第47話 抱きしめたい
小さな商店街でお供え用のお花を買って、そこからすぐ近くの瑠璃ちゃんのお母さんが眠るお墓までの山の麓の細い道。井上さんが運転する車は、すれ違う対向車もいないガラガラの車道をスイスイと順調に走っていきます。
外は風に揺れる木の葉っぱの音が聞こえるくらいとても静かで、さっきまで緑のトンネルの隙間からはキラキラと眩しいお日様の光が差し込んできてスゴくキレイだった。もっと良く耳を澄ますと、山の中からは都会ではなかなか耳に出来ない色んな小鳥のさえずりが聴こえてくる。
「……ハァ……」
でも、そんなキレイな景色とは裏腹に、あたしの心の中はお空と一緒にすっかり曇っちゃった。出発した頃の元気の良さはすっかり無くなってしまい、車の窓から黙って景色を覗いているのが精一杯。
「小夜ちゃ〜ん、やっぱりさっきからちょっと元気ないわよ〜? まだ眠たいの〜? それともお腹すいたのかしら〜?」
「……ううん……」
「我慢しちゃダメよ〜? お母さんがさっき買ったたこ焼き美味しいわよ〜?」
「……いらない……」
「……あら、そう……」
せっかくお母さんがくれたたい焼きも全然食べる気にならない。あたしは外の景色を見ながら、ガラスに反射して写る隣の航クンと瑠璃ちゃんの姿をジッと見つめてた。
瑠璃ちゃんのお母さんの実家に寄った時から全く話をしてくれなくなっちゃった航クン。それに合わせて、航クンの膝の上に座る瑠璃ちゃんも何か心配そうな顔をしてる。
こういう時はあたしが二人に明るく振る舞って元気づけなきゃいけないのに、何の気遣いも無しに航クンや瑠璃ちゃんの昔のイヤな記憶を思い出させるような事を聞いちゃうなんて……。
航クンや瑠璃ちゃんだけじゃない、何か遠藤先生も彰宏お兄さんも気を使って黙り込んじゃって、車の中がスゴく静かになっちゃった。あたしのせいだよね、あたしがもっとみんなの気持ちになって考えていれば、もっと楽しいお出掛けになったのに。こんな事じゃあたし、彰宏お兄さんの事をダメ人間なんて言えないよね……。
「……ハァ、ハァ、ハァックション!!」
「……どうした彰宏? 風邪か? 花粉症か?」
「……グズッ、いや何か、いきなり背筋がゾクッとして……」
「おいおい、くれぐれも麻美子に風邪を移さないようにしてくれよ? 今体調を崩したら一大事にもなりかねんからな」
「あ〜ら先生? 私、以前妹から風邪をひきにくい人間がいるって聞いた事がありますの〜? 『〇〇は風邪ひかない』ってことわざがあるらしくて、私はその『〇〇』に当てはまるらしいですわ〜? 私、きっと神崎さんも私と同じタイプの人間だと思いますの〜?」
「……神崎さん、クシャミをするならせめて手を添えて戴けますか? 僕の車が汚れます」
「……誰一人、俺の体調を気にかけてくれる人はいないんですね、麻美子だったらすぐに体温計持ってきてくれるのに……」
彰宏お兄さんはティッシュを一枚取ると、チーンと大きな音を立てて鼻をかんだ。何かちょっとお目めも涙目になってる。これもあたしのせいなのかな……?
