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Be Ambitious!!
作:ミラージュ



第12話 空風の帰り道




年が明け、三学期が始まり早くも二ヶ月が経ってしまった。私達もあっという間にもうすぐ二年生だ。


「何か一年間が短く感じたわ、やっぱアレやな、小学生の頃に比べると色々とイベントもあったもんなぁ、なぁ千夏?」

「そうよねぇ、もう少しでアタシも日本に来て一年になるんだねぇ、何かホントにあっという間だったなぁ……」

「このまま知らず知らずの間に年を取って二人ともすっかりオバちゃんになっていくんだろうなぁ……」

「オマエが言うな! オマエが!」

「何で薫ちゃんにアタシ達の将来心配されなきゃいけないのよ!? バーカ!」

「バカって言われた〜、ヒドいやヒドいや!」


相も変わらず、私達は一緒に連んで下校している。毎日毎日同じ顔を揃えてよく飽きないものだ。もちろん、私も含めて。


「二年生になったら、クラス替えどうなるかな? みんな、何組になるのかな?」

「私は悪いけど翔太とだけは一緒になりたくないね」

「何だよいきなり、一緒のクラスになりたいだなんて言ってねーだろ?」


ここ最近は私と翔太とお喋り三人組で帰る事が多くなった。先に言っておくが別にケンカをしてバラバラに帰っている訳では無い。
なぜなら、相変わらず翼と千夏のクラスはホームルームの終了時間が遅く、その間に小夜と麻美子と航は待ちきれずに先に帰ってしまうからだ。


「小夜はまた麻美ちゃんの家にそのまま遊びに行っちゃったのか?」

「……みたいね、もうロケットミサイルに一直線よ、制服も着替えないで」


たまたま二組の終了時間が早くてみんなで一緒に帰っても、小夜はそのまま麻美子達と一緒に電車に乗っていってしまう。


「しっかしもう完全に入り浸りやなぁ、麻美子の家族に迷惑とかかけてなきゃええけどなぁ?」

「大歓迎なんだってさ、麻美ちゃんのお父さん直々に小夜ちゃんに来てもらえる様にお願いしたらしいよ〜」

「詳しいわねぇ、薫ちゃん、さすがは本校のパパラッチね」

「しっかしあの小夜が重宝されるとは、人はどんな事で役に立つかどうかなんてわからんもんやなぁ……」


クリスマスのあの日以来、小夜は毎日の様に麻美子の家に遊びに行っている。それは麻美子と遊ぶ為ではなく、航の妹・瑠璃に会いに行く為だ。
一緒に住んでいる麻美子達でさえ全く心を開かなかった瑠璃が、なぜか小夜にはあの日以降も良く懐いて、その後から瑠璃の行動や表情にも色々と変化が出てくる様になった。
その様子を見て、遠藤先生は治療も兼ねて瑠璃ともっとコミュニケーションを取って欲しいと小夜に頼んできたのだ。
航も遠藤先生の考えに納得して、小夜に対してだけは瑠璃から突き放したり事なく静かにその様子を見守る様になった。
さっき翼が言った通り、長年小夜と一緒にいた私でさえもこんな展開は予想もしていなかった。まさかあの小夜が1人の子供の閉じてしまった心を開くとは……。


「瑠璃ちゃんが興味を示す相手って小夜だけなんだろ? 何なのかな、小夜は特別な何かを持ってるのかな?」


私も最初は翔太が言ったのと同じ事を考えていた。あの天然バカパワーには何か凄い力でもあるのかと。


「小夜が見た目からアホっぽいから、『コイツなら大丈夫』って思ったんちゃうか?」

「ヒドいわねぇ、違うでしょ? ピュアなのよピュア、翼と違って小夜の心が純粋だから受け入れてくれたのよ!」

「千夏ちゃんの言う通り! 透明でピュアな心、まるで俺と一緒だね!」

「薫はピュアや無くて間違いなくアホやで」

「ウソぉ〜ん!?」


私は最近、小夜と瑠璃を見ていて思い出した事がある。今でこそ小夜は誰にも挨拶をして明るく元気だが、小さい頃はひどい人見知りで気が小さく、いつも私の背中に隠れていた。
どこに行くにもいつも後ろについてきて、私がいないとお使いもお出掛けも何も出来ない、そんな弱い子だった。
瑠璃みたいに言葉が喋れないなどの障害があった訳ではないが、人を怖がってしまっている所などは当時の小夜と良く似ている。


