真空なんて名称、よく付けたもんだと思うよ。真=まこと、空っぽ。
うん、ここは全く空っぽの何も無い空間。真っ暗な空間。
別の呼び名は宇宙……
でも、もうじき変わる。大小の金属片がばらまかれて、人間は生きてた頃の残りかすが塵のように漂って、空っぽの空間は、やや空っぽの空間に変わる。それは束の間でも、きっと宇宙を見守る神様が争いを忌避して送る、無言の吐息なのかもしれない。
あっ、ごめん。ごめんよ。自己紹介が遅れたね。僕は作った人間から言わせてみれば、型式番号RGM―79GM。地球連邦軍が作ったMSっていう、人間が操縦する戦争用の、人型量産ロボットさ。仲間内からはGM男って呼ばれてる。ちゃんとした詳しい識別番号が付いてるけど、ごめん。忘れちゃった。
今、僕は戦場にいる。いたくないけど、中に乗ってるパイロットには逆らえないから、戦場にいてしまってる。ええとなんて言ってたかな。そうそう、情報通のGM吉によれば、星一号作戦とかいうのが始まるらしい。
――戦争。
戦い、争うこと。そしてそのための僕は兵器。破壊するためだけに使われる、ただの殺戮マシン。僕に搭載されたビーム兵器は、人と、人が作り出したモノ全てを灰燼に帰す力を持ってる。
――嫌だな。嫌だよ。
この宇宙のように真から空っぽなら、僕も動かないで済むのにな……
『よう、GM男。相変わらずセンチな顔してんな〜 気合い入れろよ、気合い』
――同じ顔をしてよく言うよ。
僕は近付いてきた同型機のGM郎に毒づいた。ううん、分かってる。彼は何も言ってない、僕の思い込みだ。
この宇宙空間じゃ音の振動が震わない。だから僕の声もGM郎には届かない。中にいるパイロットでさえ通信機を使うか、直接僕たちを使って相手の乗る機体に触れなければ、会話が出来ないんだ。
いわゆるお肌の触れ合い会話って呼んでる、この世界特有の現象。
でも、ネーミングセンス良くないよね。
あっ、僕の体、僕が動く。僕はGM郎の方にスラスター移動をして右腕を伸ばし、彼に触れた。
『よう、GM男。相変わらずセンチな顔してんな〜 気合い入れろよ、気合い』
――デジャヴ!?
ううん、また違う。ただ僕は予測してただけ。きっとGM郎なら、そういうだろうと。
『また何か変なこと考えてたんだろ。考え過ぎはよくないぜ、GM男』
確かに考え過ぎかな、とは思う。でもGM郎は知らないんだ。戦いの本質。これから始まろうとしてる、悲しみと虚しさが渦巻く星下の争いを。
『へへ、悪いけど活躍するぜ、俺。もう後輩なんて呼ばせないからな』
GM郎は興奮して、まくしたてた。けど、その言葉は僕に向けたものじゃない。僕は彼より先にロールアウトした最も古い機体の一つだけど、僕の白を基調としたボディは彼のメインカメラに映っていない。
きっと僕の同期で白いボディのGM吉が映っているんだろう。GM吉は事情通なところをひけらかす悪いクセがある。だから後輩に評判がよくない。それとも同期で僕らGM達のアイドル、可憐な白いボディのGM代を振り向かせる言葉だったんだろうか?
だとしたら、ごめん。白いボディ違いだよGM郎。
『おっと、作戦が始まるな。じゃあまた後でカラーリングの見せ合いしようぜ』
そう言うとGM郎は、僕から離れていった。
見せ合い? 同じなのに。はは‥多分どこか壊れてるんだ。でも僕だってGM郎のことは言えない。彼のように戦意で高揚した気でおかしいんじゃない。僕は、僕は……
機体に振動が走る。どうやら僕を動かすパイロットにも命令が下ったらしい。
僕は鮮やかな破壊の光が交錯を始めた戦場に、同じ部隊の仲間たちと向かっていった。
ソロモンなんて名前の、敵拠点の占拠。そのために僕を作った連邦軍は、この作戦を立てたらしい。深遠の闇に浮かぶソロモンは、まるで魔王が潜む伏魔殿みたいで僕を拒絶してるように見えた。
怖い…… たまらなく怖いよ、GM介。僕はまた生き残れるだろうか。それとも初陣で散った君のようになるのかな。
――光。
ひどく禍々しい、でも美しさも孕んだ眩い閃光の波動が宇宙を切り裂いた。すべてを消し去るような光線がソロモンに向かう。
『な、なに? なんなの、あれ』
また微弱な震えが生まれたけど、今度のは得体の知れない事象を受けた、僕を動かすパイロットから伝わってきたものだ。
大小さまざまな爆光が光の帯にまとわりつく。その切っ先がソロモンを、つらぬいた!!