「ところで井上さ〜ん? 『〇〇』って何かしら? 私、ことわざって良くわからないの〜、教えて下さる?」
「……いや、その、僕の口からはちょっと……」
「……お話し中すみませんが井上さん、そこを左に入って下さい、坂を登った上に車が一台停められるスペースがあるはずですので」
遠藤先生の言われた通りにちょっと急な上り坂の側道に入ると、砂利道の奥に駐車出来そうな場所とその横に小さなお茶屋さんがあって、そのお茶屋さんの奥にはお墓で良く見る水汲みの手桶と柄杓が並んで置いてあった。入り口には腰の曲がった可愛いお婆さんがいて、笑顔であたしを出迎えてくれた。
「……失礼します、友人の亡くなった奥様の墓参りに来たのですが……」
「あらあら、この時期にお墓参りなんて珍しい、いらっしゃいませこんにちは、どちら様のお墓参りになりますか?」
「江波戸です、江波戸真弓さんで」
「トマト?」
「……エ・バ・トです」
「はいはい、江波戸さんでいらっしゃいますね、少々お待ちを……」
どうやらこのお婆さん、このお茶屋さんのお店番みたい。ちょっと耳が遠いみたいで、遠藤先生と何度も同じ事をお話しながら、何か帳簿みたいな物を取り出してペラペラめくって何か確認してる。
「……で、お客様の代表のお方のお名前は?」
「遠藤和夫です」
「はいはい、エンドウ豆さんですね」
「エ、ン、ド、ウ、カ、ズ、オ、です!」
「……ブブッ」
「彰宏、何がおかしい!?」
遠藤先生が悪戦苦闘している間、あたしはお茶屋さんの店内の観察をした。ガラスの冷蔵庫の中にはあたしが初めて見る小さな瓶のコーラや聞いた事の無い名前のオレンジジュースとか珍しい物がいっぱいあった。
「……クンクン、クンクン……」
「…………ん? どうした瑠璃?」
航クンと手を繋いでいる瑠璃ちゃんがお茶屋さんの中を見渡しながら小さいお鼻で辺りの匂いを嗅いでる。それに見てあたしも釣られてクンクン。あれー? 確かどっかで嗅いだ事のある様な匂い……。
「ここ、ルリのおうちとおんなじにおいがするよー!」
「…………畳の匂いか、良くわかったな瑠璃、エラいエラい」
「えへへー」
あっ、そーだ! 畳の匂いだー! 瑠璃ちゃんは毎日畳の匂いを嗅いでいるからすぐにわかったんだねー! あたしは瑠璃ちゃんや麻美ちゃんに会いに遠藤さんのお家に行った時しか畳の匂いを嗅ぐ事が出来ないから、すぐに思い出す事が出来なかった。瑠璃ちゃん、そういう事もわかるようになったんだ、スゴいねー!
『……瑠璃ちゃん……』
……って、ホントなら瑠璃ちゃんを抱き締めて頭ナデナデしてあげたいんだけど、あたしはさっきの自分の失敗が気になっちゃって二人に話しかける事が出来ない。何か、二人とも急に遠くに行っちゃったみたい。このままあたし、仲良くお喋りする事が出来なくなっちゃうのかな……?
「あとねー、あとねー、なんかどうぶつさんのにおいがするー」
「…………動物?」
そんな辛くて嫌な事を考えていたら、あたしの足元にフサフサして温かい感触が伝わってきた。落ち込んでいるあたしを励ます様に、ゴロゴロと喉を鳴らしながら体を擦り付けてくる小さな可愛いもう一匹のお店番さん。
「ミャー、ゴロゴロゴロ……」
「あっ、猫さんだー! 可愛いー!」
「ねこ、ねこねこー! かわいいー!」
「…………瑠璃、お店の中を走ったらダメだよ」
「ねこ、ねこ、ねこー! ねこさわりたーい! ねこねこねこねこー!」
「瑠璃ちゃん、こっちにおいで! あたしと一緒に猫さんと遊ぼ!?」
「わーい! ねこねこー!」
ちょっとおデブさんでキレイな茶色の毛をした猫さんが、あたしの足元と瑠璃ちゃんの足元を行き交いしてました。物凄く人懐っこいその姿に、あたしと瑠璃ちゃんはしゃがみ込んでプニプニの触り心地にもう夢中!
「ねこさん、かわいいー! しっぽふさふさー!」
「フミャ!」
「ダメだよ瑠璃ちゃん! 猫さんはしっぽ触られるのは嫌なんだよー? 瑠璃ちゃんも知らない人にいきなりお尻触られたらイヤでしょ?」
「うん、やだー」
「…………瑠璃、猫さんも一緒だよ、頭とか背中を撫でてあげなさい」
「優しく撫でてあげてねー?」
「はーい! ねこさんごめんなさーい! なーでなーで!」
瑠璃ちゃんが頭を撫でてあげると、猫さんは気持ち良さそうに目をつぶって瑠璃ちゃんの膝に顔をスリスリ。ついには床に頭をこすりつけて地面に寝っ転がっちゃった。全然怖がる素振りも見せずに大きなお腹を出して喉をゴーロゴロ!
「わー、猫さんお腹タプタプだよ瑠璃ちゃん! スッゴい柔らかーい!」
「ねこさんのおなか、ぷにぷにー! かーわいいー!」
プニプニでフサフサの猫さんは、沈み込んでいたあたしの心と瑠璃ちゃんと航クンとのぎこちなかった雰囲気をすっかり和ませてくれた。ありがとうね、猫さん! でも、この猫さんって何てお名前なのかなぁ? ここのお店で飼われている猫さんなのかなぁ? 側にいるお母さんも猫さんに興味津々みたい。
「あら〜、ずいぶんと人懐っこい猫ちゃんなんですね〜? こちらで飼われていらっしゃるんですか〜?」
「いえいえ、いつの間にかここに居座ってしまった野良猫なんですよ、いつもは人のお墓の上で昼寝ばかりしていて、あまり知らない人には懐かない子なんですけどね……」
お店のお婆さんが茶碗に入ったお水をあげると、猫さんはペロペロと水を飲むと元気良く店の外に出てこちらを向いてミャーミャー泣いてる。もしかして、あたし達の事を呼んでいるのかなー?
