昔、西の大陸の片隅に、小さな国がありました。
その国の真ん中、人の集まる広場の中に、一本の木が立っていました。
その国ができる前から、ここに立っていました。
高くそびえ立つ姿は、国中を見回しているように見えます。
大昔の旅人が植えていったとの言い伝えが今も残っているだけで、この木の事は王様にも分かりませんでした。
夏は枝をいっぱいに広げて日差しを遮り、冬はその葉で人々を冷たく吹く風の寒さから守りました。
秋に生る実はさわやかな味がして、通りかかる人の喉の渇きを癒しました。
王様はこの木を愛していましたし、人々の生活にも、この木は深く関わっていました。
子供たちはその大きな木に、競って登りました。
国のほとんどを見渡す事ができる数少ない場所だったし、一番上まで登ることができた者だけが、仲間から一人前と認められるからでした。
お父さん、お母さんはそんな子供たちを心配しましたが、力強く伸びた枝に守られていたので、怪我をする子供はいませんでした。
異国の行商人は木と国とを称え、王様の自慢の種にもなるのでした。
時は流れて、この国にも、人がたくさん移り住んでくるようになりました。
町を広げて、人がたくさん住めるようにするためには、古い家を壊さなければいけません。
王様は、泣く泣く古い家々を壊す事にしました。その時の木は、悲しそうに見えました。
さらに人が増えてくると、中にはこの大きな木を疎ましく思う人も出てきました。住む家が無く、橋の下や路地で寝泊りする人たちでした
「自分たちは住む家も無いのに、何故木なんかが植えられているんだ」と。
王様は悩みました。人が増えるのはいい事です。しかし、王様もこの木に登って育ったのです。愛着があって当然でした。
王様が国民と木とを天秤にかけた時、取るべき道は一つしかありませんでした。
彼は王様なのですから、木より国民を守らなければならないのは、誰にとっても明らかだったのです。
とうとうこの木が伐られる事が決まった時、王様や、木のことをよく知る人たちは泣きました。
手を尽くしても、考え抜いても、どうにもならなかったのです。
しかし、その時の木はなぜか、悲しそうな顔をしていませんでした。
自分の役目が終わったことを、悟っていたのかもしれません。
いよいよ木が伐られる日。
この木に思い出を持つ人たちが集まりました。
切り倒された木を、めいめいが持ち帰る事にしたのです。
根元の太い所を貰った人は、テーブルをつくりました。
真ん中を貰った人は、椅子を作りました。
細い枝は冬に備える薪になり、葉も暖をとるために燃やされました。
皮を剥がして染料にして、温かい服を作った人もいました。
実を持って帰って、ジャムを作る人もいました。
王様は根を掘り起こさせ、お城に飾る事にしました。
旅人は、最後に残った欠片を削って楽器にし、ほうぼうの国で吹き鳴らしました。
しばらく後、皆が自分の作ったものを持ち寄り、見せ合いました。
それは、この国を見守ってくれた木のことを、忘れないためだったのかもしれません。
もう泣く人はいませんでした。皆、自分にできる精一杯のことをしたのですから。
結局、木を守る事はできなかったけれど。
作った物も、いつかは朽ちてしまうけれど。
それでも、木と共に在った幸せな時間は、誰の胸にも、確かに残っているのですから。
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