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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ペイルフラワー




 夜半に降り出した雪は眠るように横たわる一人の女の上へ、まるで薄衣を掛けたようにうっすらと積もった。

 一面の白に反射した光が彼女の黒髪を照らしている。

 音すらも包み込む静かな雪の中、一人の男が近づきそのまま彼女の脇に屈み込んだ。それに合わせ装身具が冷たい音をかすかに鳴らす。

 男は剣をしまうと目を閉じたままの女の息を確認し、彼女を抱え上げた。青白い頬に血の気はないが、少なくとも生きている。急がなければ――。

 力強く雪を踏みしめ、男は足早に来た道を戻っていった。






 ぼんやりとして重たい頭のまま、目が覚める。と言っても目蓋は開けないまま布団の温もりにしがみ付く。スンと鼻を鳴らすと雪の香りに冬を感じたけれど、これも太陽の香りみたいに埃の臭いなのかな…とどうでもいい事を考えながら一層丸まった。


「―――リサ?」


 低い低い、擦れた声が呼ぶ。聞きなれたその声は親友のグウェンだろう。朝の弱い私を起こしに来てくれるオカン属性でヘタレで筋肉のムキッとした熊モジャ系男子。お互い恋愛対象には死んでもならないだろうが、タレ眼がチャーミングな彼が可愛い彼女を作る事を応援するような、母親が取られるような複雑な心境になる。彼に恋人出来たらこんな風にリサと呼ばれながら起こされる事も無くなるのか。

 そんな事をムニャムニャ考えていたけど、何かが引っかかる。なんだろうか?そう思っていたら優しく頭を撫でられた。くるしゅうない、もっとやれ。そう思っていたら、抱きしめられた。

 おい待て、抱きしめられてんぞ、私。


「何やってんの、グウェン」


 眼を開けながらセクハラは断固反対と言わんばかりに低い声でそう伝えたら、髭が無くなってサッパリしたグウェンがヘニョリと音の付きそうな笑みから絶望するような悲痛な表情に変わっていった。

 その死にそうな顔を見てセクハラ紛いな事をされたのも忘れて慌てた。死ぬな、オカン。


「君は、」

「うん」

「ベルなの…?」

「私がグウェンの大親友であるベル以外に見えるなら医者に眼を見てもらった方がいいんじゃないか?」


 言いながら、アレ?と違和感。待てよ、グウェンお前、確か私のこと、


「リサでは、ないんだね」


 諦めたように呟いたその一言でドッと心拍数が上がる。


 リサ


 それはたった一人にしか教えていない、私の前世の名前だった。




 ヒンヒン泣きながら「すまない、すまない」と謝ってくるグウェンを蹴っ飛ばしながら何があったのか聞いて驚いた。どうやら私は、約三年ほど前に記憶喪失になったらしい。

 そういえば、記憶の最後にあるのは呪いの調査でポカして死に掛けた事だ。後遺症で記憶喪失になってもおかしくはないだろう。ただし、話を聞いているとどうもただの記憶喪失ではない。瀕死の状態から復活したらしい私は、自身の事をリサと名乗り、リサが死んだと言って泣き喚いたそうだ。混乱して泣き崩れるリサが仕事をこなせる訳も無く、一先ず休職。心配したグウェンに対しても他人行儀。それでも身の回りの事をほとんど引き受けてくれていたというのだから、オカンマジオカン。

 グウェンも最初は何度も挫けそうになった。地球や日本と言う聞いたことの無い地名を言い、魔術や魔法も御伽噺としてしか信じない為に使えず、自分を受け入れてくれない親友に。しかしグウェンは持ち前のオカン力を発揮し、先ずは料理で警戒心を解き、モジャモジャだった髭も剃ってベルとしてではなく、リサとして接していった。他人から知り合い、知り合いから友人へと距離を縮める度に互いに惹かれ合い、時には喧嘩や仲直りを繰り返しながら恋人となり、そうしてつい先日結婚した。

 え、結婚?結婚って本気で…!?