「……それよりも、あの婆さんちゃんと話が出来るんじゃないか、さっきの私の苦労は何だったんだ……?」
「……真中さんとは波長が合ったからじゃないですか?」
「……いまいち納得出来んが仕方ない、それじゃ皆さん行きましょうか、彰宏、桶と線香を頼む」
「……また、荷物持ち……」
お茶屋さんを出てお墓のある奥の方に向かうと、猫さんがあたし達の前を歩いて道案内してくれました。まるで、旗を持って案内してくれる旅行ツアーのガイドさんみたい。猫さんの後をついていくと、森に囲まれた場所に似たような古いお墓が他にもちょこちょこと建っていた。
「最近の霊園や流行のビル一体集合墓地には無い、本当に昔ながらのお墓の雰囲気ですね、何か故郷を思い出します」
「失礼ですが、井上さんはどちらのご出身ですか? 私はこう見えても石川の雪国生まれなんですよ」
「それでは、お隣さんになりますね、僕の出身は新潟なんです、子供の頃は良く積もった雪で遊んでいましたね」
「新潟ですか、それでは先頃は大変でしたね、ご実家のご家族の方はご無事でしたか? 私も以前尼崎の方に医療チームとして行った事がありまして、災害地の悲惨さは身にしみて……」
出身地が近いせいか、遠藤先生と井上さんはすっかり仲良しになったみたい。雪かー、いいなー! そういえば、ちょっと前にあたし達の街にも大雪が降ってみんなで雪合戦やったけど、あれから雪なんて全然積もんないなー。またみんなで雪合戦やりたいなー!
『ハックショーン!』
あれあれー? 何か今、那奈達のクシャミが聞こえてきた気がしたよー? あの時はあたしと航クンと、那奈のお父さんお母さん以外みーんな風邪ひいちゃったんだよね。みんな体弱いよねー?
「ねぇ、井上さ〜ん? さっきの『〇〇は風邪ひかない』ってことわざ……」
「……ご夫人、もう勘弁して戴けませんでしょうか……?」
なーんて事考えてたら、いつの間にか瑠璃ちゃんのお母さんのお墓の近くまで到着したみたい。
「……確か、江波戸さんのお墓はこの列の一番奥だと記憶しているんだが……」
「……和夫さん、もしかしてあの猫が座ってるお墓、あれそうじゃないですか?」
「あっー! 瑠璃ちゃん見て見て!」
「わー! ねこさんだ、ねこさーん!」
彰宏お兄さんの指差す方を見ると、道案内してくれていたあの猫さんが先回りしてお墓の上に座って顔を洗っていました。まるで、あたし達が迷わないように手招きしてくれているみたーい! やっぱりこの猫さんはここのお墓のガイドさんなんだねー!
「それじゃあ、早速お墓にお水をかけて綺麗に洗いましょうね〜? 江波戸さ〜ん、失礼させて戴きますわ〜? クリンクリンクリ〜ン、お出掛けですか〜、レレレのレ〜?」
「……ご夫人、失礼ですがネタが古過ぎて子供達が首を傾げてますが……?」
みんながお墓の掃除やお花を供えている間、あたしと瑠璃ちゃんは近くに生えていたネコジャラシで猫さんと一緒に遊んでいました。お腹はブクブクに太っているのに、ネコジャラシを取ろうとする動きは結構俊敏!
でも、絶対に爪は立てないで遊んでくれるから、瑠璃ちゃんも怪我しなくて航クンも安心だね! 動物さんとの交流は癒やしの効果があるみたいだから、まだ心に傷が残ってる瑠璃ちゃんにはピッタリ! 本当に優しい猫さんなんだなー!
「じゃあ皆さ〜ん? 順番でお線香をお供えしたらちゃんとナムナムしてね〜?」
どれくらい目をつぶっていたかな? あたしはお墓の前に立って、瑠璃ちゃんのお母さんにご挨拶をしました。航クンと瑠璃ちゃんのお部屋にもお母さんのお仏壇があるけど、こうやって直接会うのは初めてだからね。
初めましてお母さん。瑠璃ちゃん、こんなに元気になりましたよ。今度、瑠璃ちゃんもやっと他のみんなと同じ様に小学校に行ける事になりました。
あたし、まだまだ那奈や翔ちゃんにいつも怒られちゃう半人前ですけど、瑠璃ちゃんの素敵なお姉さんになれるように一生懸命頑張ります。これからも瑠璃ちゃんや航クン、遠くで頑張ってる二人のお父さんの事を見守ってあげて下さいね、お願いします!
