草原の戦塵4
(仮)を外す事にしました
「お主まさか……これは帝国による侵略だと判断しておるのか?」
「可能性は高いだろ?連中、話が本当なら十年は時間かけて信用築いて、事に及んだんだぜ?規模といい、単なる民間組織じゃねえのは確かだろうよ」
族長のどこか震える声にティグレはあっさりと返した。
その言葉に族長も反論出来ず、押し黙る。
しばし黙っていた族長は絞り出すようにティグレに言った。
「……これが本当なら大変な事じゃが……だが、それをどう証明する?」
そう、それを証明する何らかの形が必要だ。
ただ、『帝国の軍人達が草原を支配下に納めようと動いている』と言った所でそれを証明する方法がない。族長会議に訴えるにせよ、これを証明する何らかの手段が必要となる……。
「……ふむ」
ティグレはしばし考える。
……これはチャンスだ、と囁きかける声がある。
リスクはある。
だが、リスクなしにリターンは望めない。ローリスクでハイリターンは理想だが、そんな美味しい話はそうそうあるものではない。それを考えるなら、ハイリスクに対してハイリターンが見込めるだけ良い話だと考えても良いだろう。何せ世の中にはリスクは高い癖に、ろくなリターンが見込めないような仕事だって溢れているのだから……。
(予想が当っていれば、複数の部族を一つに纏める事も不可能ではあるまい……)
覇王のスキルに魔王が持つような「洗脳」や「精神改造」のようなスキルはない。
だが……精神干渉系のスキルがない訳ではない。というより戦意高揚系のスキルを持たないクラスが存在しない。おそらく、今回の一件を解決する事が出来れば、被害にあった部族達に対してはスキル発動の条件を満たす可能性が高い、とティグレは判断している。
そして、複数の部族を束ねる事が出来れば……。
(おそらく、この部族のような支配下において獣人部族による内部抗争を装う所と、そこに攻め滅ぼされたと思わせる部族が混在しているはず。一つの部族で複数の部族を攻撃する、という手もあるが……わざと逃がして獣人同士だ、という誤報を撒き散らすのも計画の内となれば、一つの部族で一つの部族を攻略、というのが妥当……でなければある部族が奇襲したという情報を得た他の部族は警戒する事になるし、そうなれば必然的に戦闘を余儀なくされる)
そんな警戒された状態で夜間戦闘となれば、人族より獣人族の方が有利。
かといって昼間に攻撃を仕掛ければ変装を見破られる危険は増し……いずれにせよ人族が獣人族に変装しているという事実がばれる危険性は増す。かといって、一気に複数の同規模の部族を落すというのは大規模部族の疑念を招く危険があるし、一部の部族を放置するというのはティグレの予想通りなら、という仮定が入るが、行軍してくるであろう帝国軍本隊の動きを察知される可能性が高い。
大軍であればある程、行軍速度はどうしても速度を速めるにも限界がある。
補給を担う輜重部隊を後から合流させる事にして先行するにした所で、百名やそこらで一気に族長会議を攻略するのは不可能。その後は族長やその周辺を抑えられと各部族が理解する前にどれだけ一気に攻略出来るかも重要な話だからだ。
だとすれば……。
(人質達を草原の一角に、って可能性も低い。逃げられたりしたらどうしようもない)
大人ならともかく、小さな子供の場合状況が理解出来ない危険性がある。
そんな事は人族の側とて理解しているだろう。
そして、抜け出したりした結果、他の草原の民に接触するような事があれば……怒りに満ちた草原の獣人達の怒りを受ける事になる。
それぐらいなら……。
「……やっぱり人質を救い出すしかねえな」
「む……じゃが、どこにいるのか分からん状況では……」
族長の言葉にティグレはニヤリと笑った。
「なあに、奴らが帝国の連中だ、っていうなら……大体分かる」
「な!もがっ……」
思わず驚きからか大声を上げかけた族長の口をティグレもさすがに焦って塞ぐ。
「おいおい、デカイ声出さねえでくれ。幾ら人族の耳が俺らに及ばねえとはいえ、この夜更けにでかい声出したらさすがに怪しまれる」
頷いたのを確認して、ティグレは手をどける。
「……話続けるぜ。連中とてバカじゃねえ。大人には言う事を聞かせる事が出来ても小さな子供にゃそうはいかねえ事ぐらい分かってるはずだ。いや、むしろ禁止されてるからこそ、大人の目を盗んでやっちまいたくなるのが子供ってもんだ」