「……ねぇ、アンタ達、この後ヒマ?」

「えっ、アタシ達? 何かあるの那奈?」

「何やねん、何やねん? 何か楽しそうな物でもあるんかい?」


ふと思いついた事をそのまま言葉にしてみた。もしかしたらちょっと前の私なら絶対に言い出さなかった事だろう。


「……ちょっと、みんなで行ってみない? 麻美子の家に」

「えっ、もしかして瑠璃ちゃんに会いに行くのか?」


翔太が私の言いたかった事を言ってくれた。私達も何か航や瑠璃に何かしてあげられる事はないか、そんな事を私は考えていた。


「オイオイオイ、待てや那奈? 何でウチらが行かなアカンねん!?」

「いやいやお嬢、それイーネっ! みんなで明るく楽しく騒いでもっと瑠璃ちゃんに喜んでもらおう!」

「アタシも賛成〜! 今度ママに可愛い子供服を作って貰う為に、瑠璃ちゃんの服のサイズの寸法調べておかないとねっ!」

「……おいおい、千夏も薫もやる気満々かい……」


翼一人だけがあまりその気が無い。翼自身も小さい妹の面倒を見ているせいか、幼児アレルギーでも持っているのかな?


「でもさ那奈、みんなで押しかけたら逆に怖がられるんじゃないか? 大丈夫かな?」

「別に騒ぐ必要は無いでしょ? まぁ、そう言ってる翔太と薫が一番怖がられるだろうけどね」

「オマエら、何をボランティア気分になっとんねん? ウチらが行ったってしてやれる事なんか何一つ……」

「行く人手ぇ挙げて〜」


翼の文句をバッサリ遮る様に薫が多数決を取り始めた。もちろん、結果は翼を除いた全員が手を挙げた。


「アタシ行ってみた〜い!」

「俺も別に予定無いから行くよ!」

「……まぁ、私は言い出しっぺだからもちろん賛成」

「はい四対一! 多数決により遠藤医院にお伺いする事が決定いたしました! ウハッ!」


結果に納得出来ない背の小さい野党がギャーギャー騒いで抗議をし始めた。本当にこんな感じの野党と党首とか居そう感じだ。


「何でやねん! ほならウチも行かなアカンのかい!?」

「それは多数決ですから、多数派が勝ち組の民主主義ですから」

「数に物言わせて少数派の意見潰すんのイクナイ! 反対や!」


こうして私達は制服姿のまま電車に乗って遠藤医院へと向かった。二月下旬と言ってもまだまだ肌寒く、道の途中にある公園の木々はまだ桜のつぼみも見当たらず裸木のままだ。


「あれっ? ねぇ那奈、この木ってもしかして桜の木?」

「そうみたいよ、麻美子が言ってたけど、春になると公園一面に桜が咲くんだって」

「ウソー! 見てみた〜い! アタシまだ桜って目の前で咲いてるの見た事無いもん!」

「そういえばそうやな、千夏が日本に来た時はもう桜は散っとったしなぁ」

「花見客とかでごった返しますぜ〜! あっちこっち酔っ払いがウジャウジャゲロゲロ」

「ヤダ〜! 薫ちゃん、もう最っ低〜!」


千夏みたいに外国にいた人間が日本の文化であるお花見を見たらどう思うのかな? 花を見て酒飲んで酔っ払う民族なんて他にはいないだろうし。


「……桜が咲き出すのはあと一ヶ月くらいかかるかな……」


どれくらいの桜が咲くのか今から楽しみだ。その為にはもうちょっと気候が暖かくなってくれないと難しいかなぁ。


「……あれ?あれって……」

「どしたん、薫?」

「あれ、あそこにいるの、航じゃない?」


薫が指差した公園の奥を覗き込むと、確か公園の垣根の裏にに頭が一つポコンと飛び出していた。


「あんだけデカいと見間違えようがないって! 間違いなく航だよ!」

「……あのな薫、ウチには全然見えへんねんけど……」

「アタシが肩車してあげようか、翼?」

「結構や! いちいち絡むな千夏!」


確認する為に私達は公園の中に入っていった。背の高い坊主頭。間違いない、航だ。