「……ねーねー、おにぃちゃん……」
「…………どうした、瑠璃?」
目を開けると、あたしの隣で瑠璃ちゃんが航クンの長い足のズボンをクイクイと引っ張ってた。何か不思議そうな顔をして、背の高い航クンの顔を覗き込んでる。
その姿を見て航クンは心配になったみたいで、瑠璃ちゃんと同じ目線の高さにしゃがみ込んでお話を聞いていた。せっかく本当のお母さんのところまでやって来たのに、瑠璃ちゃんどうしたのかな?
「おにぃちゃん、ここにはルリのおかあさんがいるっていってたよね? ルリのおかあさんがねむってるっていってたよね?」
「…………うん、そうだよ、このお墓には瑠璃のお母さんが眠っているんだよ、ここにくる前に何度も話しただろ?」
「………………」
「…………瑠璃?」
航クンの顔を見上げていた瑠璃ちゃんは、突然黙り込むと唇を尖らせて下を向いてふてくされちゃった。こんな顔する瑠璃ちゃん、今まで見た事ないよ? 何か嫌な事でもあったのかな? スゴく心配……。
「……どこにもいないもん……」
「…………えっ?」
「ルリのおかあさん、どこにもいないよ? どこにもねむってないよ? おはかのおいしがおいてあるだけだよ? ルリのおかあさんはどこにいるの?」
「…………!」
……瑠璃ちゃんの言葉に、あたしも、航クンも、みんなも、固まっちゃった。瑠璃ちゃん、もうわかるんだ。お墓にいるとか、眠っているとか、もう瑠璃ちゃんにはそんなお話通用しない。あたし達が一番恐れていた時が、ついに来ちゃったんだ……。
「おにぃちゃんは、ここにくればおかあさんとあえるっていったよね? じゃあ、なんでここにルリのおかあさんはいないの? おかあさんはルリとあってくれないの? おかあさんはルリのことキライなの?」
「…………それは……」
「おかあさん、いないよ! どこにもいないよ! おにぃちゃん、ルリにウソついたの?」
「…………瑠璃、違うよ、そうじゃない、お母さんは、瑠璃のお母さんは……」
……航クン、スゴく困ってる。そうだよね、何て答えていいかわからないよね? 大人の人だって困っちゃう瑠璃ちゃんの質問、高校生の航クンには難しいすぎるよね。遠藤先生と彰宏お兄さんも瑠璃ちゃんの言葉にソワソワしだして、何とか瑠璃ちゃんをここから移動させようと必死になってた。
「……彰宏、瑠璃を小夜ちゃんと一緒にさっきの茶屋まで先に……」
「る、瑠璃ちゃん? お兄さんと小夜ちゃんと一緒にお茶屋さんに行ってジュース飲もうか、ねっ?」
「やだ! やだやだやだー! おかあさんにあえるまでやだー! ルリうごかない!」
「…………瑠璃、わがままを言ったら……」
「ウソつき! おにぃちゃんのウソつき!」
「…………!!」
……瑠璃ちゃんが、航クンに対してこんな事言うなんて、ウソつきなんて、そんなヒドい事言うなんて……。違うよ瑠璃ちゃん! 航クンは、航クンは瑠璃ちゃんの事を思って……!
「瑠璃ちゃん、違う、違うの! 航クンは、お兄ちゃんはウソつきじゃなくて、だから……!」
「やっぱり、ルリにはおかあさんなんていないんだ! ルリのことがキライでどこかにいっちゃったんだ!」
「……瑠璃ちゃん、違うの、そうじゃないの、瑠璃ちゃん……」
「だって、ルリのことがスキだったら、おかあさんそばにいてくれるもん! たよのおかあさんやミサキのおかあさんみたいにそばにいてくれるもん! でも、ルリにはおかあさんがそばにいてくれなかったもん! ここにもきてくれなかったもん!」
「……瑠璃ちゃん……」
お喋りも歩く事も出来なかった頃はきっと疑問にも思わなかったみんなと違う家庭環境。確かに、瑠璃ちゃんは色んな事を学んでたくさんの治療を我慢してここまで元気になれた。
でも、学んでいくという事は、いつかは瑠璃ちゃんが覚えていない悲しい真実を知らなきゃならないって事。お母さんが、もうこの世界にはいないって事……。
「おかあさんにあえるってたのしみにしてたのに、おかあさんといっぱいおはなしするってたのしみにしてたのに、おかあさんにだっこされたかったのに!」
「……瑠璃、ちゃん……」
「おにぃちゃんのウソつき! たよのウソつき! みんなみんな、ウソつきー!」
「瑠璃ちゃん!!」
「……!」
……もう、我慢出来なかった。これ以上瑠璃ちゃんの姿を見てられなかった。あたしは、ありったけの力で瑠璃ちゃんの体を抱き締めた。そうだよね、あたし達、ウソつきだよね? いくら瑠璃ちゃんの為だったからって、本当の事をずっと隠して、ずっと瑠璃ちゃんの事を騙していたよね……?
