表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

タヌキの上京物語

作者: 藍植りん太

「すみません。予約していないんですけど、泊まれますか」

 女将一人で切り盛りしている、田舎の小さな寂れた旅館。季節外れの来客に、女将は早足で表玄関へ向かった。

「ようこそいらっしゃいました。只今、全室空いておりますので、一番広いお部屋にご案内致しますね。お名前を伺ってもよろしいですか」

「本当ですか。ラッキーだなあ。あ、僕は田貫(たぬき)です」

 田貫は大きなボストンバッグを提げた若い男性だった。初めてこの旅館を訪れた一見様である。しかし、何故か女将には田貫の顔に見覚えがあった。それもごく最近見た気がする。思い出そうにも、なかなか出てこない。

(……ま、どうでもいいか。多分道ですれ違ったとか、そんなものでしょう)

 女将は大して気にせず、田貫を部屋へ案内してから、さて夕食の支度をしなければと廊下を急いだ。その時、ふと、壁に貼ってあるポスターに目が留まった。昼間にパトロール中の駐在さんが置いていった、指名手配犯の顔写真である。

『強盗殺人犯  丹田城(ただじょう) (きょう)

 女将を真っ直ぐ睨み付けるその顔写真は、紛うことなく、田貫の顔だった。




 その頃、田貫はボストンバッグを部屋の隅に下ろし、一息ついていた。

「ふー……とりあえず今のところはバレてないよな……」

 座布団の上に腰を下ろし、緊張しっぱなしだった体をリラックスさせる。するとズボンの隙間から、もさもさの毛だらけ尻尾がひょこりと顔を出した。

「おっといけないいけない……人間に化けるの初めてだから油断しないようにしないと」

 実はこの田貫という男、正真正銘の化け狸。住んでいた山が宅地開発で住めなくなり、東京で先に人間に化けて暮らしている友人を頼って、はるばる上京する途中なのだ。当然、強盗殺人犯などではない。人間に化ける際お手本にしたものが、たまたま目に入った例の指名手配犯ポスターだったというだけなのである。

「タヌキの術でお金に変えるための葉っぱもいっぱい用意してきたし、いやー緊張するけど楽しみだなー東京。……あっ、そうだった」

 葉っぱが大量に詰まったボストンバッグをぽんぽん叩いていた田貫は、大切なことを思い出した。

「たぬ吉に電話しなきゃ。今晩連絡するって約束してあったもんな」




「ひゃ……一一〇番しなきゃ……」

「あのーすいません女将さん」

「はいぃい!?」

 警察を呼ぼうとしていた女将は、田貫に呼びかけられて飛びあがった。

「ななななんでしょうか……」

「電話貸していただけませんか。すぐ済みますので」

「ど、どうぞどうぞ。お使いください」

 女将が動揺を悟られまいと、身体の震えをなんとか抑えながら電話を指し示す。田貫は礼を言って受話器を取り、電話を掛けだした。女将は大股でその場を立ち去ると、廊下を曲がったところで立ち止まり、聞き耳をたてながら田貫の動向を窺う。

「――あ、もしもし。よう、たぬ吉……え? 大丈夫、尻尾は出してないって」

 田貫の言葉の意味を勘違いした女将は、震えながらもほくそ笑んだ。

(ふん……こっちはとっくにあんたが指名手配犯だって分かってますからね)

「こっちは順調。どう、そっちは……え? オオカミ?」

 電話の向こうのたぬ吉(件の先に上京しているタヌキである)は、やれやれといった調子で説明する。

『おう、ニホンオオカミの連中がさ、絶滅したってことにしてあるじゃん。でもうっかりして痕跡残してきちゃったんだって。だから人間にばれる前に消しときたいらしいんだけど、そっちに近いからついでに頼める?』

「ああ、ちゃんと消しとくよ」

 さて、当然ながら田貫の言葉しか耳に入らない女将は、恐怖に縮み上がった。

(オカミ? ちゃんと消しとく? ……こ、このままじゃ殺される!)

 女将は警察に電話することを諦め、一目散に外へ出て、車で逃げだした。




「女将さん、昨日からいないけど大丈夫かな……まあお金は置いていこう。葉っぱだけど」

 翌朝、田貫が旅館を出ると、周囲を警察の機動隊に包囲されていた。

「ええ!? なにこれ!?」

(まさか僕がタヌキってばれて……捕まえにきたの?)

 田貫がおろおろしていると、が鳴り声が拡声器を通して響いてきた。

「ここは完全に包囲されているー! 大人しく投降しろ!」

「いやあの……僕はただ上京――」

「むむっ! 今『僕は丹田城梗』と言ったな!? 認めたぞ! 総員逮捕ー!」

 機動隊が一斉に田貫を取り押さえに集まってくる。全く状況が飲み込めずにいる田貫は、機動隊員の一人がボストンバッグに手をかけたのを見て思わず叫んだ。

「駄目! それには葉っぱが――」

「何? 『葉っぱ』だと……!? 貴様麻薬の運び人までやっていたのか! 逮捕だ!」

 警棒で殴られ、盾で押しつぶされ、ボコボコにされた田貫は――

「やっぱり人間は怖いよ~!」

と泣きながら叫んだ。

 結局、タヌキに戻って命からがら逃げのびた田貫は、東京には行かず、人里離れた山奥へ隠れ、上京しようなどと考えることは二度と無かったそうな。


〈了〉

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