「おーい、航!」


翔太の呼び声が聞こえたみたいで、航は私達を見てこちらに向かって手を振ってきた。垣根の裏に回ると麻美子も一緒にいて、私達の方に駆け寄ってきた。


「……みんな、どうしたの? 制服姿のままで……」

「邪魔でなければみんなで明るく楽しく激しく瑠璃ちゃんを盛り上げようと思ってね!」

「激しくしてどないすんねん! 麻美子、薫の言うてる事は無視してええで」

「航の迷惑にならなければ、私達にも何か瑠璃ちゃんに出来る事がないかなって思ってさ、私がみんなに呼びかけてみたんだ」

「…………迷惑なんて事は無いよ、ありがとう、那奈」


航の表情は初めて出会った時よりもずいぶん優しくなってきた。航も少しずつ私達に心を開き始めてくれたみたいで、心配していた私もホッとした。


「ところで二人とも、小夜はどこ?」

「……あそこにいますよ、瑠璃ちゃんと一緒に……」

「……えっ?」


麻美子はこの公園の真ん中にある一番大きな桜の木を指差した。その木の下には小夜が瑠璃を抱きかかえて、二人で木の枝を見上げている姿があった。


「瑠璃ちゃん、この木のお名前はさ・く・らって言うんだよ!」

「………………」

「あともう少しすると、キレイなピンク色のお花がいっーぱい咲くんだよ!」

「………………」


瑠璃はまだ喋る事が出来ないから返事こそは無いが、間違いなく小夜の言葉に反応してマジマジと桜の木を見つめていた。
理由はわからないが、やはり瑠璃は小夜にだけは完全に心を開いてくれているみたいだ。


「……もう、外へも出れる様になったんだね、良かった……」

「……まだ歩く事が出来ないから、航君におんぶされながらですけどね……」


クリスマス前にどうしたらいいのか麻美子と一緒に悩んでいたのが嘘みたいだ。瑠璃を抱いて笑っている小夜を見て、私と麻美子はホッとして顔を見合わせニコッと笑った。


「何かアレやな、あの子まるで赤ん坊みたいやなぁ?」

「ホントね、何か小夜がママみたいに見えてきちゃった」

「……そうですよ、赤ちゃんですよ、生まれてすぐにお父さんもお母さんもいなくなって、誰にも何も教えて貰えずに大きくなっちゃったんですから……」


麻美子の言葉を聞いて、軽い気持ちで喋っていた翼と千夏が申し訳なさそうに下を向いた。私達が大変だったあの時、この2人は何にもしないで冬休みを堪能していたからねぇ……。


「あー! 那奈だー! 翔ちゃんも翼も千夏も薫ちゃんもみんないるー!」


小夜が私達に気付いて、瑠璃を抱いたままこちらにチョコチョコと早足で近づいてくた。
重そうにしている小夜を気遣ってか、航が小夜に近づいて瑠璃を受け取ろうとした。


「…………代わるよ、今度は俺が瑠璃をおんぶするから」

「あっ、はーい! お願いしまーす! じゃあ瑠璃ちゃん、お兄ちゃんと交代ねっ!」


航は小夜から瑠璃を受け取り、慣れた手つきでスッと背中におぶった。おんぶされた瑠璃は少し名残惜しそうに小夜をジッーと見ていた。


「ねーねーねー、みんなどうしてここにいるの? 学校で何かあったの?」

「……アンタがヘマしたりバカやってないかどうか心配で見に来たの!」

「えー、ヒドいよー! あたし一生懸命瑠璃ちゃんの為に頑張ってるのに、那奈は全然あたしの事を信用してくれてなーい!」

「アンタのこれまでのドジッぷりを今までずっと見てこさせられて、どうやってアンタを信用しろって言うのよ?」

「んー、全くや全くや! 那奈の言う通り、どんだけウチらが迷惑受けてきたと思てんねん! どんだけ〜!」

「うー、那奈も翼もいじわるー!」


合流した私達はみんなで一緒に公園を出て麻美子の家へと歩いていった。その道の途中でも小夜は弾き飛びそうなくらい元気で、瑠璃、麻美子、航を相手に1人で勝手に喋りまくっている。