「ふむ……確かにな」
「だとすりゃあ、草原に天幕張って周囲を見張るなんてのは愚策だ。子供なら大人が通れないような隙間からでも抜けちまうし、抜けちまったが最後小さいから見つけづらい上に夜にでも抜け出されたらどうにもならん。まさか、一人一人にずっとマンツーマンで張り付く訳にゃいかねえだろうからな」
隣で「まんつーまん?」と聞きなれない言葉に族長が首を傾げているが、元の世界でもどんなに厳重に見張りをつけ、周囲に壁を作り上げてもどうやってかそこを脱出、脱走する者はいた。
だからといって、マンツーマンで見張りをつけるのは不可能だろう。予想が当っていれば複数の部族を抑えなければならず、如何に小部族といえど子供の数だけで十や二十ではすまなくなる。それに女性の見張りまで加えるとなると……それこそ完璧を期すにはそれなりの規模の部隊が必要となるのは間違いない。潜入工作を行う部隊というのはどこであっても数が限られる。ただ目の前の敵に向かって武器を振ればいい、というだけでなく、専門の訓練を受けさせる必要があるのだから手間も金もかかる以上当然の話だ。
となれば……。
「だとすりゃあ、話は簡単だ……最初からある、もっと頑丈で抜け出せない場所に運んぢまえばいい」
「なんじゃと……?」
「つまり……ここだ」
ティグレの指差した先は……帝国の要塞都市。
草原との境に存在するかつての拠点であった。
「ここなら元々砦だったっていうから、捕虜を閉じ込める場所だってあるだろうよ。そうでなくとも城塞の中に入れちまえば、さすがに子供でも城塞を抜けて、更に都市まで抜け出すとなりゃあ厳しい」
「むう……」
それには異論はないのだろう、唸り声を族長も上げる。
「しかし、じゃな……これまでのお前さんの予想が当っているとなると……わし等の部族の女子供……いや、複数の部族の女子供達がまとめて敵地のど真ん中に捕らわれておるという事になる……現時点では向こうがやっているという証拠もない以上、真正面からの追求も出来ん以上……」
「まあ、やるとしたら正面突破になるわなあ。特に脱出する時はそうなるわな」
「そうじゃ、男達ならばそれを怖れたりはせん。いや、内心で怖れる心があってもそれを抑えて立ち向かってくれるじゃろう。じゃが……」
さすがに幼い子を抱えた母親やヨボヨボの老人にそれをやれというのは酷だ。
そう族長が告げる。
しばし沈黙していたティグレだったが、少し躊躇いがちに口を開く。
「……それなんだが……連れて行かれたのは女子供主体なんだよな?」
「うむ」
「……その中に少数でもいい。共に戦ってくれる、ってのはいるか?」
その言葉に族長は内心首を傾げる。
「そりゃあおるが……」
仮にも草原に生きる獣人だ。
確かに嫁さんゲット!という切実なニンジンを目の前にぶら下げられている男の方が腕が良い者が多い。
けれど、それはあくまで馬術や弓術といった各分野において草原でもトップレベルの腕の持ち主達同士を比べれば男女ではどちらが腕が上とされるか、という問題である。女性であっても草原に生きる獣人族、街で暮らす人族の女性とは比べるまでもなく、普通に馬に乗り、大地を駆け、弓を射る。
確かに家柄に恵まれ、資産に恵まれ、専用の訓練を幼き頃から受けてきた精鋭の騎士団、近衛などに比べれば戦闘力、という点では劣るかもしれない。
だが、毎日のように日常で馬に乗り、毎日のように用いてきた弓の力は決して侮れない、どころか騎士達さえ上回る。無論、そこには騎士と彼らとの間に横たわる馬や弓の用い方の違い、というものが大きく横たわっているのも事実なのだが。
何しろ、草原の民に必要とされるのは馬を手足の如く使いこなし、生活の一部として弓を用いる事だ。
これに対して、騎士に求められる馬術とは戦場で周囲と歩を揃えて突進し、個々のレベルでも馬上試合で互いに突撃をかける際の技術。馬を走らせながら弓を扱う技術ではない。それに、日常においては弓を彼らが用いる事は鍛錬や遊戯としての狩猟の時ぐらい。建物内部で王らを守る為の剣技、暗殺者への対応、分厚い鎧を纏った相手と戦う際の鈍器術が主体。弓を専門に鍛える者達とではどうしても差が出る。
まあ、裏を返せば接近戦では大抵の草原の民ではフル武装の騎士に勝てないという事でもあるが。
そこら辺の事情を確認したティグレは頷いた。
「それならいい」
「……お前さん、何を考えておる?」