「ベルの事は友人として本当に好きだよ。けど、リサを愛してしまってから、いつかこんな日が来るんじゃないかってずっと怖れていた。ベルが戻ってくれたのは本当に嬉しい。そして、ベルがリサを消してしまったかと思うと少し憎く感じるんだ」


 すまない。あんぐり口を開けている事しか出来ない私に消え入りそうな声で言ったグウェンに何と返していいのかが分からない。


「それには、どう言ったらいいのか分からないんだけど…。そうだな、とりあえずシアンはどうしてるの?」


 私とグウェンは小さい頃からずっと一緒で、学園からはそこにシアンも加わった。全体的に白く、顔は特に青白くて不健康そう。狐眼で皮肉屋の彼は私のドストライクに好みだった為、割としつこく絡んで嫌味を言われまくっても絡んで、結局向こうが折れる形で友人になった。

 私にとって最近、つまり記憶喪失前までは私とシアンは良い感じになっていた。前世の分まではっちゃけてオープンな私は通にシアンに好き好き攻撃かましていたので、彼がどうしているのかが非常に気になる。


「シアンには、会っていない」

「三角関係の縺れで疎遠になったの?」


 真顔で言うと少し安心したように笑われた。


「ベルのそういう所は久しぶりだけどなんだか安心するね」

「全然褒めてなくない?」

「懐かしくってベルだなぁって思えて良いと思うよ」


 泣きながら器用に笑って、グイと涙を拭ってからグウェンは「少し待っててね」と言って温かいお茶を持って来てくれた。普段ならベッドの上で飲食は!と叱るところを黙認してくれるらしい。お茶を飲みながらそれにしてもモコモコのパジャマ姿で助かったと思う。これがベッドに裸体じゃ洒落にならない。図太い私でも倒れる。


「難しい呪いを受けて、殆ど死んでいた君を助けたのは多分、シアンだと思う」


 少し迷うように、ゆっくりとグウェンは言った。


「君を負ぶってシアンが来た時、彼は血まみれの状態で、媒介の剣すら持っていなかった。手当てしようとしたけど、君を俺の方に放り投げてきたから慌てて受け止めたんだ」


 シアン、それちょっと酷くない?


「その時彼は一言だけ告げてすぐに居なくなってしまった。それから居場所が分からない」

「いい大人が行方不明!ちなみに何を言ったの?」

「共に居る権利は無い。って」

「また意味の分からない事言ってくるねー」


 どうしようもない奴だなぁ、と思うと愛しくなってくる。


「よっしゃ!とりあえずシアン見つけて事情聞きだそう!」


 難しい事はシアンが把握する。それが三人の常識だから、今回のこれもシアンが居たらなんとかなるだろう。

 えいえいおー!とお茶の入ったカップを掲げると、グウェンも同じようにしてくれた。





 シアンを捜す為に職場に行くと、私にとってのいつものメンバーが一部やや老けた状態で出迎えてくれた。「お前らオッサンになったなぁ」としみじみ言えば絶句された後に絶叫。各々が「お前ベルなのかよ!」と叫んで寄ってくるのを物理的にお断り。強化系魔術は得意です。唯一様子見していた見慣れぬ女性に自己紹介しながら全員にシアンについて知ってる事があるなら洗いざらい吐いてもらおうか、という内容を丁寧にお願いしたところ、あっさり場所が分かった。


「私の世話が大変だったとはいえ、こんなにすぐ分かる情報ゲットしてないって怠慢じゃね?恋に現を抜かし過ぎじゃね?」

「シアンが口止めしてたみたいだし、ベルが物理的に聞きだそうとしなかったら無理だったと思うよ」


 聞き出したシアンの新住所に向かいながらピクニック気分で山を登る。辺鄙な所に引っ越したんだなぁ、それにしても身体鈍ったなぁ。と考えていたら結界が在ったのでバリーンと景気良く割る。グウェンからは変人を見るような眼を向けられる。失礼な、この反則魔力にどれだけ救われたと思ってるんだ。同じくらい、事故も多かったけど。