「でねー、その時テレビ出ていた芸人さんがスゴく面白くてねー、長い髪の毛を持ってこうやって『卑弥呼様ー!』ってやってて……」

「小夜、ちょっとアンタ一人で喋りすぎ! この前みたいにまた五分黙りなさい!」

「えー、何でー!? 那奈はどうしていつもあたしだけ……」

「だーまーれ!!」

「………………」

「あっ、やっぱり静かになったわねぇ〜、小夜の騒音って何デシベルかしら?」

「『竹や竿だけ』よりやかましいのは確かやなぁ」


麻美子の家に到着すると、航は瑠璃を寝かしつける為に二階に上がっていった。その間、居間でみんなと一息ついていると、休憩中だった遠藤先生が昔の航達の事を私達に話してくれた。


「……私が航と瑠璃に会ったのは、今から一年半前に診察で訪れた幼児施設だったな……」


当時、大きな病院に勤めていた遠藤先生は、非番の日に友達の町医者が風邪で倒れたので代わりに診察に行ってほしいと頼まれたらしい。
その診察を頼まれた幼児施設に、親戚や他の施設などにあちこちにたらい回しにされていた航達がいた。


「……初めて二人を見た時は正直驚いたよ、航はげっそりと痩せていて、体のあちこちに傷やアザがあった、実の父親から小さい時に受けた傷もあったが、それ以外のほとんどは以前にいた施設の心無い職員達の仕業によるものだったんだ」


子供を守るべきはずの施設が行っていた非道な行動に怒りと驚きを隠せなかったそうだ。しかし、先生が一番驚いたのは瑠璃の心理状態だった。


「肉体的には確かに年相応に成長しているが、精神的な成長が全く無かった、最初は何か先天性の病気ではないかとも思ったが、どうもそういう訳でもない、何か、本人が成長するのを拒んでいる様な……」


遠藤先生は航達を何とか引き取って貰おうと二人の親族を回り頭を下げて何度もお願いし続けた。
このまま施設にいては何も解決しない、二人には家族が必要なんだ、愛情が必要なんだと必死に懇願した。
しかし、それでも航達を引き取ってくれる親族は一軒もいななかった。


「心理学の先生や知り合いの精神科医にも相談したが、なかなかいい方法が見つからなかった、かといって、私はこの子達を見捨てる事は出来なかったんだよ、あの子達の父親は私の高校時代の同級生でね……」


