第9話。真夜中の秘密。
「オイ、それ俺の肉だぞ!返せよっ!」
「拒否する。名前でも書いてるわけじゃあるまいし、馬鹿なことをいうな。」
「がう、がう!」
「ふー。シエスタも良いけど、こういうのも良い〜もんだなぁ〜。」
「兄貴、ほら。焼けてますよ?」
わいわいと騒がしくなってくる小龍の庭。白い煙がゆっくりと空へ吸い込まれていく。
「のび太君、野菜もちゃんと食べる。」
「え〜…。」
しぶしぶと野菜も口の中に放る。やっぱり野菜もあまり進んでは食べたくない。
ドラはいつになっても、母親みたいな感じがする…。
そして、食べ始めてから一時間がたったころ。
「はぁ〜。喰った喰った。もーくえねぇぞ。」
キッドが部屋に寝転がった。他の皆も、満足げな顔をしている。小龍も心底楽しそうな顔をしている。小龍はバーベキューのセットをひとまとめにすると近くの水道まで運び、蛇口をひねった。
「小龍さん、手伝いましょうか?」
その様子を見ていたドラミが小龍の方へと駆け寄る。
「いいスよ。こういうのも割と得意なんで。ゆっくり休んでいてくだせぇ。」
「でも…。」
「いいっすいいっす。どうぞ、ごゆっくりしといてくだせぇ。」
そういい終わるか終わらないかの境。急に小龍の体が前にぐらりと傾いた。とっさに手をつこうとするが、手が動かない。
ガシャァン!
バーベキューセットにもろに倒れこんでしまった。
「小龍さん!?」
ドラミの声と派手な物音が聞こえた僕は靴をはきなおし、急いで駆け寄った。
「小龍!?どうしたの?」
「…大丈夫ッス。ちょっと立ちくらみがしただけっス…。もう平気なんで。」
僕の肩に手を乗せて立ち上がる。でも、肩に乗せる手にはほとんど力が入っていない。
「でも小龍…。」
「大丈夫ッス。…ちょっと顔洗って来ます。炭、ついちゃったんで。」
僕に向けてくれる笑顔にもさっきよりだいぶ無理をして作っているように見える。それでも小龍はおぼつかない足取りで心配そうに見守るドラ達の横を通って行った。
***
「ゲホゲホッ…くっそ…何だってんだ一体…」
白い、綺麗な洗面台に、真っ赤なオイルが滴り落ちる。口を押さえる手にも赤いそれはベッタリとついている。
小龍は目の前の鏡を仰ぎ見る。すると、自分に異変が起こっているのが分かった。髪の毛の先の方が黒くなってきている。
「マジかよ…。せっかく会えたばっかなのに…。」
小さく呟くと、炭のついた顔を水で洗い流す。水が黒と赤の色を帯びつつ、流れて行く。
タオルで顔を拭き、皆の所へ戻ると、ドラが一番に駆け寄ってきた。
「小龍?大丈夫!?」
「…もう平気ッス。心配かけてしまってすいません。」
「小龍…。」
それでもまだ、ドラは小龍の事を心配している。他の皆も、小龍を心配しているのが言葉に出さなくても伝わってくる。
「小龍さん、もうコンロとか、洗っておいたわよ。」
「あ…。」
水道の所にあったセットが、いつのまにか綺麗になって乾かしてある。
「すいません…。なんかいろいろ御迷惑かけてみたいで…。」
「なーに言ってんだ、小龍!」
後ろから背中をバンッと叩いたのは、キッド。
「お前は仲間だろ?謝る必要なんてねーよ。」
「キッド…。…そっすね。」
僕には一瞬だけ、小龍のあの笑顔が戻ってきた気がした。
「さーて、もー寝るかなぁ。明日に備えて。」
大きく伸びをすると、キッドはその場に横になり、さっさと眠ってしまった。
「あ!すいません、うち布団1枚しか…」
はっと声を上げるが、もう王ドラを除くドラえもんズの面々はすでに夢の中。起きているのは王、ドラパン、小龍、ドラにドラミちゃん、そして僕。ドラパンは網戸の向こうをじっと見つめて微動だにしない。王はまだ寝てはいないが、もうにすぐ寝てしまいそうな雰囲気だ。
「いいよ、小龍。皆寝ちゃってるし。」
「…そッスか。じゃ俺は自分の部屋で寝るんで、なんかあったらいつでもどうぞ。では。」
そう言うと小龍はドラに軽く一礼し、自分の部屋へ入っていった。
僕たちはその時、考えもしていなかった。
まさか、こんな事になるとは。
***
深夜、0時。ほんのりとした月明かりが、小龍の小さな家をそっと照らす。
そんな中、小龍はそっとドアを開き、そして同じ様にゆっくりと閉めた。ドアに持たれかかり、1つ小さな溜め息を漏らすとゆっくりと歩き始めた。
「待て。」
その声にびくっと反応する小龍。目の前には闇と同化するような服に身を包んだドラパン。
「どこに行くつもりだ。小龍。用事なら、朝になってからしたらどうだ?」
「アンタには…関係ないっス。そこを…どいてくだせぇ。」
「ちゃんとした理由がないならどくわけには行かないな。お前がいなくなるとうるさい奴がいるんだ。」
「どくつもりは…なさそうッスね。なら、強行突破させてもらいますよ。」
だが、先に仕掛けたのはドラパンだった。右足で思いっきりスタートを切ると右手の甲で平手打ちを食らわせようとした。だが急にその動きは止まる。何かに捕まれているかのように、体が動かない。
それに気付いた小龍は動けなくなったドラパンの横を駆け抜け、なるべくドラたちには聞こえないような声で言った。
「マリア!後は頼む!」
そして、路地の向こうへと消えて行った。
「チッ…行かれたか…。」
そう言うと、急に体の動きを止めていた何かがフッと力を緩めた。不意打ちだったので、思わず体がまえに倒れそうになる。
「…で?お前は誰だ?」
誰もいないはずの空間に向かって言うと、返事は返ってきた。
「朝になれば…嫌でも分かる…。」
そして、その気配もふっと消えてしまった。
―――小龍…。
ドラパンは小龍の走って行った方をじっと見据えた。だが、いくらそこを見つめても小龍が帰ってくることは無かった。
***
「ハッ…ハァッ…ゲホゲホッ…」
小龍はいつのまにか大きな公園の林の中まで走っていた。咳が止まらない。血も時々出てくる。
髪の毛はもうすでに半分くらいまで黒くなってる。服も何もしていないのに徐々に黒に染められる。
―――とりあえず人の少ない所へ…。
そう思ってまた歩こうとするが足が思うように動かない。さっき走ることが出来たのは、偶然か。
「もしかして君、シャオロン君?」
後ろから声が聞こえた。振り向いてみてみるがもう視界がぼんやりとしていて誰だか分からない。
「だったらなんだ。…俺にちかよんな。死ぬ事になるぞ。」
「フフッ。粋がらなくてもいいよ…僕は君の味方さ。…君のその苦しみから、僕が開放してあげるよ。」
「…どう言う意味だ。」
「そのままの意味さ。ついておいでよ。僕に。」
そんな事を言っている間に、そいつはどんどんこっちに寄ってくる。
「君はこんな所にいるべきじゃないんだ。さぁ、手を貸しなよ。」
右手が勝手に動く。そして、気付いた時にはそいつの手と小龍の手は触れていた。触れたとたんそこから目の前は真っ暗になり記憶も飛んで行った。
真っ暗な世界の中で小龍の考えていた事は、ただ1つ。
―――ドラの兄貴。ありがとう。
こんな俺と、会ってくれて。 |