 結界割ってから比較的早い内に家を見つけた。山奥にある割にはしっかりした家だ。広さ的には2LDKくらいだろうか。流石シアン。引き篭もっても拘りの御宅建ててますな。

 敷地に侵入されたのに気付いただろうに、誰も出て来ないので近付き、遠慮なくドアを開けた。


「せめてノックくらいしなよ」

「いやだって、このややこしい事態にはシアンが絡んでるのに遠慮とかしてたら逃げられちゃうでしょ。逃げる前に、狩る。これ鉄則」

「程ほどにね」


 お邪魔しまーすと思いながら進んで魔力のある部屋へと進む。実の所進みながらシアンの魔力以外に変な気配がするので緊張もしている。


「これ修羅場ったらどうしよう。一緒に居るの女子じゃないよね?ないよね?」

「………」

「やだ黙らないでよグウェン!」

「いや、本当に修羅場になるなら逃げるよ」

「裏切り者ぉ!」


 覚悟を決めて、ドアを開けようとした。ら、内側から開いて女の子が飛び出して来た。


「グウェンさん!グウェンさん!!」


 そして飛び出して来たままの勢いでグウェンにしがみ付いて泣きながら縋っている。

 その女の子を私は知っていた。

 日本でも珍しいくらい真っ黒で艶のある髪。眼はそんなに大きくないけれど羨ましくなるように長くて重力に逆らった睫毛。殆ど三年間着ていた制服。前世の最期に見た時そのままの、親友の理紗だった。

 かたり、音がして部屋に眼がいく。記憶にあるよりやつれて、一層青白い顔をしたシアンが呆然と立っていた。





 部屋に入って理紗を宥め賺して泣き止ませ、四人がそれぞれ座る。ベッドにグウェンと彼から離れない理紗。部屋の隅に追いやられていた椅子を移動させ、無理やり引っ張ってシアンを座らせ、その傍に本を積み上げて私はそこに座った。


 理紗は日本に住むごく普通の女子高生だった。漢字一字違いで同じ名前の親友、梨紗と一緒に帰宅していた。いつもと変わらない筈のその途中、自分の周りに変な模様が現れ光り、身体に貼り付いてくる。意味が分からないながらも怖ろしいと感じて悲鳴を上げると、梨紗が助けるように手を伸ばし、それらを引き千切ろうとしてくれた。叫ぶのを止め、救いを求めるように彼女を見た瞬間、親友は爆発した。四肢や目玉がが飛び散り、肉片となった梨紗と理解できないながらも身体は正直に嘔吐する。意識が遠くなりながら手を伸ばしても届かない事に絶望する。そして意識は完全になくなり、次に眼が覚めた時にはグウェンさんの所に居た。知らない人、知らない場所、更に知らない身体になってしまって怖くて怖くて堪らない中で、貴方だけが優しかった。貴方だけが私を見てくれた。幸せになったと感じでいたら、また、知らない場所で眼が覚めた。知らない人、知らない場所、けれど今度は確かに自分の身体。怖いと感じながらも訳を聞こうと話しかけるのに男性は呆然としていて何も言ってくれなくて困っていた。


 そう語った彼女にどのタイミングで爆発した親友だよ!元気だった?と言えばいいのか困る。困るので一先ず置いておき、シアンが話し始めるのを待った。待ったけどぼんやりしたまま此方を見つめてくるので背中にバシンと掌を当ててやると咽た。


「なんでベルが居るんだ…?」

「呆然と言ってないではよう説明説明」


 信じられないと凝視してきながら語った内容に頭を抱えた。


 シアンがベルを見つけた時、殆ど死に掛けていた。媒介の剣を破壊する寸前まで使って魂の損傷はなんとかなりそうなものの、その修復に見つけた時には凍死寸前になってしまっていた身体の方が持たない。どうにかする方法は無いかと考えた時にふと、ベルに前世があるのを思い出した。内緒だよ、と語っていた内容はとても信じられるようなものでは無かったが、もしも前世があるのならそこに魂を休ませる事の出来る健康な身体があるという事だ。シアンは禁術に手を出した。ベルから聞いた話を頼りに空間を捻じ曲げ、選別し、媒体と視力を代償に繋げる事が出来た先で大まかではあるがベルの魔力も特定した。二人の少女が居る。片方がリサと呼びかけられたので直ぐに術を展開、定着、転送を行っている時にもう片方が邪魔をする。軽く払うつもりが魔力が暴れた為、少女は爆発してしまったものの、リサを此方に召喚する事は成功した。成功した筈なのに、何故か呼び出した身体は空になり、代わりに死に掛けていたベルの身体にリサの魂とベルの魂が定着。結果としてベルは助かったが、犯した事は許される事ではない。意識の戻る前にグウェンにベルを任せ、万が一の時の為に呼び出したリサの身体が朽ちないように保護を掛け、それらが露見しないように移り住んだ。記憶喪失も術の弊害だろうが、幸せに暮らしていると聞いていた。それが何故か今日、リサの身体の筈なのにベルでは無い別人の魂が定着し、ベルがベルとしてやって来たので混乱していた。だが、どちらの少女もリサだったと聞いて、考えたくも無い、怖ろしい考えが浮かんでいる。