自信ありげなティグレに、族長は不審そうな表情を浮かべる。
当然ではあるが、それにティグレは答えず……。
「いい事さ」
そう言って声を上げずに笑った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、族長の天幕を離れ、戻ってきたティグレの話を聞きレアンも深刻そうな表情になる。
「まさかそのような事が……」
「帝国が本当に関与しているかはまだ分からんが、少なくとも人族があそこの部族の連中を人質にとって何かを企んでるのは間違いない」
「………どうするおつもりですか?」
レアンにも、もしそれが本当ならあの部族を攻撃しても意味がない事ぐらいは分かる。
いや、それどころかあの部族は完全に利用された被害者でしかなく、本当の自分達の部族の敵は北方の人族の帝国であるという事になる。しかし……。
「……証拠はどうされるおつもりです?」
「そりゃあ決まってる、確かめに行くのさ」
「確かめに……?まさか」
レアンの声にティグレは獰猛な笑みを浮かべる。
「現場を押さえるのが一番手っ取り早いだろう?」
「危険で…むぐ」
思わず、といった様子で声が大きくなりかけたレアンの口を押さえる。
夜の静けさの中、遮るもののない場所で大きな声を出せば、それは予想以上に響く事になる。レアン当人もすぐにその事に思い至ったのだろう。しばらくじっと動かず、二人して顔を横に向けて集落の様子を伺っていたが、そちらで騒ぎが起きる様子はなかった。同じ獣人族なら気付いた者とていたかもしれないが……どうやら人族の見張りは気付かなかったようだ。
ほっとした様子でティグレがレアンの顔から手を離す。
「……すいません」
「いや、いい。驚いたのも分かるからな……一旦安全圏まで離れるぞ、話の続きはそれからだ」
「はい」
小声でやり取りして、その場を離れる。
数時間かけて安全な岩場まで離れ、改めて話し合いの場を設ける。
とはいえ……了承自体は簡単に得られた。
レアンとて理解している。
あの場では、思わず反応してしまった彼女だったが少し冷静になればそれしかない事ぐらい嫌でも分かる。
もし、貴方が初対面の人に信じられないような事を告げられて、「はい、そうですか」と信じるだろうか?そんな訳がない、普通は「こいつは何を言っているんだ?」と思われるのが当然だ。それを信じてもらう為には余程しっかりした証拠を相手に提示する必要がある。或いは相手が信用している相手に証言してもらうか……それが複数からのものであれば尚良い。
少なくとも、現時点ではティグレの考えはあくまで彼の想像の段階であり、下手に騒いだ所で証拠がないと言われて終わりだ。
隣接する一つの国を犯人と騒ぎ立てるには長い時間と手間と金か、もしくは確たる証拠、証人が必要。それも捏造と言われる事のないレベルでの。そして、今回、そんな時間はおそらくない。
今回の敵の手段を見れば分かるが、相当強硬な手を用いている。変装していても、所詮は人族の変装、戦闘を繰り返していればばれるのはそう遠い話ではなかろう。
すなわち、それ程長時間誤魔化す必要を感じていない、という事。部族会議の開催の時までもたせられればいいのだろう。
「しかし、間に合うのですか?帝国の要塞都市までは結構な距離がありますよ?」
しかも、その途上にあるのはティグレの推測が当っていれば人質を取られた部族達なのだ。
当然、ティグレを妨害しようとしてくる、いや、おそらくは殺しにかかってくるはずだ。事を起こす前ならともかく既に強硬策を取っている以上、何も起きていない振りをしてティグレを通してくれる、という可能性は低い。その可能性に賭けて、気付かれたり、部族の者が密かに事情を伝えたりする危険性を冒すとも思えない。
「方法はあるさ」
そう、方法はある。
あれを使えば、召喚スキルを使えばいい。
ワールドネイションにも召喚スキルというものは存在した。それも魔獣を含む全種族にだ。
ただし、魔物のそれが眷属を召喚するものに対して、他のそれは異なる。
召喚されるのはあくまで、王の騎乗する相手であり物。
一体にして唯一の存在。
或いはそれは竜であり、或いはそれは魔獣であり幻獣であり、神獣である。
はたまた或いは神の船であり、魔獣によって引かれる戦車であり、正体不明の奇妙な物体であったりと様々だ。
それぞれにはそれぞれの欠点と利点があり、どれを選ぶかは各人の強さと国力次第。