「……ごめんね、瑠璃ちゃん、ホントにごめんね……?」
「……たよ……?」
あたし達、ズルい。ズルすぎる。ううん、あたし達だけじゃない。瑠璃ちゃんと航クンを放っといてどこかに行ったまま帰ってこない二人のお父さんも、二人の事を連れてくるなって冷たく離したお祖父さんも、助けてくれなかった他の親戚の人達も、みんなズルいよ。
瑠璃ちゃん、何も悪い事してないのに、お母さんがいなくてもとても良い子にしてるのに、どうして? どうしてこんな辛い思いをしなきゃいけないの? どうしてこんな苦しまなきゃいけないの? どうして一番寂しい思いをしなきゃいけないの? こんなのおかしい、おかしいよ……?
「……あたし達、ウソばかりついてごめんね、ホントにごめんね……」
「……たよ、ないてる? ルリがウソつきっていったから? ごめんね、ごめんね……?」
悪いのはあたし達の方なのに、逆に瑠璃ちゃんに謝られちゃった。ごめんね瑠璃ちゃん、あたし、お姉さんなのに泣き虫で……。あたしの足元で、猫さんが心配そうにこちらを見て座ってる。お母さんや先生達もみんな静まり返っちゃった。
「…………先生、少しの間、瑠璃と二人だけにしてもらえませんか?」
「……航?」
突然、航クンは遠藤先生にそう切り出すと、瑠璃ちゃんを抱きかかえてすくっと立ち上がった。瑠璃ちゃんのお母さんのお墓を見つめるその顔は何かを決意したみたいな真面目な表情で、あたしは航クンが何をしようとしているのかすぐにわかった。
「……航、お前まさか……?」
「…………もう、嘘をつき続けてはいけないんです、瑠璃にも、本当の事を話す時が来たんです」
「……いいのか、航? 下手な説明をすれば、瑠璃にショックを与えるだけなんだぞ? せめて日を改めて、病院で私達や心療カウンセラーが立ち会った時にでも……」
「…………お願いです、二人だけにして下さい……」
みんな、これ以上何も言えなかった。だって、今の瑠璃ちゃんにもう嘘なんてつけないもん。もし、大人達がどんなに誤魔化して説明しても、きっとそれはもう瑠璃ちゃんの為にはならないんだ。
そして、それは決してあたし達の口から話しちゃいけない事なんだ。唯一の家族で、お兄ちゃんである航クンから瑠璃ちゃんに教えてあげなきゃいけない事なんだ……。
「……じゃあ、先に行ってるぞ航、くれぐれも言葉を選んで話してやってくれ……」
「…………はい」
「……航クン、瑠璃ちゃん……」
「…………大丈夫だよ、心配しないで」
気がつくと、さっきまでいたあの猫さんはいつの間にかいなくなってた。ガイドさんのいないお茶屋さんまでの帰り道、二人の事を思うとあたしは辛くて苦しくてまた泣きそうになった。
本当は瑠璃ちゃんの側にいてあげたい。航クンのお話を聞いている間、少しでも寂しい気持ちにならない様に抱き締めてあげてたい。きっと今、瑠璃ちゃんは本当の事を教えられて、小さい体で一生懸命受け止めようと頑張っているはずだから……。
今さっき、瑠璃ちゃんのお母さんのお墓に向かって、瑠璃ちゃんの本当のお姉さんになるって約束したのに、こんな大事な時に瑠璃ちゃんの力になれないなんて、側にいれないなんて……。
『……瑠璃ちゃん……!』
あたし、やっぱり弱くてダメな女の子です。航クンや瑠璃ちゃんが背負った傷の痛さも理解出来ないで、逆に傷つけるような事を簡単に口走って、二人を助けてあげられる様な事も出来なくて、こんな事じゃとても素敵なお姉さんなんてなれないよ……。
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