『……どうやらこの戦い、雌雄は決したようだな』
いつの間にか同期のGM吉が、僕の肩に手を置いていた。
『GM吉、あれは、あの光はなんだったの』
『連邦軍の新兵器、ソーラレイさ。簡単に言えば超大なレーザー光線てところか』
半径数キロにも及ぶ、光の剣。この戦いにおける連邦軍の切り札だと、そうGM吉は偉そうに語った。
『む、掃討戦の準備をしろか。じゃあまた後でなGM男』
通信を受けたみたいで、GM吉が背部のバーニアを点滅させながら遠ざかっていく。白いボディが小さくなり、消える。そして僕がGM吉を見たのは…… それが最後だった。
困惑、混乱、憔悴。三つが混じりあった渦中に僕は、僕と僕を動かすパイロットはいた。
『そんな‥話が違うじゃないかGM吉!』
誰にも届かない叫びを上げる僕に、敵MSの砲弾がかすめる。幸い回避出来たものの、それはパイロットの腕じゃない。敵パイロットの錬度が低かったからだろう。
先のソーラなんたらいう兵器のおかげで、敵であるジオン軍は確かに敗色が濃厚になったみたいだった。よ〜し、これなら恐い思いは少なくてすむぞ。……なんて、そんな僕の考えは甘かった。
残り少ない兵力になったジオン軍は、苛烈極まりない抵抗で連邦軍の部隊を蹴散らしてきていた。最初にソロモンに取り付いたGM部隊は、すでに全滅したらしい。
恐い、恐いよ、どうしたらいいの、誰か。
僕の部隊も敵味方が入り乱れて、情報が錯綜してる。一体、誰が無事で誰が宇宙の藻屑となったのか。氾濫する情報の断片では不明瞭すぎて分からない。
そういえば、同じような経験をしたことがある。
そんな記憶を思い出し、僕は電子メモリーを遡った。初陣となった地球下にあるアマゾン。連邦軍の本拠であるジャブロー基地に敵の侵入を許してしまい、充分な整備も終えてないままGM吉、GM介と共に出撃したことを。
結果から言えば敵MS部隊を退けた僕ら連邦軍の勝利だったけど、仲の良かったGM介は、GM介は……
頭と胴体が一体化してる、なで肩の赤いMSだった。一瞬の内にGM介は胴体を鋭い爪(なんで武器が爪なんだよ!)で貫かれ、スクラップとされたんだ。
嫌だ。僕はあんなヤられかた、絶対に嫌だ!
至近距離でまた爆光が広がる。振動が伝わらないはずなのに僕の機体は、細かな震えが止まらない。どうする、どうする。落ち着け、落ち着け、落ち着け。今までどんな危難からも逃れてきたじゃないか!
思いは僕を動かしているパイロットも同じで、ソロモンに向かう味方の一群にメインカメラを向けてくれた。 そこには球体の上に不恰好なロングライフルだけを武装した数機の味方量産支援機【ボール】がヨタヨタとしたふぜいで並んでいた。
『(うん、あれよりマシじゃないか)』
僕は自己の性能を思い起こしてボール隊の後に続こうとした。その矢先に目の前でビームの切っ先に貫かれてボールの一機が四散する。新しい敵MSの攻撃? でもどこから?
索敵レーダーが異常な速さで接近する敵を捉えた。半瞬の後またボールが一機、爆光の花を咲かせる。敵機の情報を知らせる小さなモニターが該当無しを知らせた。
敵の新型ってこと? それも味方のエース機である【ガンダム】と同じく強力なビーム兵器を持った機体!
か、勝てるわけないじゃないか。僕の持つビームガンは接近戦用だし、スプレーガンという正式名称からして貧弱な武器なのに!!