誰も助けてくれないのならば、自分が子供達を守る。実の父親が社会復帰出来るまで、先生は航達を引き取る事に決めたそうだ。


「……何かさ、人生人それぞれ色々な関わり合いがあるんだね……」

「……俺ってさ、ツイてたって言うか何か恵まれてるんだな、ってつくづく思ったよ……」


私と翔太が何不自由なく生活できるのは運が良いだけではなく、私達を一生懸命守ってくれている父さん達の力があるからなんだと実感した。


「那奈、悪いけどウチらもう帰るで〜」

「何よ、翼も千夏ももう帰るの?」

「だって小夜も航ちゃんも二階に瑠璃ちゃん寝かしに行ったまま帰ってこないんだも〜ん、もう飽きちゃった〜」


確かに小夜も二階に行ったまま全然下りてこない。瑠璃と遊ぶのが楽しいのはわかるけど、待たされるこちらはとしては困ったものだ。


「俺もあまり遅いと家から閉め出されちゃうからお先するよ〜ん、麻美ちゃんバイバイキーン!」

「はい、翼さんも千夏さんも薫君もお気をつけて」


翼達はさっさと帰ってしまったが、私と翔太は小夜が帰るまで待つ事にした。日が暮れて結構暗くなってきたので、小夜一人だけで帰らせるのはちょっと怖いのもあるし。


「那奈ちゃん、翔太君、もう遅いからもし良かったらおばさん達と一緒にお夕飯食べていくかい? 遠慮しなくていいんだよ?」

「いえいえ、お構いなく、俺らも家に帰って夕飯用意しないと怖い人がいるんで」

「小夜はいつもこんな遅くまでいるんですか? 何か迷惑になってませんか?」

「そんな事無いわよ、小夜ちゃんが来てくれてから、航君も瑠璃ちゃんも私達に心を開いてくれる様になったし、それにあんなに内気だった麻美子が毎日笑顔になって、おばさんにとってこんなに嬉しい事はないわ、おばさんが小夜ちゃんにお礼を言いたいくらいなんだから」


美代子さんは本当に嬉しそうに笑顔で私達にそう語ってくれた。あのドジで天然で手がかかる小夜がこんなにも人から感謝されている。
本当に、人と人との繋がりというのは不思議で、どこで誰と関わるかなんてわからないものなんだなと痛感した。それと同時に、私は小夜が少し誇らしく思えた。


「……あのー、那奈さん、ちょっと……」


二階に上がっていた麻美子が階段の途中からが困った顔をして私を呼んだ。


「ん? どうしたの麻美子?」

「……あの、小夜ちゃんが……」


私達は二階に上がって航達の部屋を覗き込んだ。すると、またもや小夜が瑠璃と一緒にベッドで爆睡していた。
ほんのさっきまで小夜がクリスマスの時に作ったウサギのぬいぐるみと、瑠璃が持っていた古いウサギのぬいぐるみで二人仲良く遊んでいたそうだが……。