魔獣なら相手を屈服させねばならないし、道具ならそれを開発し運用可能なだけの国力を求められる。
そんなティグレの乗騎は空を駆ける事が出来る。これならば数時間もあれば余裕で目的地へと到達可能だ。
問題になるかもしれない点があるとすれば、この世界で呼び出せるかどうか、という事になるだろうが、これに関しては実は既に確認済みだ。常盤といた頃にお互いに手持ちのスキルをちゃんと使う事が出来るのかは一通り試している。何が出来て、何が出来ないのか、それを知る事は当時は最優先だった。もし、他が発動出来るから、と思っていざ使おうとしたスキルが「実はそれは発動しませんでした」では本気で命に関わる事になりかねない。
その結果、ティグレの愛馬もまた召喚可能だと判明していた。それを使えば、如何に連中が警戒していようと関係はない。それに竜程戦闘力は高くはないがその分小回りも効くし、目立つ度合いも少ない。世の中、ただ大きくて強けりゃ良いってもんじゃないのである。
そんなティグレの様子を見て、どうやらそれが本当らしいと察したのだろう。レアンはしばし考えてから言った。
「……私も連れて行ってもらえませんか?足手まといにはなりません!」
「駄目だ」
即効で断言した。
いや、レアンが足手まといとなるような人材でないのは理解している。そうではないのだ。だから、口を開きかけたレアンを遮るように、被せるように言葉を続ける。
「いや、ちゃんと理由はあるんだ。一つには馬をこのまま放置していく訳にはいかんし、何より……」
「何より?」
「最悪の場合、この推測を伝えてもらわねばならんからな」
その言葉にレアンも押し黙った。
馬の事も理解出来る。
馬は遊牧の民である獣人達にとって貴重な資産の一つであり、特に部族がほぼ壊滅状態の彼女らの部族にとっては失う訳にはいかない。
だが、もし、レアンもティグレについていくとなると馬を捨てざるをえない。まさか、馬をここに繋いで放置していく訳にはいかないし、かといって放してやった場合、事が終わって戻ってきた時にもここにまだいてくれると考えるのはさすがに甘い考えだろう。
そして、もしそれを無視したとしてもティグレの言う通り、万が一の事がある。
もし、レアンも一緒についていって結果として失敗したとしたらどうなるか……証拠がない、というのはあるにせよ、警告を発する事が出来るのは彼女しかいないだろう。
無論、その時は証拠などないから相手も半信半疑となる事は疑いないが、それでも事実であれば大変な事になる以上警戒を強めるぐらいはしてくれる可能性があるし、実際に襲撃が起きた際の反応の度合いが異なるのは間違いない。同じ「まさか」が根底にあったとしても、その奥底に「もしかしたら?」という心構えがあるのと、「そんな事があるはずがない!」と覚悟も何も皆無な状態とでは全く反応が異なる。曇り空を見た時に「雨が降るかもしれない」と考えた人と、「雨なんて降るはずがない」と考えた人では実際に雨が降り出した時の反応は全く異なるだろう、そういう事だ。
「分かったな?……もし、俺が戻らなかった時は……」
「はい……けど」
「うん?」
「戻らないなんて言わないで下さい……必ず戻ってきて」
睨むように告げるレアンをティグレはじっと視線を逸らさず見詰めていたが、突然ぐいっと彼女の体を引き寄せると、そのまま口付けをする。
驚いたように目を見張るレアンだが、抵抗する様子はない彼女から離れたティグレは彼女に笑いかける。
「責任を取る為にもきっちり戻ってこんといかんなあ」
そう告げると表情を改め、己のスキルを発動させる。
「【召喚:八脚神馬】!」
その声に応え、空間に生じた魔法陣のような紋様から漆黒の軍馬が完全武装で出現する。
ガガッ!と大地を蹴る音は響いても、轟音を立てる事も咆哮を轟かせるような事もない。
素早くティグレは馬上の人となると、スレイプニルに対して合図を行う。それに応え、スレイプニルは一気にトップスピードに達し、空を駆ける。大空を舞う如何なる鳥よりも早く駆けるスレイプニルは瞬きの間にレアンの視界からその姿を消した。
……だからティグレは知らない。
その後でようやく我に返ったレアンが真っ赤になって、わたわたとうろたえる可愛い姿を見せていた事など……。
やっと、というか久しぶりの更新です
……次は別所投稿の二次の更新を
以下、竜、ワールドと更新予定です。次はもっと早く上げれるよう頑張ります