半ば逆ギレする僕の前でボールが次々と破壊されていく。その一つ一つがスローモーションのように感じられ、たちの悪い熱病にかかった人間のように僕は眼前に広がる悪夢を、ただ見ていた。
GMの一機が猛然と新型のMSに猪突する。宇宙空間においての航行は円運動が基本。それはそのままMS戦においての基本戦法だ。なのに猪突していくGM。
ああ、あれは! だ、駄目だよGM朗。射撃した後はその斜線上から離れて円運動しながら近づかなくちゃ。それじゃ敵に。ああ、あああ……
僕はなす術もなく、それを見ていた。全く同じ顔、機体を持つ後輩の同型機が、ソロモン下で破壊されていくのを。
そう、いつも見ていた。どの戦場でも僕を動かすパイロットは萎縮してしまう。戦いの真っ只中で争いを嫌悪する僕の意を受けたように。 だからいつも僕は見るという行為だけの固定されたカメラになる。
恐らく名うてのパイロットが搭乗していたらしい敵の新型MSは、残弾が少なくなったのか遠ざかっていった。ボール数機とGM朗の残骸と、僕を虚空の闇に残して……
また僕は生き残った。何の戦果もなく破壊されずに。
GM朗の細かな破片が幾つもぶつかり、はねる。何度も、何度も。
――何故GM朗はあんな愚直に向かっていったんだろう。
――いったい何をしたかったのかな。名誉? ……それとも。
パイロットはまだ震えていた。でも握り込んだシフトレバーから伝わる感情は、僕の知ってる恐怖や恐慌といった類のものじゃなかった。
かすれかすれに漏れる嗚咽。パイロットスーツのヘルメットの中、きつく結んだ唇。わなわなといった感でパイロットは後悔を、そして、なけなしの勇気を総動員しているように思えた。
そういえばGM朗を動かしていたパイロットは親友だった。僕にとっては少し生意気な後輩でしかなかったけど、GM朗とGM代の二機に搭乗するパイロットと僕のパイロットは仲が良かった。
バーニアに新たな火がともる。エネルギーゲインに余力を残している僕はパイロットの胸の内を読み取れないまま、操作通り機体をソロモンへと向けて推進させた。
どんどんソロモンが迫ってくる。基地構内にはいたるところに敵MSが残ってる。このまま進めばまた戦闘に巻き込まれる。もう充分なのに。GM吉の言った通りこのまま時だけ刻めば、ジオン軍はソロモンを放棄して全面撤退する。今までならもう母艦に引き返しているのに。
おかしいよ。どうして向かうの。パイロットだって分かってるはずなのに。分からない。パイロットの気持ちが。
今までの経験では推測出来ないパイロットの思考を受けて僕は飛び込んだ。新たなる贄を求めてくすぶり続けている戦いの残り火の中に。
目の当たりにした時【それ】が何なのか冷静に判別出来なかった。敵機だというのは分かった。味方のGM隊が一方的に【それ】一機に蹴散らされていたから。
戦闘配備中に人間が摂取する非常食の一つにハンバーガーという肉をパンで挟んだものがある。肉が保存のきく長期冷凍ものだからか、パンが乾燥しているからなのか、パイロットに不評な食事だ。そのハンバーガーから二本の足がいびつに生えている、ような兵器。通常のMSの数倍はあろうかという異様に巨大な足付きハンバーガー。
日頃の不人気の鬱憤を晴らすかのごとく、【それ】は異常とも言える磁場を周囲に張り巡らせ、味方のビーム兵器を無効化していた。
ま、まるで悪魔だ。あんなの倒せるわけない!!
……倒す? 何を考えてるんだ僕は。それより僕は逃げたいんだ。一時でも早くこの戦場から。
そんな意思を無視して機体は足つきハンバーガーから‥え? 逸らさせる、カメラを右斜め前方に……
そこには僕らGMの中で絶大な人気を誇るGM代が白いバラを連想させるボディで存在していた。
僕をあやつるパイロットが雄たけびを上げる。唐突な叫び。自らを鼓舞するような。
そして僕は、え? あ、あああ… 悪魔のハンバーガーから放射状に射線が伸びた! 直撃? いやシールドが腕ごと吹っ飛ばされただけだ‥けど。
僕は味方機の爆発に煽られながらもGM代に接近していく。敵を攻撃するでもなく、牽制しているわけでも陽動でもない、僕が命令を受けている行動。第二波、三波と続くビームの嵐の中、僕は一つの純粋な思いをパイロットから感じ取った。
――ああ、そうか。GM朗も同じだったんだ。あの悪夢の中で動けないでいた僕を守るために。そして今度は僕が悪魔からGM代を守るために。だとしたら僕は、僕が遂行しなければいけない最後の行為は…………
…………電子頭脳が僅かに動作を回復させた時、僕は自分が行為を果たせたことを知ることが出来た。ボディは背部バーニア部が半壊、溶けかけており脚部は影も形も無い。
戦いが終わってから、どれぐらいの時が経ったんだろう。僕は戦争が始まる前と同じ深く静かな真空の中で、望んでいた空っぽのボディを抱えて、ゆらゆらと漂っていた。
電子回路のあちこちにノイズが入る。僕は瞬きの間に再び静かな眠りに落ちた。
――僕の名前はGM男。地球連邦政府が開発した量産兵器。
破壊を主とする人型ロボットだけど、破壊だけじゃない。守るためにも使役可能な凡用ロボットなんだ……
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