「……くかー」

「……また寝てるよ、この娘は……」

「……これじゃどっちが子供かわからないよな……」


私と翔太は呆れて一つ溜め息をついた。でも瑠璃も眠った事だしいいチャンスだ。私は航に瑠璃を起こさずに小夜を下に連れてきて貰えるように頼んだ。


「悪いね航、お願いね」

「…………了解」


私達は先に麻美子の家から外に出て、航と小夜が出てくるのを待った。しばらくすると、家の中から小夜の声が聞こえてきた。


「皆さーん、お邪魔しました!また来まーす!」

「またいらっしゃいね小夜ちゃん、気をつけて帰ってね」

「じゃあ、ちょっと寒いかも知れないけど、駅まで一緒に行こうね瑠璃ちゃん!」

「…えっ? 瑠璃?」


確か瑠璃は寝かしつけたはずなのに、小夜と一緒に家から出てきた航の背中にはなぜか瑠璃がしっかりとおんぶされていた。


「……どうしたの、航? 何で瑠璃がいるの?」

「…………起きちゃいました」

「……あちゃー……」


駅に向かう帰り道はすでに日が落ちて真っ暗なっていた。昼間は暖かくなってきたとはいえ、夜になるとやはりまだまだ寒い。特に今日は風が冷たく、指先が凍える。


「うわっ、風冷たい! 小夜、ちゃんと上着のボタン止めなよ!」

「うわー、寒いよー! 風が冷たいよー!」

「航、瑠璃ちゃん大丈夫か? 寒がってないか?」

「…………大丈夫だよ翔太、とりあえず厚手の服を上に着させて来たから、寒くないだろ、瑠璃?」


大きなダウンコートに包まれている瑠璃は航の問いかけに答える様にコクッと小さく頷いた。


「瑠璃ちゃん頷いた! エヘヘッ、かわいいー!」

「……人の言葉はわかるみたいなんですよね、後は喋れる様になれれば……」

「あっ、そーだ! 麻美ちゃん、ちょっとカバン持ってて!」


麻美子にカバンを手渡した小夜は何かを思いついた様に自分が着ていたコートを脱ぎだした。


「小夜、何する気なのよ?」

「エヘヘッ、那奈が昔やってたヤツだよ! 航クン、瑠璃ちゃんをあたしにおんぶさせて!」

「…………はい、大丈夫? 重くない?」

「……ヨイショ! うん、大丈夫! じゃあ今度は、この上からあたしのコートを掛けて!」


航は小夜の背中に瑠璃を背負わせると、瑠璃の体がスッポリ入る様にコートを被せた。


「ほら、瑠璃ちゃん暖かいでしょ? これなら寒くないよー!」


二人羽織みたいになった小夜と瑠璃は、嬉しそうに顔を見合わせてニコッと笑った。何か本当の姉妹みたく見えてきた。


「……何か懐かしいな、那奈……」

「……そうだね……」


私と翔太は子供の頃を思い出していた。二人で上からコートを被る方法は昔良く私が小夜をおぶった時にやっていた防寒策だった。
家までの帰り道、翔太と交代しながら眠ってしまった小夜をおんぶして帰ったものだ。
小夜ももう誰かのお姉さん役が出来る様になったんだな。小夜の逞しくなった姿を見て、嬉しい様な、寂しい様な、何か複雑な気持ちになった。


「寒いしさ、何か暖かい物飲みたくね?」


「いいねそれ、じゃあ翔太買ってきて」

「……やっぱり買いに行くのは俺なのか……」

「言い出しっぺでしょ? じゃあみんなの分お願いね」


ちょうど近くに自販機もあるので、翔太に人数の飲み物を買わせに行かせようとしたら航と麻美子が気を利かせて翔太の後を追った。


「……あ、熱くて持ちにくいでしょうから、私も一緒に買いに行きます!」

「…………俺も行く、瑠璃が飲めそうかどうか現物見てみないとわからないし」

「じゃあ翔太、私と小夜はゆっくり先に行ってるからね」

「あぁ、先に行ってくれよ、すぐに追いつくから」


私は小夜と一緒にゆっくり駅へと向かった。駅までの道は若干上り坂で、瑠璃を背負っている小夜はちょっと辛そうだ。


「小夜、大丈夫? 疲れたんじゃない?」

「……ん、大丈夫だもん! ヨイショ!」


おんぶされてる瑠璃が心配そうな表情で小夜の顔を覗き込んでいた。私はその仕草がとても可愛く見えた。


「とにかく小夜、無理しちゃダメだよ、限界だったらちゃんと私に言いなさいよ?」

「……うん!」


何とか坂道を登って人一人分しか歩けない様な狭い歩道を通って行くと、やっと駅前の信号が見えてきた。
私が駅近くに到着した時、飲み物を買いに行っていた翔太達はまだ上り坂の途中を歩いていた。


「あちゃあちゃあちゃあちゃ、手ぇ火傷する手ぇ火傷する!」

「翔太君、缶をポケットに入れたらどうですか? それなら多分熱くないですよ?」

「……あぁ、言われてみればそうだね、麻美ちゃんは手袋着けてるから熱くないんだね」

「…………翔太、俺、先に行って飲み物渡して来る」

「えっ、急がなくったって多分、駅で追いつくぜ、航?」

「…………瑠璃が心配、そろそろ重いはず」

「あぁ、そうだな、さっきから小夜がおんぶしっぱなしだろうしな、じゃあ、ついでに那奈と小夜の分の飲み物を持ってってくれよ」

「…………了解」


航は翔太から飲み物を受け取ると、長い足で坂道を早足てスタスタと歩いていった。


「……素手で持って行っちゃったよ、アイツ、熱くないのかなぁ?」

「……航君は我慢強いですからね……」

「……ちょっと待って麻美ちゃん、それって俺が弱いって事?」

「……い、いや、そういう意味じゃないですけど……」


航が上がってきている坂道の上で、私と小夜は交差点の横断歩道を渡っている途中だった。


「キャッ!」


横断歩道の真ん中で、小夜が躓いて瑠璃を背負ったまま前のめりに倒れてしまった。


「痛ーい」

「ちょっと小夜! 大丈夫!? 怪我無い!?」

「……いてて、エヘッ、大丈夫だよ! あっ、そうだ! 瑠璃ちゃん大丈夫!? どこか痛い!?」


小夜が見事に顔から転んだので、瑠璃には小夜の体がクッションになって怪我は無さそうだ。でも、さすがにビックリした顔をしている。
小夜が体を入れ替えて瑠璃を抱き上げようとしたその時、私達にははっきりとその声が聞こえた。


「……うぅ〜ぁ……」


驚いた私と小夜は一瞬言葉を失い、顔を見合わせた。


「……瑠璃ちゃん?」

「……今の声、瑠璃の声だよね……」


次の瞬間、私達の左側から急に眩しい光が射し込んできた。


プップップップッー!!


