、なるほど……悔しいけど認めて上げるわ。あ、別にあなたが言ったからじゃないわよ? 周囲のリアクションを見た上で、私の変装が変だという事実を認めて上げているだけだから、勘違いしないでよね」


「そんな勘違いはしていないから安心しろ」


「しかし、私の変装がまさかおかしなものだったとはね……改良しないといけないわね」


 改良したら更におかしくなりそうな気がするが――それを言葉にするのは止めておこう。


 今日は僕にあれだけ恥を掻かせたのだ。宝船にももっと恥を掻いてもらわなければ。


 それに、こいつの異次元的発想による変装をもっと見てみたいという気持ちもあるからな。


「そう言えば、萩嶺君は確か私と電車逆だっけ?」


「お前がいつもどっちの方向の電車に乗っているか知らないから何とも」


「私の調査では、確か萩嶺君は私と逆方向の電車だったわ」


「そこまで調べられているのかよ……」


 ひょっとして、こいつ僕の家の住所まで調べているのではないだろうか。怖い。


「てか、お前いつまでその格好でいるつもりなんだ?」


「駅のトイレで着替えるわ。『アニメテオ』を出た後でも、あなたと一緒にいるところを誰かに見られたら拙いもの。私の面子に関わるわ」


「お前、僕を買い物に付き合わせてよくそんなこと言えるな」


「冗談よ。嘘に決まっているじゃない」


「その『嘘』という言葉はお前の言った『冗談』という言葉に掛かったりしていないよな?」


「……そんなことよりも萩嶺君」


「おい。おいこら」


 結局、その問いに対して宝船は駅に着くまで答えてくれなかった。まあ、別に気にしていないから構わないけどね。いや、ホントに。


「時に萩嶺君」


 茜色に染まった駅前の広場にて、宝船が僕にこう問いかけてきた。


「『銀翼の祈祷師』の最新刊はどこまで読んだの?」


「正確なページ数は分からないけど……3章くらいまでは読んだかな」


「3章ね、分かったわ」


「てか、どうしてそんなこと聞くんだよ」


「決まっているじゃない。私も早くあなたと同じところまで読み進めないと、部室で『銀翼の祈祷師』について語り尽くせないじゃない」


「確かにそれはそうだが――ってお前明日も来るの?」


「当たり前じゃない。実を言うと、今日私が行った部活の点検は1週間に一度でね。生徒会長は別として、生徒会というのは基本暇なことが多いの。だから、明日は部活動の見回りという名目であなたの部室に行くから、そのつもりでいてね」


「そんなこと急に言われても――」


「あ、そろそろ電車が来る時間だわ。それじゃあまた明日学校でね、萩嶺君」


「あ? あっ、おい! ちょっと待て! おーい!」


 僕の呼び止めに応じることなく、改札口の奥へと消えていく宝船。


 あとに残ったのは茜色の駅前に1人佇む僕の姿と。


 明日も宝船がオタ研の部室を訪れるという事実だけなのであった。

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