 呆然と見てくるシアンは気付いているのだろう。爆発した少女こそ、自分の呼ぶ筈だったベルであるリサだったと。グウェンが見た血みどろ姿のその血は、前世の私のものだったのだろう。シアンが怪我してなくて良かったが、これは精神的にキツイパターン。とりあえず落ち着かせるように手を握ると余計固まられたが、気にせず二人の話を纏めた。


 私が、前世では爆発した梨紗である事。この辺りは理紗がなかなか信じられなかったようだが二人しか知らない恥ずかしい話を永遠すれば「信じる!信じるから止めてぇ…」と信じてもらえる事に成功した。あんなー事、こんなー事を言う度にグウェンも一緒に赤面していた。

 呪いを受けてしまって瀕死の私の魂を、一時的に前世の身体に定着させるつもりだったようだが人違いだったので、逆に理紗の魂が私の身体に入り込む。その際に私の魂は隅に追いやられ眠りにつく。眠っている間が記憶喪失と言われていたけど実際は理紗が起きていた時間。ただし時間と共に私の魂も回復する。そうすると元の持ち主の方が勝つ為、私が眼を覚ます。代わりに追い出された理紗の魂はきちんと保管してくれていた元の身体に戻る。それが、今の状態。


「正直、本当に、理紗、ごめん」

「え、どうしてりっちゃんが謝るの…?」


 懐かしい呼ばれ方にほっこりする。だらしなくなりそうな顔をキリリと引き締めてもう一度謝罪した。


「私が死に掛けなかったら、理紗は此処には連れて来られなかった。無責任に好き好き言って親しくなったシアンも居るのに自分を大事に出来なかった私の責任だから」


 私に手を握られたまま、シアンは泣いて嗚咽を漏らしながらも首を振っていた。言葉も出ないくらい人が泣くのを初めて見た。より強く、手を握ることで答えながら、理紗に視線を戻した。


「謝って済む問題じゃないって分かってる。返してあげたくてもこちらの世界に身体が定着しているようでもう返せない。」


 魔力が殆どないのに歪んで馴染んでいるのが見える。これはもう、あちらの世界では受け入れられないだろう。何を言い返されたも良いようにグッとお腹力を入れた。


「私は、」


 それまでグウェンに凭れ掛かっていた身体をピンと伸ばして、理紗も此方を見返した。


「これが三年前なら、どうして何でって恨んで叫んでいたと思う。今でも正直、何でって思うけど、でも」


 そこで理紗はグウェンを見て微笑んでから此方に視線を戻した。


「私、両親とは血の繋がりが無いの。だから、この世界でグウェンさんに出逢って結婚して家族になれたのが、本当に嬉しいの」


 だから、仕方が無いから許してあげる。


 そう言ったその姿は私の知る親友よりずっと大人の、女性の姿で驚くと同時に寂しい気持ちにさせられた。


「ところで困った事にグウェンは一応、ベルと結婚しちゃってる事になってるんでしょう?その辺りどうしようか考えたんだけどさ―――」


 理紗の言葉に嬉し泣きしそうになっているグウェンも、いつの間にか私の手をぎゅうぎゅう握り締めて泣きなれてない苦しそうな泣き方しているシアンも、どっちも役に立ちそうにないので私は理紗に一つの提案をした。




 結果として、私と理紗は身体を交換した。

 長く一緒に居たし、まだ元に戻ったばかりだった為可能だろうと判断してシアンを叩きながら早々に術を行使させた。


 私は、生まれ変わってからの身体と豊富な魔力を手放した。理紗は生まれ育った常識を我慢し身体を手放した。グウェンは愛する人を手に入れる代わりに愛する人の本来の身体は諦めてもらい、シアンには一生罪悪感を感じるだろう人物が傍に居る事を許容してもらう形となった。

 初めはぎこちないかもしれないけれど、それでもこの形を選び取った私たちは家族になり、親になり、そろそろ孫も出来そうな月日が経つ頃には昔以上に何でも言い合える仲になる事が出来た。シアンは相変わらず顔色が悪く素直じゃないし、グウェンはすっかり理紗に尻に敷かれている。理紗は少しぽっちゃりしたものの、それ自体が幸せの証だというように笑顔が輝いている。


 私?私はもちろん―――。





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