車が来た。気がつくとすでに歩行者信号は赤に変わっていた。


「小夜、車が来たよ! 早く渡って!」

「えっ! でも、瑠璃ちゃんが……」


小夜は急いで瑠璃を担ごうとしたが、慌てて上手く担ぐ事が出来ない。


「小夜! 何やってんの! 早く!」


プッープップップッー!!


けたたましくクラクションを鳴らしながら車はかなり速いスピードで突っ込んでくる。全く止まりそうな気配がない。


「えっー! どうしよう!」

「小夜!」


あまりに突然の事で私も体が動かない。ただ立ち尽くして大声を出す事しか出来なかった。


「……!!」


キキキキキィィィィィ!!


「小夜!!」


空気を切り裂く様なブレーキ音とタイヤが摩擦して出た白い煙。その瞬間、私は頭を抱えて目をつぶってしまった。


(……ダメ! いくら奇跡的に小さな怪我で済んできた小夜でも、今回は……!)


私の胸の中に絶望感と罪悪感が渦巻いていた。小夜を守れなかった、助けてあげる事が出来なかった……。


「バカヤロー! 何ボッーとしてんだよ! 死にたいのか!!」


運転手の罵声に恐る恐る目を空けると、急ブレーキを掛けて止まった車の横に大きな人影が倒れていた。
その人影はゆっくりと立ち上がると、両脇に抱えていた小夜と瑠璃をゆっくりと歩道の縁に座らせた。


「……航?」


間一髪二人を助けたのは航だった。私は小夜のそばに駆け寄り怪我が無いかどうか確認していると、小夜は大声で泣きながら私に抱きついてきた。


「わーん、那奈! 怖かった、怖かったよー!」

「バカっ! アンタは本当に全く……!」


恐怖で震えている小夜を私は力強く抱き締めた。しばらくして少し落ち着いた小夜は、何かを思い出した様に辺りをキョロキョロと見渡していた。


「……瑠璃ちゃん、瑠璃ちゃんは!?」

「……大丈夫、瑠璃も無事だよ……」


私達の隣で瑠璃は航の胸にしがみつくように抱きついていた。


「那奈! 小夜! 航! 大丈夫か!?」

「小夜ちゃん! 大丈夫!?」


翔太と麻美子も車の大きなブレーキ音を聞いて急いで私達の元に駆けつけてきてくれた。突然のブレーキ音に近くにいた人達も何事かと集まってこちらを覗き込んでいた。


「コラァ! ガキども! 道路の真ん中で座り込みやがって! 轢かれたいのかバカヤロー!!」


いかにも質の悪そうな運転手が車から降りてこちらにガンを飛ばしながら向かってくる。背中を丸めて手足をブラブラしながら歩く姿はまるでヤクザの様だ。


(……あんなバカみたいなスピード出しておいて……!)


怒りを覚えた私は立ち上がって運転手を睨みつけようとした。しかし、それより先に航が瑠璃を歩道の上に座らせて立ち上がり、運転手の方に向かってゆっくり歩き出した。


「お、おい、何だテメェ、やるのか!?」


まだ中学生とはいえ、航は車の運転手よりも遥かに背が高かった。しかもその雰囲気はさっきまでの穏やかなものではなく、前に私達を怒鳴りつけたあの時の様な恐ろしい目つきに変わっていた。


「お、おい、何なんだよテメェはよ!?」

「おい、やめろって航!」

「航君!」

「航!」


私達の声を無視する様に、航は運転手の目の前に立ち、上からギロッと睨みつけた。その迫力に運転手の先程の威勢は消え、航を見上げて完全に怯えてしまっていた。


「……ひっ……!」

「……航クン、ダメだよ……」


小夜の声が聞こえたのか、次の瞬間、さっきまでの航のピリピリした雰囲気はパッと消えて、丁寧に運転手に向かって深々と頭を下げた。


「…………どうも、すみませんでした」

「……へっ?」


運転手は拍子抜けを喰らった様にカクッと躓いたが、頭を下げている航を見てすぐに最初の様なデカい態度に戻った。しかし、まだちょっとビビっているみたいだ。


「わ、わわわ、わかってりゃいいんだよ! 車道を歩いちゃってたら危ねぇだろうが! 次からは気をつけろよ!」

「…………はい、すみませんでした」


運転手は車に飛び乗ると急発進して走り去っていった。車が見えなくなるまで、航はずっと頭を下げていた。


「航、大丈夫か? 怪我無いか?」

「…………うん、大丈夫」

「小夜ちゃん、瑠璃ちゃん、大丈夫!? どこにも怪我無い!?」

「……エヘヘッ、転んでおでこ打っちゃった」


翔太と麻美子は慌てた表情をして航と小夜を気遣った。改めてみんな無事だった事を確認した私は一気に感情が込み上げてきた。


「小夜のバカッ! アンタ、今度こそ本当にダメかと思ったじゃない! 心臓止まるどころじゃなかったわよ!」

「……ごめんなさい……」

「全く、もう……」


涙が出そうになった。私は涙ぐんでるのを悟られないように、小夜を思い切りギュッと抱きしめた。


「…………瑠璃、おいで」


航が歩道に座っていた瑠璃を抱え上げて軽々と背中におぶった。危ないところを救ってくれたのに、航は何事も無かった様にサバサバとしていた。


「……航、ありがとう、助かったよ」

「航クン! ありがとー!」

「…………いいよ、別に」


小夜は航に駆け寄り、背中にいる瑠璃の顔を覗き込んだ。どうやら瑠璃にも怪我は無さそうだ。


「瑠璃ちゃんごめんね、怖かったよね? ホントにごめんね……」


赤い鼻で半べそをかきながら謝る小夜の頬を、瑠璃が手を伸ばして触った撫でた。


「……ありがとう、瑠璃ちゃん……」


小夜がニコッと笑うと、それを見た瑠璃が嬉しそうに手足を動かしてはしゃいだ。


「……寒いから、早く帰ろうよ……」


私達は再び駅に向かって歩き出した。すると翔太が航のコートのポケットを探って缶を一つ取り出した。そういえば暖かい飲み物を買ってきて貰う様に頼んだっけ。


「これ、那奈の分な、さっき航に頼んで渡して貰うつもりだったんだ」

「……何でコーンスープ? 普通はお茶とか紅茶とかコーヒーでしょ? どういうセンスしてんのよ、メチャメチャ飲みづらいじゃない?」

「……いや、その方が暖まるかなって思ったんだけど……」

「最悪」

「……買ってきて貰っておいてそれは無いだろう!?」


まぁいいか、コーンスープだろうと何だろうと暖かければそれでいいや。ちょっと不満だけど。


「コーンスープの缶ってコーンの粒が出てこなくてイライラするよね?」

「あー、小夜ちゃんわかる! スゴくわかる!」


小夜と麻美子の話を聞いて、私は昔の恥ずかしい記憶を思い出した。どうやら小夜も同じ事を思い出したらしく、口止めする前にペラペラと喋り始めた。


「那奈は昔にコーンを無理して取ろうとして、指が缶の穴から抜けなくなっちゃった事あったよね?」

「コラ小夜! 余計な事をペラペラ喋るな!」

「エヘヘッ!」


捕まえて頭を叩こうとした私に対して、小夜はニコニコと笑いながら辺りを逃げ回った。
その姿を見て翔太と麻美子は声をあげて笑い、航と瑠璃は仲良く暖かい飲み物を二人で分けて飲んでいた。

空気が澄んでいて良く見える綺麗な星空。まだまだ夜は寒いけど、間違いなく春はもうそこまで来ている。












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